表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
四章
82/196

疑念と疑惑

 耳鳴りさえしてきそうな静寂の中。テルスは体から滴る水も、雪混じりの寒風も気にせずにルナの答えを待っていた。


 俯いたまま、じっとルナは考えこんでいる。やがて、ルナが顔を上げると、宙に浮かぶ光球が幾たびか揺れ、文字を刻み始めた。


〈分からない……分からないよ。あのとき、私は何に『浄』を込めてたの? あの地面の下には何があったの? 分からないよ……そんなの。それに、ピクシエルが言っていたことは……やっぱり変だよ、テルス〉


 震える文字は困惑の色に染まっていた。

 何かが変だ。何かを間違えていた気がする。首を振るルナと同様、テルスもあの不気味な『卵』を見てから、勘違いをしている気がしてならなかった。


『だって、役に立ってないし、ほらー』


『あーあ、また怒られちゃう。もうこれってダメになる一歩手前くらいじゃない。あんたたち! また来たと思ったら、これはどういう――ん? あれ、違う人間? わたしの勘違いだった?』


『言っておくけど、あんたたち生きて帰さないわよ。ここをダメにしたんだから、目的や情報をたっぷり吐いてもらって、そのあと死んでもらうの。さてと――』


 思い返すは、落葉の森の最奥で出会った黒い妖精――ピクシエルの言葉。

 テルスたちは、あのときの全てを覚えているわけではない。

 まして、ルナはピクシエルの言葉の陰に潜む浄化師の存在に、テルスは喋る魔物という存在に意識を割いていた。


 だから、ピクシエルの言葉の意味を深く考えていなかった。あの黒い妖精が言っていたことを、自分の常識に当てはめて理解したつもりになっていた。


 少なくともテルスは、

 王が『役立たず』で侵入者から瘴核を守り切れなかったから怒り、

 五年前のあいつら・・・・に『怒られる』から嘆いていて、

 魔瘴方界スクウェアを『ダメ』にしたから、自分たちを殺そうとしたのだと思っていた。


 でも、ピクシエルが気にしていたものが魔瘴方界スクウェアではなく――あの『卵』だったとしたら?


 魔瘴方界スクウェアではなく、あの『卵』を守り切れない『役立たず』の王にピクシエルは怒っていて、

 あの『卵』を守れと言われていたのに駄目にしてしまったから『怒られる』ことを嘆いていて、

 そして、『ここをダメ』……『ここにあった卵をダメ』にしたからテルスたちがどこまで知っているのか情報を引き出そうとしていたのなら?


 それに――『水鏡に元の輝きを』。

 テルスたちは精霊たちと交わしたこの約束を果たすために、『水鏡』こと雪花の湖があるグレイスの地にやって来た。そして、リバーシの予兆や、魔瘴方界スクウェアの解放に必要な情報を探るために、雪花の湖に挑んでいた。


(でも……違っていた?)


 テルスもルナも、ソルさえも、この約束は魔瘴方界スクウェアの解放を意味していると考えていた。


 約束の『水鏡』が魔瘴方界スクウェアだったこと。

 落葉の森を解放しかけたことで約束が他の魔瘴方界スクウェアの解放となり、雪花の湖になった理由はリバーシが間近だったからではないか、というソルの推測。


 この二つに、テルスたちはいつの間にか、魔瘴方界スクウェアの解放が精霊たちの願いなのだと思いこんでいた。


 だけど。


 これが全て違っていて、この約束になった理由が魔瘴方界スクウェアを解放しかけたからではなく『卵』を壊していたからで、この場所になったのも雪花の湖が落葉の森と同じ状況・・・・だったからだとしたら――


 頭の中で突拍子もない推測が組み上がっていく。その中で、テルスは一つ気になっていたことを口にした。


「……あの、変なこと聞くんですけど、水鏡、じゃなくて、今の雪花の湖って曇っているというか、えーと、濁っていたりするんですか?」


 元の輝きを、なんて言うくらいだ。今の湖は汚れてたりして。そんな、頭に浮かんだ考えをそのままに、テルスはコングたちに問いかけていた。


 静かなこの場ではやけに大きく響いたその声にコングたちが顔を上げる。先ほどの映像のせいか、四人の表情は浮かなかったが、すぐにそれを引き締めた。


「えーと、濁る? ここの湖は多分、世界で一番透明度が高い水よ。濁ってるなんてことはないと思うけど……」


「そうね。昔の詩人が遠くからあの湖を見て『地上に空があるみたいだ!』なんて言うくらいだし」


 テルスの真剣な表情から、その問いにも何か意味があると思ったのだろう。

 コングとバルフは思い当たることがないか、あごに指をかけ考えている。

 十秒ほど過ぎただろうか。うーん、と唸っている二人の横で、あっとシュネーが声を上げた。


「あっ……最近、あれを見てない。『明けの湖』。あの湖が光るやつ」


「え、あの湖って光るの!?」


 湖が光る。

 予想の斜め上をいく言葉に、テルスとルナ、メルクすら驚いていた。


「いや、本当に発光してるわけじゃないぞ。水が綺麗で、氷の条件が良くて……あー、どんな仕組みだったけな。わりぃシュネー、あと頼む」


「気温とか、光の角度とか、色々と条件がある。グレイスではたまに明け方とかにダイヤモンドダストが発生する。そのときに、湖の表面に張った氷次第で湖も光を乱反射して宝石みたいに輝くの。それをグレイスの人間は明けの湖って呼んでる」


 よく覚えていないサルジュから引き継ぎ、シュネーはそう説明した。


 宙に舞うダイヤモンドダストと宝石の如く輝く湖。

 さぞ、美しい光景なのだろう。水鏡や雪花の湖という名も、光を反射する様や輝く氷の結晶が湖に降り積もるところからつけられたのかもしれない。


 だが、その自然現象が、精霊との約束に関係があるのだろうか。テルスは再び、思考の海に沈みかけるが……すぐに諦めた。


「あーもう、考えてても分からない。とりあえず、動こう!」


 ぱちんっと頬を叩いたテルスはルナたちにそう声をかける。

 何が正解なのかは分からない。だが、何をしなくてはいけないのかは明白だ。

 

 いつまでも、答えの出ない問いに、頭を悩ましている暇はなかった。早足で歩き始めるテルスを先頭に、一行はグレイスに向かう。


「まず、今すぐリバーシしたとして――」


「ちょ、ちょっと待って! 今すぐ!? あの映像見たら、誰だってまずい状況なのは分かるわ。でも、そこまで切羽詰まってる状況なの?」


〈間違いなく危ない状況です……リバーシする可能性も高いかと〉


 叫ぶようにして問うバルフに、ルナがすぐに文字を浮かべ答えた。

 王は数体に増え、巨大な尾びれを持った魔物、不気味な『卵』と、もう未確認の魔物どころの話ではない。ルナの尖ったかたい文字はこの危機的状況をよく表していた。


「ルナ、『浄』は何人くらいに渡せる?」


〈どんなに頑張っても数十人。それも、数分で尽きる量しか渡せない〉


「あれは? 王都で勉強しているときに聞いた、あの結界みたいの発現する魔法」


〈【浄光結界(ルクス・へクス)】のこと?〉


 『浄』の結界を張る魔法【浄光結界ルクス・へクス】。

 こういった町が瘴気で覆われる事態や、騎士団などの大人数に『浄』を渡さなければならない状況のために作られた浄化師の魔法の一つ。


 なんかすごいらしいあれなら、と期待をこめてテルスはルナを見るが、ルナはふるふると雪のような髪を揺らしながら首を横に振った。


〈確かにあれなら時間稼ぎにはなると思う。でも、根本的な解決にはならないよ。数人で発現するならまだしも、私一人だったら、時間も規模もそこまで……本当にリバーシしてグレイスに瘴気が押し寄せてきたのなら、まず逃げることを考えなきゃ〉


「そっか、駄目か……」


「じゃあ、気球で逃げんのはどうだ? ここは一日一回くらいは定期便があっただろ。それに、駅があんだ。予備の気球の一つくらいあるだろ」


「きついわね。駅の近くにある小屋の地下に予備の気球はあるけど、さして大きくないわ。あの気球にグレイスの住民を全員乗っけるなんて無理。予備の気球と定期の気球だけで避難を考えるなら……最低でも三往復は考えないとかしら」


「ちっ。おいおい、これは本格的にまずいんじゃねえのか。他の町みたいに、地上を移動すんのは、ここはきついだろ」


 メルクの言葉に、口を真一文字に結んだコングが頷いた。


 各町に用意されている緊急用の気球。

 それはあくまで事故が起きて気球が使えなくなった際のものだ。いわば、漁船にある小船やボートのようなもの。町の住民全員を乗せることが可能な気球なんて、あるはずがない。


 そして、グレイスは雪に覆われた地。北は雪花の湖、南は小魔瘴方界スクウェアと呼ばれる森が広がり、最北端の町ゆえに東西に逃げる場所もない。


 立地が最悪だった。

 どうにも、うまい打開策が見つからないことに一行は歯噛みする。


「でも、気球を待つだけならいけるんじゃない? 南下して森に行って……」


「おいおい、バルフ正気か!? 今はウルサスとかの獣型が活発な時期だぞ」


「うっさいわね! 危険だろうが何だろうが、グレイスが瘴気に飲まれたら、行くしかないでしょ! ねっ、シュネー!」


「ん、子供や老人のことを考えたら危なすぎるけど。あ……でも、気球が着陸できるスペースがない……」


「んなの、木を切ればいいだけだろ。俺とテルスだけでも、気球が降りる場所くらいなら更地にできる」


「それしか手段はなさそうだけど、森を荒らせば、魔物も荒れるわよ。百に満たないグレイスの駒者ピーセスで、住民全員を守れるか……」


〈でも、安全とは言い難いけど……〉


「やるしかない。グレイスに戻ったら王都に連絡。できれば、おじ……《黒騎ノックス》に避難用の気球と一緒に来てもらう。リバーシした場合は、南の森に一時的に避難。だから、まずは五浄天ヘキサ・へクスのとこに――」


 テルスの声はそこで途切れた。

 いや、テルスだけではない。この場にいる誰もが視線の先、グレイスに続く坂道から歩いてくるその人物に言葉を失っていた。


「皆さん、そんな青い顔をされて……何かあったのですか?」


 五浄天ヘキサ・へクスが騎士、エイン・ヴァイパー。

 老人にも見える灰色の髪や執事のような服を雪で濡らした年齢不詳の男は、社交辞令も笑みの一つもなくテルスたちの前に現れた。


 あまりにもタイミングのいい登場だった。


 それこそ、監視・・されていたのではないか、と思うほどに。

 何でここに。今まで一度もグレイスの外で会うことはなかったのに。テルスの頭によぎるのはいくつもの疑問と……つい先ほど考えていたこと。


(もしも、雪花の湖が落葉の森と同じ状況・・・・なら――)

 

――ピクシエルと同じ『役』は……誰?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ