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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
四章
73/196

調査

「メルク、右に二匹」


「あいよー」


 緊張を感じさせない声が粉雪混じりの風に乗ったと同時、水剣が雪の白に紛れていた魔物を貫いた。


 グレイスに到着した翌日。テルスたちはグレイスの崖のような急斜面を降り、浅く雪が積もった平地を進んでいた。


 雪花の湖もそう離れてはいない。魔瘴方界(スクウェア)としては最小でも、湖としてはかなりの大きさだ。長さ、幅ともに十キロメートル近いとのことだが、近くで見たら海と見紛うほど。これの攻略を考えると頭が痛くなってくる。


 しかし、湖の周りに関しては正直拍子抜けだった。


 弱い。今まで相手にしてきた魔物に比べ、ここの魔物はそう強くなかった。

 雪に隠れて忍び寄り、魔法で奇襲してくる魔物は確かに厄介ではある。テルスたちが歩いている場所は『潮』で湖水が通った場所であるため積もった雪も少ないが、もっと雪が積もっていれば行動に制限もかかっていただろう。


 だが、もしそうだとしてもこの魔物たちなら対処はできる。

 相手より早くその存在に気づき、離れたところから攻撃すればいい。擬態も落葉の森に比べれば児戯に等しく、飛来する魔物の魔法もテルスの【魔壁】すら崩せない威力。


 これならば、問題はない。


 テルスの【魔刃】、ルナの【閃手】、メルクの【魔剣】が群がる狐型や兎型の魔物を一掃し、三人はさらに先へと進もうと雪を踏みしめる。


「ち、ちょっと、待ってください! そんなに奥に行ったら危ないですって」


 エインに紹介された案内役リックの声に、テルスたちは足を止め振り向いた。

 リックの顔はどこか泣きそうにすら見える。テルスたちと歳は変わらないらしいが、童顔にそんな表情を浮かべていると三歳以上、年下でも通じそうだった。


「危ないのは分かってるけど……」


 どうも、目の前の駒者(ピーセス)はこの辺りに来たことがないらしい。まさか、崖から降りて半分程度の場所で案内役が案内できなくなるのは予想外だった。


「帰りましょうって! これ以上は何があるか分かりません。手遅れな状況になってからでは遅いんです。駒者(ピーセス)としての基本でしょっ! 調査をするならここら辺からで! これ以上行くなら僕はもう帰ります!」


 リックは必死に君子危うきに近寄らずを主張する。それはこの上なく正しいことで、テルスだっていつもなら迷いなく賛成していた。


 しかし、今のテルスたちは、その何かが起きて欲しいのだ。


 それを見つけるために、雪花の湖を調査するのだから。リバーシの予兆を発見し、いずれ――もしかしたら近日中――来る解放の際に不測の事態を減らすためにも、この湖の情報を集めなくてはいけない。


「でもよ、お前案内役なんだろ? 雪花の湖にすら、そう近づいてないぜ」


「そりゃそうですよ。ここは湖に強い魔物がいるんですから!」


「あー……」


 メルクが何を思っているか、テルスにはよく分かった。雪花の湖を調べているはずの一人が何で、王域の手前で、越境すらしていないここで、帰ろうなどと言っているのか。もしかしたら、五浄天(ヘキサ・へクス)の騎士、エインは王域には行ったことがないのかもしれない。それとも、越境せずに調査する方法でもあるのだろうか。


「まったく、このまま越境でもするつもりなんですか?」


〈はい〉「ああ」「その予定」


 迷いのない返答に場が沈黙し、

 とりあえず、怯えたリックは一目散にグレイスに帰っていった。











 案内役をたった数十分で失った三人は魔瘴方界(スクウェア)の境界の前で立ち止まっていた。

 黒く半透明な影のような壁。遥か上空まで伸びる彼方と此方を分かつ境目。遠くから見れば存在しないというのに、近づけば現れる不可思議な拒絶の象徴。

 そんな、あと数歩で限りなく死に近づくその場所を前にして、三人は立ち止まっていた。


「さて、いよいよ俺も魔瘴方界(スクウェア)を解放した英雄になる日が来たか」


「今日、解放するわけないって。三人しかいないし」


「でも、お前らは一日、二日でほぼ解放したんだろ?」


「……そっか。言われてみたらそうだった」


〈それが普通じゃないんだから、頷いちゃダメだよ……〉


 ここに来るまでの道中で二人はメルクに簡単に事情を説明していた。魔瘴方界(スクウェア)である雪花の湖付近はまさしく密談には持ってこいの場所。ソルもポケットから出て羽を伸ばしており、ルナともゆっくり話すことができる。魔物の領域の方が警戒しなくていいなんて、まったくもって変な話であった。


「まあ、メルクが仲間になってくれてよかった。また解放するまで出られなくても、今度は三人と一匹だし」


 改めて考えてみれば、メルクはほとんど一匹狼で活動する駒者(ピーセス)だ。警戒する繋がりがない、マテリアル《Ⅳ》の戦力。おまけに当人は戦うのが大好き人間ときた。

 素晴らしく魅力的かつ今のテルスたちに必要な人材であった。まったく、どうしてもっと早く勧誘しておかなかったのか。


〈それはそうかな。でも、今日一日で解放しなきゃいけないなんて状況、私は嫌だからね〉


「分かってる。俺もあれはこりごり……それにしても、魔物が少ないな。落葉の森とは大違いだ」


 境界周囲を見回せども魔物の姿はない。落葉の森では境界に近づくほどにトロルやカニスに襲われたが、ここでは境界に近づいても魔物の数はそう変わらなかった。潮の通り道なのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。何にしろ、今は話す余裕があることはテルスたちにとって、ありがたかった。


〈多分、ここの魔瘴方界(スクウェア)の色が原因なんじゃないかな〉


「色、か。落葉の森がトラップだらけの森だったなら――」


〈ここは……集中砲火の湖ってところかな〉


 テルスの言葉を引き継ぎ、ルナは雪花の湖をそう例えた。


 落葉の森は擬態した魔物による罠がそこかしこに仕掛けてあった。それを一度踏んでしまえば魔物に囲まれ、諦めて逃げ戻ろうとするほどに深い罠に落ちていく。そんな実に性格の悪い森だった。


 対して、ここの魔物は遠距離からの攻撃が多彩だ。

 動きにくい雪上という環境下。魔物に近づくことも、魔物の魔法を躱すことも難しいことを考えれば、ここも実に性格が悪い。


 それでも、ここに来るまでは対処できた。向こうの魔法を防ぐことも、こちらの魔法で簡単に魔物を倒すこともできた。テルスの急所を斬る【魔刃】、ルナの薙ぎ払う【閃手】、そして、メルクの自由自在に形を変え切り裂く【魔剣《氷雨》】。十分すぎるほど手札は揃っていた。


 しかし、境界を越えればそうはいかない。


 単純に規模が桁違いになるからだ。

 二体、三体程度ならどうとでもなった。でも、百体近くの魔物から同時に攻撃されたら?


〈ここの調査に来た最初の騎士団は一瞬で撤退を余儀なくされた。湖に近づいた瞬間、水や氷の魔法が雨あられと降り注いだから。ここはそういう魔瘴方界(スクウェア)。今まで相手にしてきた魔物とやっていることは一緒。でも、王域ではその数と威力が桁違いになる〉


「んで、湖付近は雪がかなり積もっているから、その集中砲火を躱すことは難しいときた」


「だけど、防ぐのは千日手。向こうは弾切れがなく、こちらは守ることに集中すれば進むことができない。結局、撤退しかないと」


「うん……これは酷いね」


 二人と一匹分のため息が白く空気を染めた。

 仲間外れの一人は目を爛々と輝かせ、やる気を漲らせている。


〈でも、今回の目的は雪花の湖の異変を見つけること。文献外の強い魔物を見つければいいだけなら……〉


「うん。あの骨付き芋虫みたいのを見つけるだけなら、なんとかなりそうだ」


 そう。今回はあのときと違って、たった一度で攻略しなければいけない状況ではない。調査をし、リバーシの予兆を掴み、王都から援軍を呼ぶ。そういった定石を取ることができる余裕があった。


 ただ、メルクはルナの文字を読むと、どうも分からないと首を傾げた。


「あー、その話なんだが、何で文献外の魔物がいたら、リバーシってのが起きることになるんだ? べつに、まだ見つけてない魔物なだけかもだろ」


 確かにもっともな疑問だった。

 ここの雪花の湖はろくに王域の調査ができていない魔瘴方界(スクウェア)でもある。

 ある意味、発見できていない魔物がいて当然ともいえよう。テルスも王都で魔瘴方界(スクウェア)の知識を叩きこまれていなければ、この疑問にメルクと同じように首を傾げていたはずだ。


〈それは、リバーシの後を考えると分かりやすいかな。例えば、ここの魔瘴方界(スクウェア)がリバーシして、新たな魔瘴方界(スクウェア)ができたとしても、それだけだと何か足りないと思わない?〉


「何か? あー……駄目だ。分からん」


 ルナの問いかけに考える素振りを見せたのはほんの数秒。メルクは早々に諦め、答えを求めるように隣のテルスを見た。


「ほら、魔瘴方界(スクウェア)の象徴みたいのがいるだろ」


「象徴? ああ、もしかして王とか言われている魔物のことかい?」


 何か分かったのかメルクが口を開くが、その横からソルが答えをかっさらった。不満そうなメルクと得意げなソル。そんな様子に小さく笑い、ルナは正解の文字を浮かべた。


〈うん。リバーシしただけじゃ、『王』がいない〉


 リバーシした結果、新たな魔瘴方界(スクウェア)ができたとしても、その魔瘴方界(スクウェア)に王はいない。当然だ。ほんの少し前までは人の領域であった場所に魔物がいるはずがない。

 だから、魔物はリバーシで広がる瘴気とともに新たな領域に流れ込む。その説明を読んだメルクが納得したように手を打った。


「ようは、女王蟻が新しい巣を作りにいくみたいなもんか」


〈うん、そうかな。リバーシ前の魔瘴方界(スクウェア)には新たな領域に適応するよう、新たな魔物が発生している。それが文献外の魔物ということ。そういう魔物は周りの魔物と比べると少し毛色が違うらしいの。だから、王と同格の魔物や、他と違う魔物がいれば、リバーシの予兆を発見したということになる〉


「でも、他と違う魔物は判断が難しいんだってさ。だから、王と同格とか強い魔物で見分けるしかないと」


 これに加えて、異常行動もリバーシの判断材料になる。

 新たな魔物の発生により、領域内の生態系がずれ、異常行動が起きると考えられているからだ。だが、グレイスで確認されている異常は潮の回数のみ。これだけでは、いささか説得力に欠ける。


 結局、一番分かりやすいのは王に近しい力を持った魔物の発見だ。


「なるほどな。やることは分かった。変な魔物を見つければいいんだな。で、どうやって湖に近づくんだ?」


「案は三つある」


「お、結構あるな」


「時間があったから、僕たちで作戦を立てたのさ」


「……ネズミは役に立つのか?」


「なにおう!」


 きっとメルクに悪気はなく、純粋に疑問だったのだろう。しかし、ネズミの姿をした精霊様はお怒りだ。テルスの肩からメルクの肩に飛び移り、耳元でぷんすか文句を言っている。


「どうどう、悪かったな。ほら、機嫌直せよネズミ」


「反省の! 色が見られない! あれだぞ! そんな無礼なことばっかしていると、肝心なときに助けてやらないぞ!」


 怒りのあまり幼児化してた。この精霊は一緒にいる時間が増えるほど、威厳を落としていく。

 ただ、そんなソルを宥めるのはテルスではない。もっと相応しい人が隣にいる。


〈大声上げるのは止めようね〉


「「はい」」


 青く尖った文字が宙に刻まれた。まるで、怨嗟の声すら聞こえてきそうなおどろおどろしい文字であった。でも、そんな文字に反して、ルナは輝くような笑顔を浮かべていた。

 逆らっていけない。危険を察知したのか、ソルとメルクは一瞬で口を閉じた。


 実に力関係が分かる一幕である。くわばわ、くわばら。テルスはとばっちりを受ける前に話を戻すことにした……あれ、くわばらって、なんだっけ?


「……ま、いっか」


〈何が?〉


「いえ、なんでもないです……えーと、作戦は簡単に言うと隠れてこそこそ行動。雪については溶かすか、雪の上でも動けるようにする。どっちがいいと思う?」


 前と違って情報もあり、準備は可能。ならば対処法だって、ソルの言う通りいくつか考えている。


「待て。今のだと失敗しかしない気がする。詳しく話せ」


「ようは……」


 隠れてこそこそ行動とは、落葉の森でも大活躍だったルナの透明化魔法【不可視の一手】を使い、湖周辺を調査する案だ。

 しかし、この案は根本的な解決にならない。あの森と違ってここは必ず湖をどうにかしなくてはいけないのだ。瘴核が湖の下にあった場合、冷たい水の中を泳がなくてはいけない可能性だってある。


 件の集中砲火にどう対処するかは、見てみないことには判断できない。ある程度は防げるものなのか、全弾回避を前提として動かなければいけないのか。どちらにせよ、雪上での行動にかかる制限をどうにかしなくてはいけない。そのためには、


「メルクが魔法を使って雪をどけるか、雪とか水の上を滑る。ほら、ソリとかみたいに」


「おい、どっちも俺頼みじゃねえか」


 考えていた作戦は何処に消えたのか。メルクの阿呆に向ける視線ももっともだ。でも、仕方ない。メルクの『水』と『氷』の魔法が便利すぎるのがいけないのだ。


 テルスとルナが前もって考えていた手段の大半は、メルクの魔法で代用できるものだった。最初は、アイゼンとかスキー板といった雪上の移動を頑張って練習しようと二人は思っていたのだ。最悪、そういう魔法を覚えようとも。だが、メルクに頼めばそんな手段を取るより、よっぽど素早く動くことができる。


 じゃあ、メルクに頼もう。まさに即断、即決であった。


「とりあえず、メルク。湖までの雪を何とかできる?」


「いけるぞ。そう魔力も消費しない。あの潮とかいうので、この辺りは雪がそう積もってないからな」


「ルナ、【不可視の一手】で三人隠せる?」


〈大丈夫。あのときと違って余裕もあるから、十分くらいなら問題ないかな〉


「そっか。なら、最初は予定どおり離れた場所から偵察してみよう。それで、何かリバーシの予兆を見つけたら、すぐに王都に報告。援軍呼んで、解放に向けて動く……って感じで」


 何よりも優先すべきはこの地がリバーシするかの調査。この地で予兆と思われる魔物の異常行動や、文献外の魔物を見つけることが重要だ。

 次いで湖の攻略。できるのなら、ルナの魔法を使って魔物と戦わずにこの二つを調べたい。


〈うん。それが一番、妥当かな〉


「まあ、ちょっと物足りないけどな」


「ふむ。あまり無茶をしては駄目だからね。僕が死んでしまう」


 二人と一匹の返事を聞いて、テルスは影のように朧げな境界に向き直った。


「じゃあ、メルクが湖までの雪をどかしたら、ルナは【不可視の一手】を。メルクはなるべく広範囲の雪をどかして。ただし、戦闘に支障がない程度に。ルナは魔力の残りが不安になったらすぐに教えること。あ、帰り分も計算に入れといて」


〈うん。帰るまでが魔瘴方界(スクウェア)の解放だからね〉


「……遠足か」


 気が抜けたように肩を落としながらも、メルクは水筒に似た精霊魔具、『叢雨』を振るった。

 発現した魔法はメルクには似合わないことに控えめなものだった。いつもの津波や大瀑布を思わせる暴力的な水流ではなく、水たまりが広がっていくかのような静かな魔法。

 ただ、その効果は劇的だった。

 積もった雪が音もなく溶けていく。波紋が広がるかのように素早く、音もなく広がっていく水の流れはいっそ優雅ですらあった。


「【(アクエル)】っと」


 呟いた魔法の名でメルクが何をしたかは理解できた。

 【(アクエル)】。それは精霊魔法を模した術式。精霊の力は借りないが、効果だけならほぼ精霊魔法と同様の魔法。メルクはこれを使って、周囲の雪に干渉して雪からただの水に戻していったのだろう。


 流石は『水』と『氷』の二重属性。本人の実力と精霊魔具の存在から考えても、メルク以上の『水』や『氷』の使い手はいないのではないだろうか。


「……駄目だな」


 だが、テルスの考えを否定するようにメルクは呟いていた。


「駄目って、雪はちゃんと溶けてるけど?」


「あー、いや、そっちじゃない。これだと、遅くてな」


「遅い……これで?」


「ああ。俺の知ってる最強の『水』使いは……そうだな。多分、この辺の雪を一瞬で消せるぜ」


 なんとも嘘くさい話だった。流石に話を盛っているのではないかと邪推してしまうレベルだ。

 笑うメルクの横顔からは真偽は分からない。しかし、もしも今の話が本当なら。マテリアル《Ⅳ》のメルクより上だというその人は――


「――ルナ」


 テルスは思考を中断した。雪を溶かした不届きものに気づいたのだろう。境界の向こうから無数の瘴気が近づいてきていた。


〈うん、分かった〉


 魔法が編まれ、白い光が三人を覆った。境界から出てきた魔物は標的がいないことが不思議なのか、しきりに周囲を見回している。この魔瘴方界(スクウェア)でもルナの魔法は有用なようであった。


「ここから先は会話なしで」


〈何かあったら私が文字を書くね〉


「先頭は――」


〈テルスが歩く。私とメルクは勝手に動かない〉


「戦闘は――」


〈なるべくなし。倒すときはテルスが斬る。メルクは雪を溶かすのと湖からの攻撃を防ぐ準備かな〉


 テルスは無言で頷く。言いたいことは全部文字に書かれてしまった。監視されているらしいため、魔瘴方界(スクウェア)を進む段取りは詰め切れていなかったというのに、ルナは見事にテルスが考えていることを当てていた。


「お前ら……いや、何でもない」


「……それでいい。僕たちはあの二人の邪魔をしちゃいけないんだ。余計なことは駄目だよ、助っ人くん」


「ああ。性分じゃねえが、しばらくはじっとしとくわ」


 何か言いたそうな一人と一匹分の視線を振り切って、テルスは境界から出てきた魔物たちに目を向ける。


 狐型魔物スマリ、兎型魔物レプス。

 雪に似た白い体毛を持つ魔物だが、その保護色も雪が溶けてしまえば役には立たない。水に濡れ黒く湿った大地の上では白い魔物は場違いなほど目立っていた。


 道中で戦った魔物のほとんどはこの二種。見た目も能力も、通常の狐や兎とそう違いはない。あくまで魔法が使えるという違いさえ除けば、の話だが。


 境界から出てきた数はおよそ二十。見つかれば、即座に魔法が殺到するだろう。


 抜き足差し足。

 テルスたちはゆっくりと音を立てぬように歩いていく。視覚は魔法で、嗅覚は『浄』の属性で誤魔化すことができている。


 残りは聴覚。ある程度は、三人を包む白い『浄』のヴェールが音も消しているらしい。が、こればかりは気をつけていなければ気づかれる。

 方々に侵入者を探そうと魔物たちが散っていく中、テルスたちはキャタピラーを思わせる鈍さで一歩一歩、進んでいた。


 そして、そのままの速度で境界を越え――テルスは固まった。


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