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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
一章
6/196

trick

 夜のギルドは喧騒に包まれていた。

 依頼を達成し、一安心している人。

 魔物を退治してきて、くたくたになっている人。

 そんな駒者(ピーセス)たちが今日一日の疲れを忘れ、明日への英気を養うように酒を飲んで騒いでいる。

 テルスも見たことがない料理と久々の肉を頬張り、ご満悦だった。

 もっとも、それは最初だけ。

 今は、ギルドの騒々しさと酒の匂いにテルスはくらくらしていた。


「「大丈夫?」」


「うん……大丈夫。問題ない」


「ふふ、どうみても」「問題大あり」


 テルスの言葉にミケとタマが笑う。

 楽し気な雰囲気にルーンたちの表情も明るいが、テルスの目は死んでいた。

 もはや声を出すことすら億劫だ。

 頭が痛い。吐き気がする。これではまるで、熱でもあるかのようだ。

 いかにもな状態だが、テルスは決して酒を口にはしていない。

 飲酒は成人年齢である十八歳から。

 だから飲んでない。テルスは多分、酒は飲んでいないのだ。

 たとえ、皆がそれはそれは美味しそうに飲んでいて気になっていても、一口ならいいかな、と思っていたとしても、多分。


「そうですか。中々、テルス君は優秀なようですね。ほら、ジュースを飲みなさいな。遠慮はしないでいいですよ。ウフフフフ」


 ルーンは色々と脚色したテルスの戦いぶりを話している。

 その横では《トリック大道芸団》団長のファルグリンが丸い顔に笑みを浮かべ、テルスの空いたグラスに琥珀色の液体を注いでいく。 

 もういいです、と言いたい以上に、気になるのはその顔である。

 真っ白な顔に真っ赤な唇。

 目の下には血のように赤い涙が流れている。

 食事中だというのに、どこからどう見てもファル団長はピエロのままだ。

 しかし、ルーンを始めとした《トリック大道芸団》は驚いていない。

 これは彼女たちにとって普通なのだろうか。


「はっ、俺がこいつくらいの歳のときは、ゴブリンを狩りに行ってたぜ」


 そう言って、ハンスはジョッキをあおる。

 テルスから見たハンスは、ベアがよく口にする”悪い人”だ。

 逆立てた茶髪、高い身長、いつも睨んでいるような鋭い眼光。

 あと、まだ成人してニ、三年だろうにやたら偉そうだ。

 むしろ、面白いほど”悪い人”なので、テルスはこれもミケとタマのように普段から芸のための役作りをしているのだと思っていた。


「こらハンス。あなたがこの子くらいの歳のときはゴブリンを狩りに行って、泣きながら逃げ帰ってたでしょ。いや~、あの頃は可愛かったのになあ」


「うるせえ! いつまで、そんな昔のこと覚えてやがんだよ、このババア! お前は見た目はそんなくせに、ファル団――」


「少し口を閉じていようか」


「……はい」


 ルーンの底知れぬ圧力にハンスが屈する。

 それを見てくすくす笑う姉妹だったが、すぐにその笑顔は引っこんだ。

 ハンスの睨みに、ぶっそうな矛先が自分たちに向き始めていることに気づいたからだ。


「あ、私はちょっと水を貰ってくる」「あっ、ずるい。でもでも、私はテルスを弄って遊んでるよ」「ああっ、ずるい!」


 席を立つタマを胡乱げな眼差しでテルスは見送る。

 隣りのミケに髪をいじられ、おもちゃ扱いされていることも気にせず、テルスはぼーっとし続ける。

 ギルドの空気に参っているのもあるが、疲れが一気に押し寄せてきていた。

 我慢しなくてもいいのなら今すぐにでも眠れそうだ。


「おいおい、すっかりお疲れじゃねえか。ちゃんと面倒見てたのか、ルーン?」


「ん~、やっぱり無理させすぎちゃったかな。ごめんね、テルス。今、送ってあげるか――」


 心配そうなルーンの声を小さくもやけに響く声が遮ったのはその時だった。


「こんばんは、我らが同胞ルーン」


 声を追うようにテルスがそちらに視線を向ける。

 そこには、ぱちもんっぽいルーンとは違う、テルスの想像通りのエルフが立っていた。

 きめ細やかな美しい金髪に濃い紫の目。

 声を聞かなければ、男性とは分からなかったかもしれないと思うほどの美貌。

 まさにエルフだった。

 男の背後に控えるエルフたちを見ても、皆同様の儚げな美しさがあるし、何より背が高い。本物を見ると、ますますルーンがエルフなのか疑わしくなってきた。


「何だこいつ? ルーン、同胞ってことはお前の知り合いだよな。一体いつのだ?」


「あー、うん十年前の知り合いかな」


「知り合いだなんて酷いな。これでも、僕に会いに君がリーフへ来るたび、声をかけているじゃないか。僕たちのクランに入らないか、とね」


 その言葉と同時に、僅かに気温が下がったようにテルスは感じた。

 ミケは今まで見たことがないほど不機嫌そうにし、ハンスは親の仇でも見つけたかのような目でエルフの男を睨みつけている。

 ルーンも面倒だ、という感じを隠していない。

 そんな中でも、ファル団長だけは笑顔を絶やさず、真っ赤な唇は変わらず弧を描いていた。


「それはもう断ったでしょ。そもそも、リーフには私のわがままで来ているのであって、本来はうちのクランの行動範囲には入ってないの。貴方に会いに来たわけでもないし、まして、このクランを抜けるなんてありえない」


「分かってる、冗談だよ。リーフには友人を探しに来ているのだろう? だけど、僕が君という優秀な人材を勧誘したい気持ちも分かってほしい」


 エルフの男は真剣な声色でルーンだけを見て語りかける。

 それが気に食わないのか、ハンスの目つきがどんどん鋭くなっていく。

 もう包丁なんぞなくとも食材を切れそうな鋭さだ。

 隣りにそんな物騒なものがあるのに、エルフの男はまったく気にかけている様子はない。


「君にとっては関係のないことかもしれないが、僕は本気で『魔瘴方界(スクウェア)』の解放を目指している」


「――え?」


 一瞬で目が覚めた。

 その単語はテルスにとっては自分の髪が三つ編みになることより、よっぽど意識を覚醒させる重要な単語だ。


 自分が拾われた、まさにその領域のことなのだから。


「僕たちは『浄化師』に認められ、人々の希望を背負い、あの魔物の巣窟へと足を踏み入れる。それが僕のクランの目的だ。だからこそ、僕はリーダーとしてクラン全体の生存率を上げるべく、優秀な人材の勧誘を怠るわけにはいかないんだ」


 真剣だった。

 その目がどこまでも真剣だったからこそ、テルスにも分かる――この人は違う、と。


「そう。一応、聞いておくけどさ、ここにもまだ優秀な人はいると思うよ。その人たちは誘わないの?」


「何を言っているんだ? この場にいるエルフは君だけだろう」


 心底不思議そうに言うエルフの男の目は、自分を救った男の目とは何かが決定的に違っていた。

 その目を見ていると何故だか、この人には無理だとテルスは思ってしまうのだ。


「僕の手際に驚いたのかい? 確かに僕のクランは精鋭だからね。強力な魔法がなければ『王』どころか、マテリアル《Ⅳ》すら人は倒すことができない。ならば、魔瘴方界(スクウェア)を目指すのにあたり、魔力に優れる種族であるエルフを揃えることは当然さ」


「本気で言っているならもういいよ。あのさ、エルフは魔力の扱いに優れていても、身体能力は魔力や魔法ありきなんだから、他種族より脆弱だっていうことは覚えているよね?」


「それくらいなんともないだろう? 魔力さえあれば、身体能力は変わらないのだから。別段、劣っているとは思わないね。それよりもルーン、返事を聞きたい。どうか、人々を守るためにも僕たちのクランに入ってくれないか?」


「……その考えだけは立派だと思うよ。でも、断る」


 ルーンがにべもなく断った瞬間、エレンリードとその背後に控えるエルフの魔力が苛立ちからか高まっていく。

 それと同時に、ハンスとミケの魔力も臨戦態勢に入っていた。

 一触即発。そんな空気が高まっていき、


 ギルドの騒ぎ声が止んだ。


 誰もがある一点を気にしている。

 ジョッキを片手に、フォークを握ったままで。駒者(ピーセス)が、ギルドの職員が、皆が。吸い寄せられるようにルーンを見ていた。


「エレンリード、私は貴方とは死ねない。魔瘴方界(スクウェア)……私たちのような者では、踏み込むだけで息絶える死の空間。人が生きることができぬ魔物の世界であり、人の世を侵す瘴気が満ちる領域。何もしなければ、いずれは飲まれることが分かっていようと、あれに挑むのは憐れな浄化師と蛮勇を振るう者しかいない」


 歌うように紡いでいくルーンの声にテルスは聞きいっていた。

 今のルーンはテルスの知っているルーンとは違う。

 その声に、立ち居振る舞いに、計り知れぬ重み・・があった。


「……手厳しいね。それに希望である浄化師を憐れなんて言うのは君だけだよ」


「何が違う? 望まないのに、そういう力を持ってしまったあれに選択肢はない。そういうものだと諦めるか、その道の先に本当に希望があると信じるしかない。どちらにせよ、死んだ数を見れば分かるだろう?……まっ」


 すっと空気が軽くなる。

 ルーンが纏っていた何かが霧散した。解かれた重圧に徐々にギルドは騒がしさを取り戻していく。


「私はまだ死にたくない。あそこに行くのは死ぬ覚悟が決まっているか、それ以上に守りたいものがあるときだけだよ。今の私は進んで死にに行くなんて、お断り。さて、エレンリード、話の続きなら外でしようか。ここでは迷惑になるから」


 はっきりとそう告げ、ルーンは止めようとするハンスを目で制して席を立った。


「大丈夫なの?」


 大勢のエルフを連れてルーンは店の外に出ていく。

 それなのに、ファル団長は呑気に食べ物を口に運び続けている。


「大丈夫、大丈夫。ルーンは強いですから。むしろ、私の方が……うっ!」


 ファル団長が急に苦しみ始めた。

 丸いお腹を手で押さえ、何かに堪えるように呻いている。


「え、だ、大丈夫?」


「うっ、ぐ……テ、テルス君、手を……」


 ピエロメイクの顔を苦痛に歪ませ、ファル団長は手を伸ばす。

 まさか、さっきのエルフたちが魔法で食事に何か仕込んだのか。

 ルーンを引き抜くためにファル団長に毒を盛ったとか。

 事態についてゆけず混乱したまま、テルスがファル団長の手を握ると、


 ぽろっ、とファル団長の腕がとれた。


「……え?」


 ここにきてテルスの思考は周回遅れにされた。

 握手しているようにテルスの手はファル団長の大きな手を握っている。

 ただし、肩から先の本体がついてない。

 目を丸くして固まるテルスだったが、ファル団長はテルス以上に目を丸くして信じられないといった表情を浮かべていた。

 え、何これ。手が取れたけど、大丈夫なんだろうか。

 赤と白のストライプ入りのハムのような腕をとりあえずテーブルに置き、テルスは途方にくれる。

 だが、そんなテルスにさらに追い打ちが入る。


「う、あ、あああああああ――!」


 低い悲鳴を上げながらファル団長がしぼんでいく。

 服の隙間から毒々しい紫の煙を吐き出しながら顔はどんどん枯れていき、数秒後には丸々としていた顔は干からび、もはや恐怖しか感じないピエロの顔がテルスに迫る。


「うわっ」


 テルスの拳を受け、ファル団長がのけぞる。

 あまりの気持ち悪さに思わず手が出てしまった。

 急に自分の前に干からびたピエロの顔が近づいてくることには耐えられなかったのだ。仕方ない。


「ひ、ひどいよ、テルス君……ああ、君のせいで、もう私は、立つことも、歩くことも……丸くて愉快な体で皆を笑顔にすることもできない……ああ……」


「え、ええ?」


 そんな恨み言と共にテーブルの向こう側に倒れていくファル団長。

 本当によく分からないが、なんとか助けてあげるべきだった。

 気持ち悪くても、殴るのは駄目だった。

 後悔にテルスは唇を噛む。

 しかし、お亡くなりになったはずのファル団長はというと、いつの間にかテルスの正面から、隣に移動して料理をパクついていた。

 体は元通りのボール体形、おまけにミケを肩車までしている。

 テーブルの上に置いたはずのハムみたいな腕もいつの間にか消えていた。


「さて、ちょっと痩せちゃったから、たくさん食べて丸くならないとね。テルス君もいっぱい食べないと私みたいなボール体形になれないぞ。ほら、お肉」


「え、あ……はい、頑張ってボールになります」


 皿に積み上がった肉に手を伸ばしながら、テルスは考えることを放棄した。


「なあ、ファル団長。あんたのその悪戯はもはやホラーだろ。いくら悪戯大好き《トリック大道芸団》とはいっても、子供にやるようなもんじゃねえよ。というか、あんたは世界に笑顔じゃなくて、悲鳴と涙を届けてるんじゃねえか?」


「ほう、私の悪戯に口を出すとはハンス君も言うようになりましたね。では、君の芸という名の悪戯を見せてもらいましょうか」


「は? 何で俺が……ま、いいけどよ。ほら、坊主。一回しかやらねえから、よく見ていろよ」


「おお、ハンスが自分から働くなんて珍しい!」


「ミケ、人聞きの悪いことを言うな。俺は多分、この中では一番働いている」


 テルスの斜め前に座るハンスが怠そうに両手をテルスの前へと伸ばす。

 その手の中にはリボンで包まれた青い箱と赤い箱が握られていた。


「いいか、ここに青い箱と赤い箱がある。坊主、どっちもうまい菓子が入っているが、どっちが欲しい?」


「え、何のお菓子かは教えてくれないの?」


「そうだ、直感で選べ」


「そっかー。じゃあ、両方」


 少しも悩まず、真っ先に思ったことを口にした。

 どっちもおいしいお菓子が入っているなら、そりゃあどっちも欲しいと思うのが人間というものだ。

 テルスの返事を聞くと、ハンスはにやりと笑った。

 ずっと不機嫌そうだったハンスが笑ったことにも驚いたが、笑った方が怖い顔になるとは思わなかった。

 まるで、良くないことを思いついた悪役のような笑みだ。


「おっ、坊主分かってるな。あー、テルスって名前だったな。じゃあ、テルスしっかりと目ん玉かっぽじって見てろよ」


 二つのプレゼント箱が天井高く放られる。

 お手玉のように宙を舞い、幾度かハンスの手に戻って来ると――パン!

 ハンスは二つのプレゼント箱を押しつぶすようにして手を合わせた。


「……お菓子」


「おいおい、んな悲しそうな顔するなよ。まだ終わってないぞ。ほれ、一、二、三っと!」


 ポンっと軽快な音とともに紫色の大きな箱が現れる。

 大人の手のひらに収まるような大きさではない、テルスが抱えるほどの大きさの箱だ。

 ハンスに促され、箱を開けてみると大きなケーキが入っていた。


「うわ、すごい!」


 甘くいい香りがするチョコレートでコーティングされたケーキ。

 表面に『欲張りな君に』と白い文字が書かれている。

 あまりのサプライズにテルスの口元は緩みっぱなしだ。


「これ食べていいの?」


「ああ、いいぜ。感想はちゃんと言えよ。あと、一日で全部食うとそこの団長と同じになるぞ……さて、団長。歓声の大きさでどっちの勝ちかは分かってるよな?」


「うぐう~ハンス君のくせに生意気だ……あ、私もケーキを食べていいですか?」


 ファル団長は何処からか取り出したハンカチを噛みしめ悔しがる。

 でも、それも数秒だけのこと。

 テルスを頷かせ、すぐにケーキを切り分け始める。

 ちゃっかり、テーブルには食後のデザートが並び始めていた。


「ハンスのくせに、こんな美味しそうなケーキを作れるなんて本当に生意気」


「うるせえぞ、ミケ。俺は料理ができる男なんだ」


「そうだねー、トリックではハンスが一番料理上手だもんね。それとも、あれかな。好きな人を射止めるにはまず胃袋からなのかな?」


「ミケ。お前、そのケーキ食わせ――」


「ごめんなさーい!」


「……絶対、反省してないだろ、お前」


 二人のやり取りを余所に、テルスとファル団長はいそいそとケーキを皿にのせ、紅茶を注文し、優雅なティータイムの準備を進めていた。

 ちょっと前までくらくらしていた頭はどこにいったのか。

 チョコレートの甘やかな香りと、テーブルに運ばれてきた紅茶の芳香に、テルスはすっかり目が覚めて気分も良くなっていた。


「あ、ファル団長。やっとタマが帰ってきたよ。ケーキをもう一つ用意して」


「タマ?」


 そういえば随分前に席を立っていた気がする。

 ミケの言葉を聞いてギルドを見回すが、タマの姿はどこにも見当たらない。


「いないけど、どこ?」


「そっちの魔石の鑑定のとこに行ってたみたいだよ。今、出てくる」


 ミケがそう言い終えると、ちょうどギルドの奥の扉からタマが飛び出てきた。

 あそこは魔石に封じ込めた瘴気の鑑定をする場所だ。

 水を取りに行ったはずのタマがあそこにいたなんて、入ったところを見ていないと分かるはずがない。


「何で分かったの?」


「魔力でなんとなく分かるよ。こうビビッてくる」


 確かに、人それぞれで魔力の感じは違う。

 色で例えるとルーンが翠で、ミケが紺、タマが藍といった感じだろうか。

 他にも人によって温かい感じがしたり、冷たい感じがしたり、魔力は人それぞれ異なるものだ。

 だから魔力を感じ取ることができれば、タマだと分かる。

 しかし、魔法を使っているときや、先ほどのエルフの集団のように魔力で威圧でもしているならまだしも、何もしていない状態であんな遠くの魔力を感じ取るなんてことが可能なのだろうか。


「ふふ、気になっているようですね。では、私が少し教えてあげましょう。テルス君は魔力をどうやって感じ取っているか分かりますか?」


 ケーキを口に運びながらファル団長が問いかける。


「それは……意識を集中させて」


「ふむ、それであってますよ。小さな音を拾うときに耳を澄ますのと同じ要領ですね。我々は意識を魔力の波長に集中させることで、外の魔力や魔素、それに瘴気を感じ取っているというわけです」


「波長ってなに?」


「魔力が持つ特性のようなものですかね。主に先天的に持つ属性に関わる部分ですが……どうも、魔力というものは同じ波長に近づくほど、感じ取りやすいという特性があるようなんですね。親や兄弟といった近親者はこの波長が似ていることが多いわけです。だから、姉妹であるミケとタマはある程度、離れていても互いに何処にいるか、何をしているのかが何となく分かる。いやあ、芸にも役立つ素晴らしい特性だ! おかげで私、ぼろ儲け」


「それって、親や兄弟を魔力で――」


「ああっ! ずるい、ケーキ食べてる!」


 この世の終わりのような声がテルスを遮った。

 帰ってきたタマがテーブルに手をつき、恨めしそうに皆を見ている。

 しかし、それも自分の分があると気づくまでのこと。

 すぐに頬は緩み、タマはテルスの隣に座ってケーキを頬張り始めた。


「何してたの?」


「魔石の鑑定にケチつけてた。最初の金額だと安すぎ。はいこれ、今日の報酬」


「ありがとう。え、いっぱいお金が入ってる……」


 タマから渡された袋をのぞくと、銅貨ではなく銀貨が入っていた。

 一、二、三……十枚くらいはある。

 ということは一万チップ近く入っている……。

 かつてない大金を前に、不安になってきた小心者は思わずタマに尋ねる。


「……これで鑑定合ってるの? というか、どうやって魔石って鑑定するの?」


「それは」「色合いとか濃さを見て判断するんだよ」


 タマの言葉を継いでミケが答える。

 流石にファル団長の肩の上でケーキを食べるのは難しいのか、ちゃっかりテルスとファル団長の間にミケは座っていた。

 向かいはハンス一人なのに対して、こちらはタマ、テルス、ミケ、ファル団長と随分ぎゅうぎゅうだ。


「ミケひどい。私が教えようとしたのに」


「ふふーんだ。こういうのは早い者勝ちだよ、タマ」


 魔石とはそういう見分け方をするのか。

 自分を挟んで口喧嘩を始める姉妹を意識から追い出し、テルスは瘴気を吸収した魔石を思い返してみる。

 だが、濃さはなんとなく分かっても、色合いというのはさっぱりだ。

 どれも濁った黒にしか見えなかった気がする。


「ま、いっか」


 気になることが多すぎて、楽しみだったケーキにもありつけてなかった。

 この人たちといると、勉強とは違う知らないことを色々と教えてもらえて本当に楽しい。

 テルスにとって、ルーンたち《トリック大道芸団》は自分の世界を広げてくれる人たちだ。

 この人たちに会えたからこそ、やりたいことに手を伸ばせるようになった。

 今だって、このケーキの美味しさにテルスは目を輝かせる。


「おいしい! ハンスさん、どうやって作ってるの?」


「ケーキの作り方なんて口で言っても分かんねえよ。機会があったら教えてやる」

 

 それは楽しみだ。

 何だかんだで料理の作り方を教えてくれるハンスと、それを隣でからかうミケとタマが頭に浮かぶ。

 きっと、ファル団長は食べるの専門だろう。ルーンもきっとそうだ。

 誰かとご飯を食べながら、語り合う。

 そんなことテルスはしたことがなかった。

 もう少しだけ、夜の楽しく賑やかな時間は続く。

 帰ってきたルーンが「私のケーキは!?」と叫ぶまで、テルスは《トリック大道芸団》と話に花を咲かせていた。

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