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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
三章
53/196

定めたルール

 光陰矢の如し。

 騎士選定(セレクション)まで残り一日。

 歩む道を決断するためには短すぎる時間。しかし、足りないからといって時計の針は待ってはくれない。無慈悲に時は刻まれていく。


 そして、シリュウも当然待ってはくれない。


「囲めっ! 囲めっーーー!」


「まだだっ! まだ、終わってない! ここで耐えなければ終わるぞ!」


 怒声の如き号令が訓練場に木霊する。黒の鎧は土煙に汚れ、衝撃に凹み、耐えることができず欠けていく。だが、兵士たちは象徴たる鎧が壊れようと、心は屈していなかった。

 兵士たちに相対するは、ただ一人。

 ただし、その一人は頂点に位置する一人。一騎当千の力を持つ者だ。


 シリュウ・ドラグオン。


 男は身を守る防具すらつけず、飄々と歩いてくる。赤い目を気だるげに細めて、片手間に刀を振るい、間隙なく襲いかかる魔法を斬り裂きながら。


――騎士団《黒騎ノックス)》団長。


――マテリアル《Ⅳ+》。


 その肩書は伊達じゃなかった。隔絶した実力を前に兵士は慄き、振るわれるたびに刀身から散る火の粉に後ずさる。勝てない。十人以上が囲んでいるのに、勝利できるイメージがまったく湧いてこない。


 そんなクライマックスな光景の後ろで、取り残されたテルスはポツンと立っていた。


「……なにこれ」


 数分前まで、テルスはシリュウにボコら……稽古をつけて貰っていた。しかし、ノリのいい騎士団の団員達が一人、また一人と稽古に乱入していき……気がついたらこうなっていた。


「無理だ! あれは人じゃない。なんかもっと、名状しがた――ぐぼあっ!」


「マァーーールゥウウウゥーーー!! くそっ、おい、テルス! お前も動け!」


「あ、はい」


「今だ! 総員【魔弾】掃射っ!」


「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」


 指揮官の号令に応えるように空を裂くような砲声が上がった。テルスもなんとなく叫びながら【魔弾】を放っている。

 効果も色も多種多彩な魔弾の群れがシリュウへ殺到する。


 しかし、


「足らんな。今日はウェルダンにしてやろう」


 紅蓮が大蛇の如く刀身に纏わりつく。高まる魔力。朧に揺れる陽炎。熱気と共に押し寄せる圧倒的な死の気配。間違いない。テルスは直感した。


「――あ、これ死んだ」


 視界一面が真紅に染まった。

 とりあえず、テルスが覚えているのはそこまでであった。











「散々な目にあった……もぐ」


 最後の一撃で訓練場は半壊。シリュウは騎士団総長の説教を受けるため連行されてしまった。

 当然、稽古は中止である。よって、テルスはひじょーに残念ながら、王都の散策に繰り出した。その手にはすでに、屋台で見かけた白くて丸いふわふわした食べ物が握られている。


 コケ饅というこの食べ物は、コケと呼ばれる高級食材――トサカが巨大化した鶏みたいな飛べない鳥――を一口サイズに切り、特製のタレで炒めてふわふわの白い皮で包んだものだ。

 片手で持てるサイズでいて決して少ないと感じないボリューミーな具。噛めば噛むほど口の中に広がるタレの甘辛さと肉汁の旨味。それでいて具を包む皮との調和が素晴らしく、くどくなることはない。気づけば一口、二口と食べ続けている。


 ああ、美味い。これと出会っただけで、王都に来た甲斐があるというものだ。


 流石は王都、セレネの中心である。指に付いたタレを舐めながら次はどの屋台にしようか、と思案するテルスだったが、いざ買おうと財布の中身を確認したところで肩を落とす。


「あんまり買うと、ソルの分がなくなっちゃうよなあ」


 王都で一緒に食べ歩きをすると言っていたし、ここでお金を使って一人で美味しい料理を食べるのは薄情というもの。そう言い聞かせ、テルスは泣く泣く屋台が集まる通りを後にした。


 テルスがいるのは王都の市街地。

 顔を上げれば、王都の中心に位置する巨大な王城が目に入る。一言で王都と言っても、王城がまったく見えないような場所も珍しくない。なら、ここはまさに王のお膝元といっていい場所だろう。


 輝くような白い石壁、高い槍を思わせる尖塔。石造りの王都の城下町や、色鮮やかな屋根の建物。王都の景観はリーフと違った美しさがある。


 そして、その賑わいもまたリーフとは異なっていた。


 まず、人の数が違う。広場には壁と称するしかないくらい隙間なく人が集まり、通りは様々な人種が行き交っている。服装も実に多様だ。水着に近い露出の多い服の人もいれば、もう夏なのに肌を全く見せないロングコート、ロングスカートの人までいる。甲冑姿の兵士、リーフと違い薄黄色の衣の衛兵。あのラフな感じなのは駒者ピーセスだろうか。

 というか、


「あっれー。君ってこの前、夜会にいた人じゃない?」


 ラフな格好の駒者ピーセスはつい先日、見た人であった。しばし、記憶を探るように視線を泳がせ、テルスは手を叩いた。


「えーと、確か……あっ、『地雷』の人?」


「合ってるけど、その覚え方は酷くない!?」


 心外だ、とばかりに『地雷魔女』ことミーネは詰め寄ってくる。

 改めて近くで見ると、ミーネとテルスは歳がそう離れていないと分かる。幼さが少し残る顔、健康的な日に焼けた肌、そして、表情が子供っぽい。もしかしたら、テルスの方が年上かもしれないくらいだ。


「ふーんだ。いいよ、いいよ『地雷』で。慣れてるもんね、初対面の人に『地雷』だのなんだのと言われるのは。明日の騎士選定(セレクション)で絶対、ぎゃふんと言わせてやるんだから」


「そっか……じゃあ、ぎゃふんって言えば許してくれる? ぎゃふん」


「馬鹿にしてるよねっ! それ絶対、馬鹿にしてるよねっ、君!」


「お、落ち着こう。ほら、このお菓子あげるから」


 ポケットから出した飴ちゃんを渡すと、ぷんすか怒っていたミーネの機嫌が目に見えて良くなった。が、口に飴玉を入れると途端に苦々しい顔になる。


「うえ~、あたし、ミントはすーすーして嫌いなのに」


 渡した飴玉が外れだった。折角、機嫌を取ったのに数秒後には元通り不機嫌そうにしている。実に気分屋な少女だ。そんな少女をテルスはしげしげと眺める。


 明日、戦う一人として。


 明るい茶色のくせ毛は肩に届かないくらいの長さ。目はキラキラと輝くように澄んでいる。半袖の上着にショートパンツ。活発そうな印象、動きやすそうな恰好の割に武器の類は見当たらない。しかし、この少女が魔法を主体に戦うスタイルをとっている、というわけではない。

 腰の巨大なポーチの中身こそ、ミーネの武器だ。


「あっ、ポーチの中が気になるのっかな~?」


「うん」


「す、素直だね。じゃあ、教えてあげる代わりに、君……テルるんのことも教えてよ。明日の出場選手の中で特に情報のない一人なんだよね、テルるんって」


「いいけど……テルるん……」


 なんかこの愛称で呼ばれると気が抜けてくる。何とも言えぬテルスの様子を気にもかけず、ミーネはテルスの背を押していく。


「どこ行くの?」


「広場のベンチ! 屋台でご飯食べつつお喋りしよっ!」


 肩越しににこやかな笑みを見せるミーネ。テルスも思わぬチャンスに笑みを浮かべる。仕方がない。そう……理由ができたから、ソルの分まで買い物をしてしまうのは仕方がない。

 理由は違うものの、やたらいい笑顔の二人。そんな二人にさらに声がかかる。


「すみません。僕もご一緒していいですか?」


 テルスが振り返れば、そこには見覚えのない青年が立っていた。

 存在感が希薄な青年だった。褪せた銀髪に白い肌。その碧眼はどこか眠たげに見える。なんだか、高めの身長に反して、道行く人に紛れ消えていってしまいそうな雰囲気が漂っていた。


(……駒者ピーセスかな?)


 青年は黒い服の上に鉄製らしき鎧をつけ、群青のマントを羽織っている。こういった動きやすい軽鎧に、砂塵や草木から身を守るマントは駒者ピーセスの特徴だ。


「あっ、えーと、ちょっと待って。出かかってるんだけど、あー、うーん……リ、リ……そうだ! リシトルさんだ!」


 青年に見覚えがあったのか、ミーネはしばらく悩むと自信満々に名を呼んだ。

 しかし、青年はどこか悲しそうな顔で首を振る。


「いえ、違います……リシウスです。そんな借金取りみたいな名前じゃないです」


「そうそう、そんな名前だったや。ごめんなさい」


 ぺこり、と頭を下げるミーネ。


「それで、リシ……さんもお喋りする? 明日の大会に出るもんね」


 ただし、反省の色は見られない。

 青年の名乗りを聞いて、テルスも『リシウス』のことを思い出した。ブルードの夜会でこの青年の姿を見た覚えはない。だが、『リシウス・ジャック』という名はティアから聞いた情報の中にあった。


 マテリアルは《Ⅳ》。しかし、クランに属さず、一人で駒者ピーセスの活動をすることが多いらしい。つまり、単独で《Ⅳ》を取ったのなら、その実力はメルクやエレンリード以上かもしれない。間違いなく甘く見てはいけない相手だ。


 そんな、雰囲気に反して輝く強さを持つ青年はミーネの唐突な提案に頷き、小さく微笑みを浮かべた。


「ええ、是非」











 広場のベンチに並んで腰かけた三人は当初の目的を忘れたかのように、コケ饅を両手で持ち頬張っていた。話すためにこのベンチに座ったはずが、三人ともまったく喋らない。美味しい料理は人を無言にさせると言うが、その通りだった。


 ベンチの真ん中に座ったテルスはコケ饅を味わい幸せに浸っている。もっとも、二人の反応もテルスとそう変わらない。


 テルスの右側に座るリシウスは元々口数が少ない人のようで、時折頷きながら声もなくコケ饅に舌鼓を打っている。左側に座るミーネは食べ終わるまではこっちに戻ってこないだろう。目を輝かせて口いっぱいに頬張っている姿はどこかのネズミにそっくりだった。


 そして、数分後。

 コケ饅を食べ終わった三人は口々に感想を言い合っていた。


「ふうー、ごちそうさまー。やっぱ、王都のご飯は美味しいね」


「そうですね」


「でしょ。色々と旅もしたけど、王都の料理が一番かな~。勿論、地方の料理もいいんだけど」


「あっ、いいな、そういうの。俺もいつか色んな地方の料理を食べてみたいなあ」


「南の激辛料理がオススメです」


「えっ、あれは無理だよ。人が食べたら死んじゃうって。あれよりも北都辺りで食べられる甘い雪菓子の方がいいよ、絶対っ!」


「あれは甘すぎてちょっと……」


「そっかー。いつか、どっちも食べてみるよ。俺は辛いのも甘いのも大丈夫だし……で、何を話すんだっけ?」


「そうだった! 色々と教え合いっこしようって話だった。じゃあ、私っから~」


 思い出したとばかりにミーネは手を合わせた。にこにこと天真爛漫な笑みを浮かたミーネは膝に置いたポーチを中身が見えるように広げ、自己紹介を始める。


 広げたポーチの中。

 そこには、これでもかと爆弾等の物騒な品々が詰め込まれていた。


「名前はミーネ・ドラグオン。出身は南都のドラグオン孤児院で、マテリアルは《Ⅲ+》の駒者だよ。武器は御覧の通り爆弾と色んな罠! 次はリシさん!」


「え?……リシウス・ジャック。出身は北都です。マテリアルは《Ⅳ》、得意なのは剣と炎の魔法ですね。テルスさん、どうぞ」


「俺はリーフの方のドラグオン孤児院出身。だから、名前はテルス・ドラグオン。マテリアルはなし、武器は主に刀と基本魔法」


 ほんの十秒程度で三人は自己紹介を終えた。

 テルスはあまり経験がないが、即席のチームでギルドの依頼をするときは、こうして出身、マテリアル、使用する魔法や武器を含めた自己紹介をすることが駒者ピーセスの慣例となっている。


「テルるんも『ドラグオン』だったんだ」


「まあ。でも、俺は南の孤児院には行ったことがあるけど、ミーネを見た覚えはないなあ」


 『ドラグオン』を名乗るのはシリュウか孤児院出身の子供だけだ。ミーネは同じ境遇であったことが意外だったのか、僅かに驚いた顔をしていた。


 テルスにとってもミーネの存在は意外だ。

 仕事で孤児院に顔を出しているテルスにとって、『ドラグオン』に会うことは珍しいことではない。

 しかし、自分のまったく見覚えのない人物が、マテリアル《Ⅲ+》の駒者ピーセスをしていることは驚きだった。


「私は外でばっか遊んでたし、あそこを離れるのも早かったからね。最近はソロだけど、昔は色んなクランについていって、色んな場所に行ってたんだ」


「そっか、道理で会ったことがないわけだ。それにしても、色んな場所に行くのは楽しそうだなあ」


「ええ、そうですね」


 懐かしそうに語るミーネにテルスとリシウスが頷く。


「あれ、リシウスさんはあまり拠点の移動はしないの?」


「最近は結構しますよ。今も王都に来てますし。南都の前は、葉風の町リーフにも行きました」


「私は行ったことないなあ。緑が綺麗ってことくらいしか知らないや」


「それでほぼ合ってるよ。というか、二人とも出身地の料理が苦手なのか」


 しばし、三人は明日戦うとは思えぬ和やかさで談笑していた。

 しかし、表はそうでも裏は違う。ただ和やかに話をしているのではない。殺伐としたものではないが、戦う相手の情報収集も欠かしてはいなかった。こういうところは、もはや駒者ピーセスの職業病といっていい。


 いつも狙っている魔物は、といった迂遠な質問から、どういう相手が一番困るか、などという率直な質問まで、つい三人は自然に聞いてしまうのだ。


 城下町に鐘の音が優しく響き渡った。気づけば日は傾き、広場を行きかう人々も少なくなったように思える。ふと、王城の方に目をやれば、僅かに赤く染まった光が白い城壁を染め上げていた。


「ん~、楽しいけど、そろそろ明日の準備をしないと」


「じゃあ、お開きにしようか。色々、話を聞けて面白かったよ」


「僕もです。でも、僕とテルスさんはともかく、ミーネさんはあまり自分の情報を話さない方が良かったのでは?」


 おずおずといった様子でリシウスは尋ねる。

 確かに、テルスとリシウスは自分の戦い方を喋ろうと対策には限りがある。それに、少なくともテルスは自分の奥の手まで喋ってはいない。しかし、ミーネはこの爆弾はああで、こっちの地雷はあれが大変だ、といったふうに苦労話と一緒に多くの情報を対戦相手に渡していた。


 だが、そんなことは関係ないとばかりに、ミーネは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふふん、そう思う? でも、私のルールは『安全第一』だからね。別に今日の話で私が困ることは絶対にないよ。明日は二人とも気をつけた方がいいよー」


 ミーネは己に課したルールを持ち出してまで、二人の懸念を否定した。


「嘘でも混ぜていたのですか?」


「そんなことしてませんー」


「そうですか。でも、ルールを持ち出すのなら、心配は無用ですね。おや、テルスさん、どうかしましたか?」


「そっか。ルールか……なんでもない。じゃあ、また明日」


「うん、じゃあねー!」


「はい。また」


 二人に手を振り、別れを告げるとテルスはその場を後にした。


(なんだかんだで、話せて良かったな)


 浄化師や貴族。そういった人ではなく、自分と同じ駒者ピーセスと話せたことで、テルスの中にあったある迷いは晴れていた。


――駒者ピーセスは己が課したルールに従い生きる。


 古い慣習とルーンは言っていたが、テルスが出会う駒者ピーセスのほとんどは何かしらのルールを持って生きていた。


 ルーンは『楽しく生きる』。

 ファル団長は『笑顔を届ける』。

 メルクは『強くなる』。

 ミーネは『安全第一』。


 そして、テルスは『約束を守る』。


 約束を守る。これがテルスが課した絶対のルールだ。

 だからこそ、テルスにはもう一つ守らなければならないことがある。


 楽しく生きること。ルーンと約束し、受け継いだそれを守らなくてはいけない。


 だったら、どうすべきかは決まっていた。自分の気持ちなんて最初から、あの夜の庭園で寂しげな顔を見たその時から決まっている。ああいう顔をした人を放っておくなんて教えはテルスは誰からも受けていないし、なにより、


 自分が見ていて楽しくない・・・・・


 それに、あんな寂しげで諦めたような顔を見ていると――何かがテルスを突き動かす。

 まるで、忘れてしまったものが、もう消えてしまったはずのものが叫んでいるかのように。


「道化は笑顔を届けるもの……いいかな――」


 呟くいくつかの名から返事はない。テルスの声は誰にも届くことなく虚空に消える。もしかしたら、一生その答えを聞くことはできないかもしれない。


 それでも、記憶の中の道化師たちは力いっぱい背中を押してくる。


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