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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
一章
5/196

駒者のルール

「来る……かな」


 テルスは森の奥に視線を向ける。

 なんとなく魔物がどっちから来るのか分かった。

 数までは分からないが、多分さっきよりは多いだろう。

 魔力を溜めつつ、テルスはカニスを待ち構える。迎え撃つ準備だけなら、とっくの昔に終わっている。あとできることは、待つことだけ。


「――あ、来た」


 繁みを切り裂くようにして犬型魔物カニスが現れた。

 テルスの数歩先に着地したカニスは牙の隙間から涎をこぼし、四肢に力を漲らせ地面を踏みしめる。

 その力を解放し跳躍すれば、テルスとカニスとの間合いは一瞬で消え去る。

 それが分かっていてなおテルスは笑みを浮かべ、逸る心を抑えながらカニスに手を向けた。


「【魔弾】」


 呪文と同時に、テルスの掌から灰色の光が走った。


 行使するは基本魔法の一つ、【魔弾】。

 魔力を飛ばすだけのシンプルな術式だが、それゆえに工夫し甲斐がある魔法だ。とはいっても、テルスはまだ【魔弾】の術式に手を加えていない。

 それでも、テルスが放った灰色の光弾はカニスを貫いた。

 餌に飛びかかることしか頭になかったのか、カニスは【魔弾】を避ける素振りすら見せなかった。

 仮に、テルスをただの餌と侮っていたのなら、瘴気へ還っていくその様は当然の末路に他ならない。


「これで一体」


 だが、勝利を喜ぶ暇もなく、新たに二体のカニスが姿を現す。

 これはまずい。

 カニスたちが一直線に飛びかかるより早く、テルスは脱兎の如く逃げ出した。

 今のテルスの魔力量では【魔弾】の連射は残念ながらできない。

 基本魔法の【魔弾】ですら、数発しか撃つことができず、カニスを仕留めるのに魔力を溜める必要があるくらいなのだ。

 実戦ではまだまだこの魔法は使い物にならない。


「……あそこにしようか」


 でも、テルスが頼りにしているのは【魔弾】ではない。

 逃げながら『三』と書かれた木を見つけ、テルスは無邪気な笑みを浮かべる……なお、その後ろでは魔物が涎を垂らしながら迫っている。


「よし、三番発動」


 三番の木に到着すると同時に手を地面につけ、魔法を発動。

 足場が崩れ落ち片方のカニスがポカリと開いた穴に吸い込まれていく。

 やはり、罠が一番。

 落とし穴の底には竹槍を仕込んであるため、カニスがどうなったかは言うまでもない。


「最後は剣」


 これで、残り一体。

 ふんす、と鼻息荒くテルスは剣を構える。

 カニスは【魔弾】を見ていたのか、不用意に飛びかからず様子を窺っている。

 先に動いたのはテルスだった。

 剣先を真っ直ぐにカニスに向け、突進する。しかし、その剣は届かない。

 カニスは剣が届く間合いに入るとすぐ逃げてしまう。決して自分からは動かず、隙を待ち続ける。

 それはテルスからすると面倒な行動だ。

 テルスの小さな体では剣を振ろうと魔物を切り裂くほどの力はない。

 魔力で強化しようとも致命傷には届かない。

 カニスも本能でそれを理解しているのだろう。

 何度かテルスが突進しても、変わらずカニスは攻撃を躱し続けた。


「……別に剣で倒せるとは思ってないし……」


 半分は負け惜しみ。もう半分は、


「やっと、そっちに行ってくれた。五番発動。あっ、躱された。じゃあ、次」


 テルスのテリトリーに踏み込んだカニスに次々と罠が牙を剥く。

 この辺りはテルスが掘った落とし穴だらけだ。というか、落とし穴しかない。

 他の罠は残念ながら技術不足なため、鋭意勉強中だ。

 崩れ落ちる足場から逃げ出そうとカニスは辺りを跳ね回っている。

 だが、しばらくすると不安定な足場にカニスは僅かに体勢を崩す。

 その隙は見逃さない。

 ここ数ヶ月の努力を放出するように、テルスは罠を一気に起動させた。


「あの辺りは七番。じゃあ、七から十二番発動」


 無情にもその言葉とともに、カニスの周囲の地面が消失した。

 まるでハチの巣のように連結した穴の一つにカニスは吸い込まれるように消えていく。結果は串刺しだろう。


「よし、勝った。【チェック】」


 黒い瘴気がテルスの周りに渦を巻きながら集まっていく。

 ルーンたちと別れてから、複数の魔物と戦ったのはこれが初めてだ。

 ただ、これまでの努力の結晶はテルスの掌の上で黒く黒く染まっていた。


「テルス、すごいじゃん!」「うん、すごい。食べられちゃうと思ってた」


 背後からミケとタマが抱き着いてくる。

 勢いよく飛びつかれ、転びそうになるテルスを支えたのは、これまたいつの間にか近づいていたルーンだった。


「おっとと。いやー、流石は私の弟子。魔力の扱いも上々だし、魔法もある程度は形になってるね。うーん、でもちょっと気になるな……テルス、良かったらもう一度、術式を見せてもらってもいいかな? ちゃんと使いやすくなるようにアドバイスもするよ。先生だし」


「いいよ。はい」


 テルスはすぐに灰色の魔法陣を展開した。

 何度も魔法陣を展開するうちに、いつの間にか魔導書記なしでも魔法陣の展開ができるようになっていた。

 テルスにとっては見慣れた魔法陣をルーンたちはしげしげと読み始める。


「ふむふ……むっ? なにこれ……」


「えっ、なんか変だった?」


 魔法陣の術式を読んでいるルーンの顔がどんどん引きつっていく。

 そんなルーンの様子を見て、テルスも何かまずいのか、と不安になってきた。


「変ていうか、あれれ? なんでこれで、あんな魔法に……テルス、この魔法は簡単に言うと補助魔法っていうことでいいんだよね?」


「補助魔法?」


「えーと、【強化】みたいな、魔法を使って何かを補う魔法ってこと。テルスのは、魔力を対象と同じ形にして補う、トランプでいうならジョーカーみたいな魔法でいいんだよね」


「うん、そんな感じ……なのかなあ。自分の体だけじゃなくて、スコップとかも【強化】できたら落とし穴を掘るのが楽になると思って。それと、土を柔らかくしたり、邪魔になった土をどけるようにすると、すごく掘りやすくて――」


「そう、そこ!」


 ルーンのひと際大きな声がテルスを遮った。

 何が変なのか分からず、首を傾げるテルスにルーンは先生らしく人差し指を立て説明を始めた。


「この際、何で落とし穴を効率的に掘るための魔法を開発しているのかは置いておくとして、いい、テルス? テルスが作った魔法はある一点を除けば、そこまで特別でもないの。似たような効果なら、【強化】を始め、武器の切断力を上げたり、武器自体の重さを弄ったり、それこそ、浄化師の【浄光(ルクス)】の魔法だってある。でも、その術式で土をどけたり、自然を操れるのはおかしいの」


「そっかー。でも、スコップにやるのと同じように土に魔法を使ったら普通にできたよ。たくさんは動かせないけど……」


 何も分かっていないテルスの発言にルーンが頭を抱える。

 実際、テルスは自分が使う魔法がどう変なのかもよく分かっておらず、首を傾げ続けていた。

 一方、テルスの隣では、ミケとタマが睨むように灰色の魔法陣を見ていた。


「「私たちもオリジナルなんて、作ってないのに……」」


 どうやら、二人はルーンとは違い、姉の威厳を気にしているようだった。

 ミケとタマは魔法陣から目を離し、じーっとテルスを見つめてくる。

 その突き刺さるような視線に気まずくなり、テルスはそっと目を逸らす。


「うーん、多分、魔素に干渉してるので合っていると思うけど。それだと、ほとんど精霊魔法なんだけどなあ」


「魔素? 精霊魔法?」


「魔素は魔力の素みたいなものだよ。これが集まると精霊になるの。それで精霊魔法っていうのは、精霊に頼んで魔法を発現させる魔法のことだよ。だから、魔素に干渉するってことは、精霊にも少なからず干渉しているから、精霊魔法みたいなものなんだけど……テルスはここにいるの見える?」


 そう言って、ルーンは何もない宙を指差した。

 目を細め、じーっとそこにあるだろう何かを見ようとするが、テルスの目には何も映らない。


「何も見えないよ」


「だよねえ……エルフみたいに魔力とか精霊が視えてるのかと思った。視えてるなら、あんなに自然を操作できるのにも納得できるんだけどな。それに、テルスの何に惹かれたんだろ……可愛さ? 天然? ずれてるとこ?」


 うーむ、とルーンは深く悩み始める。

 やはり、最初に術式を大量に魔法陣に書いてしまったのが間違いだったのかもしれない。

 便利そうな魔法を足したら凄そう、という考えは間違いだったのだろうか……?


「よく分からないけど、おれの魔法ダメだった?」


「そんなことないよ。ちょっと、どうなってんのか分からないだけ。これは変に弄んないほうがいいかな。このまま使い慣れていって、少しずつ細かいところを調整していくといいと思うよ」


「そっか、良かった」


 安心したテルスがほっと息を吐く。

 そんなテルスの頭に手を伸ばしたルーンも何かを諦めたように息を吐いた。


「はあ……これだけ魔法を使えて、魔物を倒せるなら、テルスはもう駒者(ピーセス)見習いと言っていいだろうね」


「ほんと!」


 テルスが歓声を上げると、頭を撫でていたルーンの手が頬へと移動し、ぐうっと挟まれる。


「で、も! 死んじゃうような危ないことは絶対にしないこと! まだまだ、覚えなきゃいけないことは山ほどあるからね。それを覚えたら、試験にも付き合ってあげる」


 釘を刺すルーンの言葉すら、テルスには嬉しい。

 今、ルーンが言ったことはテルスにとって一番、大きな壁だったからだ。

 駒者(ピーセス)になるには二つ方法がある。


 一つはギルドの認定職員の前で魔物を倒すこと。

 もう一つは複数人の証明とともに討伐の証である魔石を提出することだ。


 ギルドの職員に認定を頼む場合は費用がかかり、職員を守る必要もある。

 テルスは一人のため、護衛役も雇う必要もある。

 お金に余裕がないテルスとしては、ちょっと厳しい問題だ。

 しかし、ルーンたちが証明をしてくれるなら、その問題は一気に解決される。

 駒者(ピーセス)になれる。ようやくそれが叶う。

 テルスは満面の笑みを浮かべていた。その素直な様子にルーンの顔も綻ぶ。


「分かった。頑張る」


「返事はいいんだけどなあ……あ、そうだ。テルス、本当に駒者(ピーセス)を目指すのなら、ルールを決めておいた方がいいよ」


「ルール?」


 首を傾げるテルスの目を見つめ、ルーンは話す。

 駒者(ピーセス)の何たるかを。


「そ、ルール。駒者(ピーセス)は魔物を討伐して英雄にもなれるし、未開の地を冒険して誰も見たことがない景色を見たり、精霊石みたいな自然の恩寵ともいうべき宝物だって手に入れることができる」


 それは物語の一幕が如き駒者(ピーセス)の側面。

 しかし、何もせずに手に入るものはない。

 光が強くなれば影が濃くなるように、それら全ては代償を伴う。


「でもね、それらは全て命を懸けて挑むこと。だから、駒者(ピーセス)は自分の命の重みを忘れず、目指す道を見失わないように、一つだけルールを決めるの。これだけは守るっていうような信条みたいなものかな。昔の風習だけど、一応考えておくといいよ」


 正直なところ、今のテルスには自分に課すべきルールなど思いつかなかった。

 でも、いつになく真剣なルーンを見れば、これが大事なことだということは理解できた。


「考えてみる……ルーン姉はどんなルールにしているの?」


「私は単純だよ。『いつも楽しく』ってルール。これが結構、難しいんだよね……さて、お祝いにご飯を食べに行こうか。今日は私が奢ってあげる」


「え、じゃあ、あの高くて買えなかったやつでもいい? 流石にあれは無理かなって思ってたんだ」


「いや――」


「いいよ。ルーンはお姉ちゃんだから、それくらい余裕だよ」「やったねテルス」「今日はお腹一杯美味しいものを食べられるよ」


 ルーンが言葉を挟む隙もなく、とんとん拍子でこれからの予定が作られていく。

 いつのまにか、ルーンはテルスだけでなく《トリック大道芸団》にまで奢ることになっていた。


「ありがとう、ルーン姉!」


「よし! テルス、お腹一杯食べるんだよ!」


 テルスの止めの言葉を受け、ルーンは全てを諦めたようだった。

 子供の無邪気な笑顔には勝つことはできない。

 一目散にリーフへと走り出したミケとタマに追いつこうと、テルスも走り出す。

 しかし、いつになく真剣なルーンの声がその足を止めた。


「ねえテルス、最後に一つ聞いていい?」


「なに?」


「無理してない? あの子たちみたいに、テルスくらいの歳で戦っている子もいることはいるよ。でも、テルスみたいな普通の子が一人で戦うのは……」


「無理? してないよ」


 ルーンが何を言っているか分からない。

 テルスだって、魔物と戦うことが危ないことだということは知っている。

 でも、別に怖くないし、無理だってしていない。

 それがテルスの本音だ。それに――


「それに、まだ――」


「ルーン、テルス。早く行かないと暗くなっちゃうよ」「置いて行っちゃうよ?」


「あ、待って。今行く」


 先を歩くミケとタマの声にテルスはルーンを置いて、走り出した。

 テルスの小さな呟きは、誰に向けたものでもない。

 ただの独り言。ただの確認。

 しかし、ルーンにはその言葉が聞こえていた。

 そして、ルーンは走って行ってしまったテルスにその意味を聞く機会を失った。


――足りない。


 そう小さな声で呟いたテルスの言葉を掴み損ねた。

 聞いていれば、テルスがどうして孤児院にいるのか分かったかもしれない。

 そうすれば、魔物に殺されかけたテルスが魔物を恐れていないことに、違和感を持てたかもしれない。

 テルスはただ前へと走っていく。

 ルーンの心配そうな視線に気づかないまま真っ直ぐに。

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