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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
三章
41/196

不穏で仕方のない空の旅

 リィストを出発し、数時間経った魔動気球の中は次第に静かになっていった。

 東都を出た魔動気球が次に止まるのは、王都の領地に入ってからだ。月下に流れる雲と並んで浮かぶ気球という揺り籠の上、乗客は一人、また一人と眠りに落ちていく。


「おーい、そろそろ、速度落とせよ」


「はいはい。分かってる分かってる。それより仮眠はどっちが先にする? 先に寝るならコーヒーくれよ」


 魔動気球は操縦士が交代して仮眠を取ることになっている。いくら、気球の操作が簡易化されようと自動では動かない。これから先のゆっくりと進む夜の時間を思えば、操縦士が欠伸を我慢できないのも無理はない。

 しかし、今日はその眠気も欠伸も、すぐに消え去ることになる。


「そんなに眠いなら、先に寝ればいいだ――」


 相方の操縦士の声が途切れる。何事か、と魔動気球を操作するパネルから目を離し振り返れば、黒い鈍器が間近に迫り――

 ゴッ、という不穏な音を最後にもう一人の操縦士の意識も途切れる。

 最後に操縦士が見たものは、揃いの土色の外套に身を包んだ二人の姿だった。


 操縦士がいなくなろうと、気球は前へ前へと進んでいく。結界により魔物に襲われる心配もなく、心やすらかに夢を見る乗客たちは気づいていないのだろう。


 自分たちを害そうとするのは、何も魔物だけではないことに。


 魔物の脅威が大きくなるにつれ、人同士の争いは少なくなった。しかし、無くなったわけではない。人は今でも自分の欲望を満たすため、罪を犯す。

 それに気づけなかったのは乗客だけではない。魔動気球の乗組員も例外ではなかった。『魔動気球は安全』という思いが誰もにあったからこそ、その心理の死角は突かれた。


 歓迎されぬ乗客を乗せた魔動気球は静かに夜の闇に浮かび、ただ進んでいく。











 就寝時間を過ぎ、暗くなった魔動気球の中。

 頭上のミニライトの光を頼りに、テルスとタマはゲームに興じていた。窓枠に寝そべって休んでいるソルを起こさぬよう、カードをめくる音だけがか細い光と共に暗闇に溶けていく。

 カードをチェンジする手を止め、数秒。同時に見せあった手札に、テルスはもう何度目かも分からぬ、焦りと驚きの入り混じった声を小さく上げた。


「……また……負けた……」


「ん、ストレートフラッシュ。合ってる?」


 テルスの前に広がるのは、スペードで揃えられた九から十三のトランプ。これでテルスは実に二十連敗を喫した。エルフのお菓子屋で買ったクッキーも、いつの間にか全て奪いつくされている。


(また、一口も食べられなかった……)


 あのお菓子屋で何かを買っても、不思議なことにそれがテルスの口に入ることはほとんどない。もしや、エルフの呪いでも込められているのだろうか。

 

 それにしても、タマの運はおかしかった。ストレートフラッシュなど、テルスは見た覚えがほとんどない。

 あと一つ数字がずれ、確率に喧嘩を売る役を見せられたときには、シリュウに教わり、孤児院で磨き上げたテルスの腕が粉砕骨折することになっていた。


 相手は何故か必ずスリーカード以上を揃えてくる猛者。

 不幸どころか、幸運しか呼び込まない黒猫にリベンジをするため、再びテルスはシャッフルを始める。その目は魔瘴方界スクウェアに挑む並みに真剣だ。


 しかし、それを眠たげな声が止めた。


「ふあ……テルス、もう寝よう」


「えっ、じゃ、じゃあ、あと一回やろう、あと一回」


「それ、さっきも聞いた」


「…………わかった」


 口を閉ざし、トランプをケースに仕舞う少年の顔は悲しそうだった。テルスの目はもはや、泣きそうにすら見える。


 魔瘴方界(スクウェア)で拾われて間もない頃。喋ることができなかったテルスは、いつも一人で絵本を読んで勉強するか、シリュウから教わったトランプで遊んでいた。


 幼い頃から共にあったトランプ遊び。そんな数少ない自信の一つでもあった遊びで、今日初めてルールを知ったようなタマに惨敗した。暇つぶしと、いつも叱られるタマへのささやかな仕返しを込めて始めた遊びは枕を濡らす結果となったのだ。


 落ち込んだあまり、テルスは膝を抱え不貞寝の準備に入る。


「……おやすみ」


「ん、クッキー美味しかった。おやす――」


 そう言って、タマがミニライトへ手を伸ばした瞬間、閉じかけていたまぶたとは反対にタマの耳がピンッと立った。


「誰か来た」


「……こんな時間に?」


 時刻はもう日付が変わろうとしていた。就寝時間はとうに過ぎ、ライトも消えている。窓の外を覗けば、夜空に散らばる星々がはっきり見えるくらい、気球の中は真っ暗だ。

 そんな暗闇の中、テルスの耳にも誰かの足音が聞こえてきた。コツ、コツという硬質な足音に紛れて金属がこすれるような音もする。


 通路を歩くその音は、テルスたちの個室から少し離れた場所で止まった。

 いなくなったのではない。こちらの様子をうかがっているのだ。タマは一層、声をひそめてテルスでは聞き取れなかった特徴を並べていく。


「多分、男。金属入りの靴、帯剣、外套も着用」


「そっかー……めんどくさそうな特徴なことで」


 タマが呟いた特徴は、戦う準備をした者の特徴だ。靴に金属、帯剣、外套……どこかの騎士ならいいが、こんな時間にこっそりとドアの前に立っているような人間を、真っ当な者と信じられるほどテルスは楽観的ではない。


「ソル、起きて……いいや、ポケットに突っこんどこう」


 毛布の代わりにしようとしていた外套をどけ、むんず、と夢の世界に旅立っているネズミを掴んでポケットにしまう。すぐに暴れ出すポケットを無視し、テルスは武器の確認を始めた。


「扱いが雑」


「大丈夫。ぺらぺら喋られると、もっと面倒だし」


 タマの哀れみの声と、テルスのぞんざいな扱いに、ポケットの中からくぐもった抗議の声が上がる。しかし、寝起きということもあってか、ソルはポケットから顔を出すことにすら苦労している様子だ。


「ソル、君が興味を惹かれそうなハプニングだ。だから、ちょっとじっとしてな」


 ソルの性格をよく理解した言葉に、もごもごとしていたポケットが止まった。


 ソルは自分が興味を持ったことには一直線だ。そして、それはテルスも同じ。

 テルスの場合は自分が知らない食べ物や、面白そうな道具。ソルの場合は愉快な騒動や、自分が寝ている間の進歩や変化。違いはあるが、『興味を惹かれるもの』という根本は一緒だ。


 それを分かっているから、テルスにとってソルは扱いやすい。孤児院の子供たちとは大違いである。「興味を惹かれそう」という言葉だけで、ソルは素直に言うことを聞いてくれるのだから。


 人のテルスと精霊のソル。

 この一人と一匹の関係が良好なのは、単純に馬が合うからなのかもしれない。


「それは、楽しみだ……楽しみだが、もっと宝石に触れるような丁寧な扱いを僕は所望する」


 ようやく、顔を出したソルは不満を吐くと、キョロキョロと周囲を見回し、何かに集中するように目を閉じたかと思うと、

 小さく喝采を上げた。


「よしっ! 足音を立てないように歩き、剣を抜いて片手に持ってて、ふむふむ、下も少し騒がしいかな……これは完全に不審者だね。しかも集団だ! テルス、どうするんだい? ハプニングだ。スリル満点の危機的状況じゃないか!」


 無駄に詳しく状況を語りながら、ソルは喜々としてテルスに尋ねる。百年も休眠していると、起伏の激しい人生を望むようになるのか。危険すら楽しむソルの性格には、テルスもついていけない。

 しかし、興奮するソルを諫める時間はなかった。

 個室の扉が勢いよく開かれる。月明りに伸びる影を踏んで現れたのは、一人の男だった。


「こんな時間なのに、こっちは随分とうっせえな。いい子は寝る時間じゃねえのか?」


 男は外套を羽織り、顔の下半分を布で隠していた。片手に小剣を構え、油断なく乗客であるテルスとタマを睨んでいる。

 ソルの言葉通り、どう見てもその姿は不審者だった。


「えーと、どなたですか?」


「おう、随分馬鹿な兄ちゃんだな。これが見えないのかい?」


 テルスのとりあえず声に出した呑気な言葉に男は笑う。

 馬鹿にするような笑い声には慣れている。だからこそ、聞きなれた嘲笑とは異なり、男の笑い声には僅かな安堵もあるようにテルスは感じた。


 おそらく、フリーパス専用の客室にいたのが、ただの若者だったことに安心したのだろう。仮に、貴族がマテリアル上位の護衛を雇っていたなら、この男では手に負えないことは明らかだった。


 男は黙っているテルスとタマに気を良くしたのか、刃渡り三十センチ程度の小剣をわざとらしく振って、饒舌に話し出す。


「簡単に言うと、俺たちは悪い盗賊さ。今の時期、魔動気球は狙い目でねえ。高価な魔具や大金を持った客がそりゃあ多い」


 どうやら、この盗賊の望みには応えてやれそうになかった。

 タマはともかく、テルスは大金も『魔法陣』を刻んだ道具である魔具も持っていない。むしろ、どちらも欲しいくらいである。


「だが、外れだったな。一番狙い目のこの階にお前らしかいないとは」


 落胆したように男は嘆息する。男の言う通り、一番金持ちが乗っていそうなこの階には、テルスたち以外の乗客はいない。

 何回か魔動気球に乗ったことがあるテルスも、自分たち以外の乗客がいない車両というのは初めてだ。いくらこの階が、貴重なフリーパスが必要だとしても、今までは三つ以上は個室が埋まっていた。


 だが、その分、気兼ねなく存分に遊ぶことができた。テルスとしては、今までで一番楽しかった魔動気球の旅だったのだ……少なくとも、この盗賊の男が顔を出すまでは。


(王都に行くだけが、何でこんなに邪魔が入るんだろうなあ……)


 あの王都に来いという手紙は不幸の手紙だったのかもしれない。あれが届いてからというもの、テルスはトラブルにしか巻き込まれていない。

 自分は運が悪いのだろうか。首を傾げているテルスだけが、その答えを分かっていなかった。


「さてさて、若いのが二人でこの階にいるんだ。どこのボンボンか知らんが、多少は俺たちを満足させてくれよ」


 そう言って、男は外套から大きな袋を取り出す。何のための袋かは説明されずとも分かるが、テルスたちには大きすぎる期待と言わざるをえない。


「ほら、金目のものを出せ」


「……犯罪」


 眠いのか、欠伸を堪えながらタマが呟く。男はその言葉にタマへと視線を向け、そこで初めてこの少女の容姿に気づいたのか、目を見開いた。


 月明りに濡れる黒髪。夜の闇に浮かび上がる白い肌。眠そうに細められた目も、どこか艶やかに映る。あまり目立たないが、タマは綺麗だ。それこそ、盗賊の男が下卑た笑みに顔を歪ませるくらいには。


「……いいぜ、嬢ちゃんは俺が向こうでたっぷり調べてやるよ。ついてきな」


 そう言って、手を伸ばす男だったが、


「あなたは、一人?」


 唐突なタマの質問に、腕を掴む寸前で男の手が止まった。


「あ? 仲間ならいるぜ」


「すぐ捕まる」


「ははは! 捕まらねえよ。俺たちはそんじょそこらのクランや兵士より、よっぽど強え。たった七人で、マテリアル《Ⅲ》の魔物三体を相手どれる程度にはな!」


「そう」


 タマは興味がないとばかりに、素っ気なく呟いた。

 それは、テルスとソルも同じだ。


「……なんか、あまり面白くなかったね」


「いや、まだ終わってないから」


 いつの間に這い上がってきたのか、定位置となったテルスの肩の上でソルは残念そうに呟く。タマに夢中になっている男に悟られぬよう、テルスはこっそりと返事をしたが、もうその必要もないように思えた。


(もう、これは詰んでるよなー……)


 終わってる。

 盗賊の男はこの部屋に入ったその瞬間から、詰んでいる。


 盗賊の男だけが気づかない。落ち着いているどころか余裕すら感じる獲物の様子にも。不自然に伸びている足元の黒い影にも。意識を集中すれば感じ取れるであろう魔力の気配にも気づいていない。


 目の前にいるのはただの獲物。金を巻き上げられ、強者に従うことしかできない弱者。


 テルスたちを見てそう断じていたのなら、それはただの慢心に他ならない。

 そして、戦う相手が魔物であろうと、人であろうと自分の力を過信した者の末路は変わらない。


「そ。お休み・・・


 結局、男は最後まで気づくことはなかった。タマの肌に触れようと伸ばした手は空をかき、男は意識を失った。


「……相変わらず、初見殺しな魔法だなあ」


「そう? テルスは分かる」


 タマは何でもないように話すが、仕組みが分かっていてもこの魔法、というより技は躱しづらい。微かな魔力の気配に察知できなければ、床の上で眠らされている盗賊の男と同じ末路を迎えることになる。


「不意を突かれたら無理。えーと、【射出】とアレンジした【空隙】の組み合わせだっけ?」


 以前、テルスが聞いたタマの魔法はその二つだ。

 【射出】は基本的な術式の一つで、文字通り、物体を射出する魔法。そして、【空隙】は簡単に言えば、空間に隙間を作って物を入れる魔法だ。空間に干渉する高度な魔法だが、その便利さゆえに使用者が多い魔法でもある。


「ん」


 何でもないように頷くタマだが、この高度な魔法をアレンジすることは誰にでもできることではない。実戦ならともかく、魔法や魔物の知識の多さでテルスはこの少女に勝つことはできない。


 あれから、五年。成長しているのはテルスだけではなかった。


「ふむ、これでこっち側の不審者はいなくなったけど……下にもいる。二人組かな? 客の小さな悲鳴と、やたらと喋る二人の男の声が聞こえる」


「ん、そうかも」


 ソルとタマは、階下の一般客室の物音を拾って情報を集める。床に耳を近づけようとテルスでは微かにしか聞こえず、何の音かも判別できない音も、ソルとタマには鮮明に聞こえるようだ。

 タマは魔法を使い、ソルは精霊にでも頼んでいるのだろう。できることがないテルスはせめて二人の邪魔をしないように、と置物のように静かにしていた。


「この男は仲間が七人いると言っていたはずだね?」


「そのはず。何人かでペアを組んでいるよう。この人は偵察に来たけど、人数が少なかったから一人で盗もうとしたみたい」


「そのようだね」


 うんうん、と頷くタマとソル。そして、同時にテルスの方を向く。


「「どうする?」」


 どうする、と尋ねられても、テルスはこの真下で何が起きているか分からない。ただ、二人の会話でどうも、まずい状況だということは察することができた。


「悪いけど俺の耳はそんなに高性能じゃないんだよ。簡単に言うと、下はどうなってんの?」


「二人の男が中々帰らぬ仲間を気にして話している。もうすぐ、乗客から盗みを終えて、こっちにきそう。声が無駄に大きくて助かる」


 タマの事務的な口調でテルスも状況を掴むことができた。

 このまま待っていれば、下の階にいる盗賊二人もこちらの車両にやって来る。そうなれば、戦闘は免れない。こちらは、仲間の一人をすでに無力化しているのだ。誰も来てはいない、と知らぬふりをしても、この階の客はテルスたちだけ。警戒され、奇襲を仕掛けづらくなるのが関の山だろう。


 わざわざ、自分から危険な事に首を突っ込みたくはない。どうせなら他の乗客が解決してくれないものか、というのがテルスの正直な気持ちだ。しかし、下の階の様子だと、他人頼みで解決しそうにもなかった。


「……やるしかないかー」


「やった! 僕も手伝おう。なんなら【リベリオン】を使うかい?」


「絶っ対、やだ」


 精霊と約束を交わし、力を借りる魔法【リベリオン】。自分にはない魔力の属性を得て、自然の力を振るうあの魔法はたしかに強力だ。だが、テルスには精霊との約束という代償の方がはるかに重く感じる。もう、あの魔法は使いたくないテルスは声に力を込め断った。


「気をつけて」


「りょーかい」


 立ち上がったテルスとその肩でわくわくしているソルに、タマは座ったまま手を振った。


「あれ、タマ嬢はいかないのかい?」


「あとから行く。まとまって動かない方がいいと思うから。それと……」


 タマはテルスを向き、ポケットから楕円型の透き通った石――『話石(フォン)』を取り出した。


「分かっているとは思うけど、携帯用の話石(フォン)では遠すぎて王都から助けは呼べない。通信手段は操舵室にあるモニターだけ」


 現在、魔動気球が走行している場所から王都までは距離がありすぎる。携帯用の話石(フォン)では、魔力が届かず通話は不可能だ。

 だが、操舵室の通信装置からならば、魔線(ライン)を通じて魔力を王都に送ることで通信ができる。

 これを使えば、気球の行先である王都に今の状況を知らせることも可能、とタマは興味深そうに耳を傾けるテルスとソルに説明した。


「ようは、操舵室に行けばいいと」


「そ」


「ふむふむ。逃げ場を封じるってことだね。だけど、それって必要かい? ここで、テルスが盗賊を全員倒しちゃえばいいじゃないか」


 ソルの言葉に頷いた上で、タマは二人に釘を刺す。


「勿論、それがベスト。だけど、盗賊たちを甘く見ないように。この魔動気球の乗組員は衛兵の役割も兼ねている。でも、この人たちがいいように動いているということは、乗組員以上に腕の立つ者がいるはず」


 騎士団や衛兵に求められるマテリアルは《Ⅱ+》以上だ。マテリアルの『+』はそのマテリアルの魔物を単独で倒せることを指す。

 つまり、マテリアル《Ⅱ》の魔物を単独で倒すことができる乗組員。これを無力化できる人間が盗賊の中にいるということだ。それもテルスたちは盗賊がこの車両に近づくまで事態に気づけなかった。


 短時間で、騒ぎすら起こさず乗組員を無力化した。


 単純にそれだけの実力差があったのか。もしくは違う理由があるのか。考えられる可能性の一つは床で寝ている盗賊の男が受けたことだ。


「タマみたいな、不意を突く魔法に気をつけろってことか」


「そう。一応、頭の隅に置いておいて。でも……」


 タマは何かが気になるのか、首を傾げていた。


「なんで、この人たちは気球で盗みを? 逃げるのは難しいのに」


 盗賊たちの不可解な行動に、タマは引っかかっているようだった。

 そもそも、この魔動気球は町と町を繋ぐためのものだ。では、町の外、気球が通る魔線(ライン)の周囲には何があるのか。


 何もない。ここは空の上だ。その真下ですら、森や山、川や湖などの未開の自然が広がっているだけだ。場所によっては魔瘴方界(スクウェア)が付近にあるところすらある。魔瘴方界(スクウェア)から出て徘徊する魔物も多い大自然の中に安息の地はない。


 陸すら見えぬ海の真ん中で、自分が乗る船を爆破する者がいるだろうか。大空に浮かぶ気球の風船を自ら破くものがいるだろうか。


 自殺願望でもない限りは、そんなことをする人間はいない。テルスも魔動気球の中で人を襲った事件など、聞いたことがなかった。

 それなのに、この盗賊の一味はわざわざ魔動気球の中で事件を起こした。


「事件に気づかれない自信があった? それとも何らかの逃走手段?……なんか、ありそう。二人とも気をつけて」


「分かった。気をつけておく」


「うむ、行ってくる。さあ、テルス! 悪者を懲らしめるんだ!」


 肩を落として歩いていくテルスと、興奮に尻尾を振るソル。

 降りかかってきた面倒事を解決するため、テルスは盗賊の排除と操舵室を目指し動き始めた。


 王都はまだまだ遠いのである。


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