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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
一章
4/196

テルスの魔法

 季節は秋。

 空を舞う木の葉も色づき、少し風も冷たくなった今日この頃。

 すっかり愛読書となった『これであなたも魔法使い!?』を片手にテルスは一人、物思いにふけっていた。

 場所はいつもと同じ精霊樹の枝の上。

 テルスはルーンたち《トリック大道芸団》と別れてからというもの、毎日のようにこの場所に登っている。

 おかげで、知らない子から「樹の主ですか?」と尋ねられるという貴重な体験もした。


 朝は孤児院で勉強。

 昼は孤児院にいるとベアに追い出されるので、外で修行か読書。

 夜はルーンから貰った教科書をひたすら読む、というよりは解読する。


 難儀なもので、テルスが魔法の勉強をするには、まず教科書を読むための勉強をしなければいけなかった。

 とても勉強熱心な子供のように見えるが、たんにやることがないだけだ。

 テルスは一緒に遊ぶ友達もおらず、勉強も午前中で終わる。

 学校には行かず、孤児院の仕事で多忙なベアから勉強を教えてもらっているため、すぐにぼっちになって暇になるのだ。

 そのあり余った時間を全部、自分のやりたいことにつぎ込んでいる。

 今は友達を作って遊ぶという考えはテルスには無かった。

 こっちの方がずっといい。

 毎日毎日、ぶらぶらと歩いていた少し前に比べわくわくする。


――早くルーンみたいに魔法を使いこなせるようになりたい。


 そうすればもっと遠くまで行ける。

 強い魔物が出てきたって大丈夫だし、見たことがない場所にだって、未開の地にだって辿り着ける。

 嬉しかった。

 届かなかったものに手を伸ばせる。修行をするたび、教科書を理解できるたび、目標へと前進している実感があった。


 だからこそ、今はものすごく暇だ。暇で暇で仕方がなかった。


「あーもー、暇。もう半年なんて過ぎ去ってるよ。ルーン姉たちは、いつになったらリーフに来るんだろ……」


 あれからもう、十ヶ月が過ぎた。

 あと二ヶ月で一年になるというのに、ルーンたちはまだ来ていない。

 それなのに、与えられた課題はなくなりかけている。

 今日だって、気球に乗ってくるのではないかと思い駅まで行ってみたが、結局、気球から降りてくる人の中にルーンたちの姿はなかった。

 ここは東の辺境の地、葉風の町リーフ。

 各町を繋ぐ気球だって、週に数回しか来ない。これでまた数日の間は新しいことに挑戦できないことが確定した。

 テルスは樹上で深いため息をつく。


「どうしようかな。ちょっと遠出して新技を試しに行ってみようか。リーフから少し離れているだけなら、あまり危険もないし……うん、そうしよう」


 ぼんやりと空を見上げ呟く。

 ただの独り言。しかし、その呟きに返ってくる言葉があった。


「新技?」「胸が熱くなるね」「どんなの?」


 矢継ぎ早に飛んできた声。

 躍るようなソプラノの声にテルスは勢いよく顔を上げる。

 いつの間に上ってきたのか、テルスの両隣に懐かしい二人の姿があった。


「「久しぶり」」


「タマ! ミケ!」


 飛び跳ねるように喜ぶテルス。

 しかし、ミケとタマは何かが気に食わないのか、ちょっと不満そうな表情を浮かべると二人揃って首を振る。


「「ノン、ノン、お姉ちゃんは?」」


「え、いつ来たの? ルーン姉は?」


「あれ、無視?」「私たちにお姉ちゃんは?」


 さらに唇を尖らせる二人に気づかず、テルスは広場を見回している。

 放置されたミケとタマはどんどん不機嫌そうになっていく。

 両隣にそんな危険な雰囲気が漂っているのに、テルスに気づく様子はまったくなかった。


「あ、下にいる」


 精霊樹の真下でルーンが手を振っていた。

 テルスも手を振り返すと、ミケとタマを置き去りにして木を下りていく。

 半ば落ちるように精霊樹を下りてきたテルスを、ルーンは微笑み半分、驚き半分のエルフらしからぬ間抜けな表情で迎えた。


「あっれー、なんか魔力で身体強化できてない? え、【強化】の方じゃないよね?……まあ、それはともかく久しぶりテルス。前より少し大きくなったかな」


 自分の肩ほどの高さにあるテルスの頭をルーンは撫でる。

 でも、テルスから見ると久しぶりに会ったルーンは道化衣装が少し変わっている以外は、まったく変わっていなかった。


「久しぶり。いつ来たの? 今日の気球には乗ってなかったみたいだけど」


「ふふ、私たちは気球じゃなくて、徒歩で移動してるからね。ついさっきこの町に来たんだよ。遅くなってごめんね、ちゃんと勉強はしてた?」


 その言葉にテルスは驚いた。

 徒歩で町から町へ行くのなんて自殺志願者か兵士しかいない、とギルドで盗み聞いていたからだ。

 遥か上空を飛行する気球に比べ、徒歩での旅は未開の地を歩くようなもの。

 魔物にも遭遇するし、場合によっては、あの領域・・もある。

 子供であるテルスでも分かるくらい、その言葉は真実しか告げていない。

 何故、わざわざ危険な道を行くのだろうか。

 少し不思議に思いはしたが……今は再びルーンに出会えた嬉しさが勝った。

 早くこの十ヶ月あまりの成果を報告しようと、先ほどまでは退屈に沈んでいた目をぱっちりと開いてテルスは話し出す。


「うん、してた。最近は暇だったけど」


「おっ、それなら弟子の成長を確かめないとね」


「えーと、文字も大体読めるようになったし、教科書も分かるところは何度も読んだよ。おじさんに剣も少しだけ教わった。でも、魔法はまだ分からないことが多いから……」


 勉強と修行の成果をテルスは話す。

 だが、木から下りてきた、というより跳んできたミケとタマがそれを遮るように口を挟んだ。


「あれ、テルスは今日、遠出するんじゃないのかな?」


「さっき、新技とか言ってたよね?」


「「リーフの外に行くんじゃないの?」」


 二人はそれは綺麗な笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

 獲物を見つけた猫のように猟奇的な光が目に宿っていた。


「……どういうことかな、テルス君? お姉ちゃんと外に出ない、魔物と戦わないって約束したよね?」


「うん、した」


 なんでもないように返すテルスにルーンは呆気にとられたようだったが、すぐに手を腰に、指を一本立てお叱りのポーズをとる。

 その様子を見て密告者たちは悪戯が成功したことを確信し、くすくすと笑う。


 しかし、続くテルスの言葉で三人は固まった。


「魔法は覚えたから、外に出ていいでしょ。約束通り」


 そう言ってテルスはそれを展開する。

 曇天に浮かぶ雲のような暗い灰色の『魔法陣』を。


 









 昼下がりの森の中、テルスは練習用の剣を片手に走り出す。

 敵は犬型魔物カニス二体。

 テルスが一人で対処ができるギリギリの数。行動は迅速に。仲間を呼ばれると、ここでは面倒だ。

 三歩といかず、カニスはテルスの存在に気づいた。

 だが、顔を上げたカニスは仲間を呼ぼうとはせず、テルスを追いかけ始める。


 テルスはカニスに向かって走っていたのではない。

 カニスに気づかれるように音を立て、背を向けて逃げ出したのだ。

 

 その姿を見たカニスはテルスを脅威としてではなく、餌と判断したのだろう。

 自身が喰う量が減るのが嫌なのか、仲間すら呼ばずにテルスを追う。

 十一歳のテルスとカニスがかけっこをして、どちらが勝つかなんて明白だ。

 魔力で【強化】していようと、走る子供なんて魔物にとってはただの餌。

 本気を出す必要などない。たやすく追いつき、その牙を柔らかな首筋に突き立てるだろう。


 それがただの子供だったら、の話だが。


 五十メートルも走らず、追いつかれ始めていたテルスが振り向く。

 諦めたのではない。反撃の魔法を撃つために、テルスはその手を襲いかかる二体のカニス……ではなく、地面に向ける


「よし、発動!」


 変化は一瞬。

 そう、一瞬でカニスの姿が掻き消えた。

 カニスは何の抵抗もできず、何が起きたかも分からなかったはずだ。

 これが魔法。人々が魔物に抗う力は幼い少年にすら勝利をもたらす……


 やっぱり落とし穴はすごい。

 

 テルスが魔法を使ってやったことは簡単だ。

 作っておいた落とし穴の蓋を開けただけ。

 カニスは足元の地面が消失し、テルスの仕掛けた落とし穴に落ちていった。


 勿論、落とし穴はバージョンアップ済だ。

 魔法を併用することで三メートルほどの深さまで穴を掘り、穴の底には竹を切って作った手製の竹槍を突き刺している。

 さらに落とし穴に気づかれないよう魔法で工夫もした。

 表面の土の色を周りと同じにし、匂いで罠に気づかれないよう制作してから使用するのには時間を置いている。


 完璧だ。製作期間一週間。費用ゼロ。使用した体力プライスレス。

 自慢の罠に魔物がまんまと嵌ったのを見て、テルスは満足げな笑顔で頷く。

 しかし、魔物は魔物。


 断末魔か、落とし穴の中から弱々しい遠吠えが森に木霊した。


 騒めいていた森が静まった。

 そう錯覚するほど森に不気味な空気が漂う中、テルスは悠々と落とし穴に近づいて呑気にカニスの瘴気を回収し始める。


「テルスー、逃げないとカニスの群れが来るよ!」


 森にミケかタマの声が響く。

 テルスはそれに手を挙げて答えると、静かに周囲を警戒し始めた。











 少し離れた場所でルーンたちは不安そうにテルスを見守っていた。

 しかし、木霊するカニスの遠吠えを聞き、ミケとタマは今にもテルスの下へ飛び出そうとする。


「え? テルス、カニスを待つの? 三、四体くらいは来るよね。大丈夫なのかな?」


 ミケが心配そうな声を上げる。

 同じようにタマも心配なのだろう。

 黒い尾をゆらゆらと揺らし落ち着かない様子だ。


 一方、ルーンは違った。


 確かに心配ではある。だが、この位置はすでにルーンの魔法の射程圏。

 何かあろうとカニス程度ならすぐに撃ち抜くことができる。

 問題はテルスにそれが必要なさそうなことだ。

 唇に指をあてルーンは先程の魔法について考えていた。


(地面を……土属性の地形操作魔法? それも精霊がちょっとだけど手伝ってる……なんで? それにそんな魔法を一年もしないで身につけたの?)


 その疑念は魔法を少しでもかじった者なら当然のものだ。


 何しろテルスは基本魔法だけでなく、オリジナル・・・・・の魔法を使っているのだから。


 魔法はそんなに簡単なものではない。

 貴族や学生、もしくはミケやタマのように教わる機会があるなら分かる。

 しかし、まったく魔法の知識がない子供が、一年も経たずに教科書だけでオリジナルの魔法陣を作成できるなんてありえない。

 

 だから、ルーンは『魔法を覚えるまで外に出ない』という約束をテルスと交わしたのだ。

 

 駒者(ピーセス)の真似をさせず、テルスの身を守るための約束。

 そのはずが、蓋を開けてみれば下手な駒者(ピーセス)よりも、駒者(ピーセス)らしくなっているなんて予想の斜め上を行き過ぎている。

 頭が痛くなってきたルーンは深々とため息を零す。

 テルスが【強化】の魔法を覚え、さらにはオリジナルの魔法陣まで作成するなんてルーンは夢にも思わなかった。

 おまけに何もしていないのに、精霊が微弱ながらも力を貸すとは何事か。

 もう訳が分からない。


(頭が、頭が……ま、まあ、精霊については何かテルスに惹かれるものがあったのかな……それにしても、覚えて一年にもなってないのに魔力の操作が上手いなあ。きちんと【強化】もできている。うん、十分に及第点。普通は魔物を前にすると怖がって魔力の操作も淀むんだけど……ないね。メンタル強い、流石は私の弟子)


 感心する一方でルーンは違和感も覚える。

 これが、熟練の駒者(ピーセス)ならルーンはここまで気にはならなかった。

 魔力を知って一年にもなっていない子供だから違和感がある。それだけ、テルスの魔力の扱いはルーンから見てもレベルが高かった。

 ルーンは魔法や魔力の扱いに秀でた種族であるエルフだ。

 エルフは感覚的に魔力を扱っている他種族とは違い、魔力を”視て”扱っている。

 それは人にとって、自分の手足を動かせることのように当然のこと。

 だからこそ、ルーンには分かる。


 テルスの魔法や魔力の扱い方は、人にしては自然すぎる、と。


(魔力の流れを把握している? 私が教えるまでは、魔力に気づいてすらいなかったのに? でも、すぐに慣れてたっけ。なんだろうこの違和感……エルフが手足のように自然に魔力を扱えるというなら、テルスはむしろ……あまりに異質すぎるから魔力を把握しやすい、とか?)


「ルーン、ルーン!」


「なあに? テルスの周りなら把握してる。カニスが三体来てるね。数からすると群れの仲間かな」


「いいの、助けないで」「危ないよ」


 テルスを心配する二人の姿は一緒にいる時間は僅かでも宣言通り姉のようだ。

 それに比べ、ルーンはテルスが何をするのか見たい、と思っている。

 まったく、お姉ちゃんとしては失格だ。

 でも、テルスがカニスを相手にして大丈夫だと思う根拠もある。


「多分、テルスは大丈夫だと思うよ。むしろ、これは……」


 今からやってくるカニスが可哀想だ、という言葉を飲みこむ。

 不思議そうに揃って首を傾げるミケとタマを撫で、ルーンは呆れた顔でテルスではなく、その周りに視線を向ける。


 そこには、デカデカと数字が書かれた木が乱立するテルスの領域があった。

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