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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
189/196

『妖精』Ⅱ

 極光が大地を抉る。

 半壊していた工場の外壁を余波だけで吹き飛ばし、周囲一帯を白く白く染め上げていく。

 小さな妖精を捉えるには過剰に思える一撃。

 だが、敵が災魔ならこれで終わりとはいかないだろう。

 それでも、この極光は確実に終わりへと近づける一撃だった――当たってさえいれば。


「し、死ぬかと思ったあ……」


 そこは絶対の安全圏。アリスとミユが確実に攻撃範囲に入れていない場所。

 気球を覆う【魔壁】の近くで、ピクシエルは大きく安堵の息を吐き出していた。

 しかし、その攻撃の穴をアリスは自覚していた。


「そうすると思ってたわ……!」


 必殺の余波に乗るようにして、アリスが気球の真横に飛んでくる。

 それは小さな女王さながらの少女には似合わない泥臭さだった。長い白金の髪は乱れ、その体勢も吹き飛ばされているといった方が正しいほど不格好だ。

 ただ、妖精を見る空色と少女の手に未だ灯る白は標的を捉えていた。


「【白の竜息(アルブス・ドラゴニス)】」


 息を止めていた必殺が解放される。

 白い光線が妖精のいた空間を飲みこみ、空の彼方へ伸びていく。

 その行方を見ることもなく、アリスは腹立たしそうに自身が発現した【魔壁】を叩いた。


「ちょこまかと……まあ、気球のとこに戻れたからよかったけど」


 ミユと合わせた必殺のときと同じ。今の一撃も当たる寸前で妖精の姿が消えた。

 最初の一撃が躱されることも、どこに逃げるかもアリスの読み通りだった。

 だが、当たらない。

 南都の記録で知ってはいたが、倒すだの瘴気を削るだの以前に、本当に攻撃を当てられない魔物だった。


「いっそ、全部ぶっ壊す覚悟で撃つべきだったのかもしれないわね……」


 場所と状況があまりにも悪かった。

 ここがブルードの敷地内ではなくどこかの荒野で、この気球も壊していいのなら。アリスはあんなに慌てて移動せず、その場で優雅に必殺を撃てていた。


 そして、それが正解だったのかもしれない。


 あれは”攻撃を当てられない”妖精に届く、唯一の機会だった。そう無意識に感じていたからこそ、自分はあれほどあの一撃に賭けていた……。

 そんな思いが頭をよぎるほど、自分の体を抱きながら震える妖精の気配は異様だった。


「ふ、ふふふふふふ、あはっ」


 本当に嬉しそうだった。

 妖精のその声は喜色に満ちていた。

 黒い髪の隙間から覗く目も、その薄い唇も緩やかな弧を描いている。震える黒揚羽の翅からは零れる鱗粉は地面を染める緑に……


 緑に・・


「は、どういう――」


 何でここに残っているのか。

 ピクシエル以外の魔物の姿はこの場にない。

 だけど、ここはまだ緑に満ちていた。

 あれほど魔法が飛び交い、アリスとミユの必殺により抉れた地面に、未だ植物が蠢いていた。


「おい、なんか変だぞこの植物!」


「やっ、こ、これ広がってる!」


 確かにこのブルードの敷地内には庭園があった。だが、それはここまで深い森ではなかった。

 苔が緑をより深い翠に上書きしていく。樹木は少しずつ大きくなり、毒々しい茸が、棘の生えた凶悪な蔓が、暗い森を飾り付けていく。


「――さあ、本番を始めましょう。まずは……」


 手を虚空に伸ばす妖精を見たミユとメルクは構え、アリスも――


「――【浄光結界(ルクス・へクス)】」 


 反射だった。

 今まで積み重なった情報が繋がるよりも先に、アリスは白い結界を展開した。


「……その結界はずるいなあ。あーあ、これは間に合わないわね」


 ミユとメルクが消えた森の中、アリスはクスクス笑う妖精を睨む。

 あの二人が死んでいないことも、遠くに行っていないことも分かっている。すぐに聞こえてきた爆発音がその考えを裏付ける。


「この異様によく育つ植物のことは分かんないけど……なんとなく、あんたの転移させる魔法については分かったわ」


「へー、聞いてあげるわ。どうぞ」


 余裕たっぷりに妖精は嗤う。

 その姿を油断なく見ながらアリスは唇を舐め、その推測を口にした。


「……乗っているものを動かす魔法。範囲と重さに制限があるってとこかしら」


 気球を動かさない理由。

 過程を飛ばしたかのような魔物の移動の仕方。

 自分やミユたちを転移させたときの距離。

 そして、地中に食い込ませるように発現させた結界で転移を防げた事実。


 これらをまとめてアリスが出した答えがこれだった。


「ん~、ハズレ! ではない……かな?」


 微妙そうな表情のピクシエルが指を頬に当てて、何かを考えている。

 なんというか、アタリともハズレとも言えない五十点みたいな反応だ。

 床をスライドさせている。

 アリスにとってこの妖精の魔法はそんなイメージだった。


 床を動かす力に限界があるから、気球のような大きなものを動かせない。

 床の大きさに限界があるから、一回で遠くに移動させることができない。

 床を動かしているから、地面に固定されている結界の内側にいるアリスを動かせない。


 こうして整理すると床というよりスライドさせるパズル、例えば15パズルの方がイメージに近いかもしれない。


「ご、ごごごごごめん、アリスちゃん」


「悪い、遅れた! どこ見ても景色が変わんねえし、こうやって跳ぶのが一番だな」


 まあ、アリスとしては少し釈然としないものがあるが正解でなくてもいい。

 答え合わせよりも、こうしてミユとメルクが帰ってくるまでの時間稼ぎの方が重要だ。


「確証はないけど、こうやって結界とかで固定すれば転移は防げるみたいよ。あとは飛ぶとかもいいかもね」


「地面が起点なのかい? 確かにあの妖精の魔力は下の方が濃いけど……」


「ソル。お前、精霊なんだから分かんねえのかよ。この植物とかも」


「精霊は何でも分かって答えてくれる存在じゃない! でも、この植物からはピクシエルの魔力を強く感じるよ」


「何それ。魔法ってこと?」


「ぶっぶー、魔力を養分にしてるだけ。魔瘴方界(スクウェア)産の植物で、私と女王が改良したの!」


 情報共有にピクシエルが混ざってくる。

 三人と一匹の前で妖精は実に自慢げに胸を張っていた。


「何だ、諦めたのか?」


「違うわよ。もうすぐだろうから待ってるだけ。ばら撒いていた魔物とか植物をいくらかこっちに持ってきちゃったから、妨害が手薄に……あ、来た来た」


 まるで指揮をするようにピクシエルが指を振ると、ガウルやアスケラたち《白騎(ディエス)》の一団が目の前に現れた。


「「……は?」」


 幾人かの声が重なる。

 唐突に転移させられた《白騎(ディエス)》も何が起きたか分からないだろうが、アリスたちの困惑はそれ以上だった。


「聞いて。敵はあの妖精。狙いは気球。情報にある精霊魔法みたいな力に加えて転移させる力がある。これは範囲や重量に制限があるみたい。こうやって結界で自分を地面に固定すれば防げる……ねえ、なめてんの?」


 アリスの話を《白騎(ディエス)》と共に聞く妖精はにやにやと笑っているだけだった。

 不気味だった。何がしたいのかがまったく分からない。

 気球というキングは取れず、邪魔なアリスたちという駒も排除できていない。


――この状況で何で《白騎(ディエス)》を転移させてきた?


「遊び相手は多い方がいいもの。ね、言ったでしょう。本番を始めましょうって」


 黒い妖精は微笑む。

 その体から膨大な魔力を放ちながら、その本気を伝えてくる。


「わたしは妖精(フェアリー)『ピクシエル』」


 そして、妖精は女王(レギナ)に与えられた名を告げる。


「何年も何年も何年も何年も何十年もっ! わたしは森の奥でこの舞台を待ち望んでいた! さあ、遊びましょう。願わくば――」


――すぐに壊れないで。


 そうして、右も左も、天も地さえも狂った森に妖精の笑い声が木霊した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘の描写、各個人の対応や連携が、まとまりを持って表現されているところ。 [気になる点] 書籍化まだ…? [一言] 戦闘や心理描写、人物の成長の仕方がとても好きな作品です。ずっと応援してま…
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