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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
181/196

秘密

 右に、左に。左に、右に。

 黄みがかった白い家々の隙間を猫のように歩いていく。

 階段を上って、下りて。廃墟の中を通り過ぎ、本当に道なのか疑問に思うような場所を進んでいく。

 サハラと一緒にどれくらい歩いただろうか。あれほど溢れていた人の気配も今は遠い。

 ゴールがどこなのかは分からないが、すでにテルスは道なんか覚えていない。というか、元の場所に帰れる気すらしない。

 サハラは帰りも送ってくれるのだろうか、とテルスは今から不安だった。


「さてと、ここまで来たら余計な耳もないし、まずはおさらいからいこうか」


 不安が表情に出ているテルスを余所に、サハラは何が楽しいのか上機嫌に話し始める。


「君もご存知のとおり、西に正しい意味での町はない。あるのはここみたいなカンプス、ようは魔法で建てた即席の家が並ぶキャンプ地だけだ。その理由はべつに言わなくても分かるだろう?」


「刻限の砂があるからだ!」


「そう、ネズミくんの言うとおり。この最後方のカンプスでさえ周りは砂漠だ。忌々しいことにあそこの魔物は砂さえあれば、砂の海でなくてもどこにでも流れてくるからね」


 砂に紛れる魔物の感知なんて普通の人々にできるはずがない。本当に厄介なものだ、とサハラは重苦しいため息をつく。


「ま、君やネズミくんは普通じゃないから分かんないだろうけど」


「ひどくない?」


「おっと、失礼。つい本音が……ああでも、だから疑問に思ったのかな?」


――こんなに地中に魔物がいて、何でカンプスが維持できるのかって。


 振り返らずに投げかけられたその問いは、テルスが西に来た当初から抱いていた疑問だった。

 この最後方のカンプスでさえ一歩でも外に出れば、その砂中には瘴気を感じ取れる。最前線なんて魔物の大群が遊泳している中心にあるようなもの。

 もう、気合でどうにかできるレベルを超えている。

 サハラは頑張ったとか結界があるからなんて言っていたが、それが嘘であることはこの数ヶ月でテルスも分かっていた。


 浄化師であるルナが結界魔具に浄を込め、テルスたちが連日戦い続け魔物を減らし、ようやく最前線のカンプスを何とか維持できる――では、サハラたちのクラン《レヴェル》に同じことができるだろうか。


 答えは否。《レヴェル》の実力は高く、砂漠での戦闘は見惚れるほど洗練されているが、彼らは届いていない。

 例えば、ルーンの精霊魔法の極致に。

 例えば、テルスの研ぎ澄まされた技に。

 メルク、シリュウ、ルナ、ミユ、アリスといった鍛えた刃が必殺へと至った者たちの境地に彼らは立っていない。

 その境地に手をかけているのがサハラだけの《レヴェル》ではカンプスを守り、刻限の砂を止められるはずがないのだ。

 だから、テルスは……いや、テルスたちはサハラがカンプスを維持し、刻限の砂に対抗できる何かを隠していることには気づいていた。

 だが、追及はしなかった。その答えは想像できたから。


――吸収? 無効?……なんの魔法かは知らないけど、ずるくない?


 テルスはかつてサハラの魔法を気球で見ている。

 そして、魔瘴方界(スクウェア)に対抗できるのは、一つだけだ。


「さあ、着いたよ」


 細い道の先にある古びた扉。

 ようやくたどり着いたゴールにサハラは大きな鍵を差し込む。


「さて、この先に僕らの秘密がある。これを明かす理由はただ一つ。僕たちを刻限の砂の――」


「サっちゃん!」


 サハラはニヒルな笑みを浮かべ、テルスに何かを頼もうとするが……その声は急加速した扉に遮られた。

 相当痛かったのだろう。その場に崩れ落ちたサハラは顔を両手で覆い、声もなく痛みに耐えている。

 だが、そんな彼の様子に、抱き着いた女の子はまったく気づいていなかった。


「何でこんなに会いに来てくれなかったの! ここがおうちだから帰ってくるって言ってたくせに! ラビアも心配してたよ!」


 文句を言いながら、女の子はサハラのお腹に頭突きしている。

 多分、シュウたちと同じくらいの年齢だ。癖のある白い髪にブラウンの大きな瞳。何よりも顔立ちが全然サハラと似ていないため、兄妹とかではないだろう。

 どういった関係なのか。その答えは他ならぬ女の子によって、すぐに明かされた。


「そうだ! 前よりも強いのが出せるようになったんだよ。ほら!」


 そう言って少女が翳す手には――白く輝く『浄』の光が灯っていた。











 鍵のかかったいくつもの扉。

 まだ明るいのに薄いカーテンで覆われた窓。

 各所にかけられた意味深な魔法。

 まるで見張りのように周囲に気を配っているラビア。

 何より浄を使える女の子……ゴールの家を見回しながら、テルスは一つずつ証拠を確かめていく。


「お客様なんてひさしぶり! はい、どーぞ」


「うん。ありがとう……えーと、俺はテルス。君のお名前は?」


「スピカ! 十歳です!」


「そっかあ」


 無邪気に笑う女の子と話しながら、テルスはカップを受け取る。

 考えをまとめながら、お茶をゆっくりと飲み……やがて、カップをテーブルに置いたテルスは残念そうにサハラを見た。


「…………誘拐は犯罪だよ」


「いや、違う……とも言い切れないけど、合意の上だよ!」


 そこで違うと断言できない時点でダメだと思う。

 これは通報せねばならない案件である。この町の自警団とかだとサハラの息がかかってそうだから、騎士団がいいだろう。

 ちょうど、このカンプスに《黒騎(ノックス)》の拠点もできた。《黒騎(ノックス)》副団長のチェレンに言えば確実に犯罪者を処理してくれるはずだ。


「あーもう、出ていこうとしないで話を聞いてくれ! まあ、聞かなくても色々と分かっただろうけどさあ!」


 その言葉のとおり、一目瞭然だ。

 浄を持つ女の子――浄化師という切り札があれば、サハラたちが何とか戦えていたことも説明がつく。だけど、


「……俺は浄化師の誰かがこっそり力を貸しているか、それかもっと大人だと思ってたよ」


 魔瘴方界(スクウェア)や瘴気に対抗できるのは『浄』だ。だからこそ、サハラはそれを確保する伝手があるのでは、とテルスは推測していた。

 おそらく、結界魔具に浄を込めていたルナもも引っかかるものはあったはずだ。あの魔具は普通の魔力ではただの防風にしかならないのだから。


「それについては僕だってそうさ。子供が欲しかったわけじゃない!」


「え、わたしだと不満なの? さいてー!」


「ええ、最低ですね隊長」


「おい、副官! 君は味方をしろよ」


 スピカとラビアの冷たい視線にさらされ、サハラは深い深いため息をつく。


「君は気球で勘づいていたけど、僕の魔法は魔力や魔法をストックできるんだ。だから、この子を前線に出しているわけじゃない。誓って危ない目には合わせていないよ……ということで、話を聞いてくれると助かるんだけど」


 その言葉に嘘はないだろう。そうでなければ、スピカの表情はこんなに明るいものではなかったはずだ。再び椅子に腰かけたテルスを見て、サハラは今度はほっと安堵の息を吐き出した。


「浄化師……厳密には浄の力を持った女の子を隠していたのが僕たちの秘密だ。このことと僕の魔法をこのタイミングで明かした理由は分かるだろう?」


「……まあ、想像はつくけど」


「なら話は早い。浄があるなら人数制限は増える。僕の魔法なら貴重な浄化師を危険にさらさない。だから、僕たちを刻限の砂攻略の部隊に入れてくれ」


 ずっと自分たちを苦しめていた魔瘴方界(スクウェア)の解放。それに関わりたいと思うサハラたちの気持ちはテルスにも分かるし、応えたいとも思う。だが、


「まだ何にも決まってないよ。それに浄の問題が解決したとしても、行くのが気球だったら、俺の一存では連れていけないよ」


「分かっている。だけど、その枠があったならできるだけ多く連れて行ってくれ。足手まといに感じたらいつでも切り捨てていい」


「簡単に切り捨てられるような人なら、俺は連れて行かない」


 覚悟があっても目の前で人が死んで平静でいられるかなんて分からない。

 それに、魔瘴方界(スクウェア)攻略は浄の問題がある以上、少数精鋭でいくべきだとテルスは考えている。

 だからこそ、捨て駒みたいに切り捨てられるような人を入れられる枠があるなら、テルスは信頼できる仲間や強者を選ぶ。

 テルスの心情的にも戦略的にもサハラの今の提案はない。それに、疑問もある。


「あとさ、サハラの魔法、本当にそんなに便利なものなの?」


 魔力や魔法をストックできる魔法。それが本当なら浄化師を連れて行かずとも、浄の魔力だけをストックして魔瘴方界(スクウェア)に行くことができる。

 だが、テルスはそんな魔法を聞いたことがない。近いもので結界魔具、保護用魔具キャスリングやテルス自身が持つ魔具ディールだ。

 しかし、結界魔具は巨大だし、キャスリングの効果はごく短時間。

 ディールだって魔瘴方界(スクウェア)を攻略するまで放出できるほど魔力を溜めることは不可能だろう。加えて、あれは特殊な精霊石が必要だ。

 また、ただ魔力を放出することと魔法を発現することはまるで違う。魔法をストックできるといっても、トランプ・ワンや上位の魔法までストックできるとは思えない。

 ストックできる量も質も疑問しかない。

 結局のところ、テルスはサハラの言うことを信じられない。ただ、魔瘴方界(スクウェア)に連れて行かせるための方便にしか聞こえないのだ。


「……まったく。まあ、今は要望を覚えておいてくれるだけでいい。あと、僕については足手まといにならないことは約束する」


「それは分かってるけど」


「あ、その言葉は嬉しい……こほん。それと、話はもう一つある。こっちが君を一人にした理由なんだけど……」


 テルスはその言葉にそういえば、と首を傾げる。

 ここまでの話ならばルナがいてもそう変わらない。というか、本当にサハラたちを攻略部隊に入れるなら、スピカのことは他の人にも明かさなくてはならない秘密だ。


「ルナ・スノーウィルの両親の話だ」


「……は?」


 ルナの両親。

 スピカの存在とは違い、何でここでその話が出てくるのかテルスにはまったく分からなかった。


「父が死んで僕が《レヴェル》を率いるようになって真っ先に思ったのは、これは無理、だ」


 刻限の砂に飲まれ続けるカンプス。

 魔物にも歯が立たず、砂も止められず、何をしても無駄に終わる毎日。

 完全にお手上げだったとサハラは乾いた笑みを浮かべながら首を振る。


「それで、僕は刻限の砂に対抗できる『浄』を探し始めた。それはもう徹底的に。カンプスに住まう人の全リストを作れるくらいにさ」


 それがスピカがここにいる理由。

 中央や貴族、衛兵。その目をかいくぐり、西の人々を徹底的に調べ上げ、監視し……その果てにサハラは誰も知らない浄化師の卵を手に入れた。


 そう。だからこそ、サハラは知っている。


 サハラたちが手を伸ばすほんの少し前に売られてしまった少女を。

 浄化師ルナ・スノーウィルの過去と、今の『家族』を。


「ルナ・スノーウィルに家族のことを知っているか前に聞かれてね……だけど、これを彼女に聞かせるのはちょっと迷う。だから、君が判断してほしいんだ」


 それは彼女が一番求めていて、一番残酷な話――


「ようはさ……薄情な家族の話だよ」


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