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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
二章
18/196

狂騒

 リーフの町の中心部。

 大樹がそびえる広場は町中の人間が集まったのではないかと錯覚するほど、人で溢れていた。

 浄化師をこの目で見たい。東の端に位置するこの辺境の町においても、浄化師という存在がいかに人々の希望であるかが分かる光景だ。


 しかし、それは浄化師の存在を知る者にとっての話。世情に疎く、そんなことよりも、ご飯や遊びの方が大事な孤児院の子供たちにとって、人が溢れかえるような広場でのイベントなど、遊ぶスペースがなくなる厄介事でしかない。


「ハル! 遊べそうな場所あったか?」


「見つからないよお。どこに行っても人だらけ。ボール遊びはこれじゃあできないね」


 ちくしょー、と金色の髪をかきむしり、その碧眼でざわめく大人たちをナッツは睨む。そんな様子を隣にいるシュウは黙って見ていた。少し長い焦げ茶色の前髪から覗く赤い目がやれやれ、と困ったような光を灯している。


 テルスを除いた孤児院の子供たち四人は皆、同世代だ。ハル、ナッツ、シュウ、フゥ。常に四人でいる仲の良い子供達。テルスにとっては、買ってきた食べ物を奪う飢えた子狼たちでもある。


 常日頃、外で遊ぶ子供たちのお気に入りは、町で一番大きいこの広場を目いっぱい使ってのボール遊びだ。雨の日以外は、ほとんど毎日のようにこの広場でボールを蹴って遊んでいるものの、ここ数日は天気が悪く外では遊べなかった。ようやく今日になって晴れたというのに今度は広場が使えないなんて、と子供達は口を尖らせ不満を募らせる。


「なあ、シュウなんかいい場所ないかなー。おれ、今日はたくさんボール蹴れると思ったのに」


「ぼくだって、そうさ」


「あたしもだよ!」


 ハルが肩口にかかる明るい茶色の髪をいじりながら言う。フゥも長い黒髪を揺らしながら、うんうんと頷きこれに続いた。

 それぞれ、こうしよう、ああしようと意見が出るものの、ボール遊びに勝る魅力にはなり得ない。

 ついに何も思いつかなくなり静かになった瞬間、そのタイミングを見計らっていたかのように、広場の中央にある舞台から盛大な拍手が鳴り始めた。


「うわっ、なにこれ!?」


「なんか、すごい人たちが来てるんだって……」


 ハルの驚きにフゥが小さな声で答えると、なにかを思いついたのかシュウが手を叩いた。


「そうだ! どうせ今は広場が使えないなら、せっかくだし、そのすごい人でも見てみようよ」


「え~、おれはべつに見なくてもいいよ。それにあんなに大人がいたら、見えないだろ。まったく大人は勝手だよな~。いつもはこんなにいないくせに、自分たちが使うときはおれたちをのけものにするんだぜ」


 そうだそうだ、とハルとフゥが合いの手を入れる。しかし、シュウはにやりと笑った。ずっと一緒にいるのだ。仲間たちが興味を持ちそうなことなんて、すぐに思いつく。


「だからさ、木登りしよう」


「木登り?」


 不思議そうに首を傾げるフゥの言葉に頷き、シュウは話を進める。


「そう木登り。精霊樹の裏側に回ってさ、あの枝のあたりまでいけば、そのすごい人を見ることができると思うんだよ。何より、大人たちよりずっといい場所だよ。やってみたくない?」


 シュウの言葉に三人は顔を合わせる。こんな面白そうなことに反対なんてするわけがない。すぐに満面の笑みを浮かべ三人は「賛成!」と声を揃えて叫んだ。











――精霊樹。


 この葉風の町リーフのシンボルとも言える大樹。

 樹齢が何年かも分からぬほど太古から存在するものだが、立ち入りや触ることが禁止されてはおらず、この町の住民なら子供の頃に一度はこの樹に登っている。


 誰が一番高く登れるか。誰の投げたボールが一番遠くの枝まで届くか。そんな遊びをした思い出がこの町の住民の誰もにある。精霊樹の思い出が記憶というアルバムに収まっていることは、この町で生きてきた一つの証なのだ。


 そして、遥か昔からリーフの住民を見守る大樹を、伝統を守り孤児院の子供たちもせっせと登っていた。デコボコとした大樹の表面は木登りのためにこさえられたかと思うほど登りやすく、その苔むした根元は手足を滑らせ落ちようとも優しく受け止めてくれる。


 不思議なことに、この樹から落ちて死んだという記録は一つもない。精霊が守ってくれているのかもしれない、なんて噂もあるほどだ。その話を聞くと精霊が視えるエルフは意味ありげに微笑むが、その理由は何故か教えてくれない。


 恐怖など欠片もない子供たちはすいすいと登っていく。やがて、太い手頃な枝に辿り着くと仲良く並んで腰掛け、大樹の根元を見下ろした。


「あれがすごい人?」


 ハルの問いかけにナッツたちが舞台を見ると、群衆に囲まれた舞台の上に白装束に身を包んだ人たちが座っていた。


「真っ白だな。テル兄とは反対だ」


 森に魔物を退治しにいくときは、テルスは木陰などに隠れやすいよう暗い色の服を着ている。しかし、そんな理由を知らない子供たちにとっては、暗くて陰気な感じの色はテルスのイメージカラーになっていた。まさに、眼下の人たちとは正反対の色だ。


「そうだね。あんま強そうじゃないし、すごくも見えないね」


 シュウもそう言い頷く。

 子供たちの中では、テルスは『すごい人』という位置にいる。真実がどうあれ、子供は現金なもの。一人で魔物を退治して美味しいものを買ってきてくれるテルスへの評価は高い。

 そんな役に立つテルスと正反対のイメージを抱かせる浄化師の白装束は、何も知らぬ孤児院の子供たちにはうけが悪いようだった。


 そんな不当な評価を受けているとは露知らず、浄化師の一人が立ち上がり、マイクの前で大仰に身振り手振りを交えて演説を始めた。


『緑美しい葉風の町の皆さん。私は浄化師の一人、アルタール・イーグレンと申します。今日はこの町に来ることができ、大変嬉しく思ってます。さて、我々はここ数年、行われていなかった……』


 アルタールの熱のこもった演説は群衆の受けは良かったが、話している意味が分からぬ子供たちにとっては退屈なもの。演説するアルタールにとっては悲しいことに、一分ともたずその興味は他へと移ってしまう。


「見晴らしがいいねえ。ほら、孤児院は見えないけど、あんな遠くの教会まで見えるよ」


「シュウ、おっさんみたいだぞ」


「潮の香りがする……」


「ねえねえ、あのおじさん以外の白い人は何をしているのかな?」


 演説をしているアルタールは深い彫りの顔立ちをしている。

 美しい髪飾りをつけた濃い金髪や、その立ち居振る舞いは華美な印象を相手に与える。絵本に出てくる偉そうな王様みたいな人物だ。

 しかし、その後ろの浄化師達は白装束についているフードをすっぽり被り、まるで色を付け忘れた人形のような姿でじっと座っていた。


 じーっと四人が浄化師たちを見つめていると、一人の浄化師が顔を上げた。


 視線が確かに交わった。浄化師は自分を見つめる子供たちに気づくと、フードから覗く桜の色合いの唇を綻ばせ、群衆から気づかれぬようにそっと子供たちに手を振る。


「あっ、あの人こっちに手を振ってるよ! おーい」


「ば、馬鹿ハル! 気づかれたらまずいだろ。ここは静かに手を振るんだ」


 四人で揃って、小さく手を振っているとその様子がおかしかったのか、浄化師は笑いをこらえるように口元を手で隠していた。


 そんな様子に、なんとなく舞台の上にいるすごい人と気持ちが通じ合えた気がして、四人は楽しくなってきていた。孤児院に帰ったらベア婆に教えてやろうと心を躍らせ、枝の上で話し合う子供たち。


「さあて、それでは折角、人類の希望にして救世主たる浄化師の方々に来ていただいているのです。今日は余興を用意しました!」


 その言葉に再び舞台を見ると、いつの間にかアルタールという浄化師は席につき、代わりにどこかで見た覚えのある男がマイクを握っていた。だらしない腹をぶるんと揺らしながら、男が舞台の袖を指すと、布が被せられた四角いものが運ばれてくる。


 その布が勢いよく剥ぎ取られると、どよめきと悲鳴が広がった。


 ギィィと耳障りな不協和音を奏でるのは三体の蛾型の魔物。枯葉のような翅の下、色鮮やかな下翅に浮かぶ丸い模様が大きな目玉に睨まれているようで、女の子のハルとフゥは思わず小さな悲鳴を上げた。


「なんで、魔物なんか……」


「馬鹿じゃねえのあいつ! シュウ、逃げようぜ!」


「そうだよ! テル兄も魔物を見たら一目散に逃げろって言ってたよ」


 魔物を恐れ、いち早くこの場を後にしようと動く子供たちとは反対に、群衆から上がる声は熱気を帯びてきていた。

 やがて、その声に応えるようにアルタールが立ち上がり檻に近づくと、その手をかざし、白い光を魔物に浴びせ始めた。


 苦しみ、狂ったように暴れる魔物とその様子に興奮する群衆。

 群衆にとっては魔物という絶望を浄化師が希望の白い光で祓っている光景。しかし、子供たちにはいたずらに魔物を刺激しているだけの、恐怖しか感じない光景が広がっていた。


「なにやってるんだよ、あいつ……」


 強くて、武器や魔法がないと敵わないような魔物を、白い光を当てているだけで苦しめているアルタールの姿は子供たちにはどこか不気味に思えた。拒むように目を逸らし、子供たちはするすると樹を下り始める。


 しかし、なにもかもが遅すぎた。子供たちが精霊樹から下りるのも、大人たちが自分の愚かさに気づくのも、全てが遅かった。


――ガシャンッ!


「は、離れてください!!」


 何かが倒れるような金属音と慌てた司会者の声が子供たちの耳に届く。その不吉な音に恐る恐る下りるのを止め、下を覗いてみると、


 檻から解き放たれた魔物が翅を広げ、空へと飛び立とうとしていた。


 そこから先は、ここが町の中とは思えぬほどの地獄絵図だった。

 悲鳴を上げ、一歩でも魔物から遠ざかろうと広場から逃げ出す大人たち。その後ろを魔物が見世物になった恨みを晴らそうとするかのように追い始める。


 一人、また一人。魔物の脚に引き裂かれ、血しぶきを上げるその姿を、子供たちは動くこともできずにただ見つめていた。


「おい! あの魔物を止めろっ! マテリアルは《Ⅲ》とはいえ、相当弱っているんだ! さっさと捕まえて殺してこ――ひいっ!」

 

 雑巾を絞ったかのような甲高い悲鳴。

 魔物の一体が舞台上の肥えた餌を目掛けて、飛びかかろうとしていた。迎え撃つ白い光弾をゆらゆらと躱す魔物。風に乗り、大樹の近くを旋回する魔物が子供たちの近くを通りすぎ、


 その複眼に子供たちの姿が映った。


「皆、飛び降りろっ!」


 一瞬の判断。


 シュウの言葉に即座に反応したのはナッツ。ハルとフゥを掴むと、高さを気にせず飛び降りる。体を襲うであろう衝撃に目をつむっていたが、根元に生える苔は優しく子供たちを受け止めてくれた。

 それでも、自分の身長の何倍もの高さから飛び降りたのだ。足は痺れ、思うように動かない。そんな足で懸命にその場を離れようと子供たちは走り出す。

 

 しかし、


「きゃああ!!」


「ハル!!」


 痺れた足がもつれ、倒れるハル。走ることもままならない少女の背後から迫る影。

 シュウもナッツもフゥも、考えるより先に、ハルのもとへ走り出した。一番近くにいたシュウは泣き出しそうな顔のハルに必死に手を伸ばす。そして、


 大樹の苔に赤い血が飛び散った。


「こっちだ! 早く魔物を追え!」


「ギルドに連絡だ! このままだと大変な被害が出るぞ!」


「浄化師様、こちらです! 早くお逃げくださ……あれ?」


 周囲の喧騒など子供たちには、まるで耳に入らなかった。全て過ぎ去った広場に三人(・・)の子供たちが呆然と立ち尽くしていた。

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