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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
179/196

廃城の五災

 すきま風と罅割れた壁から零れる砂だけが空気を震わすその場所に、災厄たちはいた。

 ただ、在る。

 それだけで、四つの瘴気は何もかもを塗りつぶす。重なる死の領域は重苦しいほどの存在感を示しているのに、ここには何の音もない。

 死の静けさだけが満ちる伽藍洞の空間。

 そこに、一陣の風が吹いた。


「……お帰りサいまセ」


 罅割れた声が静寂を破る。

 金属を無理矢理震わせたかのような異質な声。

 明らかに人のものではないそれは、いつの間にか瓦礫の一つに腰かけているその影に向けられていた。


「……………………ただいま?」


 長い沈黙の後、首を傾げながら影――女王レギナは臣下の礼に口を開いた。

 僅かな戸惑いを含んだ声だ。しかし、レギナの整った相貌には何の表情もない。

 黒混じりの銀の髪。黒い簡素な服。何より、再びの静寂と影に身を潜めるその姿はまさに、人形そのものだった。

 ただ、今の僧侶は女王を人形ではいさせてくれなかった。


「女王のオ帰りを今か今カとオ待ちしておりました。その麗しイお姿をこの目にスるのがあと少し遅ければ、私の忍耐は燃エ尽きあナた様を追っていたでしょウ」


「…………そ、そう……」


 色濃くなる戸惑い。

 表情こそ変わらないが、レギナが僧侶に向ける目は正体不明の虫でも見ているかのようなものだ。ようは、気持ち悪がっている。

 気づいていないのか、気づいていて止めないのか。僧侶の舌はひたすら回り続ける。この新たな災魔はあれほど静かだった空間を一人で騒がしくしていた。


――兵『ペデス』。


――僧侶『エピス』。


――夜騎『ウェスペル』。


――戦船『ナーウィス』。


――そして、女王『レギナ』。


 ここには、五体の災魔がいる。

 だが、レギナとペデスを除いた三体は純粋な災魔とは呼べないだろう。


 戦船は処分できないモノをペデスより産まれ落ち、この地を守護させていた魔物と合成した災厄。

 夜騎は処分に困った残り物を戦わせ、喰わせ合い、第二の騎士に至らせようとした災厄。


 『ロクス』と『エクエス』の空白を埋める駒。

 この二体は災魔としての力は持つが、どちらもレギナの目的の副産物でペデスより産まれ落ちた災厄に過ぎない。

 そして、エピスコプス――僧侶『エピス』。

 戦船、夜騎と同じくペデスより産まれ落ち、そして、レギナすらまったく予想していなかった知性を持つ災厄。

 レギナはじっと喋り続けるエピスを見つめる。

 エピスに他の災魔ほどの力はない。しかし、この災魔はレギナが最も恐れるもの――人の力の証明だ。

 これの元はただの人間だ。魔に堕ちた元精霊。その一点だけで自らの生命すら賭し、レギナの役に立とうとした狂信者だ。

 レギナがその狂信者にやったことなど「役に立つなら」と適当に『エピス』なんて名を与えただけだ。


 だが、この元人間はペデスに喰われ、魔の材料となりながらも、その狂信を貫いた。


 ペデスより産まれ落ちた魔物……いや、他の災魔であろうと、これほど元の人間の意思が残っていることは初めてだった。

 それが、レギナには恐ろしかった。

 未来とは無数に枝分かれする可能性。

 かつてはそれを視ることができたレギナにとって、不可能を可能にしたエピスという存在はここに至ってまだ自分が敗ける可能性があることを突き付けられているようなものだった。 


「……それで、王都の様子ハどうデしたかナ?」


 憂鬱な女王にようやく気づいたのか、エピスはどこか気まずそうにレギナに問いかける。


「……君が言っていたとおり、この旧王都に来るみたい」


「ナるほど……では、こちラから攻めますカ?」


 ここにいる皆の力を合わせれば王都であろうと確実に落とせると思いますが、とエピスは続ける。

 確実に、とはレギナは思わない。それでも、魔瘴方界スクウェアを展開し、魔物の大群と共に災魔五体で攻め入れば……エピスの言う通り、勝てるだろう。


「攻めない。待つ」


 しかし、それを理解していてもレギナは首を振った。


「向こうも今は警戒している」


 南都で少し暴れすぎたのだろう。

 王都の各所に浄の結界が張られ、特に王城や主要な施設の守りは以前よりも固くなっている。それはエピスが進言していた『気球』についても同様だ。


「相手も準備している。なら、わざわざ攻めに行かなくてもいい。だって――」


――こちらは待っているだけで、勝てるのだから。


「……そレもソうですネ」


 互いにいくら守りを固めようと、最終的に攻めなければならないのは人の側。

 盤面も時間も何もかもが有利な以上、わざわざこちらからその有利を捨てて、攻めに出る必要はない。


「それに、ここに本当に来れるの? あの砂漠を越えて? 前は入り口で壊滅したのに?」


「難しイでしょウ。それデも、気球や魔具の存在を考えれバ、モしかしたラ、と思っテしまウのでス……」


 最近の進歩は著しいので、とエピスは人の面影がないその姿で、人のように困った素振りを見せる。


「それなら……一応、手は打つ」


 女王の視線は外で飛び回る小さな影に向く。

 災魔であって災魔といえないその魔物なら、破壊工作にはちょうどいいだろう。

 べつに結果が出なくてもいい。だが、この一手が時間稼ぎに繋がり、ここに来るのが遅れれば……チェックメイトだ。


「もうすぐ……あと少しで全てが始まる……」


 百年の揺籃を終え、レギナの目的は手が届くとこまで来ている。

 この廃城の王の間で五体の災魔は瓦礫に座す。空白の玉座に座る者はいない……今は。


 だが――(レクス)の目覚めはもう、すぐそこだ。

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