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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
174/196

地獄の門

 砂漠を歩く、ということは海辺を歩くような感じだとテルスは思っていた。

 だが、この二ヶ月でそんな甘い認識は朽ち果てた。からっからの空気とさんさんと降り注ぐ日差し、足場は魔具がなければ踏みしめることもできない。

 まったく、潮騒の一つも聞こえないこの場所になんて幻想を抱いていたのか。

 いつまで経っても頂上につかない砂丘を登りながら、テルスは水筒を傾ける。


「テルス~僕も~」


「はいはい」


 水筒の蓋に水を注ぎ、肩の上でぐてーっとなっているソルに差し出す。

 ソルは寒いのより暑いのが苦手なのだろうか。グレイスの雪道よりも、この砂漠での方がずっときつそうだ。

 だが、これでも最初よりは楽になったのだ。テルスたちの今の服装は砂漠仕様。それも刻限の砂に合わせて調整された特注品だ。

 身に着けている白いマントを始め、今では気温調整などの納涼魔具まで装備している。

 自分で用意せずとも、こういった便利な魔具が送られてくるなんて流石は騎士だ。ただの辺境の駒者(ピーセス)時代では考えられないことである。

 それでもまだ、暑い、歩きづらい、きついの三拍子が揃っている。

 そんな砂漠でも、あの赤いピエロはまったくもっていつも通りだった。


「おーい、ファルさん、真面目にやってくれよー。それ見てると気が抜けんだよ」


 砂丘を転がって登っていく赤いボールにメルクがげんなりしながら言う。

 その気持ちはテルスもよーく分かる。

 この砂漠を歩き始めてからずっと、テルスたちの周囲をあの赤いのは転がりまくっている。それでも、本人に疲れた様子はなく、ピエロメイクはまったく崩れていない。

 もう、あれはそういう顔なんじゃないだろうか。

 元気よく跳ねてこちらにくる赤いボールを見るテルスたちの目は完全に珍獣を見る目であった。


「分かったよ、メルク君。ごめんね、あっ――」


 すぽんっと軽く砂が跳ねる音を残し、赤いボールが砂の中に沈んでしまった。

 一瞬、テルスたちは何が起きたか分からなかった。

 だが、さっきまで元気よく転がっていたファル団長が砂に飲まれたと認識すると同時に、ルーン以外の皆が慌てて動き始める。

 言わんこっちゃないっ、とメルクが駆け出す。

 誰よりも早く赤いピエロを助けようとロープを取り出す彼の前に――


「ばあっ!」


 沈んだときと同じく、すぽんっと赤いボールが飛び出てきた。


「ふふ。どう、驚いた?」


「こ、このクソピエロ!」


 びくりと肩が跳ねたメルクをにやにやと見るファル団長。

 余程ムカついたのだろう。

 言葉よりも早く、メルクは赤いボールを蹴飛ばしていた。

 何故か赤いボールは沈むこともなく「あーれー」と奇声を発しながら、砂丘を転がって登っていく。本当にあれはどうなっているのだろうか。


「うーん……うちなら真っ先に餌かな。何か死ななそうだし、ちょうど良さそう」


 真面目な顔で語るサハラにテルスは乾いた笑いしか出ない。

 正直、部隊としてはどうなんだろうか、という思いはテルスにもある。

 これが騎士団とかだったなら、こんな場所で遊んでいるなんて絶対に許されない行為だ。テルスだって一応はこの部隊のリーダーなのだから、あれが皆の危険に繋がるなら注意するし、そもそも連れてなんかこない。

 問題は――あれが遊んでいるか判断しづらいことだ。


「あ、テルスくーん、魔物が来てるよー」


 砂丘の上から降ってきた声に遅れて、テルスも砂中を泳ぐ魔物の気配を感じ取る。同時に、それが一斉に止まったことも。


「はい、一、二、三!」


 ファル団長がぱんっと手を叩く音に合わせて、魔物が砂から打ち上げられる。

 赤いボールに閉じ込められた魔物たち。あれは蜥蜴と蠍だろうか。

 その正体をよく見る時間すらなく、緑の光が赤いボールを撃ち抜く。ファル団長とルーンの芸はやっぱり荒事向きである。


「ファルさん、次がありそうー?」


「今のところは引っかかってないよおー。ボールは元気に泳いでるー」


 ルーンの声にファル団長が短い腕を振りながら答える。

 このボールが泳いでいる、というのはファル団長が砂の中に沈めている【魔弾】のこと。

 そう、一見遊んでいるようにしか見えないが、ファル団長はテルスたちの周りを転がりながら魔物の迎撃と索敵をしているのだ。

 おそらく、テルスたちの下では数十ほどの【魔弾】が砂中を泳いでいる。

 レモラなどの雑魚ならばそのまま撃ち抜き、少し手こずるような魔物ならば砂ごと赤いボールに閉じ込めて打ち上げる。

 ああ、本当に優秀だ。サハラだって口ではああ言っているが【魔弾】の術式を気にするくらいにはファル団長を認めている。


 あの見た目と奇行とホラーさえなければ。


 多分、ここにいる皆がそう思っているに違いない。

 だが、何はともあれ、ファル団長のおかげでここまで楽に来ることができた。


「……あ、そろそろだ」


〈うん。この砂丘を越えたら、砂嵐が起きるラインかな〉


「前はこんな砂丘なかったのに。ここは砂嵐が起きるたびに地形が変わるから大変ね」


 コングの言う通り、ここは砂嵐や巨大な魔物が泳ぐたびに地形が変わる。

 だから、テルスの「そろそろ」も境界からどれくらい西に進んだか、というざっくりしたものでしかない。

 しかし、魔具で確かめていたタイミングは決して外れてはいなかった。

 砂丘を登り切ったテルスたちを迎えたのは砂の幕。日差しを遮り、先の景色すら見せない巻き上げられた大量の砂だった。


「風に異変はない。これ、やっぱり自然発生しているものじゃないよ!」


「同じく、私の目にも変な動きは見えなかった!」


 ソルとルーンの言葉が正しいなら、やはりこの砂嵐は刻限の砂の環境ではない。そうなると、一番怪しいのは……


「……先に進めるか試してみよう! ルーン姉!」


「はいはい、【ウェント】と」


 ルーンが発現させた風がテルスたちを覆う。

 恐る恐る砂嵐の闇の中に、テルスたちは足を踏み出す。

 こんなに砂と風の音が大きいのに、テルスたちが感じるのは優しいそよ風だけ。あと不安なのは制限時間だろうか。


「これ、どれくらいもちそう?」


「砂嵐の風を利用しているから、ほとんど魔力は消費してないよ。私が寝なければずーっと吹いているね。ただ……」


 問題なのは砂嵐じゃない、と続けたルーンの言葉を証明するかのように、魔物の群れが風の守りを突き破ってくる。

 鮫に蜥蜴に蠍に鰐。サハラが教えてくれた情報通りなら、どの魔物もマテリアル《Ⅲ》は超えている。それが文字通り雨のように降ってきていた。


「小型は防げるけど、そいつらは無理! あと、奥からでかいのも来てる。多分、ケートス!」


「俺が迎撃――」


「水は駄目、風の外には絶対に撃たないで! 多分、砂が重くなって風の出力を上げなきゃいけなくなる!」


「まじかよ!」


 砂嵐、という認識が間違っていたのかもしれない。

 テルスたちは今、砂嵐に飲まれたのではない。砂に沈んだのだ。

 この景色こそが刻限の砂という砂漠の底。テルスたちが歩いていた砂中の景色。

 進むどころの話ではない。テルスたちはただ魔物の雨に対処するだけしか選択肢が残されていなかった。

 視線の先は砂の闇。

 もはや、灯りを浮かべなければならないほどの闇がテルスたちを包んでいる。

 これでは砂嵐の原因など調べようがない。テルスは撤退を叫ぼうとするが――


「ファルさん”車”! ずっと転がってできるか確かめてたんでしょ。私も風で防ぐから!」


「分かったー!」


 こんな状況にあっても呑気なファル団長の声が響くと同時に、テルスたちを赤い光が包み込んだ。


「え、なにこれ?」


「ファルさんの【魔弾】の中! これで進むだけならできる。何かあったら、予定通り私の風で飛んで脱出するね!」


 暗くてよく分からないがテルスたちは今、ファル団長の巨大なボールの中に入って移動しているらしい。転がってるなら何で自分たちも回ってないのか等、疑問は尽きないが今の問題は――


「加速か、跳ねて! 右から魔物!」


「はーい!」


 ボールが跳ね、横から現れた巨大な何かから間一髪で逃れる。

 触手のようなものが見えたがあれは何だろうか。サハラからもらった資料の中に、あんなにでかくて触手がある魔物なんていなかったはずだ。


「ルーン姉は風で防御、脱出もいつでもできるように! ルナは【浄光結界(ルクス・へクス)】! メルクは必殺、コングさんは【魔槍】の準備! 大型が来たら迎撃! サハラは足止めの魔法! 得意って言ってただろ!」


 テルスの指示に「〈了解〉」と文字と声が重なる。

 この状況はあまりにも予想外だ。本当はもう少し作戦を詰めたいが、悠長に話している時間はない。テルスは付きまとう一際、濃い瘴気に唇を噛む。


「テルステルス、何か追いかけてきてる!」


「分かってる。サハラ、後方に足止め。撃ちまくって! ファル団長、やっぱり下が一番多い。跳ねまくって進んで!」


「了解……何を足止めしてるの、これ」「分かった~、酔わないようにね~」


 指示と同時に、ボールが跳ね始める。

 しかし、砂嵐は一向に晴れる気配がなく、景色を確かめることすらできない。

 これではやはり、調査なんて不可能だ。

 この移動法が有効そうと分かっただけで――


「「「――え」」」


 二人と一匹。

 テルスとルーン、そして、ソルの声が重なった。


「テルス、あっちは風が吹いていないよ!」


「だけど――そっちはでかいのがいる」


 風を操っているルーンはおそらく砂嵐が吹いていない空間を感じ取った。

 そして、テルスの方は巨大な瘴気を感じ取った。

 どちらも同じ方向。これはもしかしたら。

 そう考えるテルスの肩では、どちらも感じ取ったソルが狼狽していた。


「あっちにいけば砂嵐がないから後ろの奴が来ないかも……でも、あっちにいけばやばそうなのが……え、どっちに行くのテルス? どっちからも逃げるのが正解じゃない?」


「それはもちろん行くしかないでしょ。ファル団長、少し左にずれて!」


 ソルの絶望の悲鳴を聞きながら、テルスは闇の向こうを睨む。

 気配はすぐそこ。この速度ならあと十秒……五秒……三、二、一……


 そうして、テルスたちは砂嵐の向こうに飛び出した。


 闇が晴れ、赤い光の向こうに広がる景色は変わらず砂の景色。

 しかし、その地形はあまりにも違うものだった。


「何だ、これは……流砂……?」


 この砂漠を誰よりも知っているサハラが呆然としながら呟く。

 テルスたちの前に広がっているのは、巨大な流砂。

 端がどこかも分からぬ地獄の穴――否、門だった。


「――来るよ」

いつもお読みくださりありがとうございます!

ブクマ、評価、感想だけでなく、先日は大変ありがたいレビューをいただきました。

本当にありがとうございます。まだ六章は序盤というか長いプロローグみたいなとこですが、頑張って完結まで書いていきます!


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