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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
172/196

砂嵐の夜

 ガタガタと揺れる窓ガラスをテルスはぼーっと見ていた。

 外の景色なんて見えやしない。罅割れた窓ガラスの向こうは小さな町の景色ではなく、砂塵に覆われた夜闇だけが広がっている。

 もっとも、夜でなくとも砂嵐のせいで何も見えず、砂嵐でなくとも見えるのは砂に埋もれ、砂漠とそう変わらない町だけなのだが。

 今にも飲み込まれそうな夜。

 音に。夜闇に。瘴気に。砂に。抱く不安は決して錯覚ではない。

 小さな砂礫が作るあの罅が広がり、砂がこの家に入ってくれば本当にそうなるのだから。


「……悪戯(トリック)


 机に突っ伏しながら呟いた魔法一つで、窓ガラスの罅が修復されていく。『土』の魔法で建てたこの家は修復も容易だ。

 西の最前線の町、といえば聞こえはいいが、この町『カンプス』は実際はこんな簡単な家ばかりが並んでいるだけの何もない町だ。

 止めることもできず広がっていく境界付近にまともな町なんて作れるはずもない。

 ここは放棄することを前提に作られた町。

 生活に必要なものは後方の似たような町から届けられ、ここが砂に飲み込まれればその後方の町が次のカンプスになる。


 西都ウェスティアを捨てたときから続く後退。

 それは刻一刻と王都に近づいている。


 方界反転現象リバーシがなくとも、瘴気の砂嵐により広がっていく魔瘴方界(スクウェア)

 終末の砂時計『刻限の砂』。

 その砂は魔瘴方界(スクウェア)を解放し、災魔を退けたテルスたちだろうと、止めることはできなかった。


「はあ……まだ王域どころか入口なんだけどなあ……」


 小さな火を灯すランプを指で突きながら、テルスは愚痴る。

 そう、まだ境界を越えただけ。

 最初の一歩で躓いているのだから、この先を思えば憂鬱になるというもの。皆や特に、自分たちに期待してくれている西の人たちには見せないが、最近のテルスはちょっと後ろ向きだ。


 目下の問題は”砂の海”と”砂嵐”の二つ。


 砂の海。特殊な魔具がなければ歩くこともできずに沈んでしまう地形。

 砂嵐。気球も使えず、ろくに歩くこともできない竜巻じみた強風。それに瘴気に染まった砂が乗るせいで、リバーシもせず魔瘴方界(スクウェア)が広がっていく。


 つまり、テルスたちを阻んでいるのは環境だ。

 雪花の湖の”水中”と同じだ。だが、あの時とは違い刻限の砂は最大の魔瘴方界(スクウェア)。この砂漠が何処まで広がっているか、何処が中心なのか見当もつかない……


――いや、多分……。


 テルスの頭にあるのはただの勘や想像だ。

 しかし、あの約束を信じるのなら……


〈テルス、まだ起きてたの?〉


「うん……ちょっと考えごと」


 ランプとは違う桃色の優しい灯りが文字を描く。

 その向こうにはパジャマ姿のルナがいた。

 水を飲みに来たのだろう。樽の水を柄杓でコップに移しながら、ルナはまさにテルスが考えていたことを書き当てる。


〈砂漠のこと?〉


「そ。もうすぐ気球が完成するって、ヴィヌスさんが言ってたからさ」


 現在、王都では”ブルード”のヴィヌスとラブレたち”アンホース”の『B』の貴族が中心となって新しい気球を開発している。

 サハラたちの改造気球サジッタを元にした刻限の砂を進むための気球。

 砂漠を貫くほど速く。空を飛ぶ魔物に追いつかれないほど速く。そんなひたすら速度を求めた気球を突き付けられ、ヴィヌスはよほど悔しかったのだろう。日夜新たな気球の開発に勤しんでいると、テルスたちは聞いている。

 だが、従来の気球とは違い、理論上は砂漠を進めそうなサジッタにも問題がないわけではない。というか、止まることができないなど、問題だらけである。

 アイデアはいいが、作ったサハラたちは専門家ではない。独学で気球という形にできただけでも快挙といえる。

 それを考えると、テルスたちが南都サウセンから葉風の町リーフまで乗った際に壊れなかったのは非常に運が良かったといえる。

 そんな問題だらけのサジッタに不足していた機能を追加した試作品が完成しそうだ、と連絡を受けたのが先日。

 もしかしたら、一週間後にはこのカンプスにその試作品が来るかもしれない。


〈そろそろ、私たちも次の段階に入らないとだよね〉


 この二ヶ月、テルスたちは何もしてこなかったわけではない。

 砂漠という環境や特殊な地形での戦闘に慣れ、進むために必要なことを積み上げてきた。

 砂の海については魔具や『土』の魔法、またはそれに代わる魔法陣を刻むことで、進むことはできるようになった。

 問題は砂嵐の方だ。

 これが特に原因のない環境であったなら、テルスたちに打つ手はなかった。

 しかし、気候に関係しない周期、何より砂漠を一定以上進むと起きる不自然さに目をつけ、テルスたちはずっと砂嵐の発生を調査をしてきた。


「やっぱり、砂嵐の真下に何かある、というか、いるんだろうなあ」


〈ルーンさんは精霊たちの動きに関わらず、急に発生しているって言ってた。それを考えるとやっぱり、魔法とかそういう力なんだろうね〉


 もしも、この規模の砂嵐を起こす力を持つ魔物がいるのだとしたら、それはマテリアル《Ⅳ》を優に超えているだろう。

 テルスやルナとしては純粋な魔法や力ではなく、複数体の魔物によるものなど何か仕掛けがあるものだと思いたい。


「まあ、行くしかないか。準備はできてるんだし、この砂嵐が収まったらルーンたちに声をかけよう」


〈一緒に行く人は?〉


 その文字にテルスは少し悩む。必要だけど贅沢な悩みだ。

 前は自分とルナしかいなかったのに、今は大勢の人たちの力を借りられる。呼べば、シリュウまで来てくれるのはどうかと思うが。


「俺とルナは確定。ソルとルーン姉は砂嵐の発生を見てもらうからいてほしい」


〈地形対策でコングさんの力は借りないと。人数にもよるけど、ルーンさんとコングさんがいれば最低限はカバーできると思う〉


「メルクも連れて行かないと怒るからなあ。まあ、マテリアル《Ⅳ》と戦うことになるだろうし、メルクは必要なんだけど。『土』以外にも『水』で濡らしてもあの砂は沈みづらくなるから、戦闘枠兼地形対策で」


〈砂の海についてはサハラさんもついてくるだろうから問題ないけど、砂嵐の方はどうしよう?〉


「うーん……やっぱり、砂嵐はルーン姉に頼ることになりそうだなあ。地形対策はコングさん、サハラ、ルーン姉。戦闘が俺とメルク、浄がルナ。そう考えると、浄が足りなくなるからあと一人か二人くらい? それでマテリアル《Ⅳ》と戦えて、砂の海、砂嵐でも問題ない人……」


 盤面は砂の海。目的地は砂嵐の真下。残る駒は……


「……あの人に頼もうか」


〈あの人……〉


 頭に過ぎるのはとある人物。

 こうして考えると、砂の海も砂嵐でも普段通りだったあの人は本当にすごいと思う。いや、その普段通りなのが問題なのだけど。

 それにしても、この七人と一匹で刻限の砂に挑むとしたら、それは何とも……


「〈……変なの〉」


 ルナも同じことを考えていたのだろう。

 声と文字が重なり、二人はおかしそうに笑い合った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに来たけどやっぱ面白い
[一言] 荒野の七人ならぬ、砂海の七人(と一匹)ですね
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