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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【裏】
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染まる葉風

 もう、何度目だろうか。

 頭に体にと、人を遊具代わりに這いずり回る無法者を引きはがし、メルクはそのつぶらな瞳に目を合わせた。


「いいか、ノルン。この際、体は諦めよう。だけどな、頭はやめろ」


「クーン」


「爪がいちいち痛いんだよ。このままだとハゲそうなんだよ」


「クーン」


「あ、こら! それもやめろ、牙も地味に痛てえんだって!」


 鼻を鳴らしながら子竜ノルンはメルクに甘噛みの雨を降らし、手や顔を舐めまわす。

 数秒で涎塗れになった『餓狼』のあんまりな姿に、その様子をスケッチをしていたコングはくすりと笑みを零した。


「あらあら、いい男っぷりじゃない」


「うるせー」


 うまく描けてるでしょ、と見せられたスケッチにメルクはふんと鼻を鳴らす。

 この筋骨隆々の男が描き上げたそれは確かに出来が良い。だが、メルクとしては涎塗れの男の部分が大変気に食わない。


「もっと格好良く描けよ」


「ダメ。美学に反するわ」


……おい、それはどういう意味だ、この野郎。


 文句を飲み込みながら、メルクは再びノルンを引きはがす。

 そんなことも遊びだと思っているのか、白い子竜は金の瞳を輝かせて無邪気に鳴いていた。

 テルスとルナが不在の間、メルクたちはこうして竜の遊び相手、もとい観察を続けていた。

 約束が果たされた以上、竜の世話や手伝いをする義務はない。


 ただ、せっかく竜の近くにいることができるのだ。


 それも子竜に触れることを親竜が許しているなんて……こんな幸運は一生に一回ですら普通は望めない。

 珍しい動物や精霊のスケッチや映像記録、生態の調査等々。

 メルクやテルスには経験のないそれらも、珍しいが駒者(ピーセス)の仕事だ。後世と何よりもポーカーに負けた敗北者たちのためにも、しっかりお仕事はせねばなるまい。


「ほんと、あのときポーカーに勝ってよかったわあ」


 メルクの手から逃れて走り回るノルンを見ながら、コングがしみじみと呟く。

 こういった浪漫があるから駒者(ピーセス)はいい。このお伽噺の存在と触れ合っていると、駒者(ピーセス)をやっていてよかったとメルクも素直に思える。

 まったく、あの友人についていく選択をした自分は流石としか言いようがない。


「……あの子たちは今頃式典かしらね。南都の精霊祭はどうだったか、正装の写真でも見せてもらいながら色々聞きたいわねえ」


 同じようなことを考えていたからか。

 それとも、きょろきょろと誰かを探しているようなノルンを見たからか。

 コングがそんな願望混じりの言葉を零す。


「多分、面倒だったーって言うと思うぞ、あいつら。ま、俺らも今日はガキどもの面倒みないとだけどな」


「あら、いいじゃない。私はリーフの精霊祭は初めてだし、あの子たちと回るのは楽しみよ。あ、メルクは東都の出身だったわね。同じ東だし、お祭りも似ているのかしら?」


「こっちの方が精霊樹もあるし、花があるな。東都は屋台やら踊りやらがあるだけの普通の祭りだよ。あー、でも、素手での喧嘩祭りもあるな」


「野蛮ねえ。グレイスは地下でちょっとしたお祭りと晴れていたら雪だるまづくりね」


「雪だるまって……」


「あら、綺麗で独創的な雪だるまちゃんたちが並ぶのよ。そうね、来年は皆と一緒にグレイスにいらっしゃいな」


 そんな未来の話に、メルクは喉元まで出かかったつまらない言葉を飲み込んだ。


 来年――その頃にはきっと、あの砂漠に挑んでいる。


 穏やかで充実した日々を思い描くには、あまりに過酷な未来がこの先に待っている。

 それでも、ムカつく魔物を倒して、ムカつく幼馴染を取り戻した先に、再びこんな日々があるのならば……


「……それもいいかもな」


 皆と一緒に・・・・・雪だるまを作るなんて、絶対に自分はやらなそうな未来に苦笑しながらメルクは立ち上がる。


「そろそろ行くか。じゃあな、ノルン、エウロスー」


 あまり悠長にしていては子供たちとの約束に間に合わなくなる。

 竜の親子に軽く手を振って、メルクとコングは洞窟を後にしようとし……


「――なんだ?」


 長い首をもたげて、緑竜エウロスが唸り声を上げる。

 メルクやコングが何か粗相をしたのではない。その視線は緑が覆う天蓋の先に向けられている。

 メルクとコングは目を合わせ、洞窟の外へ走り出す。

 そして、木々の隙間から空を見上げ――雲霞の如く飛ぶ黒に、二人は瞬時に【強化】を行使した。

 会話はない。あるのはあれに気づくのが遅れた自身に対する怒りのみ。

 木々の群れを抜け、岩だらけの野原から、二人は祈るようにその場所に目を向ける。


 だが、その願いは届かなかった。


「嘘……だろ……」


 遥か遠く。

 稜線の向こうで、葉風は黒く染まっていた。











「お前ら、気合入れろ! 絶対に一匹も町に入れるなっ!」


 押し寄せる魔物の群れの中で戦いながら男――おやっさんは吠える。

 その声に閉ざした門の上から衛兵とリーフの駒者(ピーセス)が魔物の群れに魔法を放つが、一向に魔物の数は減らない。

 しかし、『風』や『火』の魔法で何とか魔物の侵入を阻むことはできている。

 それも、この数の魔物にいつまでもつか。

 空の青色すら見えなくなるような魔物の群れに焦りを抱えながら、おやっさんは短剣を振るう。


「【魔剣】装填、くたばれ、虫ども!」


 夜霧の如く短剣に立ち昇る藤色が門に近づく魔物を阻む。

 孤軍奮闘。

 この光景はまさに、そうとしか例えようがない。

 こんな魔物の群れと戦える者はこの場にはおやっさんしかおらず、また、一人でも魔法を放つ者がいなくなれば門を突破されてしまう。

 今にも天秤が傾いてしまいそうな戦闘。

 その中で、おやっさんは勝機を待ち続けていた。


「まだか、増援は……!」


 エレンリードかメルク、ハンスかコングでもいい。

 どこから湧いて出たのか分からないが、この虫を中心とした魔物を倒すには自分以上の戦力がいる。これは、どう考えてもトランプ・ワンや上位の魔法で対処しなければいけない数だ。


――どうしてこんな数の魔物が……!


 虫型魔物に【魔剣】を飛ばしながらも、その疑問は頭から離れない。

 これは虫型魔物を中心とした群れ。インセクタと呼ばれる虫人型魔物がいることからも、落葉の森にいた魔物たちなのだろう。

 だが、落葉の森はテルスたちにより無力化された。

 おやっさん自身、エレンリードたちと共に旧落葉の森があった小魔瘴方界(スクウェア)に赴き、魔物や瘴気の減少を確認している。


 なのに何故、今になってこの数が押し寄せてくるのか。


 落葉の森からさらに離れたはずの魔物がこの規模で人の領域に押し寄せてくる。

 こんな何かの指揮でも受けているかのような総攻撃なんて前例にない。

 門に押し寄せ続ける魔物に短剣を振りながら、おやっさんは地獄のような時間を耐え続ける。そして、近づく限界に奥の手である魔法を発現しようとし……


「……引いた、だど」


 何匹倒したかも、何分が経ったのかすらも分からない。

 だが、あれほどこの門を突破しようとしていた魔物が引いていく。

 思わず、安堵の息を吐いていた。

 どうしてかは分からないが、とりあえず終わってくれた。門の上からも困惑混じりの歓声が上がり始める。


 しかし、歓声が響き渡ることはなかった。


 空に現れたその巨体が陽の光を遮り、おやっさんたちに影を落とす。

 暴風まがいの羽音に、錆びついた人形の如く空を仰いだ彼らに勝利の喜びなど残っていない。その表情はただ絶望に曇っていた。

 再び押し寄せてくる魔物の群れ。その大部分は数えることすら億劫なインセクタたち。

 そして、その中心には……肥大化した腹部を持つ巨大なインセクタらしき魔物が飛んでいた。



 

 葉風の町リーフに魔物が押し寄せ、警鐘が響き渡ってからたった十数分。

 リーフの門は陥落した。

いつもお読みくださり、本当にありがとうございます!

以前、いくつか賞に応募しました、と後書きに書きましたが、落選でした。

残念ですが、これからもコツコツ完結まで頑張っていこうと思いますので、どうか生温かい目で見守ってください。


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