表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【表】
135/196

開戦の産声

 巨大な岩塊が赤い尾を引きながら青空を横切っていく。

 それはまるで流れ星のようで。

 すぐそこまで迫っていた噴火直前のタロスが吹き飛んでいく光景に、自然とテルスの口から「おー」と声が漏れる。


「すごい……!」


 それはテルスの肩にしがみついているソルも似たようなもの。

 さっきの声を信じるのなら、この風はティアの魔法なのだろう。

 半日間も真っ暗闇の中でヴィヌスを守り通したことといい、地下で見た【魔刃】の糸といい、ドラグオンのメイドだかアサシンはソルの言う通りすごすぎる気がする。


「あとでお礼を言わないとなあ……さて、いくよソル」


 地上から伸びる透明な空気の流れに咥えられて、タロスは彼方へ飛んでいく。

 それを横目に、テルスは迫る魔瘴方界(スクウェア)へ飛びこんだ。

 浄の光がなければ一瞬で意識を刈り取られそうな瘴気の奔流。


 そんな荒れ狂う黒の中心に、災魔ペデスはいた。


 こんな落下の途中にあっても、ペデスはまだ白い破片を食んでいる。

 それが何かは想像がつく。

 溢れる不快な感情に、テルスは背を押されるように空を駆ける。

 気づいていないのか。気にしてもいないのか。

 ペデスは宙を蹴って間合いを詰めるテルスを見もしない。


「させないわよ!」


 しかし、刃はペデスの首には届かない。

 進ませないとばかりに目の前に現れた鬼火を切り捨てる。

 降り注ぐ氷柱、吹き荒れる烈風。

 子供の癇癪のように無秩序に飛ぶ魔法をテルスは何とか斬り払う。


「これじゃあ近づけない。ソル、何とかならない?」


「こんな適当で暴力的な精霊魔法擬きを先読みなんてできないよ!」


「暴力的はともかく、適当?」


「魔力とか精霊をぽんぽん投げているとでも考えてくれ! 発動は早く、威力も高い。でも、君たちでいう術式はないに等しい。隙があるとしたらそこだ!」


 ようは異様に威力が高い下位の魔法みたいなものだろうか。

 ピクシエルの魔法は斬りやすいし、威力の割に【道化の悪戯(ジョーカーズ・トリック)】での干渉も難しくないため、何となくソルの言うことは理解できる。

 ただ、理解できたところで対処できるわけではない。


「やっぱ、前みたいにはいかないな」


 今はもう『風』の加護は消えている。

 雪花の湖でリベリオンを行使したときのように、自由自在に空を飛ぶことはできない。

 風の足場を一瞬だけ作って、ちょっと跳ねるのが精一杯だ。

 その魔力消費もテルスにとっては無視できない。このままピクシエルと空中戦を続けても負けるだけ。何より、追いかけているペデスはもう地上についてしまう。

 焦燥に駆られながら、テルスはペデスが落ちる先に視線を向け……目をしばたたかせた。


「何だろう、あれ」


 大聖堂前の広場を中心に白い光が広がっている。

 漂うシャボン玉のように形を変える奇妙に歪んだ四角形・・・

 それがいつか王都で教わった魔法だとテルスが思い至ると同時に、地上で山吹の光が瞬いた。


「また、邪魔ばっかり……!」


 雨が空へと逆行するが如き矢の掃射。

 狙う相手の小ささも、距離も、風も、瘴気も、全てが関係ないとばかりの正確無比な狙撃にピクシエルが眼下を睨む。


 その隙を白虎は逃がさなかった。


 音もなく、魔力すら纏わず、ピクシエルの死角に落ちてきた白い影――二浄天(ジ・へクス)アスケラ・ゼータが双剣を振るう。

 見ることも、聞くことも、感じることも能わない亡霊の一閃。

 

 それをピクシエルは回避した・・・・・・・・・・


「はっ! 当たるわけないでしょ、そんなの!」

 

 振り向きざまに暴風を爆発させながら、ピクシエルが鼻で笑う。

 どう考えても今の一閃は完璧だった。

 この嘲笑がブラフでも何でもないなら、テルスにこの黒い妖精を斬れる自信はない。


――ペデスよりも、こいつの方が……。


 この妖精も災魔だというのなら、同じように魔瘴方界(スクウェア)を展開できるはずだ。

 それなら、動かないペデスよりも小さくて素早いピクシエルの方が厄介だ。

 逃げ回りながら魔瘴方界(スクウェア)を展開されるだけで、南都中に被害が出てしまう。

 しかし、妖精に狙いを変えようとしたテルスの肩をアスケラが下へと押した。


「まかせて」


 正直、テルスはアスケラのことをよく知らない。

 二浄天(ジ・へクス)であることと、主に《白騎(ディエス)》と共に活動していることくらいしか頭に入っていない。

 話したのも紹介されたときの一度だけ。

 それも「ドラグオン孤児院の子?」「はい、そうです」くらいのあまりに短い会話だった。

 だけど、白い虎の獣人の目は家族でも見るかのように優しいものだった。


「厄介なのは年長者の仕事」


「……お願いします」


「あ、待て!」


 白い壁に阻まれる黒い妖精を無視してテルスは地上へと駆ける。

 振り返ることはしない。

 山吹の矢とすれ違いながらテルスはペデスに向かって加速していく。

 近づくペデスの背。もう、広場のタイルを数えられるほど地上は近い。

 それでも、テルスは加速を止めなかった。


「あ、あああーーー! 止まってテルスうううううう!」


 そんな絹を裂くような悲鳴すらブレーキをかける理由にはならない。

 アクセル全開。ろくに目を開けていられないほどの落下速度の中、テルスは刀を構え――


「ハバキリ!」


 手ごたえはあった。だが、ペデスを見る余裕はなかった。

 反動を気にせず風を爆発させて速度を緩め、広場を転がりながらテルスは何とか着地する。

 本当に危なかった。

 内臓が縮むような感覚。首筋が冷える恐怖。この数秒間はしばらく夢に見そうだ、とテルスは深くため息を零す。


「潰れたトマトになるとこだった……」


「もう、もうっ! もおー!」


 牛のような声を上げながら耳を引っ張るソルを無視して、テルスはペデスの姿を探す。

 まだ終わっていない。

 災魔は体が真っ二つになろうと当たり前のように再生する。

 目を離してたった数秒。

 たとえ、その間に完全に再生していたとしても、災魔を知っているテルスに驚きはなかっただろう。

 しかし、その光景はテルスの予想を遥かに超える最悪だった。


「と、止めろ!」


「こいつらを外に出すな!」


 騎士団が叫びながら数えるのも馬鹿らしい人型魔物を止めている。

 さっき地上を見たときはこんな数はいなかった。

 どこから現れたのかと発生源を探すテルスが捉えたのは――両断されたペデスの上半身だった。


 血のように溢れる黒。

 その泉から人型魔物が次々と這い出てくる。


 産まれたポーンたちは産声代わりの悲鳴を上げて、この浄の結界から逃れようと四方八方に散っていく。

 今は騎士団が何とか止めているが、数が多すぎる。

 加勢しようとするテルスの足を止めたのは背後で溢れた瘴気だった。


――上半身はあそこにある。なら……下半身は?


 すでにペデスの上半身は再生を終えている。

 そのことに驚きはない。

 通常、マテリアル《Ⅳ》以上の魔物は頭部か心臓から再生を始め、体から離れた部位は瘴気へと還る。

 ならば、この背後の瘴気は何なのか。

 振り返った先で、リシウスが、ロキオンが、ラブレが、ベガが、近くにいる騎士団の皆がそれを見ていた。

 胎動する黒い塊。

 それが不吉なものだと分かっている。

 今すぐ祓わねばならないものだと分かっている。

 だが、その凍てつく瘴気と異様な光景に誰もが固まっていた。

 

 そして、脈打つ黒い塊に罅が入り――その魔物は産声を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ