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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【表】
133/196

深化する必殺

 火の粉が照らす先にいたのは、人型というにはあまりに歪な魔物だった。

 巨大な頭。小さな手足。

 まるで、赤子を巨大化させたような不自然な骨格。

 骸のような姿や不気味さはここに来るまで散々遭遇してきた人型魔物と限りなく近い。

 だが、その”格”はこの地下の何よりも遠く隔たっていた。


「あ、う……」


 簀巻きにされたヴィヌスが呻く。

 意識を繋いでいるのは四大貴族としての矜持からか。

 それでも、震えているティアと同様、戦力として数えられないほど瘴気に飲まれている。


「まだ、気づいている様子がない……逃げられないか?」


 掠れた小さな声でサハラが囁く。

 リタとトリウィアも同じ意見なのか揃って頷いている。

 しかし、テルスはゆっくりと首を振った。


「無理だと思う……構えて」


 魔物はまだこちらを一瞥たりともしていない。

 山のように積み上がった破片の中心で、ただ何かを喰らい続けているだけだ。


 ただし、それが無害というわけではなかった。


 魔物の白い骨の体にへばりつく黒がぽとりと地面に落ちる。

 腐乱した肉が崩れるようなその光景はとても直視に耐えない。

 蠢きながら”人”を象っていく黒から、テルスたちは目を逸らす。

 一体、二体と人型魔物は産まれ続ける。

 町の地下に何であんな魔物がいたのか。その答えがここにあった。


「【魔刃】」


 一閃。産まれ落ちた人型魔物たちをテルスは斬り払う。

 それでも、骸の災魔に変化はない。

 そう。逃げるだけなら、邪魔なのはこの災魔ではない。背後に迫るタロスと――


「――あ、また避けた」


 テルスがそれを回避すると、この場に似つかわしくない可憐な声が響いた。

 一秒前までテルスが立っていた場所は氷柱に閉ざされている。

 この魔法を避けたのは、声の言う通り二度目。

 落葉の森のときと同じその魔法を横目に、テルスはその名を口にした。


「……ピクシエル」


 見上げた先に浮かぶのは、黒い妖精。

 黒揚羽のような翅。手のひらほどの小さな体。

 黙っていれば精巧な人形としか思えないその相貌は不愉快そうに歪んでいた。


「あんたは……テルスって名前だっけ? わたし、あんたのせいで怒られちゃったのよね」


 途絶えぬ咀嚼音の中に軽やかな声が交じる。

 しかし、声に反して、小さな妖精から放たれる瘴気はどこまでも重かった。


「トーリさん、撃って! 他の人はとにかく避ける準備!」


 ピクシエルへと集う風に、テルスが声を張り上げる。

 こんな地下の閉鎖空間で、あの馬鹿みたいに大規模な攻撃がくる。

 テルスの指示とその凶悪な瘴気に皆が動き出すが、黒い妖精の宣言は何よりも早く放たれた。


「存分にお礼をさせてちょうだい」


 狂風が解き放たれた。

 暴れ馬のように吹き荒れ、閉鎖空間を蹂躙する風はテルスたちを押さえつけ、続く妖精の攻撃を目にすることすら許さない――はずだった。


「ディバイド」


 狂える風を”悪戯(トリック)”で斬り開いたテルスが空へと跳ぶ。

 風を利用した大跳躍。

 その黒い瞳が妖精の小さな首を視界に捉えた瞬間、灰の刃が虚空を裂いた。


「おっと、危ない危ない」


 妖精はふわり、と軽やかに浮き上がり刃を躱す。

 今までの集束、解放という大雑把な魔力の使い方ではない。

 テルスと同様、狂風の余波を利用した繊細な魔力操作だった。


「うまく逸らされちゃったかあ」


 テルスが風を弱めたからか。他の皆もあの狂風を無傷で凌げたようだった。

 ヴィヌスを糸で引っ張っているティアなど髪の乱れすらいない。

 だが、それに安堵を抱けたのも一瞬だった。


「じゃあ、違うのにしようっかな」


 楽し気に弾む声と同時に、薄闇を巨大な灯火が退けた。

 妖精の体よりもずっと大きな炎の塊が一つ、二つと生まれては鬼火のように頭上を舞っていく。


「……あの妖精は色んな属性の魔法をあんなふうにぽんぽん撃ってくるから」


「冗談はやめてくれないか?」


「冗談じゃないんだよなあ……リタさん、俺が相手するから、ティアとヴィヌスさんを連れてあの階段に走ってください」


「りょー、かい」「援護します」


 サハラと違って、リタとトリウィアはピクシエルのことを知っている。

 ここで戦い続ければ崩落一直線なことは明らかなため、二人は迷うことなくテルスの案に頷いた。


「ヒヒ、もう変な魔物は出てこない?」


「新しいのはいないですけど、わらわらいる骨はなんか強くなります」


「……色々、聞きたいのですがそんな時間はないですね。まずは地下から脱出しましょう」


 リタがテルスたちに浄を灯し、トリウィアは【魔矢】を弓に番える。

 ろくに情報共有もできず巻き込んでしまっているというのに、この冷静さ。最古参のペアは本当に頼もしい……何故だか二人の圧が強くなった気がする。


「ほら、次は火よ、っと!」


 ボールでも投げるように、ピクシエルは巨大な鬼火を放る。

 やることは先ほどの狂風と変わらない。斬って”悪戯(トリック)”で乱す。

 刀身に灰を纏わせ、テルスは鬼火の一つへ刃を向けるが、それをソルの声が止めた。


「テルス、あれは一個じゃない! もっとたくさんの――」


「おっそい!」


 ソルとピクシエルの声が重なると同時に、鬼火が炸裂する。

 降り注ぐ無数の火の玉。これを全て斬り裂くなど不可能だ。

 回避にテルスは思考を切り替えるが、その必要はなかった。


「【浄呪(テラー)】」


 赤い鬼火の群れは、白い人魂を浮かべた六浄天(ペンタ・へクス)により静止した。


「ヒヒ、小さいなら好都合。あなたも止めてあげるわあ」


「うげっ! そんなの近づけないで!」


 鬼火の赤を縫うように、白い光はピクシエルへ飛んでいく。

 浄の魔力が近づくのは嫌なのか、ピクシエルは慌てて距離を取っている。


「ペデスさまあ! 早く、ポーンをいっぱい出してください!」


 それはおそらく、骸の災魔に向けた言葉だ。ただし、ペデス様とやらに変化は何もない。

 ポーンという人型魔物を変わらず産み落としている。それだけだ。

 厄介ではあるが、下手につついて災魔を怒らせるほうがよっぽど怖い。

 だからこそ、テルスたちは災魔を攻撃しなかった。

 だが、それは誤りだった。


「僕が先導する。こいつら程度ならいくら増えようと問題ない」


「あら、本当に?」


 サハラの声が聞こえたのか、白い人魂から逃げ回っているピクシエルが嗤う。


「ねえ、地下にある瘴気がここにしかなかったり、ここだけ瘴気が濃くなったりするとどうなると思う?」


「何を――」


 嘲笑の答えは熱気とともに明らかになった。

 巨大な岩塊が火焔を引き連れ現れる。

 半人半獣の如き歪な岩の体は”歩く火山”の異名を示すが如く赤熱していた。


 魔瘴種混魔(キメラ)タロス。


 今にも爆発しそうなその魔物の登場と同時に、ピクシエルは人魂を撃ち落とす。


「時間稼ぎは終わりっ! ほら、死んじゃえ」


「く、【魔矢】多重展開――アポロウーサ! 急いで走ってください!」


 トリウィアの矢が人型魔物を一掃し、階段まで続く道を作る。

 だが、ピクシエルは止められない。

 ふわりふわりと軽やかに山吹の雨を躱す妖精は、その手に特大の鬼火を灯した。

 二つの赤が墓所の如き地下の闇を焼き払う。

 あの闇が恐怖の象徴だったならば、この真昼のような光は絶望そのものだった。

 逃げ場のない赤に皆の足が止まる。


 しかし、テルス・ドラグオンは諦めてはいなかった。


「俺が止める。集まって」


 この状況にはそぐわないほど落ち着いた声の下へ、サハラたちが滑りこむ。

 回避は不可能。防御も意味を為さない。

 迫る赤にテルスは構え――刀を鞘に納めた。


「ディール起動。魔力充填……」


 籠手より溢れる魔力。それは鞘へと流れ込み、留まる・・・

 構えは居合。体は柔らかく、気を鞘の内を中心に全身に張り巡らせる。何をするかなぞ思考の無駄。ただ、無心で、一瞬に全てを賭ける。

 これは刹那の勝利を手繰り寄せるために、深化した一閃。

 脱力したテルスは意識を研ぎ澄まし……全てを置き去りに二つの赤を断った。


「……ハバキリ」


 残心をしながら必殺の名を紡ぐ。

 しかし、この技は明らかに今までの『ハバキリ』を越えていた。

 両断された二つの炎が陽炎を残し、魔力へと還っていく。

 その熱気すらも一陣の風にさらわれ消えたあとには、呆然としているピクシエルと赤熱が解け蒸気を纏うタロスが残った。


「あれを防いだ……」


 信じられないといった様子でピクシエルが呟く。

 それはサハラやヴィヌスたちも同様なのか、戻ってきた薄闇に目を大きく見開いている。


「……やめた。わたし、もう怒られたくないのよね。だから――」


――さっさと済ませてしまいましょう。


 薄闇に漂う妖精の体から瘴気が立ち昇る。

 次の攻撃が来る。

 そう考え、テルスたちは身構えるがピクシエルの狙いは眼下の人間たちではなかった。

 ピクシエルが両手を頭上に翳し――天井が崩れ落ちていく。


「な!?」


 差し込む日光に目を細める。待望の地上まで続く道が真上にある。

 だが、ピクシエルが何を考えているのか理解したテルスたちには焦りしかない。

 止めろ、と叫ぶよりも早く、皆が黒い妖精に魔法を撃つ。

 だが、テルスたちを見下す妖精は満面の笑みを浮かべ、その指をぱちんと弾いた。


「――ふふ、一緒に送ってあげるわ」


 そして、竜巻じみた風と隆起する地面が全てを地上へと打ち上げた。

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