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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【表】
129/196

災禍を告げる

「【強化】、【魔刃】」


 それは直感だった。

 この魔物の視線をヴィヌスたちに向けさせてはならない。

 纏う瘴気とあの魔物を思い出す不気味さに、テルスは瞬時に魔法を発現させる。

 暗闇に灯る灰の光に視線が集まる。

 しかし、周囲の有象無象に気を配る余裕はテルスにはなかった。

 声もなく、音もなく、その影はテルスの間合いに滑り込んできた。

 突き出される拳。それを躱すテルスに今度は足刀が迫る。

 その押し寄せる波のように淀みない”体術”にテルスは一歩出遅れる。


――なんだ、この魔物……!


 まるで、人と戦っているようだった。

 暗闇に淡く浮かび上がる影に見知らぬ誰かを幻視する。それを幻影だと、振り払うようにテルスは大きく後退した。

 視界は悪く、足場は不確か。これで接近戦なんて悪手にも程がある。

 おまけに、敵はますます正体が分からなくなったこの魔物だけではない。

 テルスと戦っていた人影を飲み込んで迫る人型魔物の群れに、テルスはナイフを取り出す。


「エッジペア」


 灰の光を纏ったナイフが魔物の群れを穿つ。

 さらに、橙の【魔弾】と糸刃が魔物の群れを削っていく。


「テルス、逃げよう!」


 背後からかけられたティアの声に、テルスは振り向かなかった。

 予感があった。ここで目を離せば必ずその隙をあいつは突いてくると。

 そして、その予感は的中した。

 他の魔物を吹き飛ばすように、一つの影が矢の如く群れから飛び出てくる。


悪戯(トリック)


 意識を切り替える。今から戦うのは魔物ではない。


 これは、対人戦・・・だ。


 薄闇の中、二つの影法師が交錯する。

 テルスの【魔刃】を躱し、魔物は滑るように間合いを詰めてくる。

 突き出される拳や蹴りは全て急所狙い。やはり、魔物らしからぬ戦い方だ。

 だからこそ、魔物はその”悪戯”に引っかかる。

 がくり、と魔物は体勢を崩す。

 使うのが人の体術ならば、動きは普通の魔物よりも読みやすい。

 魔法で仕掛けた落とし穴に足を取られた魔物の首にテルスは【魔刃】を振るう。


 決着だと誰もが思った――その黒い壁が発現するまでは。


 灰の刃は黒い壁に阻まれ、魔物の首ではなく腕を斬り落とすに留まる。

 そして、後方へ跳ぶ魔物から今度は弾丸が放たれる。


「こいつ……」


 人が変わったように一転して魔物は魔法主体で戦い始める。

 それに驚きながらもテルスは【魔壁】を行使し、瘴気で形成された弾丸を躱していく。

 魔物が行使している魔法はあまりにも【魔壁】と【魔弾】に酷似していた。

 だが、魔物が人の魔法を行使するなんて普通に考えればありえない。

 そう理解しているのに、テルスはこれを似ているだけと思うことはできなかった。


――もしかして、この魔物は……災魔じゃないか?


 そんな考えがどうしても頭から離れない。

 魔瘴方界(スクウェア)を展開しない。再生もせず、そこまで強くもない。

 災魔の特徴とこの魔物は合致しない。

 だけど、気配や雰囲気といった曖昧なものが、ずっとテルスにその考えを囁き続けていた。


 最初から。

 この地下にいる人型魔物を一目見たときから、ずっと似ていると思っていた。


 そして、それはこの攻防でより強くなっている。

 だからこそ、もう悠長に戦っている暇なんてない。

 仮に、この魔物が雪花の湖に現れた眼球の災魔と同じだとしたら……


 トランプ・ワンを行使できる可能性がある。


 こんな地下でそれを撃たせたら、どうなるかなんて明らかだ。

 もしも、大規模な魔法のタイプだとしたら、地上にいる人すら巻き込むだろう。


「ソル、フードに入ってて」


 肩にしがみついていた温もりがフードへ飛びこんだ瞬間、テルスは加速する。

 二種の魔法、【強化】と【道化の悪戯(ジョーカーズ・トリック)】の重ね掛け。

 その速度は魔物が【魔弾】を撃つことすら許さない。

 あの流れるような体術を見せることもなく、魔物は壁際に追い詰められる。

 他の魔物たちはサハラの【魔弾】とティアの【魔刃《殺取(あやとり)》】に倒され、こちらに来ることはない。

 まるで、死神の裁定の如く刀を振りかぶるテルスを前に、魔物は瘴気の壁を展開し――


「ハバキリ」


 その壁ごと両断された。

 やはり、《Ⅳ》ではなかったのか。

 魔物は再生することなく、影が暗闇へと溶けていくように瘴気に還っていく。


「ふう……」


 心なしか瘴気が薄れた気がする。

 周囲に他の魔物の影もなく、テルスはほっと一息つく。


「テルス、大丈夫ー? なんか、あの魔物強かったけど怪我とかしてない?」


「怪我はないよ……ティア、聞きたいんだけどさ」


 小さな声でテルスは近づいてきたティアに尋ねる。


「その、南都も……葬儀は精霊教がしてる?」


「うん、そうだよ。大聖堂の近くにお墓があったでしょ。でも、何で?」


「……ちょっと気になっただけ。それより、早く先に行こう。あいつらがまた来そうだ」


 災魔の情報を知らないティアではこの質問の意味は分からない。

 首を傾げる少女に説明することなく、テルスは遠くに聞こえる足音を口実に暗闇の奥へ歩き出す。

 あれが魔物だということは分かっている。

 それでも……手に残る感触はしばらく消えそうになかった。











 教皇に案内された一室。

 そこは明らかに他の部屋と比べ、雰囲気が違っていた。


 どこか気品が漂う調度品。

 洗練されたデザインのティーセット。

 香り豊かな紅茶。

 そして、テルスとソルが喜びそうな焼き菓子。


 この一室にあるものは高貴とは少し違う、格のようなものを感じさせる。

 それらに囲まれて、ルナはそわそわと落ち着かない様子で椅子に腰かけていた。

 こんな忙しいときにゆっくりしていていいのだろうか。

 この美味しそうなお菓子をテルスたちに黙って一人で食べていいのだろうか。

 何より、この服が落ち着かない。

 そんな悩みを表すように、光の玉は小刻みに揺れながら文字を記す。


〈その、お話というのは……?〉


「ええ、たまにはお仕事を、と思いまして」


 そう言いながらハンナは引き出しを開け、またお菓子を取り出していく。

 その動きは迷いも無駄もなく、大変手慣れていた。

 お菓子を並べ終えたとてもお仕事とは思えないテーブルを前に、ハンナは満足そうに笑みを零す。


――慌てても仕方がありません。動くべき時を見失わないように、ゆったりと構えていることも大事ですよ。


 そう言われたときは、流石は教皇の言葉と納得してしまったが……これは、自分がティータイムを楽しみたいだけではないだろうか。

 優雅にティーカップを傾け、お菓子に手を伸ばす、それはそれは嬉しそうなハンナの顔にルナは疑いを深める。


「さて……ルナさん。魔瘴方界(スクウェア)の解放はあなたが本当にしたいことなのですか?」


 そんなことを思っていたから、その質問にルナはきょとんと、目を瞬かせる。

 本当にしたいことなのか。

 そんなこと考えるまでもない。そもそも、浄化師であるなら魔瘴方界(スクウェア)の解放はしたいことである以上に、成し遂げなければいけないことだ。


「ええ、浄化師としては正しいことなのでしょう。ですが、私が聞きたいのは浄化師ではなく、ルナ・スノーウィルという一人の少女の言葉です」


 光球が文字を記すよりも先に、ルナの思考を読んだようにハンナは声を紡ぐ。

 柔らかな声と穏やかな眼差し。その近いようで遠い不思議な雰囲気はまるで鏡のようだった。


 ルナは理解する――教皇が自分を見極めようとしていることを。


 今日の”話し合い”はまだ結論が出ていない。

 だが、どういう結論となっても、ルナは刻限の砂に赴くことになるだろう。

 そのとき、ハンナは教皇として、それを支持する立場となる。

 人と魔物による領域の奪い合い。

 その苛酷な世界の最前線に立つ者として相応しいか。

 彼女は支持する者として、それを見極めようとしているのだろう。


 前には困難ばかり。後ろにいる誰もが背中を押してくれるわけでもない。

 一番前を歩くとはそういうことだ。


 二つの魔瘴方界(スクウェア)を経験し、聖女なんて役を押し付けられていたからこそ、ルナはそれをよく理解している。

 それでも、答えは決まっていた。


〈はい。本当にしたいことです〉


 そう文字を宙に記すルナは、曇りのない笑顔を浮かべていた。

 ハンナは思いもしないだろう。

 浄化師としてではなく、ルナという一人の少女としての方がずっと、刻限の砂の解放を求めているなんて。


――失くしたものを取り戻したい。


 それが元のカタチに戻らないことは分かっている。

 でも、忘れるにはあの過去は温かすぎた。

 たとえ、家族が自分のことを覚えていなくても、ルナは両親が頭を撫でてくれる感触を覚えている。まだ赤子だった弟と妹が指を握る小さな手を覚えている。

 だから、あの小さな幸せが溢れていた故郷の地を取り戻したい。

 家族が砂に飲まれることなんて想像もしたくない。

 そんな、ありふれた家族への想いが理由。

 だけど、ありふれていると言えるほど誰もが持つ想いだからこそ、ルナの目に迷いはなかった。


「……これは余計なおせっかいでしたね」


 真っ直ぐな眼差しを向けるルナの覚悟が伝わったのか。

 ハンナはどこか悲しそうにも見える表情で微笑んだ。


「私も教皇としてその覚悟を支えましょう。ですが、今日のところは難しい話は終わり。仕事がありましたら、いつものようにサニーさんが呼んでくれるでしょう。それまで、お菓子を食べながらお話をしましょう。ささ、どうぞどうぞ」


 教皇との不思議なお茶会。

 ちゃっかりテルスとソルの分をもらいつつ、ルナは穏やかな時間を過ごす。

 ハンナの「ソル様とお話させてくれない?」なんてお願いや「騎士さんとはどういう関係なの?」なんて質問を躱し続けて、どれほど経ったか。

 お茶会の終わりは突然やってくる。

 サニーの呼び声でも、誰かのノックがあったからでもない。


 大聖堂・・・に響く悲鳴が、穏やかな時間の終わりと災いの始まりを告げていた。

いつもお読みくださりありがとうございます。

この度、「盤上のピーセス」を賞に応募させていただきました。

そのため、あらすじを改稿したり、各話の改行を統一したりしております。

色々と壁だった四章を越えることができ、何とか完結できるんじゃないかと勘違いして欲が出たため応募してしまいました。生温かい目で見守ってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘の緊迫感、先が読めない物語性。テルルナソルのやりとりの軽快さ。時折見せる関係性の進展。挙げていくとキリがないです。 [一言] 今書籍化したら嬉しい作品No. 1でした! これからも応援…
[一言] 今の舞台になってから、テルルナソル以外誰信頼したらいいかわからなくて不安が酷い…! むしろ「え、まだ応募してなかったの…!?」って思いましたが…w 応援してます!
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