真実明暗
この質問攻めはあとどれくらい続くのだろう。
いつもの宿屋のベッドでテルスが目覚めてから、およそ十分。
まだベッドから一歩も出てもいないのに、寝癖だらけのテルスはずっとヴィヌスの質問に答え続けていた。
「それで実際の王域の最奥はどんな感じでしたか? 西もここに似て魔瘴方界についての情報が少ないので共通点があるんじゃないかと思うんですよ。だから、解放したとはいえ、是非聞いておきたくて……ええ、はい。なるほど、王と目されていた魔物が三匹も……やはり、直接行かないと分からないことも多いですね。いえ、少しだけですがキーン様が集めていた情報を拝見しまして。魔瘴方界についての情報収集としては安全かつ堅実で素晴らしいものだと思いました。それでも、実際に越境したテルスさんたちの話を聞くと不足している情報は多く感じます。ですが、テルスさんたちの情報と合わせて、あの資料もきっと、これから湖に残った魔物の残党と戦うときに役に立つでしょう。まだ、ガルグイユが残っている可能性もありますし、《Ⅳ》を残して放置したままでは北の森のような小魔瘴方界になりそうですしね。とりあえず、ヌン爺様とお話しして、人魚型魔物が使ってくる魔法に対処できるような魔具や魔法陣の開発を進めます。使ってくる魔法は……むむ、その光の照射みたいな魔法は人のものより洗練されてそうで腹が立ちますね。王の泡を出す魔法なんか意味が分からないです。本当によく倒せましたね……え、斬った? 再生阻害?……素晴らしい。そこについて詳しく……ふむふむ、毒みたいな発想ですね。魔物の瘴気に干渉できるなんて。それなら少ない魔力で《Ⅳ》の魔物を倒すことも……ああ、ある程度の魔力は必要なのですね。それがテルスさんにとってはきつい部分だと……そうだ! 今度テルスさんの武器に私が手を加えていいですか? 鞘の部分に細工を施して、ディーラーと繋げて……」
うん、終わってくれない。
興奮しているのか、目を爛々と光らせヴィヌスの話は延々と続く。武勇伝代わりに魔瘴方界のことを聞かせて下さい、と始まった話はいくら脱線を繰り返しても止まらない。どんな話題でもひたすらに突き進む。
――もう一度眠ってもいいですか。
あとで。あとでにして。あと、こっちも聞きたいことがあるのですが。
そんな言葉も、楽しそうなヴィヌスを見ると喉のあたりで止まってしまう。
以前に会ったときよりも、今のヴィヌスは生き生きとしていた。年齢に不相応な落ち着いていた雰囲気が、年相応の無邪気さによって薄れている。ヴィヌスの背後に控える執事のお爺さんも、嬉しそうに涙を拭っているから余計に止めづらい。
それでも、誰か一人くらいは止めてくれてもいいと思う。
起きてから続々とこの部屋に皆が集まってくる。無事をこの目で確認できるのはありがたいのだが宿屋の一室はそろそろ限界だった。
まず、テルスが目を覚ますとルナが隣にいた。
ベッドの脇に置かれた椅子に座ってテルスの腕を枕に、ルナはすやすやと眠っていた。欠伸をしながらテルスが体を起こすとルナも目を覚まして、抱きつくような勢いで相棒の無事を喜んだ。
そして、テルスが仲間の無事など、いくつかの質問をした後、ルナは皆を呼んでくると部屋を出ていった。
そうして、最初に来たのがヴィヌスだったのだ。
そこから、メルク、コングたち、ヌン爺、さらにはアリスとミユまで部屋に入ってきた。
だけど、誰もヴィヌスを止めない。空気を読んで宿屋の主人が気を利かせて持ってきた椅子に腰かけている。そして、
「おお、テルス、起きたんだってな。いやあ、ここの酒は美味いなあ! お前も飲め、祝いの酒だ!」
酔っぱらいと共に、ルナが帰ってきた。
「よくやったなあ! お前があの魔物を斬ってくれたおかげで、あの後は大分楽ができた! と言っても、丸一日戦い続けたんだがな!」
酒瓶を片手に、空気など欠片も読まずシリュウは喜んでいる。だが、その発言は酔っぱらいの妄言かと思うくらい信じがたい。バシバシと背を叩くシリュウの手に咽ながらも、テルスは嘘だろとその言葉を聞き返す。
「え、嘘。丸一日? あのあと、災魔とそんなに戦ってたの?」
災魔を倒し、戦いは終わったとルナから聞いていた。
だけど、それほど長く戦っていたとは知らなかった。
「ああ、酷いもんだったぞ、あれ」
思い出すだけで酔いが一瞬で醒める、と真顔になったシリュウにうんうんと皆も頷いた。
「お前が斬って状況が有利になってなきゃ、あんな魔物の相手なんか誰がするか。とにかくしつこかった。何回倒したと思ってんだ、あれ。俺が起きているときだけでも三、四、五、六……」
そう言いながら、シリュウが指を折っているが、それはすでに片手で数えられる範囲を超えていた。
「あ~、アリス何回だ? お前しか最後まで魔力持たなかっただろ」
「正確な数なんて分からないわよ。数えている暇もないし、私だってギリギリだった。でも、そうね……最初にルナが殴り飛ばして……」
アリスがげんなりとしながらも、災魔との戦いを思い出しながら数えていく。
「十数回ってとこじゃない?」
その回数は、実際に目にしていないテルスからすれば信じがたいものだった。
魔瘴方界が消え、喰らった魔物も吐き出された。そうして弱体化してなお災魔は強大だった。
上位の魔法を行使できる数人を中心にいくつかの班を編成し、その班を回しながら餌を求めて溢れ出る触手を削っていく。それを一日も繰り返す。そんな持久戦の果てに、シリュウたちはようやく災魔を討伐することができた。
「もっとも、倒してたのかしら、あれ。眼球部分に有効打を入れて触手がリセットされる。それを倒したって言ってるけど傷になったかすら怪しいくらい、へっぽこなのもあった。消滅まで耐えきった、という方が正しい表現だと思うわ」
触手という末端器官を削るだけだったからこそ、一日も時間がかかったのではないか。もっと眼球部分の核を消滅させていたなら時間はかからなかったはず。浄を渡しながら戦場を俯瞰していたアリスはそう言葉を続ける。
「耐えきる、という意味なら『氷』が一番有効だったわね」
「『氷』持ちのメルク、シュネー、ヌン爺とかは班なんて関係なく、魔力が回復するたびに攻撃してたものね」
コングの呟きに名前が出た三人の目が遠くなった。
「ぶっぱして気絶、ぶっぱして気絶、ぶっぱして気絶。限界に挑んでたな……」
「嫌あ……起きたくない……起こさないで……ああ、また……」
「年寄りを労わる気持ちが足りないのじゃ……」
テルスはそっと目を逸らす。
酷い、本当に酷い戦いだったということはよく分かった。
「ま、そんなこんなでようやく倒せたのが半日ほど前だ。今は交代で休憩を取りつつ、負傷者の確認や、あの魔物が吐き出した遺体の回収に動いている。デネビオラとソーマやキーンたちが徹夜で頑張ってくれてるし、チェレンが全体の指揮についたから速度も上がったが、どうも時間がかかりそうだ。ようは、まだ大手を振って休めないってことだな。お前も体が動くなら、そっちに回ってくれ。で、その前に――」
「なら、なんで酒なんか飲んでるの? 騎士団長が恥ずかしくないの?」
「お、お礼に渡されたんだから飲まなきゃ失礼だろ。仮眠前にちょっと、ほんのちょっと飲んだだけだから」
「ちょっと? 呆れた。鏡も見れなくなったのね。顔真っ赤よ」
途中までは格好良かった。だけど、アリスの青い棘のような眼差しに、たじたじになっている今のシリュウはどう見てもダメなお父さんだった。
ただ、災魔との戦いが終わったあともずっと働き詰めで、ようやく休憩と酒瓶を手に入れたのなら、酒を飲まずにはいられない、というその気持ちはちょっと責められない。とくに、皆が頑張っている間に寝ていたテルスには。
次は、ぐうすか寝ていたこっちが頑張らないと。体がきっちり動くことを確認したテルスはよっこらせと立ち上がろうとする。
「じゃあ、とりあえずチェレンさんのとこに行くよ。ルナとソル――」
「ちょっと待て。その前に聞かないといけないことがあるんだよ」
立ち上がろうとするテルスを止め、メルクは問いかける。
「なあ、テルスはあの魔物のこと知ってんのか? 今、シズクがどこにいるか分かるか?」
メルクの眼差しとその問いに、テルスは少し後悔した。
事情はよく知らない。だが、レギナの隣にいたあの少女はメルクにとってただの知り合いとは多分……違う。
「ごめん。あいつがこの辺りにいないなら、もうどこにいるか俺には分からない」
レギナはあれから姿を見せていない、とテルスは起きた直後にルナから聞いた。
それなら、もう打つ手はない。遠くに行ったのか、隠れたのか。どちらにせよ、気配を欠片も感じ取れない以上、テルスにレギナの行方は分からない。
そして、レギナについて知っていることもさしてない。
だが、テルスのその認識だけは少し違っていた。
「俺がここに来たのも見舞いだけが理由じゃない。メルクと同じでな、騎士団長としてあの、災魔とかいう魔物について聞かなきゃいけないからだ」
シリュウだけじゃない。この部屋に集まった皆の視線がテルスに集まる。
まるで、そこにしか答えがないとでも言うように。
「いつだったか、お前がマテリアル《Ⅵ》だの、瘴気を出せる魔物はいるか、なんて話をしていたな。正直半分聞き流してたんだが、あのときも俺は一応、チェレンにそんな魔物いんのかって聞いたんだ」
テルスが災魔について少しでも話したのはハンスやタマ、おやっさん、いくつかのギルド、シリュウだけだ。そして、全員が首を傾げた。各地を回っていた旅芸人も、駒者のベテランも、情報通のギルドのお爺さんも、騎士団の団長も、その単語について分からなかった。
王都の図書館でも調べたことがある。だが、それらしい記述は一切なかった。
変だな、おかしい、と疑問は抱いていた。でも、テルスはそれ以上、踏み込むことはなかった。いや、できなかった。
「半世紀以上、生きてきたハーフエルフのあいつは知らんと言っていた。そして、今回、災魔とかいう魔物について王都の奴らにも聞いてみたんだが……」
まさか。そんなことがありえるのか。
思い至りながらも、それはない、と否定するテルスに彼の想像通りの答えが突きつけられた。
「はっきり言おう。災魔なんて言葉は誰も知らなかった。マテリアル《Ⅵ》なんて情報も眉唾なものばっかだし、喋る魔物なんかお伽噺だ。ある一つを除いてな」
そう言って、シリュウの赤い目は、ルナの肩の上で黙っている白いネズミへと向いた。
「……テルス、僕からも聞きたいことがあるんだ。それがおそらく、この人間たちと話してきた答え合わせになる」
ルナの肩からベッドの上へと降りてきたソルがテルスを見上げる。
表情はよく分からない。だけど、その声の真剣さがテルスの中に浮かび上がる数々の疑問を言葉にさせなかった。
「災魔の特徴を言ってくれるかい? 思いつく全てを」
「……マテリアル《Ⅵ》、魔物の王で、魔瘴方界の外でも生きられる。これは推測だけど、魔瘴方界をその場に展開するみたいに瘴気で周囲を塗り潰せる力を共通して持ってると思う。あの眼球以外に、レギナ、エクエス、ピクシエルは……どうだろう、少なくとも二体の災魔がいる。ピクシエルはルナとソルも見た妖精みたいな奴。エクエスは焼死体みたいな焦げた人型の魔物。五年前にリーフで報告したことがあるから、こいつの情報だけは出回っていると思う。レギナは人みたいな魔物。ソルが言うには精霊型の魔物で、喋るし意思疎通が可能。あと、落葉の森、雪花の湖のことを考えると、災魔は魔瘴方界の最奥で生まれる魔物なのかもしれない……これが俺の知っていること」
ソルの言うとおり、思いつく全てをテルスは話した。
そして、シリュウたちはその説明に驚いていた。内容だけではない。その驚愕にはおそらく、テルスが災魔の名すら言えるほど、詳しく話せること自体も含まれている。
「なんで、そんなのとシズクが一緒にいるんだよ……」
「多分、『水』持ちで、強いからだと思う」
思わずといった様子でメルクが吐き捨てた疑問。
テルスはそれについては答えることができた。
「『水』持ち? そんなのが理由なのか?」
属性持ちなど探せばいくらでもいる。たかだか、『水』を持っているだけが理由なら該当者は数え切れないだろう。
でも、メルクのように強く、湖の水をどかせるような人なら限られている。
「強いっていう条件も入るだろうけど。メルクもスカウトされてただろ。強い『水』持ちなら、ここの魔瘴方界に入れる可能性がある。それこそメルクみたいに。だから、邪魔な駒を排除するために、キーンさんを使ってレギナは強い『水』持ちをスカウトしてたんだと思う」
そうして、あの災魔が孵るまでの時間を稼いでいた。
さぞ、時間稼ぎは簡単だっただろう。何しろ、王都に情報を送る唯一の存在である浄化師がその手に堕ちていたのだから。
辺境の地ゆえに訪れる人は少なく、その把握も容易。不穏分子がこの地に来ればテルスたちのときのようにキーンの騎士であるエインが迎えにいく。
貴族と同列である浄化師からの誘いだ。無下にするわけにもいかず、招かれるまま家に上がり……キーンの背後にいるレギナの手に堕ちる。
そうやって誰の手も入ることなく、雪花の湖は緩やかに変わっていった。
潮の感覚が狭まっている、明けの湖を見る機会が減った。そんな些細な変化の裏ですくすくと鏡の内の黒は大きくなっていたのだ。
「そんな……」
もっと気にしていれば。
そう思わずにはいられないのか、コングたちが自責に俯く。それは一人の浄化師にこの地を任せすぎていたシリュウや浄天であるアリスたちも同じだった。
「その推測も災魔についての情報も、テルスの言うことは合っているのだろうね」
そして、テルスの話を聞いたソルはその疑問をぶつけた。
「でも、だからこそ分からない。テルス、何で君は誰も知らない百年前に失われたはずの情報を知っているんだい?」
「……百年前?」
「そうだ。直接見て、この人間たちと話して分かった。災魔とはおそらく、百年前に旧王都を襲った魔物だ。かの魔物は人型で、話すことができたらしい。最終的には討伐されたが旧王都は瘴気に沈み、人々は今の王都に移り住むことになった」
「ちょっと待って。この前、ソルが話していた王が災魔ってこと?」
その話の断片はこの前の休日にも聞いていた。しかし、テルスはその王が災魔のことだとは思わなかった。
マテリアル《Ⅵ》という頂点に位置する魔物の王ではなく、魔瘴方界の最奥に住まう王。
旧王都が瘴気に沈んだという話から、リバーシなどの瘴気の広がりとともに新たな王が侵攻してきたのだとテルスは思っていた。
その認識にソルは首を振った。
「僕は災魔という言葉を知らなかったが、おそらく、『王』と『災魔』は同じ意味だ。そもそも、王というのは本来、魔瘴方界の最奥に住まう魔物のことを指すのだけど……おかしいと思わないかい? 魔瘴方界の解放なんて今回を入れてもたったの三回。それなのに、僕たちは最奥に王がいると知っているんだよ?」
ソルの言うとおりだった。もはや、魔瘴方界に住まう王のことなど、当たり前の知識として浸透しているが、よくよく考えればおかしな話しだ。
魔瘴方界を解放した前例はたったの二回。その内の一つは遥か昔すぎて情報など絵本の中にしか残っていない。そして、シリュウが魔瘴方界を解放したのはたったの数年前。でも、王という言葉はその前から存在している。
つまり、最奥に到っていないのに、そこに王がいると知っている矛盾がある。
「その理由はね、旧王都を襲った人型魔物が、魔瘴方界の最奥から魔物を率いて来た、と言われているからだ。人が最奥に到ったのではなく、最奥から強大な魔物が出てきたんだよ。それで絵本に出てくる呼び名にちなんで、その魔物は王と呼ばれるようになったらしい。でも、君たちはそんなことをまったく知らない。知っている人が存在しない」
知らない。その事実に誰もが頷くしかない。高い水準の教育を受けているはずのヴィヌスや浄化師の三人にもその知識はないようだった。
魔瘴方界の最奥から旧王都にやってきた魔物。
それが本来の王であり、災魔。
しかし、百年前はそうだったとしても、今は違う。例えば、落葉の森の黒揚羽、雪花の湖の人魚姫をテルスたちは王と呼んでいたが、あれらは災魔ではない。
この百年で意味が混ざってしまっている。
「この一日は色々と驚いたよ。聞いていた特徴が似ているから、レギナという人型魔物は百年前の魔物と同種じゃないかい、と問えば、皆が知らないと馬鹿なことを言う。エルフなら知っていると思い、あの副団長たちに聞いても首を振る。なら、森に住まうエルフたちに聞けばいいと言ったら、その森は燃えてなくなっていると返ってきた」
かつての町は消え失せ、自身の知識は否定され続ける。
それはどれほどの衝撃と不安だろうか。そんなときに、寝ていたことがテルスはただ申し訳なかった。
「僕だって人に聞いただけだ。落葉の森の話を聞いて、ガルグイユという魔物を見て、王には人型以外の魔物もいるんだな、と思ったくらいの知識しかないんだよ。正直、誰もに知らないと言われて、僕の方がおかしいのではないかと何度も思った。だけど、テルスの言葉ではっきりした……僕は間違っていない」
災魔とは、百年前に王都を襲った人型魔物と同種の魔物にして、本来の王。
確信を持って、ソルは頷く。だが、分からないことはまだまだ多い。
災魔は百年前に討伐したんじゃないのか?
旧王都に現れたという人型魔物はレギナなのだろうか?
レギナ、エクエス、眼球と災魔は何体も存在しているものなのか?
何で百年前の情報が途絶えている?
王と災魔の意味は何故混ざっているんだ?
疑問はいくつも浮かんでくる。
だが、それに答えることは誰にもできず、どの本にも書かれていない。
あまりに不自然な情報の欠如。
これが意図して作られた欠如ならば、それは間違いなくレギナの仕業だろう。
あの災魔ならできる。ソルが精霊魔法の逆といったあの力ならば、百年前の情報を隠し、知られないように誘導することはおそらく可能だ。
――俺のように。
自分が何よりの証だ。
テルスは今まで不自然なほどレギナについて、誰かに話したことがない。
人語を解す、人型の魔物。
それもただの人型ではなく、本当に人にそっくりな魔物。
その存在を話せなかったことこそがおそらく、レギナの干渉だった。
――レギナは百年前の王がまだ存在していることを知られたくなかった……?
そう考えると、燃えてなくなったというエルフの森についても思うことがある。
もしかして、口封じが目的で燃やされたんじゃないか、と。
ソルの話では、旧王都の人間は森に住まうエルフたちと接触している。今の王都を作るため森を切り開く許可を求めていたはずだ。
当時は今のように魔動気球がなかった。
旧王都の人間と接触があった町や村を消すだけで、情報は簡単に消えただろう。少なくとも、リーフやグレイスのような辺境に旧王都の情報が広まっていたとは考えづらい。
ただ、これらの推測が本当に正鵠を射ていて、レギナが自身を知る可能性がある者を消していたというのなら。
何でルーンは知っていたのだろうか?
テルスの中にそんな疑問が湧き上がる。
そして、この疑問は今のソルたちが抱いているものと同じものだった。
「それで、繰り返すのだが、何で君は皆が知らないことを、僕以上に知っているんだい?」
途絶えたはずの知識を持っている。
その理由を今のテルスのように、ソルたちも求めていた。
「聞いたんだ。ルーン・ハーレキンっていうなんかこう、小さいエルフに……」
だけど、テルスにはその理由を答えることはできない。それを知っているルーンはあの黒水晶に封じられている。
だから、この疑問はここで途絶えるはずだった。
「ルーン、ハーレキン。小さいエルフ……デウスの精霊魔法……ねえ、テルス。ハーレキンとはエルフ族長筋のハーレクイン家のことかい? それなら、君が言うルーン・ハーレキンという人はアルン・ハーレクイン、ええと、金髪で緑眼の精霊の血が濃すぎて、やたら小さなエルフのことじゃないかい?」
「……その特徴で合ってるけど。え、ソルはルーンのことを知ってるの?」
「知ってるよ、友達だ。ああ、だからデウスを知っていたのか。そうか、旧王都の魔物とかについても同じ人から聞いていたのか」
「おいおいおいおい、待て、誰だそのエルフは?」
「族長? エルフに族長がいるなんて聞いたことないわい」
〈えーと、ルーンさんというのは、テルスの御師匠さまだよね〉
周囲は一気にルーンの話に染まった。
しかし、テルスはあることが気になって質問に答えるどころではなかった。
友達。
その言葉がテルスの耳から離れない。
だって、ルーンは友達を探していた。
リーフには友人を探しに来ているのだろう、とエレンリードは初めて会ったときに酒場で言っていた。ルーン自身も、もう一度会って、謝って、色んなことを話したい友達がいる、と最後のあの時に話していた。
まさか、と思った。
でも、ルーンは百年前のことを知っていて、ソルは百年前から休眠していた。
偶然にしてはできすぎている。世界を渡り歩いていた旅芸人のルーンが会えなかった友達という条件に、ソルは合致しすぎていた。
「ソル、もしかしてだけど、ルーンと、そのエルフに謝られるような……えーと、例えば喧嘩とかした?」
「え……そんなことまで知っているのかい?」
それはあまりに大きな衝撃だった。
こんな、こんなことがあるのか。
――追い立てる因果の猟犬から逃れる術はない。
あの老婆の言葉がテルスの頭の中を木霊する。今だけなら運命という言葉はあるのだと心から信じることができた。こんな、運命としか言いようがない糸が絡みついているのだから。
ソルが……この白い鼠の姿をした精霊が、ルーンの探していた友だった。
そして、何よりも疑問なのは、
「え、ルーンって何歳なの?」




