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迷路

日誌

作者: 袋小路 めいろ

 2月4日


 周りを白に塗りたくられた部屋に、一人の男が居る。部屋の中心には、白いパイプベッドがある。マットレスやシーツ、掛け布団や枕は黒色だったが、使い込まれて色褪せ始めていた。

 窓には、黄色のカーテンがあり、閉めた状態で、部屋の中で一番の爽やかさを放っている。赤色のテーブルライトの首を好きな様に曲げて、彼は、本を読んでいた。彼は、病気だった。所謂、精神病患者である。

 この熟考日誌は、今日から始める事にする。趣味の域を出ない日誌だが、彼の為にもなる部分もあるだろう。それにしても、実に興味深い患者である。




 2月6日


「自己精神損傷時自己記憶上書症候群」


 彼の病名だった。彼は、日常生活は、しっかりと送れるのだが、精神に、つまり、心に傷を負うと、自分へ、全く違う自分という人格が上書きされる。大分、厄介な病気だった。

 普通の人であれば、心に傷を負った場合、前後の記憶を忘れたり、自分の中で一番嫌な記憶が残ったりするだけで、自分自身が、人格ごと消えて、新しい自分という人格に成るなんて事は無い。言葉上だったり、自分の中での整理整頓としての意味合いだったりでは、ある事だろうとは思う。

 しかし、彼の場合は、そうでは無かったのだ。生きながらに、生まれ変わる事の出来る人だと言って差し支え無い。身体は、人、一人分の時間しか無いのだが、彼は今迄、確認出来るだけで25回も、その変化があったのだった。これは、驚くべき事である。




 2月8日


 今日は、雨だった。私としては、この診断も、病名も、仮説の域を出ないと考えている。仕方の無い看板を掲げているだけなのだ。彼に関しては、不明な事の方が多い。




 2月9日


 なぜ回数が、こんなにもはっきり分かるのかというと、彼が人を一人殺しているからだった。育ての親をである。

その事件は、彼が精神疾患である事を理由に、不起訴を勝ち取っている。

 育ての親である人物に対して、殺しという行為を行ったのだから、日々の生活の中で、何かあり、彼に思う所ができた事は推察出来るのだが、警察からは、その様な話を聞かなかった。弁護士からも、である。そして、彼の育ての親である父親からもであった。




 2月12日


 彼の育ての親は、二人で彼を熱心に世話をしていた様だ。彼の育ての親には、最初の子供が居たが、ちょっとした不注意から、交通事故に遭い、亡くしていた為に、余計に熱心だったと警察からの話で聞いた。人として納得のいく話ではあった。なぜ、彼のその時の人格は、その様な事をしたのだろうか。殺人という行動へ走らせた人格は、今は何処へ行ったのだろうか。

 今日も、私は、考えているが答えが出ない。




 2月15日


 警察から提供された資料に書かれていた彼の大体の生い立ちは、10歳の頃、飛行機事故で両親と妹を亡くしている。それで、育ての親の元へと預けられた。その事故以来、人格がコロコロ変わり精神科のある病院を渡り歩いていた。彼は、15歳の頃から20歳まで行方不明だった。22歳の夏に、彼は、育ての親の最初の子供が、事故にあった場所から帰って来た後に、育ての親である人を殺している。ざっとではあるが、この様な内容である。

 15歳から20歳まで、彼の人格は変わりに変わり、この頃に14前後は変わって居る様だ。何故生きていられたのかの疑問は出るだろうが、それは、彼が、ピンポイントに行方不明の家族が居る所へ行っているからである。何故分かるのかが、この件に対しての一番の疑問ではある。




 2月20日


 今日、彼の趣味が変わった様だ。いや、人格が変わったと言える。昨日の事件が関連しているのだろうか。昨日、病院で自殺事件が起きた。細心の注意を払っているのだが、ちょっとした不注意で起こった様だ。だが、患者に伝わる様にはしていない。何故だろう。




 2月22日


 病院食を作っている人から、彼の食の好みが、自殺してしまった人と似ているという噂が、同じ持ち場の人の間で流行っていると聞いた。たまたまだろうとは思うのだが、そんなホラーじみた事などあり得ない。




 2月25日


 どうやら、好みの変化は確実の様だ。これは仮説なのだが、もしかしたら、本当の彼は、あの頃にもう死んでいるのかもしれない。つまり、身体はTVゲームのハードであり、魂はソフトであるという考えだ。考え過ぎだろう、今日、脳死についての雑誌を読んだからかもしれない。




 2月27日


 病院の前で事故があった。即死の死亡事故だった様だ。私の仮説が、正しいモノであれば、彼に何らかの変化があるはずである。楽しみといえば、楽しみなのだが、いや、少々不謹慎かもしれない。




 2月28日


 病院食を作ってる人達には、彼が喪に服していたからだと伝えた。不思議な顔はされなかったから、上手く誤魔化せた様であった。我ながらといった所である。今日、彼に変化があったのである。これは、とても興味深い出来事である。死亡する出来事が、周りであると、彼は人格が変わる。こんなに興味深い人間は居ない。楽しまなくては損である。




 2月29日


 彼が話しかけてきた。変えて欲しい物がある様だ。カーテンであったのだが、彼は、おかしな事を話していた。最初にこの病院へ来た頃からなのだが。内容としては、「あなたの横に居る、悲しい顔をした人は誰だっけ?」というモノである。これはどういう事だろう。人気のあるお店みたいな事なのだろうか。




 3月2日


 今日は、晴れである。彼の様子を見ていると、最近疲れる様になった。たくさんの人に会っている様な感覚になるのだ。何故だろうか。




 3月3日


 ようやく、私の順番になった。お昼ご飯を食べるのも大変である。最近の彼の様子なのだが、顔色だけはとても良かった。後、何人分の変化があるだろうか。今年で彼は、26歳である。貴重な人間として、観察のできる身体を持っているのだから、健康に気をつけられる様にして欲しい。




 3月5日


 彼は、今日、とても機嫌が良いようだ。

カーテンを開けて、外を見て、笑っている。なんだろう、彼の病室はいつも賑やかなのだ。この観察日誌も、彼の部屋に置いてある。私は、このノートに、こんなに書き込んでいない。一体誰が書いたのか、いや、どれを誰が書いたのか。

 私の仮説は正しい様だ。だとしたら、私は、彼の病気を治す事が出来ない。彼の本当の人格は、既に、死んでいるのだから。








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