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4話 椎名葉月告白前夜祭




「戻ってねえじゃーーーーーーん!」

 葉月の姿のままの俺のハイトーンボイスが響き渡った。

「ど、どうしたん、お姉ちゃん?」

 和葉は俺の様子を見て驚いた様子で訊いた。

「なんで……、なんでだよ……」

 俺は思わず自分の体を確認した。

「デカい……、それに……、ない!! 声も高い!!」

「お母さん、お姉ちゃんがおかしくなった!!」

 和葉は母のもとへと大急ぎで駆け出した。

「夢なのになんで覚めないんだよ……」

 俺はガックリうなだれた。


「ど、どうしたの、葉月?」

 葉月の母がすっかり落ち込んだ俺を見て声をかけた。

「……ううん、なんでもない……」

「なんでもないことないでしょ、熱でもあるの?」

 葉月の母が俺のおでこに手を当てる。

 しかし、何事もないと確認すると手を離した。

「ほんとになんでもないから」

「そう? 困ったことがあったら母さんに言ってね!」

「うん……」

 俺はコクリと頷いた。

「じゃあ朝ごはん食べちゃいましょ! いただきます!」

「……いただきます……」

 俺は目の前に置かれたトーストを食べ始めた。


「ヅッキー!」

 しばらくして聞き馴染みの声が玄関から聞こえてきた。

 俺が向かうと玲奈がいた。

「ど、どうしたの!?」

 驚いた俺は思わず訊いた。

「うふふ、ちょっと私の家に来てほしいんやよねぇ」

「れ、玲奈の家?」

 突拍子のない玲奈の言葉を俺は反芻した。

「そ!」

「い、一体どうして!?」

「そーーれーーはーー、内緒なのですよ!」

 玲奈は少しだけ意地悪な表情をしてみせる。

 突然の誘いに俺は戸惑った。

 一体なんだろう?

 ひょっとしたら俺が男だということがバレてしまったのではないだろうか?

「突然で悪いんやけどね」

「……い、いや、べ、別にいいけど……」

 そう言ったものの内心不安であった。

「じゃあ私について来て!」

 そう言うと玲奈は俺を促した。

「う、うん……」

 俺は諦めて玲奈の後ろをピッタリとついて歩いた。


 しばらく歩くと大きな建物が見えてきた。

「到着っと!」

「……ずいぶんと大きいね……」

「って、ヅッキーも何度も来とるやん!」

「あ、そ、そうだったねぇ、アハハ……」

「もうみんな来てるかなぁ?」

「……み、みんな……?」

「そ、みんな!」

 玲奈は大きな門をくぐった。

 家の門にしては大きすぎるくらいだ。

 玲奈はもの凄くお金持ちなのではないだろうか。

 俺はそう思った。

 門をくぐったあとに見える長すぎるくらいのアプローチを抜けるとようやく玄関に辿り着いた。

 玲奈が玄関の両開きのドアを開けると広い空間があった。

「うわぁ……」

 俺は思わず声を漏らした。

 葉月の家一軒がまるごと入ってしまうかのような場所だ。

 いや、さすがにそれは言いすぎかもしれないがそれくらいに大きかった。

「ちょっと待っててや、みんないるか見てくるから」

 そう言うと玲奈は奥へと進んでいった。

 あとには呆然と突っ立っている俺の姿だけが残されていた。


 五分ほどして玲奈が戻ってきた。

「うん、みんなもう来てたわ、こっち来て!」

「え、う、うん……」

 俺は玲奈の言うとおりについて歩いた。

「……あの……、質問していい?」

「え? 別にいいけど、なに?」

「さっき言ってた『みんな』って誰?」

「はぁ!? 『みんな』は『みんな』やん、なに言うとるんや?」

「……ご、ごめん……」

「中学の吹部のメンバーに決まってるやろ?」

「あ、ああ……、なるほど……」

「みんな嬉しいんやわ、みんなヅッキーのために……、あ、なんでもないわ!」

 玲奈は急に話をやめた。

 俺は首をかしげる。

「……あの……、なんですか……?」

「べ、別に気にせんといて、なんでもないんやから!」

 そう言うと玲奈は顔をふくらませた。

 その反応はどう考えてもなにかあると自分から言っているようなものではないか。

 俺は心の中でそうツッコんでおいた。

 と同時に、玲奈のことを可愛らしい子だとも思い始めていた。

 しばらく進むとある部屋に辿り着いた。


「あ、ヅッキーや!」

「お、久しぶりやなぁ、椎名!」

「元気にしとった……?」

「久しぶりやねぇ!」

 部屋に入るなり男女関係なく俺に声をかけてきた。

「うぉッ!!」

 俺は思わず後ずさりする。

「それじゃあ、せーーの!」

 玲奈の合図でその場にいる四人の男女がクラッカーを取り出し盛大に鳴らした。

「……! こ、これは……」

 俺は状況を整理できなかった。

「うふふ、ヅッキー、明日のことをお忘れかね?」

 玲奈が訊いてきた。

「……あ、明日……? あ……!」

 思い出した。

 明日──日曜日──は葉月が高坂という中学時代の吹奏楽部の先輩に告白をする日だ。

「思い出したようやね? そして今日こうしてみんなが一同を会した目的、それはヅッキーの告白を応援するためなんやよ!」

「……告白を……応援する……?」

「そや、明日は絶対ヅッキーにとって特別な日になる、そんな日に失敗でもしたらダメやから私たちが応援するんよ!」

 玲奈がそう言うと四人の男女は大きく首を縦に振った。

「私、ヅッキーのためならなんだって頑張れるよ、だから遠慮なく私を頼ってね!」

 と、小柄なツインテールの女子が

「恋とかよう分からんけど俺に手伝えることあったら言ってくれ、椎名!」

 と、大柄なボサボサ頭の男子が

「俺もできることはすべてやるから……」

 と、インドア系な男子が

「あたしも応援してっからねーー!」

 と、ギャル風の女子がそれぞれ言った。

 そう言われましても俺にとって高坂という男は見ず知らずの他人なんですよ?

 そんな人に対していきなり告白するというのは酷ではありませんか?

 いや、そもそも男子である俺──外見は女子だが──が年上男子に告白するなんてどんな罰ゲームですか?

 そう心の中でツッコんでみたもののこの人たちに理解できる話ではないことは明らかだった。

 言いたいのに言えないもどかしさから俺は小さくため息を漏らした。


「それではこれより『椎名葉月告白前夜祭』を開催したいと思いま-ーす、拍手!」

 どこぞの会社の忘年会の幹事みたいなノリの玲奈はみんなに拍手を促した。

 しかし、拍手をするのが四人しかいなかったのでとてもまばらなものになった。

「それではさっそく一人一芸お願いしたいと思いまーーす、どうぞーー!」

 玲奈がそう合図するとツインテールの女子が舞台に上がった。

(つじ)櫻子(さくらこ)です、けん玉やりたいと思います!」

 辻櫻子と名乗る少女は自前のけん玉を取り出しいろいろな技を繰り出した。

 しかし、その腕前はお世辞にも上手いとは言えないものだった。

 何度も失敗しては再挑戦の繰り返しである。

「はい、ツジちゃん、ありがとうございましたーー! 次の方どうぞーー!」

 次はボサボサ頭の男子が舞台に上がる。

(つつみ)俊之(としゆき)、ブレイクダンスやりまーーっす!」

 堤俊之と名乗る男子はブレイクダンスを披露した。

 それはダンスとは縁のない俺から見てもなかなか上手いものだと思えた。

 最後にポーズを決めたとき俺は思わず拍手していた。

「トッシー、素晴らしいダンスありがとうございましたーー! 次の方どうぞーー!」

 次はインドア系の男子だ。

「……坂巻(さかまき)(のぞむ)……、暗算やりたいと思います……」

 坂巻望と名乗る男子は俺に適当に数式を言ってくれと頼んできた。

「え、えと……、じゃあ、『123456+7890』は?」

「131346……」

 正解だ。

 と、俊之が手を上げた。

「じゃあ俺も! 『11451+102062』」

「113513……」

 これまた正解だ。

「俺に解けない問題なんてないので……」

 望はそんな決めゼリフを言ってみせた。

 だったら俺がなんで女子の姿になってしまったのか解いてください。

 俺は心の中でそう呟いた。

「マッキー、ありがとうございましたーー! それでは最後の方どうぞーー!」

 最後はギャル風の女子だ。

上坂(うえさか)りんでーーす、ユーフォ演奏しまーーす」

 上坂りんと名乗る女子は間延びしたしゃべり方でそう言うと舞台袖から楽器を持ってきた。

 音楽に疎い俺だがそれがユーフォ、つまりユーフォニアムだということはいつか見たアニメで説明されていたので理解できた。

「……てか、最後だけ吹奏楽部っぽいのやるのな……」

 俺は小さな声でそうツッコんだ。

「じゃあいきまーーす」

 りんは演奏を始める。

 それはりんの見た目からでは想像できないほど澄んだ音だった。

 まぁ人を見た目で判断するのはとても失礼なことなのだが。

 ユーフォニアムの透き通った音色は部屋中の響き渡った。

「すごい……」

 俺は思わずその音色に聴き惚れてしまっていた。

 演奏が終わってもその余韻は続いた。

「ありがとうございましたーー」

 りんは深々と頭を下げた。

「りん、素晴らしい演奏ありがとうございましたーー!」

 玲奈は盛大に拍手をした。

「……さて、楽しい時間も終わりに近づきました。 それでは最後に吹部のメンバー四人よりヅッキーへのメッセージを贈っていただきたいと思います」

 その玲奈の合図で四人が俺の前に立った。

 俺は思わずドキッとした。

「……え、えと……、ヅッキー、明日きっと緊張してしまうと思うんやけど今日のことを思い出して一生懸命頑張ってね!」

 と、櫻子が

「俺から言うことはなにもない、とにかく全力だ!」

 と、俊之が

「俺のデータだと葉月が告白を成功させる確率は99.99999%だ、俺のデータに狂いはない……」

 と、望が

「告白成功したら電話よろしくーー、いつでも待っとるからねーー」

 と、りんがそれぞれ言った。

「みんな……」

 みんなが俺のために応援してくれている。

 もちろん俺はこの四人とはまったく面識がない。

 しかし、俺は胸が熱くなるのを感じた。

「俺……、じゃなくて私、がんばるよ!」

 俺はそう答えた。

「おう、当たって砕けろってんだ!」

 そう俊之が言うと「砕けちゃダメやん」とりんがツッコんだ。

 そんなやり取りを見て俺は思わず笑いがこぼれた。

 この姿のままでも別にいいのではないか。

 別に悲観しなくてもいいのではないか。

 俺はふとそう思った。

 俺の笑った姿を見てその場にいるみんなも笑った。




<次回へつづく>


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