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3話 俺、チュニック初体験



 俺と玲奈は飯村呉服店に入って服を探し始めた。

「ヅッキーに似合いそうな服はね……、あ、これとかどうかな?」

 さっそく玲奈は俺に服を手渡してくる。

 上から下までがひと続きになっている服だ。

「……これってワンピース……?」

「違う、チュニックっていうらしいよ」

 玲奈が訂正する。

 俺は女性用の服の知識なんて皆無に等しい。

 知っているといえばワンピースくらいなものだ。

「どうせなら東京で流行ってるっていうミモレ丈っていうのがあればいいんだけどさすがにないよねぇ……」

 玲奈がなにやら言っているが俺にはさっぱりだ。

「あれ、着んの? 試着室あっちやよ」

 と、玲奈が人差し指で試着室のある方向を指さした。

「え、あ、うん……」

 俺は仕方なくそちらに向かった。

 そこにはカーテンで仕切られた試着室がいくつかある。

 俺はそのうちの一つに入った。

 中は狭く息苦しい感じがした。

 しかも仕切ってあるカーテンもとても薄かった。

 しかし、物を置くスペースは確保されていたので渡されたチュニックという服をそこに置いた。

「……き、着ないとダメ……だよな……?」

 ブラジャーのことを思うと俺は気が進まなかった。

「だ、大丈夫だ、また目を合わさなきゃいいだけなんだから」

 俺は覚悟を決めて制服を脱ぎ始めた。

 タイをほどき、スカート、ブラウスと脱いでいくごとに俺の緊張は高まっていった。

 そしてついにブラジャーとパンツだけになった。

 正確にはソックスも含まれるが今の俺にとってはそれは関係ないも同然だった。

 俺は必死に目をそむけチュニックに手を伸ばし着替え始める。

「……よ、よし、これで……」

 袖に腕を通しようやく着替え終えた。

 下着の上に直接着ているのでかなりスースーとしている。

 丈もかなりギリギリな感じがした。

「……こ、これはかなり、恥ずかしいかも……」

 俺がそんな弱音を吐いたまさにそのとき玲奈の声が聞こえた。

「どう? 終わったぁ?」

「え、うん! き、着替えた!」

「どれどれ……」

 と、玲奈がカーテンをゆっくりと開けた。

 完全に開け放たれチュニック姿の俺が露わになった。

「……うぅ……」

 俺は恥ずかしさを抑えることができなかった。

「ほほぉ、なかなかに似合いますなぁ、さすが私」

 玲奈は自分のセンスに酔っているようだった。

 だが、今の俺にはツッコむ気力もなかった。

「でも、なんか足りん気がするわぁ、なんやろ?」

「な、なんでもいいから早く閉じてくれぇ!」

「あぁ、ごめんごめん」

 そう言うと玲奈はカーテンを閉めた。

「……はぁ、はぁ……、は、恥ずかしかった……」

 俺はそのままヘタリと座り込んでしまった。

「じょ、女子って大変だ……」

 俺は深く息を吐き再び制服に着替えた。


「あれ、もう着替えたん? もっと着てほしかったんやけど……」

 俺が試着室を出るとそこに何着もの服を持った玲奈が立っていた。

「……これでいいよ……」

「これ()?」

「あ、これ()いいです!」

 俺は慌てて訂正した。

「そっか……、まぁ決めるのはヅッキーだしねぇ……」

「そ、そうだよ!」

「じゃあレジに持ってくね!」

「う、うん!」

 これ以上着替えるのはごめんだった。

 着せ替え人形じゃないんだぞ!

 俺は心の中でそう叫んでいた。


「これで日曜は大丈夫やね! ヅッキー、頑張らんとあかんよ!」

 玲奈はキリットした表情で言った。

「う、うん……、頑張る……」

 俺はそんな表情に押し負けて答えた。

「すっかり遅くなったね、それじゃね!」

 そう言うと玲奈は自宅へと帰っていった。

「う、うん、また……」

 そこまで言って俺はあることを思い出した。

「やべ……、こいつの家ってどこだっけ?」

 俺はまた葉月のスマホに頼るはめになってしまった。



 ********



 結局家に着いたのは夜七時を過ぎた頃だった。

「た、ただいま……」

 自分の家以外でこの言葉を使うととても違和感があることに俺は気付いた。

「ちょっと、今日はずいぶんと帰りが遅いんやないの、なにやっとったの?」

 俺がドアを開けると葉月の母親が仁王立ちをしていた。

「だいたい葉月は……って、なに買ってきたん?」

 葉月の母は俺がスクールバッグのほかに提げているものに気が付いた。

「あ、えと、これは……、新しい服……。 玲奈さんと買いにいった……」

 俺は片言になりながらも包み隠さずに言った。

「なんで他人行儀?」

「え、あ、玲奈と買いにいった!」

 俺は慌てて訂正した。

「ははぁ、ひょっとして彼氏さんに告白するん?」

「え、なんでそれを……」

「そんなん分かるに決まっとるやん、母親なんやよ」

「……うぅ……」

「いくら葉月が私に隠し事あったとしてもバレとるからね?」

 その割には娘の中身が入れ替わっていることには気付いていないんですが。

 俺は心の中でそう思った。

「あ、もう夕飯出来とるから、早くね」

「う、うん……」

 俺は返事をすると急いで階段を上り葉月の部屋に入った。

 ピンクの内装は当然変わるはずもなく今朝のままだった。

 やはり居心地の悪さを感じる。

 俺はスクールバッグをベッドに放り投げ制服を脱ぎラフな格好に着替えた。

 スカートはやはり慣れないのでパンツスタイルだ。

「やっぱこっちのほうが安心する……」

 と、俺がホッとしたのと同時に和葉が声をかけてきた。

「お姉ちゃん、夕飯できとるよーー!」

「……それはさっき聞いたから……」

 俺はそうツッコみながらも大人しく部屋を出た。


 夕飯を食べ終えたあとの俺を待ち受けていたのはあまりにも酷なものだった。

 入浴、それは女子の体である今の俺にとって罰ゲームのようなものだった。

 否応なしに女子の裸体を直視しなければいけない。

 ほかの男子だったら歓喜しそうなことでも俺にとっては苦痛以外の何物でもなかった。

「い、いくら夢とはいえこれはさすがにキツイ……」

 だが、諦めない性分なため俺は覚悟を決め服を脱いだ。

「……うぅ……」

 残るはブラジャーとパンツのみになった。

 俺は背後に手を回しブラジャーのフックをゆっくりと外す。

 制限していたものを解かれた胸は重力に従ってプルンと大きく波打った。

 その瞬間俺はわずかながら重みが加わったのを感じた。

「おぉ!」

 俺は思わず声を出した。

 今まで体感したことのない感覚だった。

 語彙力が欠乏している俺はそれを別のなにかに例えることはできなかった。

 次はパンツに手をかけ横に引っ張る。

 そして左足から片足ずつ穴に通していく。

 その度に言いようのない解放感に支配されていった。

 気付くと俺は全裸になっていた。

 なにも守るものがない産まれたままの姿。

「脱いでしまった……」

 俺はそう言ったものの同時に清々しさを感じていた。

 この姿のままでも悪くないとさえ思い始めていた。

「い、いや、それはダメだろ! なにせ体の主がいるんだから!」

 すんでのところで俺は思いとどまった。

「よ、よし、とにかく風呂に入ろう」

 俺は髪の毛を湯船につけないよう洗面台の上に置かれていたゴムでまとめポニーテールを作った。

「これでオッケーっと!」

 俺は浴室のドアを開けた。


「はぁーー、なんか気持ちよかったぁ!」

 入浴後、俺は部屋に入るなりベッドにダイブした。

「でも、髪洗うの時間かかるなぁ……」

 腰ほどまで伸びた髪を洗うのに十五分もかかった。

 濡れた髪を乾かすのはそれの倍の時間かかった。

「ほんと夢でよかった……」

 もう二度とこの体験はゴメンだった。

「……もう寝るか……」

 まだ夜の九時手前だったが特になにもすることがなかったので俺は電気を消した。

 次に目が覚めたときには元の俺の部屋に戻っていることを願って俺は目を閉じた。



 ********



 次の日の朝。

「ん……んん……」

 俺は部屋に射し込んだ朝日で目を覚ました。

「……もう朝か……」

 俺は大きくあくびをし伸びをする。

 よほど凝り固まっていたのだろう、ポキポキと音がした。

「……顔でも洗うか……」

 俺は寝ぼけまなこをこすりながら立ち上がった。

 と、誰かが開けたのか部屋のドアが開いた。

「お姉ちゃん、おはよーー!」

「……!」

 その声に俺の意識は一気に覚醒した。

「どうしたん、お姉ちゃん?」

「……も、も……」

「も?」

 声の主は首をかしげた。


「戻ってねえじゃーーーーーーん!」

 葉月の姿のままの俺のハイトーンボイスが響き渡った。




<次回へつづく>


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