2話 玲奈、登場!!
「……この高校がそうか……」
家を出てから三十分、ようやく俺は体の主──椎名葉月──の通う高校へと辿り着いた。
三十分前。
「そういえば、こいつの通ってる学校ってどこにあるんだ?」
俺はそんな初歩的な問題にぶち当たった。
「……! もしかしたら持ってるかも!」
俺はなにかを閃いてなんの躊躇もなくスクールバッグを開けた。
緊急事態だ、致し方ない。
「やっぱりあった!」
少しして俺はあるものを見つけ出した。
それは生徒手帳だった。
俺は急いで手帳に載ってあるはずの高校の名前を探す。
「あった! 私立……彼岸……じょ、女子高等学校!?」
俺は書いてある名前を見て思わず声を上げた。
共学だったら少なくともなんとかなったかもしれない。
男子生徒もいるし気恥ずかしさは少しは薄れると考えていた。
しかし、女子高となれば話は別だ。
助け舟となり得そうな男子は一人たりともいない。
「なんでよりにもよって女子高なんだ……」
俺は思わずため息を漏らした。
時間は戻って現在。
俺は私立彼岸女子高等学校へと辿り着いた。
「……ようやく着いた……」
俺はすっかり息を切らしていた。
この高校の場所を探すために葉月のスマホを使うことにした。
ロック解除方法が指紋認証ではなく暗証番号方式だったので解除に時間を要すると思われたが、番号が彼女の誕生日だったため生徒手帳で彼女の名前と生年月日を確認していた俺にとってそれほど苦労することではなかった。
だが、そこからが問題だった。
地図アプリを開いたものの方向音痴だった俺は地図の読み方がさっぱり分からず何度も同じ道を行ったり来たりしたように思えた。
「……夢とはいえ不甲斐ないなぁ……」
俺は思わず肩を落とした。
が、そんなことをしている暇はないと俺は意を決して校門をくぐった。
待っているのは恐らく女の花園、恋愛話に花を咲かせているようなキラキラとした女子高生が通っているようなそんな場所だろう。
その中に純粋な男子生徒が入っていくのは、ライオンの檻に一匹の子羊が入っていくようなものだ。
しかし、覚悟を決めなければ何事もはじまらない。
俺はすぐに諦めることは嫌いな性分なのだ。
生徒手帳を見て葉月が二年B組の生徒だということが分かった。
俺はまっすぐに教室へと向かった。
階段を二階へ上り右手にそのまま進んでいくと二年B組が見えた。
「……来てしまった……」
教室の前まで来るとより一層緊張が高まった。
俺は鼓動が速くなっていくのを感じた。
「……だ、大丈夫だ、なんとかなるさ……」
俺は覚悟を決め教室に入ろうとした。
と、まさにそのときだった。
「あ、ヅッキーやん、おはよう!」
「うわッ!!」
突然呼びかけられたので俺は思わず飛びのいてしまった。
「どうしたんや、ヅッキー?」
と、声の主が訊いてきた。
「そんなに驚くとは思わんかったわぁ」
「……あ、あの、誰ですか……?」
俺は恐る恐る訊いてみた。
「はぁ!? 普通大親友の名前って忘れるぅ? 遠藤玲奈やわ!」
「あ、す、すまん……、ちょっとド忘れしてて……」
「なんやヅッキーの喋り方変やない?」
声の主──玲奈──が俺に疑いの目を向けてきた。
まずい、俺は慌てて言い訳をした。
「え、えと……、ちょっと寝ぼけてて、ね……」
もちろん寝ぼけてなどいないのだがこうでも言わなければ玲奈という少女の疑念は解けないだろう。
俺はそう思ったのだった。
「……ふぅん、まぁいいんやけど。 それよりも昨日のこと忘れとらんよね?」
「え、昨日のこと?」
俺がキョトンとしていると玲奈が顔をグイと近づけてきた。
これまでにないほど女子生徒の顔を間近に見たので俺は思わずドキッとした。
「はぁ!? 昨日言うとったやん、日曜日に高坂先輩に告白する、って!」
「こ、告白ぅ!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
その高い声は廊下中に響いてしまい二年B組の生徒だけでなく他のクラスの生徒もこちらを覗いてしまう結果となる。
「ちょ、声が大きいわ! なにを今さらビックリしとるんや!」
「だだだ、だって、こここ、告白って!」
「私も正直ビックリしたわ! まさかヅッキーが高坂先輩のこと好きやったなんてね! それって同じ吹部やったから?」
淡々と話す玲奈に俺の頭は整理が追いついていなかった。
高坂先輩って当然男だよな?
でも、ここは女子高だろ?
なんでそんな話が出てくるんだ?
「しっかし、中学のときの部活の先輩に告白するって、私やったらたぶん出来んわぁ」
あ、そういうことですか。
俺はなるほどと納得した。
「ま、私も応援するから、頑張りや!」
「……あ、う、うん……、ありがと……」
玲奈の言葉に俺は思わず答えてしまった。
なんてこった、女子に告白したこともされたこともない俺がまさか男子に告白することになるだなんて。
まぁ、体の主が女子だから仕方のないことなのだが、実に納得がいかない。
いろいろ考えを巡らせていると玲奈がさらに声をかけてきた。
「告白するときの服とか決めとるん? まさか制服で告白するわけないわな?」
「え、えと、決めてない……」
「はぁ!? そういうのは大事やよ?」
「そ、そういうものなのか……?」
「そうや、今日私がコーディネートするわ! 東京のオシャレ女子みたいにはいかんと思うけど、それなりには決まるやろうし!」
「え、べべ、別にいいよ!」
「何言っとるんや、女子っていうのはまずは外見で勝負やろ?」
「……でも……」
「大丈夫、悪いようにはせんから、ね!」
「…………そ、それじゃあ……」
俺はしぶしぶ頷いた。
「そうこなくっちゃ! それじゃあ放課後にまた!」
そう言うと玲奈は自分のクラス──二年C組──に戻っていった。
「……こく、はく……」
俺は少しずつ現在の状況を把握しはじめていた。
「……なんてこった……」
まさにそのとき始業のベルが校内に鳴り響いた。
それからは全くと言っていいほど勉強に身が入らなかった。
男子である俺が年上の男子に告白するというのだから無理もない。
しかし、外見は女子のため第三者から見るとなに一つ不思議なことはないのではあるが。
「椎名さん、この問題を解いてください」
と、誰かが俺を呼ぶ声がした。
それは数学教師の三塚京子だった。
黒板には何問か数式が書かれており三塚はそのうちの一問を指し棒で指している。
「え、あ、はい!」
俺は立ち上がり、黒板の前まで進んだ。
その数式は今までの話を聞けば分かる問題だったのだろうが今の俺にはそんなことは無理な相談であった。
「……すみません、分かりません……」
「椎名さん、先ほどからまったく集中していないように見受けられますね? それだと内申にも影響ありますのでこれからは注意するように」
「……すみません……」
俺は自分──いや、葉月──の席に戻った。
「どうすりゃいいんだよ……」
そう考えているあいだも時間は刻一刻と過ぎていった。
そして放課後になった。
結局あのあとも集中できないままだった。
「はぁ……」
「どうしたん、ヅッキー?」
玲奈が心配そうに訊いてきた。
「……いや、なんでもないよ……」
「そう? ならいいんだけど。 じゃあ行きますか!」
「……う、うん……」
玲奈は俺の手を握りそのまま走った。
辿り着いたのは少し古ぼけた雰囲気の場所だった。
「……ここは……?」
「飯村呉服店、よっちゃんの店だよ」
「よっちゃん……?」
「飯村よし子、もしかしてそれも忘れちゃったの? よく私とヅッキーとよっちゃんの三人で遊んでたやん」
「……それは……」
「まぁええわ、とにかく中入ろ!」
俺は再び玲奈に手を握られ店の中へと入っていった。
<次回へつづく>