31 交渉開始
本日更新2/8
アリスティアの方も勇者ハヤトについて、有益な情報は持っておらず、結局のところ彼については一旦放置しておくことになった。
「今回のループではジェニーノアを助けた後、逃げた夜天十字騎士団の後は追わないことにする。下手に突いて、また勇者ハヤトを呼ばれたら敵わないからな」
今の所得た情報から判断すると、夜天十字騎士団を追い詰めるか、勇者カノンベルを殺すか、この2パターンでしか勇者ハヤトの出現は観測されていない。
情報が不足している今、不確定要素をわざわざ増やす必要は無いだろう。
殺された恨みは無くもないが、それに振り回されない程度の理性は俺にもある。
「ええ、それが宜しいかと。それで、ジェニーノアを助けた後はどうするのですか?」
「ローズマリアの様子を覗いた後、シャッハトルテの方へ向かおうと思う。その頃なら勇者カノンベル対策も、それなりに進展があるんじゃないかと思うしな」
「……そうですね。私の方には特に異論はありません」
「ならその方針で行くとしよう」
◆◆◆
「くそっ。撤退だっ!」
前回のループ同様、ジェニーノアと協力して夜天十字騎士団を撃退した俺は、そのまま彼らを見逃す。
「深追いは必要ない。村に戻ろう」
何かを言おうとしていたジェニーノアだったが、俺の有無を言わせぬ強い口調にそのまま従ってくれた。
「わ、分かったよ」
「それからこれを渡しておく。自分一人で対処できないと思ったらすぐに使え」
アリスティアから預かっていた魔法具を、ジェニーノアへと渡す。
「これは?」
「それを使えば、魔王軍から救援が来るはずだ」
救援要請を伝える為の魔法具だ。
ジェニーノアを心配したアリスティアが俺に預けてきたのだ。
「あ、ありがとう。……あ、あのさ。その、あんたが居てくれて助かった。多分俺一人じゃ無理だった……」
「気にするな。魔王たる俺が魔族のお前たちを守るのは当たり前の事だ」
そう言って、俺はジェニーノアと別れる。
その後、ローズマリアに会いにシュティルハイムへと立ち寄った後、フェルグレンツェを経由して花の街ブルーメガルテンへと俺は向かった。
想定通りに事が進んでいれば、そろそろ勇者がその街を訪れた頃だ。
勇者カノンベルに対するシャッハトルテの説得が上手く言っていれば、そこで俺は彼女と交渉をする予定だ。
果たしてどうなるか……。
◆
ブルーメガルテン傍の宿場町までやって来た俺は、事前に打ち合わせていた方法でシャッハトルテと連絡を取る。
「レイン様。カノンベル様が、交渉に応じてくれる事になりました」
返事を待つべく数日程そこで滞在していた俺に、シャッハトルテからそんなメッセージが届く。
どうやら彼女は上手くやってくれたらしい。心中で感謝の念を送る。
……さて、ここからが正念場だ。
俺は両手で頬を叩き、気合いを入れる。
「良し! 行くぞ!」
そして俺はブルーメガルテンの街へと向かった。
◆
交渉場所には、街一番の高級宿の一室が指定されていた。
「レイン様。お久しぶりです」
指定された時間にそこへ向かうと、入り口にはシャッハトルテが待っていた。
だがそこ居たのは彼女だけでは無かった。
「ふーん、コイツがホントに魔王なの?」
長いサラサラの金髪を揺らしながら、俺をジーッと見つめている。
アリスティアに匹敵するほどに整った顔立ちの女性だ。
僅かだが髪の隙間から長い耳が覗いている事からも、彼女がエルフだと分かる。
「こちらは、フォレフィエリテ様です」
やはりそうか。
彼女は勇者カノンベルの仲間の一人流星の狩人フォレフィエリテだ。
確か弓と魔法の名手だったはずだ。
シャッハトルテ程では無いが、彼女もかなり大きな魔力を持っているようだ。
「ナイトレインだ。よろしく頼む」
「フォレフィエリテよ。よろしく」
それだけ言って、再び観察モードに戻る。
なんだか落ち着かない気分だが、何も文句を言ってこないだけましだ。
そう思うことにし、俺は彼女から視線を外す。
「カノンベル様は中でお待ちです。さあ、参りましょう」
シャッハトルテの促しに応じて、俺は宿の中へと入る。
広い宿を奥へと進んで行き、突き当たりにぶつかる。
「この部屋です。どうぞ」
中にはいくつもの大きな魔力が感じられる。
一番大きいものは恐らく勇者カノンベルだろう。
となると残りは他の仲間達のモノか。
まあ悩んでも仕方がない。
どうせ中に入れば直ぐに分かることだ。
「失礼する」
覚悟を決めて俺は扉を開けて中へと入る。
そこには、広い空間が広がっていた。
中心に大きな円卓が置かれ、その周りにいくつもの椅子が並べてある。
部屋の奥には、勇者たちが武器を構えて立っていた。
「まあ、そう殺気立つな。話をしに来ただけだ」
他の者はともかく、勇者カノンベルは今にも俺へと襲い掛かりそうな形相をしている。
「……お主が本当に魔王なのかのう?」
ああ、俺が魔力を抑えているせいで、分からないのか。
「ああ、その証拠を見せてやろう」
そう言って俺は左手に着けていた魔力封印の魔法具を外す。
その瞬間、俺の全身から魔力が溢れ出す。
「「なっ」」
シャッハトルテを除く全員が、一斉に臨戦態勢となる。
「落ち着け。戦うつもりは無い」
そう言って俺は魔法具を再装着する。
それによって魔力の放出が止まる。
「……どうやら本当のようじゃのう」
長く伸ばした白い髭を撫でながら、老人が納得したようにそう言う。
彼が流浪の大賢者ナールヴァイゼだな。
「まさか本当に魔王が護衛も付けずに、一人でやって来るとは……」
勇者カノンベルの師匠でもある聖騎士アイゼンハルトが驚愕の表情を浮かべながらそう呟く。
「皆様、そのように構えていてはお話など出来ません。まずはお互い席に着きましょう」
「すまない。その前に一つ頼みがある」
「レイン様、どうされましたか?」
「悪いがそいつの事だけは信用できない。席を外して貰えるか?」
俺はそう言って指を指す。
「……わいか?」
そこには大盗賊ヒートヘイズが立っていた。
「そうだ」
「なんでわいだけなんや?」
「おまえ、星光教会のスパイだろ?」
半分はカンだが、前回のループでの出来事から察するに恐らく間違いないだろう。
部屋にいる全員の視線がヒートヘイズへと集中する。
「……なんでバレたんやろなぁ。まあええわ。わいは大人しく席を外させてもらうわ」
予想外にヒートヘイズはあっさりと事実を認め、大人しく部屋を出ていく。
あまりに引き際が良すぎて、なんだか逆に怪しい。
警戒は怠らないようにしよう。
それからは何事も起きる事なく、全員が席に着く。
「……では改めまして、勇者カノンベル様と魔王ナイトレイン様による非公式会談を開始したいと思います」
こうして俺とカノンベルの決戦の火蓋は切って落とされた。




