葉っぱの雑談
カサカサ、カサカサ、カササササ。
風に転がされる落ち葉達のにぎやかな会話が聞こえる。
「なぁ、お前はどうして落ちたんだい? 君はまだ青々としているだろうに」
「君もそう思うだろう。でも親木はね、アンタは到底役に立たないよって、そう言って僕の手を離したんだ」
青い落ち葉はすっくと立って、枯れ葉に全身が見えるようにしてやった。
「あぁ、これは酷いねぇ。大きな穴が開いている。虫にでもやられたのかい?」
「虫? 何だい、それは?」
「知らないのかい? 虫って奴はねぇ、それはそれは卑怯な奴で、俺達が動けないのをいいことに、勝手に俺達の体を食んでいくんだ」
「いやぁ、そんな卑怯な奴はいなかったさ。僕がそんなお人好しに見えるかい? こう見えて疑り深い葉っぱだよ。ハハハ」
「でも、コイツはあれだ、いも虫って奴の歯形じゃないのかい?」
「これはだね、とてもとても優しいトリシャクさんという方が、『君の体が腐っているよ。このままじゃ全部ダメになってしまう。医者の私が腐っている所を取ってあげよう』と言って治療してくれた跡さ」
「やや、それは違うぞ、君。それはきっと、トリシャクじゃない。シャクトリだよ。尺取虫だ。どうやら話を聞くに、随分な詐欺師に引っかかったんだね。気の毒なことだ」
「何だって!? じゃあ、僕はヒガイシャじゃないか。あぁ、取り返しのつかないことをしてしまった」
青い落ち葉が一枚ワンワン泣いていると、どこからか一匹の蛾がやってきた。
「やぁ、君はあの時の葉っぱじゃないか。どうしたんだい、そんなに泣いて」
しかし、青い落ち葉の方に見覚えはない。
「あの、葉っぱ違いではないですか? 私らは皆似てますんで、よく間違われるんですよ」
「いえいえ、その歯形はきっと私だ。そんな風に左寄りに食べ進めるのは、私ぐらいのものさ」
蛾は豪快にガッハッハと笑う。
「では、あなたはもしや……」
「そうさ、あの時のシャクトリだよ。イヤァ、あの時は助かったよ。ちょうどお腹がペコペコで、死んでしまいそうだったんだ」
「何だって!? やっぱり医者という話は嘘だったのか!?」
「ガッハッハ、ゴメンゴメン」
何とも罪悪感の感じられない謝罪である。
「一体全体どうしてくれるんだ!? アンタのせいで私はこの通り、もう土に還るしかない。まだまだ楽しめた平和な暮らしを、アンタは奪ったんだ。ベンショウだ!ベンショウしろ!」
そう青い落ち葉は迫るが、蛾は意に介さない。葉っぱに怒られた所で、蛾に危害はこれっぽっちもないのだ。
「しょうがないじゃないか。そういうモンさ。社会勉強ってやつだね。賢くなって良かったじゃないか。ガッハッハ」
「いえ、ダメです。サァサァ、早くベンショウしろ」
青い落ち葉がただただ喚くので、蛾はもう議論の余地がないと悟ったようだった。おもむろに翅を広げると、パサッとと飛び立った。
ニゲルナ、ニゲルナ。
大声で訴える葉っぱに、蛾は語りかける。
「あのさ、ヨノナカってのは理不尽にできているんだよ。この世に生を受けたモノは、他の奴らを犠牲にしなきゃ生きていけないって決まってるのさ。弱肉強食って言葉を知らないかい? 上には上がいるんだよ。上に行こうとしなきゃ、上にはなれないんだよ。嘆いていても、空は飛べないってことさ。ガッハッハ」
「アンタは飛んでるから、自分が上だと思ってるだけでしょう」
「そういう上じゃないんだけどなァ。君には学が足りないなァ。君はエントロピィってやつも知らないだろう。エネルギィはじっとしてると失われるものなのさ。取り込まないといけないのさ。生きてるものはみんなね。そうなりゃ、あとは陣取り合戦だよ。取ったもん勝ち。取れなかったもん負け」
そこまで言い終えると、蛾は満足したのか、どこかへ飛んで行ってしまった。
取り残された青い落ち葉に、成す術は無かった。
やがて時は流れ、何百もの雨が降り、何千もの風が吹き抜けていった。あの時の青い落ち葉はもう土に還って久しい。かつて青い落ち葉だった体は、その後近くの樹に吸収された。
一部は、再び葉っぱとなった。
一部は、樹の幹となった。
一部は、ささやかな実となった。
さらにその木の実は、小鳥の空腹を満たした。
その小鳥は鷹に捕らわれ、生まれたばかりの雛の餌となった。
雛はすくすくと成長した。雛の体は、世界のありとあらゆる勝者の一部と敗者の一部でできている。それらの記憶は無いけれど、大人の鷹となった体は、確かにかつて生きていた者たちの体であった。
鷹は今、高い高い大空を舞っている。
眼下に広がる緑の海原は、地平線の向こうまで果てしなく続いている。そして、鷹は思う。
この緑は、一つだけ見ればちっぽけな葉っぱなんだよな。それでも全体を見れば、俺なんかよりよっぽどデカイ。それに葉っぱは仲間に囲まれていて、生きていることが何だか楽しそうにさえ見える。
一方、俺はどうだろう。頂点にいるが、誰からも恐れられ、仲間などいない。孤独に翼をばたつかせているだけ。
生きているって、一体何なんだろう。
そして鷹は、一本の背の高い木にとまった。青々とした葉っぱたちが、風でにぎやかに揺れていた。
カサカサ、カサカサ、カササササ。
「やあ、鷹さん。こんにちは。いいお天気ですね」
「どうも鷹さん。今日は良い風だったでしょう」
「おや鷹さん。顔色が悪いですよ。どうかしましたか?」
鷹は張っていた気が緩んだのか、葉っぱたちに悩みを打ち明けることにした。
「いえ。生きるということはどういうことかと、悩んでいるのです。私は、今は勝者として扱われますが、そもそもこの体は、気が遠くなるほど勝者と敗者を経験しているはずなのです。果たして私は勝者として生きていいのでしょうか?私は息をしていていいのでしょうか?」
「なんだ、そんなことですか」
「些細なことで、悩みなさんな」
「もはや、あなたがそうしていることが答えではありませんか」
「それはどういうことでしょう?」
一枚の葉っぱは穏やかに説いた。
「ですからね、生きるとはどういうことかと悩むのが、生きているということなのです。時には心温まる出会いもありましょう。時には理不尽な目にも遭いましょう。でも、そのどちらかが正しくて、どちらかが間違っているということはないのです。どんなことであっても、あなたが授かった時間を消費してこの世で体験したことに相違ないのです」
「ではまだ青々とした葉っぱが尺取り虫に食べられたとしたら、尺取り虫は悪でしょうか?」
「それも生きるということです。悪ではないでしょう」
「では成長するために尺取り虫が青い葉っぱを食べたとしたら、尺取り虫は正義でしょうか?」
「それも生きるということです。正義ではないでしょう」
「ならば、正解も間違いも無い、針の無いコンパスをもって、我々はどこへ行けばいいのでしょうか?」
「どこへ、という明確な目的地はありません。目を向けるべきは、その頭です。消費した時間で得た経験から、あれやこれやと何遍も考えて、喜びや怒りを感じることは、生きているものにしかできますまい。ならば、それが生きるということでしょう」
「面白いお話だ。でも少々難しい」
「ありのままに時を過ごせということですよ。今この時間にどうやって息をしたらいいかなんて、考えてないでしょう?つまりはそういうことです。大したことは言っておりません。私は無知ですから」
「ああ、少し視界が開けたような気がします」
「いやいや、こちらこそつまらない雑談をしてしまったよ」
アリガトウ。
アリガトウ。
そんな会話が聞こえたものですから、私はこの物語を書こうと思ったのです。
感想、評価など頂けると嬉しいです。
宮沢賢治の「ツェねずみ」から着想して、そこにTHE BACK HORNの曲である「晩秋」のテイストを筆者なりの言葉で書いてみました。
筆者は、普段はツイッターで140字小説を書いております。まとめが置いてあるので、よければ筆者のマイページからどうぞ。