別世界:ボス討伐
安定期から誕生した謎のダンジョン。
この町『ネック』から徒歩1時間程の所に出来たダンジョン、そのダンジョンには今まで名前は存在しなかった。通称としては『ネックダンジョン』と言われれば大体の人が理解するようにはなってきてはいた。しかし最近になり、ダンジョンの名前が正式に決定した。いや、決定したというのはおかしい。正式な名前が”分かった”と言った方がいいだろう。
ある日の事、いつも通りダンジョンに調査隊が入ろうとした時の事だった。洞窟の道にポッカリと開いている入口の脇にある看板が立てかけられていたのだ。
『ようこそ!かめさんの迷宮へ
迷宮内は入り組んだ構造になっております。
不安な方は地図をご利用ください(49層まで利用可)』
と。
ふざけている、最初は誰もがそんなことを思った。それはそうだ。あの時はまだ私たちの調査隊は40層にも達していなかったのだから。それなのに49層までの地図があるなど有り得ない。
しかし確かにその看板の下には地図が大量に積んで置いてあったのだ。今まで見たこともないような正確な地図がそこにはあった。
信憑性は低い、しかしもしこれが本当にこのダンジョンの地図なのだとしたら、これほどまでに正確な地図を提供できるのはたった一人ダンジョンマスターと呼ばれる存在だけだ。ダンジョンの地図は未だに1、2層は完全に描けたが3層以降の他は全て一部分しか描けていないのが現状だ。
ならばと思い手元にある1、2層の地図と置かれている地図を見比べる。すると細部まで一致するではないか……出来も置いてある地図の方が断然に高い。
これは一度調査しなければならないと思った私は一端最深部への調査隊を全て引き揚げさせ、提供された地図の正確性の調査を行うことにした。3日後、結果が出た。
結論として地図は本物であった。
地図が提供されただけで今まで1年かけてようやく40層弱だったものが、あっという間に49層まで来てしまった。そしてご丁寧に49層から50層へと向かう階段に再び看板があったのだ。『この先ボス部屋』と。
すぐさまボス攻略のための討伐隊が組まれることになり、数少ないBランクの冒険者5名に加えCランク冒険者を15名による計20名による緊急討伐隊が組まれた。
ボスの強さは通常地下に作られることが多く、地下へ潜ると潜るとほど徐々に強くなっていく。例外として地上から天へと伸びていくSランクダンジョンの『魔王城』や『叡智の塔』は登れば登るほどボスが強くなる。これら地上のダンジョンは当初からダンジョンであったわけではなく、徐々に発展していくにしたがって迷宮化していったものがダンジョンとなったのである。
ダンジョン最初のボス討伐戦闘、それが今まさに行われようとしていた。
ネックギルド支部の酒場では宴とも呼べる酒飲み会が開かれていた。元々血気盛んな男が多い冒険者達はいつも娯楽に飢えているからこそ、少しの事でも宴を開き楽しもうとする。今日は最近できた『かめさんの迷宮』というふざけた名前のダンジョン50層のボスが討伐された記念すべき日である。最初のボスが討伐された、これはいよいよダンジョンが完全開放される条件が揃った証拠だ。
ダンジョンは一見するだけでは何層まで存在するか分からないものが多い為、どんなダンジョンでも最初のボス部屋の発見および討伐がされない限りダンジョンが解放されることはない。初心者冒険者がいきなりダンジョンに侵入し突然ボスの目の前に出されても何もできずに殺されてしまう。そんな事態が起きないようボスまでの道筋はしっかりとつけてやることが必要なのである。もちろん途中途中でモンスターが徘徊しているため完全に安全とは言えないし、注意を払って置かなければ不意打ちでやられてしまうのだが。
ギルドの酒場のテーブルでは筋骨隆々な男やスラッとしていても内に大きな魔力を秘める者、数少ないちょっと露出の多い女性冒険者が盛大に酒と料理を楽しんでいた。
「いやーそれにしても今日は気分がいいな!ボスも強くなかったからこれからダンジョンは解放されるだろうし、金儲けのチャンスってもんだぜ!」
「まったくですね。合成獣だって確かにちょっと合成されている獣が普通とは違ったみたいですけど、強さはそんなに変わらなかったですし対応も簡単。これならば80層までなら私たちだけで十分でしょう」
「ちげぇねぇ。あーあ、さっさと解放されねーかな」
酒場の一角のテーブルで二人の冒険者が今日の事を振り返っていた。
彼らはネックにおける数少ないBランク冒険者。Aランク以上がいないネックにとって実質最強戦力となる彼らは今日の緊急討伐隊に参加し50層のボス討伐に参加した。
50層のボスであった『合成獣』はCランク冒険者であれば一人で返り討ちにできる程の戦闘力を持っている、ランク4のモンスターである。Bランク冒険者たる彼らにとってはまったく意に反さない程度のモンスターではあるが、実際問題Bランク冒険者などそういるものではなく、Cランク冒険者ですら冒険者全体の20%しかいない。
Sランク冒険者は全体の0.1%以下、Aランク冒険者は1%以下、Bランク冒険者は5%以下、Cランク冒険者は10%程度、Dランク冒険者は30%程度、Eランク冒険者は30%程度、Fランク冒険者はその他大勢となっている。Dランクからは一応一人前となりダンジョンに一人でも探索に出かけられるが、基本一人で探索する冒険者などいないのが現状である。
全身鎧の立派な赤髭を蓄えた厳つい冒険者は今は頭部だけを外し、脇に大剣を立て掛け手に持ったエールビールを盛大に掻っ食っていた。一仕事後の酒ほど美味い物はない、というのは彼の持論だ。
「しっかしよ、何であんなに見たこともないモンスターばっかりなんだろうな?いや、似たような奴はたくさんいるけどよ、けど、どっか違うんだよな……」
向かい合うように座っている銀の長髪が特徴的な茶色のローブを羽織った優男、こちらは手元の肉料理に舌鼓を打ちながら会話の相手をしている。
「ですが、まだ相手が出来ているだけいいですよ。攻撃方法も大体一緒ですし、あれくらいなら個体差とも言えますしね。ですがこの先はおそらく、まったくの未見モンスターが出て来ますよ?」
「間違いねぇな。だが50層で合成獣っていうんだから、しばらくは油断しない限り大丈夫だろうよ」
「あなたには天然鎧もありますし、ちょっとやそっとじゃ動じ無さそうですね。期待してますよ」
「へへっ、当ったり前よ。どんな攻撃も俺が防いでやるぜ!」
そう言って胸をガンッと叩く。酒が回っているのか顔が少々赤いが、きっとそれには照れも交じっているのだろう。それを向かいで見る優男の顔もどこか微笑んでいる。そこには二人だけにしか見えない絆とも呼ぶべきものがあるのかもしれない。
冒険者たちのボス討伐の最初の夜は盛大に過ぎていく。