別世界:ダンジョン
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一年前の事、それは突然の出来事だった。
ダンジョンと呼ばれる迷宮がこのミリテリアス国のネックに現れたのは。いや、通常のダンジョンならば何ら問題はない、寧ろ歓迎するべきことだ。
”ダンジョンとは富である、名声である、そして文化である”。
昔の偉人が残した言葉、その通りにダンジョンには様々な宝が詰まっているのだ。だからこそ、通常であれば人々はダンジョンが誕生すると大いに歓迎する事が多い。しかし今回は少し事情が違った。
通常ダンジョンは誕生したばかりの誕生期を過ごし、徐々に階層やモンスターの種類を増やす成長期、最も豊富な宝や名声を得ることが出来る安定期、そして魔力が無くなり活動が弱まる衰退期、完全に停止する終末期の段階を経ていく。これが通常なのだ。
しかし今回発見されたダンジョンは誕生期がなかったのだ。
ネックという町は確かに大きい町ではなかった。それでも毎日何十人もの行商人や冒険者が通過、停留する要所である。そんな町の近くにも関わらずダンジョンの誕生が分からないというのは通常ありえない。
ダンジョンの誕生期は差はあるものの最低50年は続くとされている。50年もの間誰にも発見されず、探索もされず、人知れず成長し続けていくなど不可能なのである。だが実際それが起きた。
一番最初に発見したのは採取クエストを受けていたEランク冒険者だった。
ネックの東に存在する鳥獣の森に薬草を取りに向かった時、一休みに訪れた川の側にそれはあった。ぽっかりと空いた大きな空間は一見すればただの洞穴にも思えたそうだ。だが奥からは明らかな魔力が漂っていたという。
ただの洞穴には魔力などない。魔力の存在する洞穴などダンジョンしか存在しない。
Eランク冒険者すぐさまギルド”ネック支部”へと報告に向かった。ダンジョンが見つかった、と。その日のうちに先発の調査隊が組まれ、ダンジョンの周辺や1階層が探索された。
そして出された結果は「未発見である安定期のダンジョンである」という事だった。未発見の安定期のダンジョンなど前代未聞、大きな街ではないネックに衝撃が走ったのだ。難易度が分からない、モンスターの種類が分からない、階層が分からない、罠があるのかも分からない。まさに分からないことだらけなのだ。
高ランクの冒険者などこの街には常駐していない。せいぜいCランクの中堅が精いっぱい。危険性の分からない未知のダンジョンに精鋭ではなく、中堅を派遣するなど万が一を考えるならば出来ない判断だった。だからこそネック支部のギルドマスターは支援を求めた。
首都のギルド本部へと、精鋭の冒険者を派遣してくれるように――――――
木造2階建ての酒場も兼用しているネックのギルド支部。
2階のギルドマスターの部屋では50歳ほどのブロンドの髪をオールバックにした一人の男性とグリーンの髪を腰まで伸ばした女性がテーブルを挟んで向かい合い、少し疲れたような表情で話し合いを行っていた。
「本日までに35階まで探索が進みました。しかし未だ未見のモンスターが多く、また各階層の地図も完全には出来上がってはおりません。慎重に探索を行っているためこれ以上の速度では厳しい状況です」
眼鏡のズレを片手で直しながら女性は向かいの男性に対して説明していく。お互いにゆったりとした黒いローブを羽織ってはいるが、その下には綺麗な絹の服をまとっている。女性の手元には大量の資料が握られており、一枚一枚読み上げた直後順々に対面の男性に渡しながら。
「しかし1年も経つのに未だ最下層は愚か、探索済みの地図すら満足に完成できないとは・・・・・・一体どれだけ深いんだ、このダンジョンは」
「一応予想では最低100層は超えているだろう、というのが本部の見解です。ボスらしき個体は数対倒しましたが、未だに本物のボスすら倒せていない現状を考えるとそれも当然かと。一応5層毎にボスが存在することや、ダンジョンフィールドが一つに固定されていない事等は一緒ですから、過去存在した他のダンジョンとは大きな相違点は見受けられません」
「それが唯一の救い、か。ここでまったく違った様相のダンジョンが現れるよりはマシか」
「はい。それに現れるモンスターも未見の新種ばかりですが、強さは手元にある資料の類似種に似ています。35層までは難易度もDランクであれば何人か集まれば攻略出来そうですし」
ダンジョンの難易度、それは大体階層の数で決まってくる。
冒険者の最初のランクFランクではダンジョン事態潜ることは出来ないが、一つ上がったEランクになれば精々15層までは数人で潜れる。Dランクでは40層くらいまでと徐々に上がっていき、100層を超えるとなるとBランクであれば10人、Aランクであれば5人は必要である。もちろんダンジョンの内装や冒険者事態の腕や相性などでこの目安は変動してくる。
ネックの近くのダンジョンは100層は超えてくる見通しの為、今現在行っている調査活動では不測の事態に備えBランク以上の者を最低10人は揃えて探索を行っている。
「ま、未だに年に一回はあるような繁忙期もないダンジョンでは不安は尽きんがな」
「そうですね、モンスターが溢れかえるような繁忙期が無いなど普通は考えられませんからね。ただ遅れているだけ、とも考えられますが」
ダンジョンには年に一度モンスターが通常よりも多く溢れる繁忙期が存在する。
繁殖期と魔力が増える満月が重なると起きるこの現象がネックの新ダンジョンではこの一年見られないのだ。
このおかげかネックでは繁忙期は今か今かと待ちわびた冒険者が数多く集まり、そんな冒険者を相手に商売をしようという商人が集まり、また宿や酒場を開こうと村人が集まる。
一年前よりも圧倒的に人口も生産性も増えた新ネックがそこにはあった。
同時に犯罪なども比例するように増えてはしまったが。
それでも100層を超えるかもしれないダンジョンからの恩恵と今現在の街の治安を天秤にかければ、外部からの人の流入を防ぐわけにはいかないし、町の発展を阻止する事等出来るはずもない。住民は収入が増えてガポガポ、冒険者は新しいクエストに素材が手に入ってウハウハ、商人も未見の商品を仕入れられてニヤニヤである。
「ではそろそろ地図作成の依頼も調査部門とは別にクエストを出しておいてくれ。35層にもなればそれなりに人が必要だろうからな」
「分かりました、手配しておきます。それでは次に――――――