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気づかない内にそこだけ別世界  作者: あちゃま
第4章 宗教の自由(仮)
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別世界:紋章

ミリテリアス国の君主制を維持していく中で一番必要なものは何だろうか。いや、そもそも貴族とはどういった者が相応しいのだろうか。


そう聞かれた時、多くの人は何と答えるだろうか。


――――他を納得させる功績か。

――――時に貴種とも称される血統か。

――――有無を言わせぬ圧倒的な金銭か。


考えられることは数あれど、そのどれもが違う。

今挙げたもので手に入るのは良くて騎士爵という騎士の中で尊いという地位であり、一応は貴族の仲間にはなれはするが一代限り。悪ければその地位すらも手に入らないことが多い。


では先のハンティングフィールド男爵の様に、一般庶民が貴族になる。それも男爵というような一代限りではない、立派な貴族になったのにはどういった理由があったのだろうか。


戦争で敵国の大将を倒して功績を残せるほどの強さは彼にはない。Sランク冒険者並みとはもちろん言えず、貴族になる前の彼ならば最悪Bランクの冒険者にすら負けてしまうだろう。


ハンティングフィールド男爵の両親は開拓民だった。それはそうだ。

彼の家は代々辺境で狩猟をメインとして多少の農耕をしていた開拓民の村に産まれたのだから。それも当時の村と呼ばれていた現在のネックという街にすら及ばないような規模の集落でだ。

とても高貴な血統などではなかった。


そんな彼に他に有無を言わせぬ莫大な資産があったかと言えば、もちろんなかったと言えるだろう。


コネも権力も、金すらも無いそんな人物が貴族という国の後ろ盾をどうやって得たのか。普通で会ったら頭を捻ってしまうだろう。だが答えは簡単。

彼の経歴がその全てを物語っているのだから。


ハンティングフィールド男爵も昔は冒険者として貧困から抜け出そうと一攫千金を目指した。いや、ほとんどの冒険者が一攫千金を狙っているのだからそこはいい。

問題となるのはそこから。彼は確かにその望みを叶えた。確かに一攫千金を手に入れて莫大な富をその手中に収めたのだから。

しかし彼が見つけた宝、それが問題だった。国内で発見されるのは実に10年ぶり。久々の発見に学者や王族、貴族の間では歓喜が広がった。年々減っていったそれはハンティングフィールド男爵が見つける10年の間にも3つも減ってしまっていたのだから。


他国に流出してしまえば国家の国力は大きく減退してしまい、最悪の場合は他国にこの国を攻め滅ぼされてしまうかもしれない。自らが有している権力を見す見す逃してしまうかもしれない。

だからこそ、彼が見つけた時多くの人物が歓喜したのだ。これで国が少しでも豊かになるのではないか、そう思ったから。


彼が発見した宝、それは――――“紋章インシグネ”。


迷宮ダンジョン内で発見される中でも最高の宝とされ、一度手に入れると子孫にすら恩恵を与え、時には悠久の時すらも一族に繁栄を与えるとされる究極の財宝。貴族に成るための最低条件にして手に入れるだけで莫大な力が労無く手に入るドーピングアイテム。


そして別名を“意思を持つ宝”である。






王都に存在する国内における貴族の戸籍や儀式、影響を及ぼすような結婚に関する仕事などを行っている省庁である治部省。

主に国内の貴族が司っている太古から続く儀式、地方でのみ崇拝されている土地神などに関する些細な事柄などを主に管理しているのが彼らである。伝統は一度失われてしまうと元に戻すのが非常に難しい、その為の省でもあるのだ。


だがこれはあくまでも治部省の中での大きな仕事であって、一般人である庶民からしてみると一番重要なのは戸籍の管理という点である。

誰が誰の子供で誰が親類か。貴族間だけでなく庶民の間での遺産相続等でも問題になる血縁関係を後々確認するために重要な管理を行っているのである。


そんな一般人にもそれなりに関係のありそうな治部省の本部のとある一室。


省長である一人の初老の男は自らに宛てられている執務室の、これまた自らの執務机を挟む形で一組の老齢な夫婦と話し合いをしていた。


「それで先代であるキャリック伯爵が亡くなり、本来であれば継承されるべき嫡男であった貴方には紋が現れなかった。それどころか兄弟の誰にも表れず、また孫の代にも持つ者がいない。つまり今あの紋章インシグネが何処にあるのかは分からないという事ですかな?」


省長である彼は目の前の夫婦にそう問い詰めた。

彼が言っている紋章の行方が分からない。その事がどれほど重要なのかはこの国の貴族である彼らなら痛いほど理解しているのだから、この圧迫ともいえる態度での問い詰めを夫婦は甘んじて受け入れている。


貴族である証明、その証明できる唯一の証が紋章なのだから。

血でのみ継承される貴族の証なのだから。


「その通りです。本来であれば我が兄弟の誰かに現れると考えていたのですが、その誰にも表れない。それどころか我がバトラー家の孫たちだけではなく、他家にいる孫世代の者にまで確認を取りましたが見つかりませんでした……」


沈痛な面持ちで省庁に答える夫は、とても仮とはいえキャリック伯爵の現当主とは思えない面持ちである。

しかし、それはそうだろう。

今後彼がキャリック伯爵の当主として認められることなど一生無いのだから。いやそれどころか後見人という地位ですら失い、最悪御家取り潰しという事態にすらなりえない状況なのだから。


“紋章”は意思を持っている。

自らが主と認めた者のみにしか宿らず、それは血の継承でのみ受け継がれる。


これがあるからこそ愛人や不倫などが多い貴族社会においても脈々とその家の血統が後世に受け継がれ、国の恒久的な平和へと繋がっているのだから。


「でしょうな。でなければ我が省になど態々貴族の方が来ることなどないでしょう。先代の当主が誰にも相談せずに愛人との間の子を認知するために申請するなどよくあることですからな。そうすれば少なくとも戸籍は残っている。戸籍さえ残っていれば存在していることは確実になる、そうなれば後は誰か調査員に頼んで過去を調べればいい。気持ちの良いものではありませんがね。まあとにかく、確認するためには我が省が一番でしょう」


貴族社会での結婚は多くは政略結婚であり、例え誰かと両想いになっても、その思いが叶うことは少ない。しかしこれは仕方のないことである。

貴族にとって一番は家を残すことだが、他にも家を反映させるという責務が存在する。


どの家と縁を結ぶか。その選択次第で自分だけではなく家や子孫の命運が左右されると言ってもいい。


使用人と両想いになったとして、屋敷の中や家族の中では歓迎されるかもしれない。だがそれがどうした。

家にとって何の得があるのだろうか。使用人という事は所詮は庶民。掃いて捨てるほどいる領民の一人に過ぎず、何の力もない存在に過ぎないのだから。


だからこそ多くの貴族は愛人としてその存在を囲う。

結婚は出来なくても男女であれば子供は出来る。世間的には認められなくても、せめて二人の間に愛があったという証だけでも残したい。そう思う貴族が愛人との間に子供を作るのだ。


父親不明や母親不明の子供として。


「分かりました、調べさせましょう。ここ数十年以内の先代キャリック伯爵の血縁関係者を洗い出しますので、しばしお待ちを」


「感謝します」


省長はそう言ってバトラー家の夫婦を残し席を立つと部屋を出て行った。部下たちに緊急に先代キャリック伯爵の血縁関係を調べさせるためだ。


待たされている間、省庁の秘書である女性が入れてくれた御茶やお菓子で食べながら待つこと1時間ほど。

先ほどまで静かだった部屋にガチャっと扉が開かれる音が響き、向こうから象徴である彼が顔を出した。しかしその表情は出ていく時の険しい表情ではなく、何処か呆れた様な安心したような、そんな表情で。


「お待たせしました。お探しのモノをお持ちしました」


そう言って夫婦の目の前に再び腰を降ろし大きな溜め息をついた。


その様子に何か嫌な雰囲気を感じる夫婦だが今はそんな事は些細なことに他ならない。何故なら彼が今言ったではないか。

お探しのモノを持ってきた、と。


つまりそれは彼ら夫婦が探していた人物、今まで会ったことすらない、いることも知らなかった先代キャリック伯爵の子供。つまり自分にとっては兄弟となる人物が見つかったのだから。


逸る気持ちを何とか抑え、それでも興奮は冷めず。ちょっと上ずってしまった声が出てしまったのもお構いなしに、夫婦は省庁に聞いた。


「そっ、それで。その人物は何処の誰だったのですか!?」


「それがですな……ちょっとまずい人物なんですよ」


「まずい人物、ですか?」


省長の言葉に思わず眉を顰めてしまうが、それも無理からぬことだろう。

国の幹部でもあり多大な権力を有していると言ってもいい人物が、第一声でまずい人物等という者がまっとうな人物であるはずがない。

罪を犯して犯罪者となった人物か、はたまた裏社会に生きている表には出せない人物か。まずい要素などいくらでも考えられる。


だがそれでも聞かないわけにはいかない。全ては今後のキャリック伯爵家の繁栄に関わってくるのだから。


「まずい人物は、一体どんな人物なのですか?」


「それは……」


途中で言葉が詰まってしまう象徴だが、それでも言い淀みながらもポツリ、ポツリと言葉を繋いでいった。


「産まれは今から42年前、性別は男。結婚はしていないため子供はいない。肉親も数年前に母親が死んでしまい、もう誰も残ってはいない。捨てられて生活が困窮していたなどという事も無く先代伯爵が援助していたのでしょう、幼少期からそれなりの教育機関に通っていて優秀な成績を収めていたそうです。それは今でも変わらず、多くの人物に慕われているそうです」


「なるほど、それほどの人物で――――ん?」


省長の口から語られた言葉は全てが称賛に近い言葉。とても問題があるような人物とは考えられないものばかり。一体何が問題だというのだろうか。

そんな考えが頭をめぐる中、仮のキャリック伯爵の現当主である彼の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。


ここは何処だ?治部省だ。

仕事は何だ?戸籍を管理するところだ。

治部省の仕事の中に性格や学業成績、現在の状況や人望など調べる措置があるか?いあや、ないだろう。


一時間という時間はあった。その時間があれば多少なりとも調べることは出来るだろうが、人望などという目に見えないものを諮ることなど不可能のはず。

ではどうしてそんなことが分かったのか。


そんなこと、簡単じゃないか。


「何処の大物ですか、その人物は」


「教会の大司教、マインツ大司教ですよ」


それは司教区を持つ領地持ちの、教会における大幹部の名前だった。

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