別世界:緒戦
人間とは間違いを繰り返す生き物である。
偉い哲学者が言った言葉であり、未だに歴史書に書かれている偉大なる名言である。
そして言葉通り人間が、人類が、間違いを再び繰り返そうとしていた。
――――遥か数百年前のこと。
人類の多くの記憶の中には既にその事実は存在せず、もはや神話の話へと昇華してしまった時代。
戦争の果てに数多くの技術が後継者を得ずに廃れていった。
明日を生きることで精いっぱいであり、文化を守ることすら出来なかった。
王族も貴族も庶民も貧民も、全てが敵にとってはただの“人”であり、数多くの名家も国も消えていった。
抗うことすら烏滸がましい程のどうすることも出来ない、そんな現実を目の当たりにしてきた。無念さも無様さも悔しさも、全てを経験したはずなのに、その記憶すらも歴史から消えてしまった。
愚かで無能な人類はそんな歴史を繰り返しながら、少しずつ発展を繰り返してきたのだ。
戦争が文明を発展させてきたように、魔族による人類の殲滅や虐殺が人類の魔族に対する対抗力を高めてきたのだから。
そして第何次になるかも分からない壮大な魔族の進行が今まさに始まろうとしていた。
迷宮のマスターでありながら魔王と呼ばれ人類に敵対視されてきた今代の魔王。
名を誇り高く気高き王、“蠅王”。
彼が魔王と呼ばれるようになってどれほどの期間が過ぎたかも分からないほど、昔からその王座に君臨していた。
自らの表皮が変化し硬化した漆黒の皮は、例え最高峰の魔法剣とされている魔法銀の剣でさえ通さない硬度を持っている。
黒という魔族の象徴とされる色で全身を包まれている蠅王は、まさに魔の化身と言ってよかった。
青々とした丈の短い草本が辺り一面の覆いつくし、黄色や白、ピンクに赤と様々な色を付けた花々が風に揺れて香りを漂わせる。まさに静謐を絵に描いたような空間。だが今その平穏が壊されようとしていた。
多くの軍勢が大地を埋め尽くし、今か今かと人類を殺すことを待ち侘びているそんな中でも、紅一点とばかりに。白生地の中の紅き点の如く目立っていた。
「ついにこうなってしまったか……」
蠅王はそう言ってため息をついた。
彼はこうならないように注意してきた。彼だって無闇に人類を殺すことはしたくはなかった。
戦争になれば戦う兵士が必要だ。彼にとって野生の魔物などどうでもよく、そいつらが傷つくだけなら別に構わなかった。だがそれだけでは圧倒的に兵士の数が足りない。攻めなくても、守るだけでも戦力が必要なのだ。
自らが持っている戦力で使えるものと言ったら、決まっている。迷宮にいる仲間たちだ。
苦楽を共にし悠久の時間を過ごした唯一無二の家族だっている。そんな者たちを使わなければならないのが嫌なのである。
だがここで一つ朗報がある。
人類と魔族、この二つの種族の間には大きな壁が存在している。その壁こそが肉体の強度である。
人類とはそれぞれに特化した何かをもって産まれている。草人なら欲望と創意工夫に特化し土人なら器用さと鍛冶能力、獣人ならば敬愛と集団力。巨人は怪力と穏健さ、森人は魔力と精霊力に。五大人類にはこれらそれぞれに特化した何かを持っており、その才能を伸ばそうと躍起になっている。
だが逆に言えばそれ以外の分野には突出して何かを成せるほどの人物が早々現れないということ。天才的な頭脳を何でも作り出して持ち力も強い、魔法を使えばピカイチで温厚で博愛に満ちている、そんな人物等存在しないのだ。
足りないモノばかりなのが人類であり、それらをそれぞれが補うように共に暮らしている。それが人類の国家だ。
戦争をする上で数は力である。例え一騎当千の猛者が戦場を支配したとしても、人類側の一騎当千など高が知れている。足りない部分をお互いに補っているがために常に全員が全力でサポートしなければ猛者を支い合えないのだ。
全力で走っていればすぐにばててしまう様に、全力のサポートによる疲れは蓄積されていきやがて力尽きる。生物である以上それは避けられない。そう、魔族を除いて。
魔族は違う。魔族は非常に強靭な肉体を持っており小柄でも巨人をも勝る怪力を持ち、体内の魔力量は一般的な森人を大きく上回る。疲れを知らずに常に全力、疲労困憊になってもその逆境がさらなる力を彼らに与える。
物語に出てくる勇者や英雄そのものなのである。
最強の名を欲しいままにしているような存在の魔族だが、それでも一つ問題がある。それは魔族の絶対数が少ないという事である。
戦場に立つ蠅王もその事は危惧していた。
「連れてきた者たちはざっと10ほど、付いてきたり集まってきたモノが5000か。取り敢えずの様子見としてはそれなりに集まった、か」
「そうですね。連れて来た者たちも正直言ってまだまだ強者と呼ぶには些か心許ないですが、人間相手の緒戦を飾るには十分な布陣ですので心配は無用でしょう」
「まあ集まってきた野良の者たちの事などは正直どうでもいいのだがな。連れて来たもの達だけは無事に返してやりたい」
そう言って向ける視線の先には連れて来た魔族と呼ばれる者たち。
幽霊騎士という魔物が進化した、魔族として魔王城に勤務という名で配置されている首無騎士だ。
魔族と魔物の明確な基準、それは存在しない。
人類の側からしたら魔物も魔族も等しく敵であり、倒すべき存在であることには変わりなく、人類の特徴を持っていないから迫害しても構わないという考え方だ。
だが敢えて魔物と魔族の違いとなる基準を言うならば、それは理性があるかどうかである。
首無騎士は主を無くし無念の死を遂げた騎士が幽霊騎士となり、この世を徘徊している内に新たな主を見つけた時、その身に天命と新たなる使命を受けた存在が彼らだ。
魔族の中では比較的多くの数がおり、元が騎士という戦闘や守衛に特化した魔物。
DAN GEON MAKEというゲーム本来の過程でいえば幽霊騎士の正統進化は死神であり、決して首無騎士などではなく、そもそも首無騎士などという怪物すら存在していない。
だがここは別世界。
生物の進化とは常に無限であり多様なのだから、電子世界の事情など関係ないのである。
「ですが仮にも彼らは魔物とは違います。人類社会で言えば彼らといえどもランク7には十分相当するでしょう。中でも隊長各の彼に至っては我々幹部クラスにすら匹敵します。雑多な烏合の衆など話になりません」
「確かに彼らを超えた者を渡しは知らない。だからこそ我らは今まで決して表に出ることがなく、そして出なくてよかったのだ。我はこのまま悠久の時を家族と過ごせればそれでよかったのだ。なのに人類の彼らは――――なんと愚かなのか」
魔王である蠅王の迷宮である魔王城にも配置されている首無騎士という魔族。彼らはとある門の守護神として配置されているが、未だ誰もその奥には進めていない。それが何を意味するのか、分かる人物には分かるだろう。
挑んだ全ての人物が彼らを超えられなかった、という事を。
つまりそれはイコール、彼らが以下に強靭で強大な力を有しているのか、それ理解するのには十分だろう。
だがそれでも蠅王は心配なのだ。彼にとっては迷宮での数少ない家族なのだから。




