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気づかない内にそこだけ別世界  作者: あちゃま
第3章 最強の探索
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別世界:ギルド招集

王都の組合ギルドに張り出された一枚の依頼クエスト

国の丞相じょうしょうが依頼したそれは国内外に大きな激震を……与えたりはしなかった。通常それほど高位の人物が依頼クエストを頼めば話題は広がるし、依頼クエストの中には救ってくれという切実な願いも込められていた。そんな依頼クエストが広がらないなど通常ではあり得ない。


しかしこの王都の組合ギルドではそれが起こり得た。全てはマスターである一人の男のせいである。


「いいか、てめぇら!今回はあのクソ爺の依頼だ。今まで散々あの爺には苦渋を舐めさせられてきたが、今回はそんな爺に目に物見せてやれる千載一遇のチャンスがやって来た!あの爺が頭を下げて俺らに依頼クエストを発注してきたからだ」


――――いや、苦渋何て舐めさせられてないし。


そんなギルドマスターの全力の心の叫びを否定するような気持ちが集まったギルドメンバーの中にはあった。


組合ギルドとは世界に跨り活躍している非営利組織であり、政治的な介入などは行わず世界の安定と人々の平穏を守る事を目的とした素晴らしき組織だ。もちろん中には金儲けや嗜好品の収集など私利私欲に走る者もいなくはない。しかしそれも極僅かであり、メンバーの多くは高い志と奉仕の精神などの心を持っている人物が多い。

簡単に言えば人格者が多いのも組合ギルドという組織のメンバーなのだ。


だからこそその様な人物の中で今話しているマスターの言葉は異質。

しかし文句を言う人もいなければ戒めるような事をする人もいない。多くのメンバーが何故その様な発言をしているのか理解しているからである。

何を隠そう、実はこのギルドマスターは丞相の実の息子であるからだ。


「あの爺は幾度となく俺を殴り蹴り、散々足蹴にしてくれた。自分の気に入らない事があればすぐに人に当たり、何人もの女を侍らせて毎日毎日パーティーに明け暮れるようなクズだった」


ギルドマスターは頭で考えるよりも体で考えるような、どちらかと言うと脳筋とも言われるような人種。その為幼少の頃は散々ヤンチャしていたために、丞相からお仕置きという名の折檻として拳骨や飛び蹴りが行われていたのである。所謂教育の一環だ。


大人の様々な事情で正しくても声を上げられない状況を子供の時に目にしてしまえば不思議に思い、どうして正しいことをしてはいけないのか理解できない。諭されたとしても理性よりも本能が勝ってしまい自制が効かないから不信感を抱きやすく、次第にそれは嫌悪感へと変化していった。これが子供の時のギルドマスターには自分の思い通りにならない事で怒っている様に見えたのだ。


丞相は貴族である。男系でしか継承できない男系貴族と女系でしか継承できない女系貴族が存在する。これは遺伝的な問題で男にしか現れない能力や女にしか現れない力が存在するせいである。

しかし男や女が生まれたからと言っても必ずしも能力や力が継承されるわけではない。だからこそ貴族の当主はその力が確実に継承されるように夫や妻を幾人か迎える事も普通なのだ。特に当主が男の場合はそれが顕著なだけであって目立つのだが、それが女を侍らせている様に見えただけ。


パーティーに明け暮れていたのだって、その頃の丞相はまだ丞相ではなく幹部候補貴族の一人でしかなかった。

貴族の世界は横の繋がりよりも縦の繋がりの方が大切とは言われてはいるが、それでも横の繋がりを蔑ろには出来ない。関係を深める為には交易や婚姻など様々な方法があるが、中でも直接会って会話をする事が何よりも良い。その為に毎晩のようにパーティーをして地盤を固め、着実に力を付けて行ったからこそ今の地位があるのだ。


さてそんな様に全ての事にはそれなりには理由がある。それなりの年齢になったギルドマスターだって今となってはそれが理解できている。

だが幼少の頃から反抗してきた手前素直になれない、ただそれだけなのだ。謝りたいけど謝れない、仲良くしたいけど仲良く出来ない、顔を合わせたいけど合わせられない。自分の中に生まれて来る葛藤を少しでも和らげようと、強がるためにもこうやって意地を張ってギルドマスターをやっているのだ。


つまり何が言いたいかと言うと、そんなギルドマスターの個人的な事情など我々一メンバーにとっては知ったことか、という事である。


「だが今回再びそんな爺に一泡吹かせる為のチャンスが来たんだ。何としても成功させてやる!」


「はぁ……それはいいのですがマスター。何で俺たちAランクまで集められているんですか?聞いた話だとSランク冒険者である三牙狼トリアイナが断念して帰って来たと言うじゃないですか。Sランクでも無理なのに俺たちAランクが勝てるわけないじゃないですか」


「お前に言われんでも分かってるわ、そんな事!」


Sランク冒険者が勝てないモンスターにAランク冒険者が勝てるわけがない。

普通に考えれば誰でも分かるような事を然も当然とばかりに口にしたAランク冒険者の男に対し、ギルドマスターは唾が飛ぶほど勢いの良い大声で反論した。


「俺だって伊達にマスターをやっているわけじゃねぇ!ちゃんとした考えがあってお前たちを招集したんだ」


「ちゃんとした考え……ですか?」


「そうだ。それを今から言うから良く聞いておけ」


何故自分たちが集められたのか。Sランクの冒険者たちにとっては自分たちは正直言ってしまえば足手まといになってしまう事の方が多い、それくらい理解できる頭が彼らにはある。


俺の方が強い、何て誇大妄想も甚だしい事を言う者など一人もいない。そんな者はそもそもAランクにすらなれない下級冒険者として生涯を終えている。

自分がその集団の中でどの立場にいるのか的確な状況判断が出来るからこそ上位の冒険者に成れたのだから。


「まず今回の討伐対象である番犬ケルベロスには俺と“角笛つのぶえのヘイムダッル”、“巨顎あぎとのエーギル”に“地祇ちぎのフロージュン”そして現在ランキング第七位の“軍神ぐんじんのティウ”。この五人で戦いを挑みたいと思う」


ピューと誰かが口笛を吹いた音が聞こえた。


ギルドマスターの口から挙げられた冒険者の名前。全てがSランク冒険者であり、国内だけではなく世界的にも有名な単独ソロの冒険者ばかり。それも複数パーティ冒険者よりも圧倒的に強いとされる単独ソロの中でもランキング上位の者ばかり。

特にランキング第七位の“軍神のティウ”などは最早一人で一騎当千以上の戦力になるほど。他にも“角笛”と“巨顎”に“地祇”そして父親が絡むと少々アレだが、その力は誰もが認める所のギルドマスター。


またの名を“狂荒きょうこうのアレス”。

単独ソロのSランク冒険者ランキングに置いて現在第九位に名が刻まれている猛者だ。


「しかし情報によると今回目標がいる階層は100階を越えているという。道案内として三牙狼トリアイナの面々にも一緒に行ってもらうが、行く途中で戦闘が起こらないなんて言う事はまず有り得ない。その為にお前たちAランクの冒険者を連れて行く」


そこまで言い切ったギルドマスターに対し、質問をしていた冒険者は一度考察にふける。

しかしすぐに言葉の裏に隠された意味を理解したのか口を開き始めた。


「……途中の露払い、ですか?」


「その通り。はっきり言って俺たちSランクが五人も集まった。この事からも通常じゃあ有り得ない事であって、通常のモンスターであれば確実に討伐できると全員に確約できる。それも途中のモンスターを倒しながらでも十分におつりが来るほどにな」


「ですが今回の討伐対象は過去の文献にしか載っていない様なある意味神話の怪物。強さも能力もほとんどが未知数であり、唯一分かっているのは特徴だけ。という事ですか」


「情けない話だが、お前の言う通り一切詳細は分からねぇと言ってもいい状況だ。そんな状況だからこそ少しでも力を温存しておきたいんだ。その為にも今回お前たちを招集した」


「ボス部屋の直前までの戦闘を私たち、対象をSランクの皆さん全員で挑み私たちが待機。そう言う事になるのですね?」


「まあ少しは体を慣らす意味も込めてチョコチョコと倒しては行くがな」


そう言ってギルドマスターは可愛くも無い顔でニヤッと笑った。

会話をしていた冒険者もつられて笑う。こっちは清潔感がある爽やかな雰囲気と対照的だが。


「あぁ、だからお前たちには一切危険はない!……とは言えねえが、お前たちほどの実力があればまず負けはしねえ。どうだ、受けるか?」


召集されたギルド内にいる多くのAランク冒険者の顔を眺めながら、ギルドマスターは今回の依頼クエストへの参加を呼び掛けた。そして冒険者の反応を見る前、ボソッっと一言。


「……そーいえばー、こんかいのクエストってポイントたかいんだよなー」


完全な棒読みだが、しかし確実に全員に聞こえるようなその声を招集された冒険者は聞き逃さなかった。


「よっしゃ!やってやるぜマスター!」


「俺も俺も!俺もやるぜ。故郷くにの危機って聞いちゃあ黙っていられないぜ!」


「世話になった奴も大勢いるんだ!そんな奴らを俺らが守ってやらなくちゃならねえだろ


ギルドマスターのたった一言。たった一言でギルド内部にいた冒険者の心は一つにまとまった。


現金な奴と言うなかれ。時にはずる賢いと言われようともつかまなくてはならない者があるのが冒険者なのだから。

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