別世界:丞相
かめさんの迷宮が存在する辺境地区の街ネック。そんなネックがある国こそミリテリアス国であり、今回かめさんの迷宮にSランク複数冒険者である三牙狼を送り込んできた張本人である。
ミリテリアス国は過去には共産制や議会制など様々な統治法が行われてきたりもしたが、現在は君主制を敷いている大陸でも歴史の古い国家である。
王と呼ばれる存在を中心とし血筋にて国家を運営してきている現在のミリテリアス国には、王族の他にも公爵を中心として以下には侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵と続いている貴族の力によっても国家が運営されている。
因みに余談だが騎士爵は一代限りの名誉爵なのだが、これでも庶民にとっては雲の上のような存在になりえたりする。
庶民と貴族、その間には決して越えられない身分さが存在するのだ。
そんなミリテリアス国の王が最も信頼し、国政の一翼を担っている丞相であり左大臣の執務室では一つの報告によって眉を顰める老人がいた。
「Sランクの冒険者が撤退した、など到底公表できるものではない。例え複数でのSランクであったとしてもだ、AランクとSランクの冒険者では世間に与える影響が違い過ぎる。一般人に重要なのは単独や複数の違いではなくSランクである、という事なのだからな」
悪態を吐く様に不満げな表情はシワが寄っている表情により一層深いシワを刻み、自慢のブロンドの髪は何処か色あせてしまっている様に感じる。背中にはドンヨリと淀んだ空気を漂わせてしまっているのが余計にそうさせるのか。
老人の向かいで報告を挙げている壮年の男性は老人の心中を察しているのか、同じく不機嫌そうな不満げな表情をしている。
「それはこの報告を聞く前ならば誰でも同じ感想を抱くでしょうが……さすがにこの報告を聞いた後ならば、そんな事は言えないでしょう」
「分かっておる。分かっておるからこそこの気持ちを何処にぶつけるか悩んでおるのだ」
鼻を鳴らし最早不機嫌さを隠そうとはしないその姿を始めて見た人がいたならば器の小さな老人だと思う者もいるだろう。
しかしそんな態度を取らなければならない程、現在の状況は困窮しているのだ。
現在どれ程危険な状況にあるのか、切羽詰まっているのか分かるからこそ、壮年の男性もそんな老人の醜態ともいえる姿を見ても苦笑いするに留まっている。
焦げ茶色の髪を上下に揺らしながら頷き老人の言葉に同意の意を示す壮年の男性は、それでもより機嫌が悪くなると分かっていても報告しない訳にはいかないのだ。
「本来であれば今頃発見された宝を宝物庫にでも入れて発見者を祝う盛大な宴でもしている頃だったのだ。しかしフタを開けてみたらどうだ?Sランクの冒険者は何も出来ずに撤退し、同時に魔王には及ばないもののそれに準じる脅威が発見される。悪夢とはまさにこの事だよ」
やけくそ気味にも自嘲気味にも見えるその言葉を報告した壮年の男性は黙って聞く。
「そもそも、だ。世界会議では確かに魔王が出現した、という結論に至った。しかし実際あれから大きな変化は見られないではないか」
先月の事、聖地オルトゥスでは五大人類による世界会議が行われた。議題はもちろん世界に衝撃を与えた“魔王”についてである。
草人の代表は草人の国々が他の人類よりも多いこともあり、各国が交代で行っており今回は急な召集という事もありミリテリアス国ではなく、草人の国々の中でも最も大きな国家であるホモノミウム帝国であった。
800年前に魔王が現れた時に勇者と呼ばれる草人の戦士を輩出したのがこのホモノミウム帝国である。帝国の皇帝にはこの時の勇者の血が流れている子孫である、という話がある。
因みにこれは事実であり当時の姫が勇者を誘惑し、色気で落としたのは王家の人間だけの秘密である。
「800年もの昔、5人の勇者を輩出した国々が今回再びその威光を他国に示すために口裏を合わせている、という話もある。ま、流石にそれは嘘だとは思うが、それでもそれに準ずる何かを企んでいるのではないかと思ってしまうのも事実だ。しかしこの報告書を読んでしまうとな……正直何とも言えん」
「ですがこの報告書は間違いなく事実です。Sランク程にまで上り詰めた冒険者が態々嘘の報告をするというのも理解できませんし、自分にマイナスになるような報告をするなどもっと理解できません。ギルドに確認したところ彼らは順位を上げる事に躍起になっていた様子であったようですし」
「別にそこは疑ってはおらん。報告書の内容は間違いなく事実だろう。しかしこれが魔王復活と関係があるのか、そもそも魔王など復活していなが偶然今回この魔物が発見されてしまったのではないか。そういう考えが私にあるのも事実。だからこそ次の一手に手をこまねいているのだ」
魔王が復活した、その事は確かに聖地オルトゥスで行われた世界会議を経た後、世界に向けて一斉に発信され、一瞬の内に認識された事実である。しかしそれに対する各国の対応は様々である。
魔物の動向や出現地域が変化したという事は確かにあったが、魔物とは時には人類の予測とは違った進化や繁栄を遂げることがあり、今回の各国でギルドや騎士団などに報告された事も過去に起きたことと大きな差異は見られなかった。
ただ一つ、過去の事象と違ったことは全ての変化が統率する魔物によって引き起こされた事であったという事。
魔王が復活するとその身が持つあまりにも多くの魔力が近隣の魔物に影響を与え、一段階ずつするはずの魔物の進化が何段階も飛ばして進化してしまう事がある。だが今回はそんな事はなさそうであり、例え統率されていたとしても一段階上の魔物が統率していたりしていた程度で、群れとリーダーと言っても差し支えがない集団である。
問題なのはそれが同時期に複数の土地で確認されたという事。
こんな事は通常であれば考えられない。
食い荒らす事しか能がない、とも言われる魔物が一切の血や血液すら残さず魔物を持ち帰るなど異常の極み。
しかし魔物が如何に統率されたからといってもそこまで規律正しい行動をとることが出来るのか、いや出来ないだろう。過去に何十万もの集団を潰してきたギルドの記録にだってそのような記録は存在しない。
では異常とも言えるような行動を取る魔物が現れるとしたら他にどのような可能性があるのか。そんなもの魔王しか考えられないであろう。
事実、長寿で名高い森人が治めるアドレル国の中でも、特に長寿で博識で見聞の広い長老と呼ばれる生き字引がそう証言しているではないか。
しかし同時に本当に魔王が本当に現れたのか、そう思う自分がいるのも事実。
肝心の魔王のその姿すら確認できず、現段階では過去の事象との照らし合わせの状況証拠だけでの判断。
遥か昔から魔王がいると噂されているSランクダンジョンの一つ『魔王城』。先天性でのみ現れるスキルの中でも希少な千里眼を駆使して毎日の様に状況を確認してはいるが、それでも今の所一切変化は見られない。相も変わらず数人の冒険者がダンジョンに潜っては戻って来る、来ないの繰り返しである。
だからこそ老人は悩むのだ。全ては偶然起きただけであり、もしかしたら自分たちは勘違いをしているのではないか。
全て何者かの掌の上で踊らされているのではないか、と。
「……仕方ない。取り合えず他のSランク冒険者を募集して何としてもこの魔物を討伐させよ。報酬も名誉も今回は渋るな。何としても討伐するよう命ぜよ」
「は、仰せのままに」
それでも老人には他に手段はない。
自らの手の届く国内という場に脅威があるとしたら、何としても討伐して平穏を民に与えねばならないのだ。
――――――例えそれが魔王軍の幹部であった番犬だったとしても。




