別世界:パワーアップ
「はぁぁぁあああ!」
「ウググァァァァァアアア!」
105層のボス討伐を目指して101層を進む六人一行の行く手を塞ぐ様に現れた筋肉の塊ともいえるランク3のモンスター、鬼。
しかめっ面の様であり苦悶の表情の様でもある眉間に皺を寄せる般若の面の顔。六人を睨みつけるように立っているその姿は歴戦の戦士とも言える逞しい背中。咆哮する口からは人の肉など軽く噛み切ってしまいそうなほど鋭利な牙が並んでいる。
闇属性モンスター特有の黒い肌がより一層凶悪さを醸し出していた。
ダンジョンに出て来るモンスターには属性が割り振らており、属性職と呼ばれる色に身体が染まっているのが通例だ。
水属性と闇属性のダンジョンであるかめさんの迷宮に現れるモンスターは主に体色が青系統と黒系統の色になっているのだ。しかしもちろん中には固有色と呼ばれる例外などはある。
代表的なモンスターとしては竜だ。
火属性の紅の赤龍や水属性の青き水龍などが象徴的であり、よく家の色に合っている竜は紋章にも使用されているのは皆が知っている。
つまり、身体の色と属性との関係は切っても切れない関係なのだ。
冒険者やギルドの者は実は迷宮を攻略する時にこの点を一番最初に注目するが定番となっている。
鬼と対峙する白象や三牙狼の面々はここまでそれぞれの得意分野で互いに補って潜ってきた。
「グァァアアアア!」
鬼が持つ筋骨隆々の逞しすぎる腕、その腕を目の前の敵を粉砕しようと力の限り振り抜いた。
一回でも当たれば並みの冒険者など一瞬であの世へと旅立ってしまうだろう。全身の骨は砕け内出血で肌の色は青へと変わり、最悪の場合はそれらすら起こらずに体に大きな穴をあけてしまう可能性すらある。
だがそんな強力な攻撃であっても受け止められる存在というのは存在する。今回の案内役でもある白象の一人であるアグリアントである。多くの重戦士がいるが全員に共通している事、それが大盾を所有しているという事。
重戦士である彼は重厚な盾を常に携帯している。重戦士とは別名タンクとも呼ばれる、敵からの攻撃を味方に届かせないように全てを一心に受けるのが役割とされているのだ。
加えて重戦士は攻撃を受け止めたらすぐにもう片方に持っている剣や斧など各々の武器で攻撃を加えて怯ませたり、注意を全て自分に向けて一瞬の隙を作り出し、仲間に追撃のチャンスを与える事も仕事である。
今まで長い間一緒に冒険をしてきた白象の二人だけではなく、三牙狼の面々も三人だけで100層を超える事の危険性も困難も理解できるからこそ、101層での雑魚モンスターとも言える鬼の攻撃などアグリアントならば止められると当然の様に考えていた。
期待を背中に受けながら、さも当然をとばかりに鬼が出現した瞬間真っ先にその大きな体を全員の前に現し大盾を構える。アグリアント自身、鬼の前だというのに一切の不安も恐怖もその顔には存在しなかった。
「グッ!」
五人の期待通りアグラントは確かに今回、鬼の攻撃を受け止め後ろにいる仲間をその攻撃から守った。――――両手で盾を抑えながら。
その事実に誰よりも先に気付いたのはアグリアントだった。
「やべぇ!お前ら構えろ!」
洞窟の中では本来してはならない大声を上げる、そんな行為を普段のAランク冒険者アグリアントならばしなかっただろう。しかし今彼の頭の中には、それがどんな影響を与えるかなど考える余裕などなかった。
攻撃を両手で受け止めたアグリントは、しかしそれでもすぐに一歩押し返し大剣を薙ぎ払う。
アグリントの押し返しで体の重心をずらされた鬼は一歩後ろに下がる事で何とか態勢を立て直す。バランスを取るために地面に向けていた視線を上げた時、そこには今まさに自分の命を絶とうとしている大剣が迫って来ていた。
「グウウゥゥ!」
だが鬼は両手を目の前で交差させ、腕に大きな切傷を負ったが確かにその攻撃を防いだ。
鬼の反応速度を褒めるべきか、アグリントの攻撃の鈍重さを貶すべきか。それはどちらが良かったのか悪かったのか、それは分からない。しかし鬼は確かにアグリントの全力の一撃を防ぎ切ったのだ。
苦悶の表情が交差している腕の隙間からも垣間見える。表情にはどこか勝ち誇った様に笑みすら見える気もしてしまう……が、反撃もそこまでだった。
ここにいるのは決してアグリント一人ではなく、寧ろ彼よりも戦闘力という一転に置いては大いに上回る存在がいるのだから。
「手伝わせて頂きますよ」
一瞬にして数十メートルを走破したかと思うとアグリアントの横を抜け、気付いた時には既に鬼へと切りかかっている所だった。
次に瞬きをしたらそこにはもう剣を振り下ろし終えたネプチューンが剣を鞘にしまう動作へと移行しており、先程まで戦闘をしていた鬼の首がズズッと動いたかと思ったらゴトンと地面へと落ちていった。
一太刀でAランク冒険者が一瞬だけであったとしても苦戦した鬼を切り伏せたSランク冒険者ネプチューン。彼にとってはさも当たり前の事であろう、だが仮にも討伐を手伝ってもらったアグリアントは頭の中の先程までの焦りを一端は追いやり礼を言おうと視線を向けた。
いつもニコニコと自分の仲間のインディの様に穏やかそうな雰囲気を出しているだろうと思っていたアグリアントだが、そこに彼が思っていたのとは違い、先程の謎解きをしていた時のような皺を眉間に刻んでいた。
一体何を悩んでいるのか、それを礼と一緒に問いかけようと口を動かそうとするが相手のネプチューンの方が一歩速かった。
「アグリアントさん、一つお聞きしたいのですが貴方たち白象の方々は108層まで到達した、という事で間違いありませんでしたよね?」
「あぁ、そうだよ。因みに105層のボスは神殿だったよ」
「100層のボスである悪魔と同じランク6の神殿ですか。……では貴方たちはこの101層だけではなく残りの階層もたった三人で踏破してボスを倒し108層まで到達したのですよね?」
「その通りだ。確かに俺たちはその時は三人で108層まで到達する事が出来た、出来たが……」
ネプチューンの質問に対し最初の方は普通の口調で答えてはいたが、最後の方は知りすぼみするように声が小さくなっていき最後には聞こえなくなってしまった。
普段のアグリアントの自身満々の態度からは考えられないその姿をネプチューンは見逃さない。
「出来たが、何ですか?教えて下さい」
催促されるように、しかし獲物を逃さない鷹の目の様にじっとアグリアントをネプチューンの瞳は捉えていた。
やがて耐えられなくなったアグリアントはポツリポツリと語り出した。十分な情報を与えるのも案内役である自分の役割だと自分に言い聞かせながら。
「さっき俺は鬼の攻撃を受けた。それは以前潜った時も同じく鬼が出て来た時に同じような戦い方をして確実に勝ってきたからだ。だがさっきの戦いはオカシイんだ」
「オカシイというとどの点がでしょう?」
「前潜った時は鬼はあんなに強くなかった。いくら怪力自慢の鬼であったとしても片手で大盾を構えれば攻撃は十分に防げるはずだったし、前はそうやって防いでもう片方で剣を振って倒していた。だが今回は片手じゃ鬼の攻撃を防げなかった」
「単純に武具の整備不足……なんてことはないでしょうね。怪我から復帰して間もないあなた方なら、その期間に整備を頼んでいるはずですから十分な準備は出来ていたはずでしょうし」
「その通りだ。この階層は、いやこの階層からおそらくずっとモンスターが前よりも何倍も強くなっている。少なくとも俺はそう思っている」
強い意志を込めた瞳でまっすぐネプチューンの瞳を見つめ返す。
そこには先程の自身の無さげであったアグリアントではなく、いつもの自信満々な彼の姿だった。
「それはボスも含めて、という事でいいのかな?」
「間違いないだろう」
「……そうか、分かったよ。ありがとう」
Aランク冒険者ですら時には死んでしまうランク6のモンスター。事実彼ら白象の三人はそれと戦った怪我によって長期の療養を余儀なくされた。
それ以上のモンスターが出るとなると一体何が出て来るのか、それはネプチューンも分からない。
ただ一つ、彼は決心をした。
今回のクエストでの国宝は諦めなくてはならない、と。Sランクに上り詰めた自分たちがそれほどまでの危険に挑んでいるのだから、兎に角情報を優先しよう、と。
命と名誉。そのどちらが大切なのかなど考える暇も必要ないのだから。




