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思春期短編集 ~家~

5歳の時、父と母は当たり前のように別居を始めた。

一人娘である私はなぜか父親の元で育てられ、今私は12歳。

ふつうは女の生理を知る母親の方に預けられるのじゃないかと、思う。

ただ幸か不幸か、自分の体のことは学校の友達とか女の先生に相談することで、今のところどうにかなっている。

親子関係も、まあ良好だ。

父は生き生きとした社会生活を過ごしているようだ。元々繊細さとおおらかさを併せ持つ性格だから、些細なことで動揺するけれど、父なりにすぐ立ち直ってしまうし。

その父に育てられた私も、カエルの子はカエルというか、たいていの出来事を受け入れられる力は、すでに手に入れていた。


中学は地元の公立に入った。

そつなく過ごす日々は相応に幸せで、退屈に殺されるようなことはなかった。

けれど、周りの女友達にカレシが出来はじめると、自分が“女”であることがどういう事なのかが、よくわからなくなった。

学校へ行き、笑い、学び、汗をかき、家に帰る。

その循環に何かが足りないとすれば、それはきっと彩りだと思う。

たぶん、何も考えずに誰かと付き合ってみれば、なんでもなくなるんだろう。

でもきっと、学校の誰と付き合っても、またこの空っぽさを感じることになる気がする。

だって、きっと。


空は広くて、日本もなんだかんだで広くって、街もたくさんあって、いろんな人の生活があって、たくさんの夕飯の匂いがあって・・・だけど、ずっと窮屈なんだ。


その現実に気付いたものの、私は受け入れることがうまくできなかった。

深みにもはまらないが、抜け出すこともできない。

苦しくもないが、すっきりもしない。

そんな、足に絡んだままの草を真剣に外そうともせず、「何だこれは?」と、しげしげと観察するような思考を3ヶ月ほど続けていた。

そんなある日、私は本屋に入った。

もはや平積みにされたタイトルたちに期待は持てなかった。

ただ、何となしに、戯れに、理由もなく写真集コーナーの前を通ると、一冊の表紙に目を奪われた。


そこに写っていたのは、ただ一軒の、近所によくあるような戸建て住宅。そして、玄関前に並ぶ、はにかんだ中にも歓びを隠せない住人たちの笑顔。

ページをめくれば、目に入る家と、その住人。

アパートの窓から狭しと顔を出し、眼下のレンズに向けて手を振る3人家族。

庭の柿の木に上った男の子と、彼と同じ高さになるように、娘に肩車をしてやる父親。それを冷や冷やしながら見守る母親。

ガレージを開け放してバイクいじりをする兄弟と、それを珍しげにのぞき込む夫婦。

軒先で呑気に茶を飲むおじいさんとおばあさん。


住人の幸せが、それを納めた家ごと、満ち潮のように押し寄せてくる。

きっと写っている人たちも、自分たちがどれほど幸せそうな顔をしているかなど、気付いていないのだろう。

自分たちの笑顔が、どれほど見る人の心をくすぐっているのかも知らないのだろう。

ああ、そして、私は羨ましい。

もし私がこの中の一枚に写っていたら、この人たちと同じくらい誰かの心を満たせられるだろうにと、とても嫉ましい気持ちになってしまう。

くっ、と呼吸を止めて心を止める。

それじゃ足りなくて、目も閉じた。

たまらず表紙に戻る。


息をはき、うっすらと瞼を開けていく。

タイトルは『家』――写真家は私と同じ姓の女性の名。


私はその写真集を、そっと棚に戻した。


我が家に帰って、父に尋ねてみたい思いも少しはあった。

だけど、それは今じゃなくていい。


枠の外から、ずっと見続ける人。

枠の外から見て初めてわかるものを、教えてくれた人。

そして、私の疑問に、ある一つの解を示してくれた人。

――その人が仮に「そう」なのだとしても、今はこれだけが確かなこと。


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