オツマミ
仕事で疲れた身体に染み渡る酒が私の楽しみである。毎日の単純な作業に、昔は飽き飽きしていたが歳を重ねるに連れて気にしなくなった。酒の肴は炙った烏賊である。コンロに火を点けて直に焼くとそれっぽく見える。赤ん坊が指をしゃぶる様に私もゲソを口に咥えた。
一人酒を楽しんだ後は気持ち良い夜の散歩に出るのが私の日課である。今宵は満月、雲ひとつ無い空に浮かぶ球体から黄金色の輝きが放たれ、私を包み込んだ。兎が棲んでいるとされている世界とはどの様な場なのだろう。私の心には穏やかな暮らしを送っている彼等の姿が映る。搗きたての餅はさぞかし旨いのだろう。涎が出てしまいそうだ。
メルヘンチックな妄想と共に歩いていると川に近付いてきた。此処で一服、煙草を取り出しマッチで点火する。川に沿って歩きながら、爽やかな煙が口から輪を描いて飛んで行く。川に映る歪んだ月と重なった。美しい光景である。
ハッキリとしない輪郭を纏う滲んだ月が私を覗き込んでいる。綺羅びやかな星達が急に川を覆い尽くした。神々しい光が辺りを照らす。目が眩むほど激しくなる灯りが私の瞳に侵入してくる。幻覚を見ているのだろう。私の眼前には純白に染まる糸が伸びていた。腰に触れて、勢い良く締め上げ始めた何かに抗う事は不可能だった。宙に浮く私は映る月に影を移した。其処には酒を豪快に呑み、自らを喰らおうとする私が居たのだ。