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悪夢と青年の過去

 またまたお気に入り登録が一件増えていまいた。さらに、初評価をいただきました。本当にありがとうございます。これからも、「Ib ~不思議な美術館~」を楽しんでいただけると幸いです。


 今回の話には、原作にはない設定が出てきます。この物語を制作するうえで必要だったので、原作のイメージを壊すことなく、私なりに新たな設定を加えてみました。この物語は、kouri様の「Ib」の二次創作であり、この物語上の新たな設定は、原作とは無関係であるということをご了承ください。

 イヴは、薄暗い小さな部屋の中にいた。後ろから、激しく扉を叩く音が聞こえる。イヴは、目の前の扉に逃げ込む。

 扉を飛び込むと、同じ部屋に出る。後ろから、激しく扉を叩く音がする。イヴは、慌てて前の扉に飛び込む。扉をいくらくぐっても、同じ部屋に出る。イヴは、気持ちが焦ってくる。

扉に飛び込むと、石膏像や絵がイヴを待ち構えていた。イヴは、後ろの扉から出ようとする。

(開かない!?)

いつの間にか、扉には鍵がかかっていた。作品たちが、じわじわとイヴに近づいてくる。イヴは、必死に扉を開けようとする。作品たちの低い呻き声が、すぐそこまで迫る。

(誰か、助けて!)


 イヴは目を覚まし、飛び起きる。飛び起きたとき、黒いコートがイヴの体からずり落ちた。イヴは、薄暗い部屋の床の上に横になっていた。

「あ、気がついたみたいね。」

 本棚の前で本を開いていたギャリーが、イヴの側に近寄る。気を失ったイヴを、ギャリーが抱えて、この部屋まで運んでくれたのだ。ギャリーは、しゃがみこむと、イヴに尋ねる。

「気分はどう?大丈夫?」

 イヴは、今見た夢を思い出す。イヴにじわじわ迫ってくる作品たち。鍵のかかった扉を開けようと必死になるイヴ。速くなる心臓の鼓動。荒くなる呼吸。夢から覚めたあとでも、抑えようのない生々しい恐怖がイヴの心に残っていた

「・・・怖い夢を見た・・・。」

「そう。かわいそうに。あんなに怖い思いしたら、仕方ないわよね。アタシ、早くここから出ることばかり考えていて、イヴのこと、気遣ってあげられなかったわ。本当にごめんなさい。」

「・・・ギャリーは悪くないよ。」

「イヴは、優しいのね。でも、アタシも少し疲れたわ。ここで、少し休んでから行きましょ。」

 ギャリーはそう言うと、イヴの隣に座る。コートを着ていないギャリーは、薄い緑のシャツ一枚だった。

「イヴってさ、もしかして、いいところのお嬢さんなんじゃない?ほら、着ている服も、上質な生地じゃない。」

 イヴは、自分の服装を眺める。自分の身につけているものが、上質なものかどうか、イヴは考えたこともなかった。

「服は、お母さんが買ってきてくれるの。」

「へー。そうなの。イヴ、大事にされているのね。」

 イヴは、静かに頷く。イヴのお母さんは、ときどき、厳しいときもあるけれど、そんなときでも、どこかに優しさがあった。イヴは、そんなお母さんが好きだった。

「ギャリーはさ、どうして、そんな言葉遣いなの?」

 イヴは、ギャリーをまっすぐ見つめる。たしかに、ギャリーの言葉遣いは、男性にしては少し妙なところがあった。イヴは、ギャリーに出会った頃から、それが疑問だった。ギャリーは、その質問に戸惑い、言葉に詰まる。

「どうしてって言われても、気がついたら、こんな話し方になっていたのよね。でも、堅苦しいよりもいいじゃない?」

「そうだね。」

 イヴは、それ以上言及しなかった。ギャリーの言葉遣いが、それほど重要な問題ではないことのように思い始めたからだった。ギャリーは、欠伸をしながら、大きく伸びをする。

「朝、早起きしてさ。今日、久しぶりの美術館だから、すごく楽しみにしていたのに、まさか、こんなことになるなんて・・・。もう、美術館はこりごりよ。」

「ギャリーはさ、普段、何やってるの?」

 イヴがギャリーに質問する。イヴが本当に聞きたかったのは、こちらの方だったのかもしれない。

「え、アタシ?アタシは、絵、描いてるのよ。そんなに、売れてないけど・・・。」


 ギャリーは売れない画家だった。といっても、絵を描いているだけというわけではなく、美術品の道具を扱う店で働きながら、絵を描いていた。

 ギャリーの家は、それほど裕福ではなかった。そのため、ろくに学校に通うことが出来ず、小さい頃から、その店で働いていた。そんなギャリーが絵を描き始めたのは、ほんの小さなきっかけだった。

 ある日、店の前で泣いている男の子がいた。男の子は、くしゃくしゃになった写真を持っていた。その写真には、ひとりの女性が写っていた。

 ギャリーが男の子に話を聞くと、それは亡くなったお母さんの唯一の写真で、なんとか元に戻して欲しい、ということだった。

 ギャリーは、悩んだ末、その写真を預かり、その写真をもとに絵を描いた。その女性と男の子が、笑顔で手をつないでいる絵を。学校に通えなかったギャリーだったが、絵を描く才能はあった。

 ギャリーは絵を完成させると、男の子に渡した。すると、男の子の顔がみるみるうちに笑顔になる。

「ありがとう、お兄さん!」

 男の子は何度も振り返り、ギャリーに手を振る。ギャリーは男の子の後ろ姿を見て、自分にも出来ることがあったんだ、と思えた。


「なんか、自分の過去を話すのって恥ずかしいわね。」

 ギャリーが、自分の髪を掻き乱しながら言う。

「ギャリーらしい話だね。ねえ。ここから出たら私の絵、描いてよ。」

「え、イヴの絵を?アタシなんかでよければ、いいわよ。」

 イヴはそれを聞くと、微笑む。そして、ギャリーのコートを腕に抱え、立ち上がる。

「そろそろ行こう、ギャリー。」

「大丈夫?無理しなくていいのよ。」

「ありがとう。でも、もう大丈夫。これ、ありがとう。」

 イヴは、ギャリーに黒いコートを手渡す。ギャリーのコートは、イヴには大きく、イヴが両腕で抱えると、裾が床についてしまう。

「ねえ。ちょっとポケットを探ってごらん、イヴ。」

 イヴは、ギャリーのポケットのコートを探る。すると、イヴの手に小さな何かが触れた。それをつかみ、取り出してみる。イヴが手を開いてみると、そこには黄色いキャンディがあった。

「それ、イヴにあげるわ。イヴがいなかったら、アタシ、ここまで来られなかったと思うから。それは、お礼よ。」

「ありがとう、ギャリー。」

 イヴは、黄色いキャンディを、そっとポケットに入れる。

「それじゃあ、行きましょうか。」


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