ウソつきたちの部屋
この物語を書いているとき、「9歳にしては、頭の回転が速いのでは?」とも思いましたが、原作がイヴを操作するゲームなので・・・。イヴが謎解きをしなければ、話が進まないのです。そういうこともあり、「イヴは、昔、お父さんとよくパズルをしていた」という設定で、イヴの頭の回転の速さをごまかすことにしました。
今回の謎解きは、みなさんも参加できるものになっていますので、先に読み進める前に、イヴと一緒に考えてみてはいかがでしょうか。
部屋の向こうは、青色の廊下だった。さっきと同じように扉の正面と右手に続いていた。右手の廊下は、すぐにそこに突き当たりが見えた。イヴは、右手の廊下を進むことにする。
廊下を進むと、壁に真っ赤な口がついているのが見えた。なんとなく、近寄り難かった。イヴは、おそるおそる近づく。
「腹減った。食い物よこせ。」
ある程度近づくと、真っ赤な口はそう言った。もちろん、美術館に来ただけのイヴは、食べ物なんて持っていなかった。
「ごめんなさい。食べ物、持ってないの。」
「なんだと!」
真っ赤な口は、そう怒鳴ると、噛み付こうと壁からわずかに飛び出してくる。距離をとっていたため、イヴはなんとかそれを避けることができた。真っ赤な口は、ブツブツと何かをつぶやき、床に唾まで吐いた。
(どうも、こっちじゃないみたい・・・)
仕方なく、イヴは元の場所まで戻り、正面の廊下を進む。イヴは廊下を進むとき、先ほどの廊下での出来事を思い出し、真ん中を歩くようにした。
ガラガラガラ!
ギャー!
案の定、壁からさっきと同じ乾いた腕が出てきた。慣れてきたのか、イヴは驚いたものの、その腕に対する恐怖はなくなっていた。
廊下を進むと、廊下は左右に分かれていた。どちらの廊下も、すぐに扉が見えていた。とりあえず、イヴは左の方に進む。扉の前までくると、表札のようなものがあった。イヴは、それを読んでみる。
『ウソつきたちの部屋』
(嘘つき、ね。)
イヴは、そのことを肝に銘じて扉を開ける。扉の向こうの部屋には、緑に茶色、青に赤、黄色、そして白の服を着た合計6枚の肖像画が飾られていた。正面には扉もある。
「ようこそ。ようこそ。よく来たね。」
どこからか声が聞こえてくる。絵がイヴに話しかけてきたのだ。イヴも慣れてきたのか、絵が話しかけてきたんだな、ということは分かった。ただ、一体どの絵が話しかけてきたのかまでは分からなかった。
「この先に鍵はないよ。」
「だから、僕たちの話をよーく聞いてね。」
「みんな、君のために教えてあげるよ。」
「鍵のありかを。」
「さあ、私たちに尋ねてごらん。」
そこまで、一斉に話すと絵たちは急に黙り込んだ。
(尋ねてごらんって、みんな嘘つきなんでしょ?話を聞いても、意味ないよ。)
とりあえず、「この先に鍵がある。」ということは分かったので、扉の向こうに行ってみることにする。扉をくぐると、そこには男性の石像が立っていた。
(あの石像、動かないよね・・・)
イヴは、石像に気を配りながら鍵を探し始める。床はちょうどチェス盤のように、白と黒のタイルが交互に組み合わさっていた。
「ひとり、仲間はずれがいる。」
どこからか低い声が聞こえる。イヴは、石像の方を見る。実際に、石像がそう口にしたのだが、イヴが石像を見たときには、石像は黙り込んでしまっていた。
(仲間はずれ?もしかして、さっきの部屋に、正直者がいるってことかな。)
どうやら、この部屋に鍵は落ちてなさそうなので、イヴは、先ほどの様々な色の服を着た肖像画たちの部屋に戻ることにする。正直者がいるのなら、なんとかなるかもしれない。イヴはそう考えた。
イヴは、さっきの部屋に戻る。部屋に戻ると、さっそく絵たちに話を聞いた。
「石像の正面に立って、西に3歩、次に南へ1歩。そこが正解。」緑の服はそう言った。
「石像の正面に立って、東に4歩、次に北へ2歩。そこが正解。」茶色の服はそう言った。
「白い服が言っていることは、本当だよ。」黄色の服はそう言った。
「本当のことを言っているのは、緑の服だけだよ。」青い服はそう言った。
「石像の正面に立って、東に2歩、次に南へ2歩。そこが正解。」白い服はそう言った。
「黄の服に同意!」赤い服はそう言った。
イヴは、話を整理する。幸いにも、イヴは昔、お父さんに似たようなクイズを出されたことがあった。だから、この手のクイズで大事なのは、「誰が本当のことを言っているのか」だということも知っていた。
正直者はひとりだけ。それはつまり、「白い服が言っていることは本当だ。」と言っている黄色の服は、嘘つきということになる。もし、黄色の服が正直者ならば、白い服も正直者となり、正直者が二人になってしまう。
同じように、「本当のことを言っているのは、緑の服だけ。」、「黄の服に同意。」と言っている青い服や赤い服も、嘘つきということになる。そして、その嘘つきたちに、「正直者だ。」と言われている白い服や緑の服も嘘つきということになる。
(ということは、正直者は茶色の服の人だ。)
イヴは、扉をくぐり部屋に入ると、石像の前に立つ。
(東に4歩、北に2歩、と)
イヴはしゃがみこみ、そこにあるタイルを探ってみる。すると、小さな隙間があった。イヴは、なんとか隙間に指を入れ、タイルを剥がしてみる。そこには、鍵が置かれていた。
(やった。)
イヴは、鍵を握り締める。
ビリリ!ビリリリリ!バリバリ!
部屋の外から、何かが割かれる音が響いてくる。イヴは、ゆっくり立ち上がると扉に向かう。そっと扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
先ほどの部屋の様子とは随分変わっていた。辺り一面に赤い絵の具が撒き散らされ、肖像画たちにも、赤い絵の具が飛び散っている。肖像画たちは、いつの間にか、みんなナイフのようなものを握っていた。茶色の服を着ていた人の絵だけ傷だらけであり、赤い絵の具で何も見えなくなっていた。
「うそつき!」
「うそつき!」
「うそつき!」
「うそつき!」
「うそつき!」
声が何重にもこだまする。イヴは鍵を握り締めたまま、急いで部屋を出る。部屋を出ると、まっすぐ廊下を進み、扉の鍵を開ける。
その部屋には、いくつもの木があった。近くで見ると、これも作り物のようだったが、一体何で出来ているのか、イヴにはよく分からなかった。真ん中にある木にだけ、真っ赤なリンゴが実っていた。
イヴがその木に近づくと、リンゴが落ちてきた。イヴはリンゴを拾う。本物のリンゴそっくりだったけれど、イヴは本物のリンゴよりも少し軽いような気がした。
(これでも、大丈夫かな?)
イヴは、部屋を出る。来た道を戻り、真っ赤な口があるところまで戻ってきた。
「腹が減った。食い物よこせ。」
「うん。これ、あげるよ。」
イヴは、さっき手に入れたリンゴを真っ赤な口の前に差し出すと、口の中に投げ入れる。真っ赤な口は、投げ出されたリンゴをうまく頬張ると、バリバリという音を鳴らして食べ始めた。
「うまかった。おまえ、気に入った。ここを通す。俺の口の中、くぐっていけ。」
真っ赤な口はそう言うと、下唇が床につくほど大きく口を開いた。ちょうど、イヴが通れるくらいになった。イヴは、目を凝らしてみるけれど、暗闇になっていて先が見えなかった。
(食べられたりしないよね。)
イヴは、意を決して口の中に飛び込んだ。口の中は、奥まで続いているようだった。奥のほうが赤く光っていた。イヴは少し早足で進んでいった。
しばらく進むと、赤い廊下に出た。右手に続いており、奥には階段が見えた。イヴは右手に進んでいく。
イヴは廊下を進んでいると、壁にかかっている大きな絵が気になってきた。廊下の壁にかかっている絵は、ギロチンの絵だった。ギロチンの刃が中途半端に上がっている絵だ。前にも後ろにも、同じような絵が続いている。
(これも作品なのかな・・・)
イヴは、壁の絵を見ながら廊下を進んでいく。すると、あることに気がついた。
(だんだん刃が上がってきているような・・・)
最後の一枚は、ギロチンの刃が絵から消えてしまっていた。絵にはギロチン台だけが描かれている。
イヴは、咄嗟に上を見上げる。すると、高い天井の暗闇の奥で鈍く光る物体があった。その物体は、まるでイヴの存在に気がついたかのように、大きな音を立てると、徐々に速度を上げて落下してきた。
イヴは、叫びながら走り出す。階段を飛び降りると、ギロチンが鈍い大きな音を立てて落下してきた。床が壊れ、その破片がイヴの背中に飛んでくる。イヴは、振り返ることなく、階段を駆け下りる。
階段が終わると、イヴは廊下の曲がり角の陰に素早く隠れ、壁に寄りかかる。呼吸を落ち着かせようと、何度も深呼吸するけれども、上手くいかない。
どこまで進んでも、ひとりぼっち。誰も助けてくれない。進んでも進んでも、出口が見えない。誰もいない。イヴは、ひとりでよく頑張っていた。けれども、度重なる試練を越えてきた小さなイヴの心は限界だった。今受けたショックで、イヴは込み上げてくる感情を抑えることができなくなった。
「お父さん、お母さん―」
イヴは座り込み、少しの間だけ泣いた。誰もいない美術館で、一人で泣いた。イヴのすすり泣く声が、静かに響いた。