ともだちのつくりかた
原作「Ib」のこの場面、泣けます。まだプレイしてない方は、ぜひプレイしてみてください。
約束通り、前書きは控えめにしました(笑)。
「ここまでくれば、大丈夫かな。」
イヴは振り返って、後ろを確認する。青い鬼は、もう追ってこないようだった。足が疲れきっていて、鉛のように重い。これ以上走れそうになかった。呼吸が荒い。
「イヴ、どうしてあんな無茶したの!?」
ギャリーが、険しい表情でイヴを叱りつける。悪いことをしたときに、お母さんが出すような声だ。
「ごめんなさい。でも、こうしないとギャリーが、ギャリーが・・・。」
そこまで言うと、イヴは言葉に詰まった。声が震えていた。
怖かった。ギャリーがいなくなると考えると、自分だけ取り残されるような気がして。心が悲しみに溺れるような予感がして。イヴはいてもたってもいられなくなった。イヴは、こぼれそうな涙を一生懸命こらえる。
「・・・たしかに、イヴの言う通りね。アタシ、イヴに助けられたわ。でも、忘れないで。アタシだって、イヴがいなくなるのは、辛いんだから。」
ギャリーがそっとイヴを抱きしめる。イヴは、少しの間だけ小さく泣いた。
「さて、これからどうしましょ―。」
イヴが落ち着くと、ギャリーが道の先を見ながら言った。二人は、道の端っこで座っていた。
「先に進もう。」
イヴは力強くギャリーにそう宣言した。
「そうね。先に進むしかなさそうね。」
二人は、立ち上がると歩き始めた。
歩いていると、階段が見えてきた。階段に沿って、黄色いバラが並んでいる。クレヨンで描かれたその階段は、梯子のようにも見えたけれど、ちゃんと段差があった。二人は、その階段を上る。
階段を上ると、部屋の中に出た。奥に続いているようだけれど、ツタが道を妨げていた。
「このツタ、邪魔ね。―これ、本物じゃないみたい。」
ギャリーが、ツタを触りながら言う。そのツタはクレヨンでできていた。
「この部屋の上に何かありそうね。どうしようか。」
「ライターは?」
イヴは、ギャリーが真っ暗になった部屋でライターを使っていたことを思い出して、そう提案した。
「ライターか。どうなるか分からないけど、やってみましょ。」
ギャリーがライターを取り出し、火をつける。ライターを近づけるとクレヨンでできているツタに火がつき、燃え始めた。
「やった。これで先に進めそうね!」
二人は、部屋の奥に進む。
部屋は殺伐としていた。部屋の手前には何もなく、部屋の奥には、本やスケッチブックが散乱しており、奥の壁には、真ん中が破けた絵が飾ってあった。
(あれって、もしかして―)
イヴとギャリーが部屋中まで進んだとき、慌ただしい足音が聞こえてきた。二人は振り返る。そこに立っていたのは、肩で息をし、怒りで顔が歪んだメアリーだった。
「どうして、この部屋にいるの?」
部屋の入り口の方から声が飛んでくる。疑問を口にしたというよりも、この部屋にいることを咎めているような口調だった。
「メアリー・・・」
ギャリーはメアリーが何かを手にしているのが見えた。パレットナイフだった。
「どうして、この部屋にいるの!?」
メアリーはもう一度そう言うと、大きく一歩踏み出す。ギャリーはイヴの手を取り、一歩後ろに下がる。
「出てってよ!」
メアリーの語調が強くなる。イヴもギャリーの手を強く握り返し始める。
「早くここから出てって!」
「なっ。」
メアリーの気迫に、ギャリーは押される。
「はやく、ハヤク、早く―。でていけぇぇええぇぇええぇぇええ!」
メアリーがパレットナイフを振りかざし、二人の方に向かって駆け出す。ギャリーはイヴの手を引き、額縁の掛かっている部屋の奥に駆け出す。その奥に出口はない。あっという間に追い込まれる。
(メアリーが、ゲルテナの作品なら―)
そう思い、ギャリーは咄嗟に額縁を外そうとしたが、ビクともしない。
「一体どうすれば―」
ギャリーの視線が手元に向かう。握られていたのは、銀色に光るライター。
「これしかない!」
ギャリーはライターの火をつけようとする。しかし、ライターは小さな火花を散らすだけで、なかなか発火しない。
「うそ!オイル切れ!?」
さっき、ツタを燃やしたときに使い切ってしまったのか。振り返ると、メアリーがすぐそこまで追いついていた。
「そこからはなれろぉぉぉぉ!」
メアリーがパレットナイフを振り下ろす。その先にいるのは、イヴ。
「危ない!」
ギャリーがイヴを庇うために手を伸ばす。パレットナイフはギャリーの右腕をかする。ナイフの通ったあとに、血が滲む。メアリーはそれに動じることなく、さらにギャリーにむかってナイフを振りかざす。すると、ギャリーの前に立つ影があった。
「ちょっと、イヴ!?」
ナイフを振りかざすメアリーとギャリーの間に立ったのは、イヴだった。イヴはまっすぐ、メアリーを見ている。メアリーは、構わずナイフを振り下ろそうとする。
そのとき、鋭い音が鳴った。何かを手の平で叩く音。そして、ナイフが床に落ちる音が続く。イヴがメアリーの頬を手の平で叩いたのだ。
何が起きたのか理解できず、呆然とするメアリー。そのメアリーをイヴは強く抱きしめた。
「イヴ・・・?」
「ここから一緒に出るって約束したじゃない。どうして、こんなひどいことするの?」
「だって、だってイヴがギャリーと仲良くするから―。私を見てくれないから―」
メアリーは、イヴの耳元で弱々しくそうつぶやく。
「ごめん。でも、それは勘違いだよ。私にとって、ギャリーもメアリーも大切な友達だよ。あなただけ見捨てるなんてこと、するわけないじゃない。」
「でも―。」
「メアリーだって、本当は三人一緒のほうがいいでしょ。」
『びじゅつかん』にあった絵をメアリーが描いたのなら。三人が仲良さそうに笑っている絵をメアリーが描いたのなら。メアリーは、本当は三人で脱出することを望んでいるはずだ。イヴはあの絵を見たときに、そのことに気がついた。
メアリーの目が涙であふれる。溢れた涙が頬を伝わり、イヴの肩に落ちる。メアリーはイヴに抱きつき、大声で泣いた。
ギャリーは、ホッと安堵の溜息をつく。ふと床に散らばっている本が目に留まる。ギャリーは、「ともだちのつくりかた」と書かれた本の隣にあった本を開く。そこには、幼い字でこう書かれていた。
みんなは おきゃくさまをよんで いっしょにくらすのがすきだけど
わたしは じぶんがでかけていって そのままそとでくらしたい
でも わたしがぬけるには そとのだれかといれかわらなきゃだめみたい
はやくだれかこないかなぁ はやくだれかこないかなぁ
(そういうことだったのね。でも、このままだと、メアリーは―。 )
ギャリーは、本を閉じると、イヴに気付かれないように、そっと本を床に戻した。
「仲直り、した?」
ギャリーがメアリーにそう尋ねる。メアリーは涙を拭い、頷いた。
「ギャリー、血が出てる―」
イヴがギャリーの右腕に流れる血を見つけた。
「あら、ほんと。さっき切れたんだわ。まぁ、これくらい大丈夫よ。」
すると、イヴはポケットを探り始める。取り出したのは、誕生日に買ってもらった、レースの白いハンカチ。
「あら、ハンカチ。使っていいの?」
イヴは頷く。ギャリーはハンカチを血の出ている部分に結びつける。
「これ、本物のレースじゃない。なんか、汚しちゃうの、忍びないわ。もう手遅れだけど・・・。」
ギャリーが、結んだハンカチを見てそう言うと、イヴが笑った。それを見たギャリーとメアリーもつられて笑う。しかし、メアリーの表情は、どこかぎこちなかった。
「ま、いいや。せっかくだから借りとくわね。ありがとう、イヴ。」
ギャリーは、部屋の出口を見る。
「さて、それじゃあ行きましょうか。出口はどこか分かる、メアリー?」
「ごめんなさい。それは、私も知らないの。」
「ううん。謝ることないわよ。今まで通り、先に進んでいきましょ。」
ギャリーはそう言うと、イヴとメアリーに手を差し出す。メアリーは、差し出されて手をどうするべきか、迷っていた。
「私とつなごう、メアリー。」
イヴがそう言うと、メアリーは頬を緩ませ、イヴの手を掴んだ。三人は、イヴを真ん中にして、横一列に歩き出した。




