イヴと赤いバラ
今回の作品では、初の試みが満載です。一つ、第三者視点で物語を進める。一つ、擬音語を使用する。フリーゲームが原作であるということもあり、ゲームをしている感覚に近づけようと、そのような試みをしてみました。
イヴと一緒にハラハラしてもらえれば幸いです。
暗い廊下。そこに飾られている赤と青の背景の似たような絵が左右対称に飾られている。その絵の間で、イヴは倒れていた。
「うーん・・・。」
イヴが意識を取り戻す。微かに開いたイヴの目にも、薄暗い廊下の床が映る。イヴは体を起こす。薄暗いためか、空気が冷たく感じる。
(ここは?)
たしか私は、足跡をたどっていて、水の中か何かに落ちたような―。イヴは、気を失う前のことを微かに思い出していた。暗く冷たい水の中を、静かに沈んでいったような気もしたけれど、よく覚えていない。
イヴは立ち上がる。赤い絵の飾ってある方と、青い絵の飾ってある方、どちらに行こうか。イヴは、なんとなく赤い絵の飾ってある方に歩いていく。
しばらく歩いていると、扉があった。扉を開けようとするけれども、鍵がかかっているのか、開かなかった。よく見ると、扉には鍵穴がついていた。仕方なく、イヴは引き返し、今度は青い絵の飾ってある方に進む。
歩いていると、赤いバラがささっている花瓶があった。イヴは、花瓶の下に紙が挟まっているのを見つけた。花瓶を倒さないように紙を引き抜き、そっと開く。
持っておいき イヴ
このバラは あなたと――
このバラが―ちるとき あなたも―ち―てる
ところどころ、イヴには読めないところがあった。意味はよく分からなかったけれど、持っていったほうがいいと感じたイヴは、赤いバラを花瓶から抜き取った。左手に扉があったので、イヴはドアノブに手をかける。今度の扉は鍵がかかっておらず、簡単に開いた。
中に入ると、なんにもない部屋の真ん中に赤い鍵が落ちていた。正面には、目を閉じた女の人の肖像画が飾られていた。
(あの鍵、もしかしたら、あの扉のものかも―)
イヴは、おそるおそる部屋の真ん中に進む。鍵のあるところまでくると、イヴは周囲を警戒しながらしゃがむ。何も起きない。イヴは鍵を手にする。
グシャ!
何かが潰れるような音が聞こえた。咄嗟に前を見る。イヴは、息を呑む。目を閉じていた女の人の絵が、大きく目を見開き、不気味な笑みを浮かべている。イヴは急いで部屋の外に飛び出す。廊下に出たイヴの目に映ったのは、廊下一面に広がる赤い文字。
かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ
イヴは、廊下を駆け出す。廊下の反対側にある扉に向かって、一目散に駆け出す。鍵を握り締めた手が痛む。
鍵のかかった扉の前までくると、イヴは慌てて鍵を鍵穴に入れ、思い切り回す。カチャ、という音がすると同時に、イヴは扉を押し開ける。素早く小さな体を狭い隙間に滑り込ませると、すぐさま扉を閉める。大きく息を吸い込み、吐き出す。
(もう、大丈夫かな―)
だからといって、イヴには再び扉を開けて、外を確認する勇気はなかった。イヴは、先に進むことにする。
扉の向こうは、緑色の廊下が続いていた。正面と右手の二手に分かれていた。右手には、絵が飾られていた。クモにチョウ、ハチなど、細かいところまで繊細に書かれている虫の絵が飾られていた。
「ねえ。この絵、どう思う?」
イヴは、突然の声に身を震わせ、慌てて周囲を見渡す。ようやく人の会えた、と淡い期待をした。
「ここだよ。ここ。」
何度も呼びかけられるけれども、姿が見当たらない。視線は感じるけれども、姿が見えない。イヴのわずかな希望が、だんだん不安に変わってくる。
「君の足元。」
イヴは、足元を見る。よく見ると何かいる。とても小さい、黒い点がイヴの足元でわずかに動いている。イヴはしゃがんでみる。そこにいたのは、紛れもなくアリだった。
「ねえ、ここに飾ってある絵、どう思う?」
アリがしゃべっている。イヴは、小さい頃にお母さんに読んでもらった物語を思い出していた。そのお話では、しゃべるネコやイモムシ、ウサギが出てきていた。イヴは、そのお話が好きだったけれど、実際にしゃべるアリに会ってみると、なんとも不思議な感じがした。
「どう?そうだなあ、上手だと思うよ。」
「僕の絵は、もっとカッコイイんだよ。だけど、僕の絵、少し遠いところに飾ってある。ねえ、お願いだよ。僕の絵、取って来てくれないかな?」
アリにお願いをされたイヴ。お話の中だと、こういったお願いを聞いてあげることが普通だ。イヴは迷ったものの、アリのお願いを受けることにした。
「ありがとう。僕の絵は、むこうの廊下をまっすぐ行ったところにあるからね。はしに気をつけて。」
イヴは、アリの言われた通り、イヴが入ってきた扉から見て正面の廊下を進む。
ガラガラガラ!
ギャー!
壁が崩れる音と一緒に、澱んだ叫び声が廊下に響き渡る。イヴは咄嗟に声の聞こえた方と反対の壁に張り付く。穴のあいた壁からコゲ茶色の乾いた腕が伸びていた。
イヴは呼吸が乱れる。しかし、イヴはなんとか落ち着きを取り戻した。そして、アリが言っていた言葉を思い出していた。
―はしに気をつけて―
(あれは、「端」を歩くなってことだったんだ。)
イヴは、そう判断すると壁から出ている腕を避け、廊下の真ん中を歩くようにした。
ガラガラガラ!
ギャー!
ガラガラガラ!
ギャー!
イヴの思った通り、廊下の「端」から次々と乾ききった腕が伸びてきた。腕が伸びてくるたびに、イヴは立ち止まったけれど、すぐにまた歩き出した。
廊下の突き当りを右に曲がると、アリの絵が見えてきた。アリの絵も、先ほど見た虫の絵と同じように細かいところまで描かれていた。ただ、アリの絵も他の虫と同じ大きさで描かれていたので、さらに細かいところまで描かれていて、イヴには、このアリの絵は虫固有の気味の悪さが誇張されているような気がした。
アリの絵の隣に扉があった。イヴは念のため、扉を開けようとするけれども、やっぱり扉には鍵がかかっていた。仕方なく、アリの絵の前まで戻る。
(この絵、外せるかな?)
イヴは、背伸びをすると、絵の額縁に手をかける。すると、簡単に絵を壁から外せた。
(これを、あのアリに見せればいいんだよね―)
イヴは、絵を抱えるようにして、来た道を引き返していった。相変わらず、廊下の壁からは乾いた腕が伸びていて、あてもなく宙をフラフラ漂っていた。イヴは、その腕に触れないように慎重に進んだ。
(まさか、飛び出してこないよね―)
イヴは急に心配になった。しかし、何事もなくイヴは無事に廊下を渡り切った。
「あっ、僕の絵取って来てくれたんだ。」
アリの声が聞こえる。イヴは、まずアリの姿を探し、アリを見つけると、抱えていた絵をひっくり返し、アリに見せた。
「やっぱり、いつ見ても、カッコイイ。うっとり。」
イヴは、アリの次の言葉を待った。イヴの考えでは、次にアリが鍵の場所を教えてくれるか、もしくはなにかヒントのようなことを教えてくれるはずだった。
しかし、いくら待っても、アリは鍵の場所を教えてくれなかった。
「あの、私、向こうの扉の鍵を探しているんだけど―。」
やはり、返事はない。絵に見とれているのかと思ったイヴは、ちょっと絵をひっくり返してみる。しかし、それでも反応がなかった。
(どうしたらいいの?)
イヴが途方に暮れていると、廊下の奥に扉があるのを見つける。アリの絵を床に置き、扉に向かう。今度の扉は鍵がかかってなかった。
部屋の中に入ると、部屋の真ん中に、大きな溝があった。おそらく、イヴが勢いをつけて飛んでも、届くかどうか分からないくらいの大きな溝だった。溝の向こうには、扉が見える。
(思い切って、飛んでみようかな。)
しかし、イヴには、溝が深さは決して浅くはないように思えた。そう考えると、イチかバチかの方法はあまりしたくなかった。もっと、安全に、確実に渡れる方法が欲しかった。
(待って。もしかして―)
イヴは、部屋を出る。廊下に出ると、床に置いてあるアリの絵のところまで行き、抱える。アリになにか文句を言われるのではないかと、少し心配したけれど、アリは何も言わなかった。イヴは、その絵を大きな溝のある部屋まで運ぶ。
(これをこうして―)
イヴは、アリの絵を溝の上に置いてみる。すると、見事に向こう側につながる橋になった。イヴは、そっと足を乗せてみる。どうやら、大丈夫そうだ。
(やった。これで渡れる。)
イヴは落ちないように、慎重に絵の橋の上を歩く。無事に渡り終えると、イヴは、ホッと胸を撫で下ろす。扉に手をかけると、簡単に開いた。
扉の向こうは、また廊下だった。しかし、今度はそんなに長い廊下ではなく、すぐに突き当りになっていた。廊下の突き当りには、赤いドレスを着た、首から上のない石膏像が置いてあった。ゲルテナ展覧会にあった、『無個性』という作品、そのものだ。その石膏像の前に、鍵が落ちていた。
(鍵だ。)
イヴは、鍵のあるところまで駆け寄り、鍵を拾う。すると、重い音が聞こえてくる。イヴは顔を上げる。イヴには、石膏像が揺れているように見えた。
(まさか・・・)
ちょうどイヴが立ち上がったとき、石膏像が下ろしていた両腕を前に出した。右足、左足と交互に足を動かし、イヴに向かって襲いかかってくる。イヴは、身を翻し、扉に飛び込む。
部屋に入ると、すぐにイヴは絵の橋に足をかける。早く渡って、絵をはずしてしまおうと考えていた。後一歩で渡りきる、というところで、背後から扉の開く音が聞こえてくる。石膏像が扉を開け、部屋に入ってきたのだ。
イヴは、絵の橋から飛び降りる。絵をはずそうと思い、振り返るけれども、石膏像はすぐそこまで迫っていた。時間がなさそうだった。イヴは、絵をはずすことを諦め、部屋の外に出た。
ガラガラガラ・・・ガシャーン!
部屋の外に出た瞬間、背後から陶器のようなものが割れる音が聞こえてきた。さっきの部屋からだ。
(そうか。重すぎて、絵が耐えられなかったんだ。)
その通りだった。まだ子供のイヴの体重には耐えられた絵ではあったが、石膏像はあまりにも重かった。石膏像の重さに耐えられなかった絵は破れ、石膏像とともに溝の奥に消えていった。
「あれ、僕の絵は?」
ようやく我に返ったらしいアリが、イヴに尋ねてきた。もちろん、彼は自分の絵が暗闇の底に落ちていったことは知る由もない。
(アリさん、ごめんなさい。)
イヴは、アリの質問に答えることなく、早足で鍵のかかった扉に向かっていった。
気味の悪い腕は、相変わらず壁から突き出していたけれど、さすがにイヴも慣れたのか、さっさと通り過ぎていった。鍵のかかっている扉の前まで来ると、イヴは鍵穴に鍵をさす。カチっという音が聞こえる。イヴは、そっと扉を押した。