心壊
今更ですが、「Ib ~不思議な美術館~」、長いですね。今日投稿してみて、「まだ、ここなんだー。」と思ってしまいました。
さてさて、今回の話はかなり工夫をこらしました。この物語が終わるまで教えることはできないのですが、さりげない伏線もいくつか張っています。
Ibたちの冒険は、まだまだ続くと思いますが、最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
「遅いわね。やっぱり、二人だけで行かせるんじゃなかったわ。」
石のツタの前で待っていたギャリーは、なかなか戻ってこないイヴとメアリーのことが心配になってきた。ギャリーは、石のツタの隙間から顔を覗かせる。二人が戻ってくる気配はない。
「イヴ!メアリー!いるなら、返事して!」
ギャリーは、耳を澄ませる。二人の返事はない。
「どこに行ったのかしら?」
すると、二人の声の代わりに、小さな笑い声が聞こえてきた。小さい声は幾重にも廊下に響き渡った。
―出口なんてない 理由なんてない―
「え?」
声が聞こえたかと思うと、急に笑い声がやんだ。薄暗い廊下に、再び静寂が戻る。ギャリーは、後ろを振り返る。声はそちらから聞こえたように思えた。振り返ると、先ほど鍵を拾った扉が見える。
「もう一度、あの部屋を調べてみようかしら。―あまり、入りたくないけど。」
ギャリーは、扉の前に立ち、扉に手をかける。そっと押すと、扉が音も立てずに開く。ギャリーが部屋に入ると、赤色の目をもつ生き物の絵とその絵に描かれているものと同じ置物が端のテーブルに並んでいた。ギャリーは、正面の絵に近づき、タイトルを見る。
『赤色の目』
「アタシには、どう見てもこれがカワイイとは思えないんだけど。」
ギャリーの目の前にある絵には、真っ赤な目をした青い鬼が画面いっぱいに描かれている。大きく開けた真っ赤な口が禍々しい。両端のテーブルにも、おなじように真っ赤な目をした青い鬼の置物が並んでいる。ギャリーは、それを見ていて、さっき読んだ本の一節を思い出していた。
あまりに精神が疲弊すると そのうち幻覚が見え始め
最後は壊れてしまうだろう
そして 厄介なことに
自身が『壊れて』いることを 自覚することはできない
(まさか―)
すると、小さな笑い声がいくつも聞こえてきた。両端のテーブルに座っている青い鬼が次々としゃべりだした。
―どっちが正しいのかな?どっちが間違ってるのかな?―
―それとも、どっちも間違ってるのかな?―
―選びなよ。選びなよ。けれど、そこに出口はないよ―
―理由なんかない。だから、考えちゃダメだよ―
―選びなよ。選びなよ。けれど、それは正解じゃない―
「一体、なんなのよ!」
ギャリーが叫ぶと、急に周りが静かになる。青い鬼の置物も、静かにテーブルの上に座っている。ギャリーは、頭を抱える。まさか、アタシは―
「早く、ここから出なきゃ。」
ギャリーは、部屋の奥にある本棚に近づく。すると、本棚の裏に穴が空いているのが見えた。
「あら、こんなところに通り道がある。なんで、気がつかなかったのかしら。」
ギャリーは、本棚を動かす。しゃがめば、なんとか通れそうな大きさの穴だった。ギャリーは、這いつくばりながら、なんとか穴を通った。
穴を通ると、扉が見えた。扉に手をかけてみるが、鍵がかかっているようだった。けれども、鍵穴はない。ギャリーは辺りを見渡す。地面に、三角の溝があった。
(ここに、なにかはめ込むのかしら?)
ギャリーは、その溝にはめ込むものを探す。すると、天井から五本の紐が吊り下がっているのが見えた。
「いかにも、罠って感じがするんだけれど・・・。」
しかし、この部屋には他に何もなかった。この紐を引くしかなさそうだった。ギャリーは、一番右の紐に手をかける。意を決すると、ギャリーは思い切り紐を引く。
ドサ!
ギャリーは、飛び上がりそうになるのを堪え、音のした方を見る。そこには、赤い目をした青い鬼の人形が落ちていた。赤い絵の具のようなものが周囲に飛び散っていた。
「・・・ホント、こういうのやめてよね。」
気を取り直し、ギャリーは右から二番目の紐を握る。一度、大きく深呼吸をしたあと、思い切り紐を引っ張る。
「・・・あら。何も起きないのかしら?」
ギャリーはしばらく待ったが、何も起きなさそうだった。仕方なく、ギャリーは真ん中の紐を掴む。
ドン!
鈍い音がする。ギャリーは、後ろを振り向く。いつのまにか、三角柱の青いブロックが現れていた。紐はまだ引っ張ってなかった。
(なに?まさか、いまさら仕掛けが作動したとか?)
ギャリーは、突然の出来事に首をひねりながらも、ブロックに近づく。溝にぴったりはなりそうだった。ギャリーは、そのブロックを溝にはめると、ブロックがわずかに沈み、扉が開く音がする。ギャリーは扉をくぐる。
ギャリーが左から二番目の紐を引っ張ったとき、仕掛けは作動していた。だた、仕掛けは別の場所で作動していた。
「あれ?あの絵、動いてない?」
メアリーが指差す。イヴが、そちらを見ると、たしかに溝のあるところの壁で、瞬きをしていた絵が徐々に下に降りてきた。やがて、溝の上まで降りてきて、溝を塞いだ。二人は、その絵に近づく。
「ねえ、ここ、通っていいかな?」
メアリーが絵に問いかける。絵は、二人の方を見ると、静かに目を閉じる。
「いいって!やったね!」
メアリーはそう言うと、絵の上を通り、溝の向こう側に渡る。イヴも、「ごめんなさい」と謝りながら、おそるおそる溝を渡る。
「ねえ。これ、なんだと思う?」
イヴが、溝をようやく渡りきると、メアリーが、三角柱の青いブロックを見下ろしていた。
「押してみる?」
「えー?押してどうするの?」
イヴは、メアリーが笑っている横でブロックを押してみる。何かのスイッチかとも思ったけれども、ブロックは移動するだけで何も起きなかった。
「あ!」
押しすぎたのか、ブロックは溝に落ちていった。イヴは慌てて溝から離れる。
「あーあ。落ちちゃった。」
メアリーが、溝を覗き込んでそうつぶやいた。その様子を見ていて、イヴは思わず笑ってしまう。
「なに?何がおかしいの、イヴ?」
「ごめん。メアリー、あの子に似てるなって。ほら、白いウサギに誘われて、不思議な世界に迷い込む、あの物語の主人公だよ。」
さっき、メアリーが絵に話しかけていた様子など、まさしくその物語そのものだった。さらに、メアリーの緑のドレスが、その主人公の格好を思わせるものだった。イヴは、懐かしさのようなものを感じ、つい笑みがこぼれてしまったのだ。
「ふーん。それより、先に行こうよ。」
メアリーはそう言って、イヴの手を取り、先に進む。メアリーの反応を期待していたイヴは、メアリーが何の反応も示さなかったことに、少しだけ落胆した。