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愛の波長器

作者: 吉沢 潤

 喫茶店の片隅で、片桐は新聞を広げながら、のんびりとコーヒーを飲んでいた。土曜日の午後となると、店内もかなり込んでいる。隣のテーブル席に座っている若いカップルが、さきほどから少し大きめの声で言い合いを始めた。

 「ほんと、あなたって鈍感ね!」

 高木美由紀は腹を立たしそうに言うとソッポを向いた。

 「そこまで言わなくってもいいだろ」

 木村祐介が弱々しい声で言うと、美由紀はキッと睨みつけるようにして、怒りをぶつけた。

 「だって信じられない。私の誕生日を忘れるなんて、最低!絶対にありえないわよ。あなたの愛情を疑うわ」

 「だから、さっきから何度も謝っているじゃないか」

 木村の方も美由紀のしつこさに段々と腹が立ってきた。

 「少しくらい謝ったからといって、許される問題じゃないわ。年に一度の誕生日よ。その日しかないのよ。それが女の子にとって、どれほど大切な日なのか、ちっとも分かっていないでしょ」

 「分かっているよ。でも忙しくて忘れることもあるじゃないか」

 木村が反発するように言ったが、美由紀には聞こえていないも同然だった。

 「そんなことは絶対にないわ。私に愛情がないから忘れても平気なのよ」

 美由紀の怒りは一向に収まりそうになかった。ここで精一杯怒っておかなければ、誕生日のプレゼントがランクアップしない。それを見越して、執拗なくらいに木村を責めているのだった。

 「もういいよ。プレゼントは明日渡すから、それでいいだろう。僕は用事があるから先に行くよ」

 これ以上とやかく言われたくないので、木村はさっさと席を立って出て行った。

 「何よ、もう…ちっともやさしくないんだから」

 美由紀がその後姿を見ながら、頬を膨らませた。

 男が店内から出て行くと、片桐は腰を上げて、ゆっくりと美由紀の向かいの席に移った。片桐は60歳前なのだが、深く刻み込まれた皺のせいか、70歳すぎに見える。しかし笑うと中々愛嬌があり、やさしそうな感じがした。

 「彼と喧嘩ですか…若い人は元気があっていいですなあ」

 片桐は笑顔を浮かべながらなれなれしそうに話し掛けたが、美由紀は怪訝そうな眼差しを向けただけだった。

 「別に怪しいものではありませんよ。お二人のお話が耳に入ってきましてね。あなたが彼の愛情を疑っているようでしたから、もしもお望みなら、一度計測して差し上げようかと、老婆心ながら考えましてね」

 片桐は警戒心を抱かれないようにできるだけ穏やかな口調で言ったが、美由紀は疑わしそうな目をするだけだった。

 「申し遅れましたが、私はこういう者です」

 片桐は名刺を取り出して、美由紀に手渡した。

 その名刺には、人間波長研究所所長、片桐徹、と印刷されていた。

 美由紀は名刺と片桐の顔を交互に見比べながら、人を騙したり、悪いことをするような人ではなさそうだと思った。

 「私が発明したこの器械で、彼のあなたへの愛情を測ることができるのです」

 片桐はバッグからビデオカメラのような形をした器械を取り出した。

 「なあんだ、普通のビデオカメラじゃないですか」

 美由紀は愛情を測る器械と聞いて興味津々だったが、バッグから出された物を見てがっかりした。

 「そのように見えるでしょう。実はこれが人間波長測定器なんですよ」

 片桐は自慢そうに言いながら、いとおしそうに何度も器械を撫でた。

 「そんなもので本当に愛情が測れるのですか?」

 美由紀はとても信じられないような顔をした。

 「ええ、もちろんです。完成したばかりで、今は試験段階ですが、結果は良好ですよ。私も若いころはいろんな女性と付き合いましたが、そのたびに裏切られましてね。私が愛しているように、相手の女性からも愛されていると信じていたんですが…それでよく騙されて、散々苦労しましたよ。もしも相手の愛情を測れる器械があれば、騙されることもないだろうと考えましてね。それからというもの研究に研究を重ねまして、ようやくこれが完成しましたよ。三十年ほどかかりましが…」

 片桐は器械を掲げて見せながら、自嘲気味な笑いを浮かべた。

 「その器械があれば、彼からどのくらい愛されているのか分かるのですか?」

 美由紀はやはり疑わしそうな目を崩さなかった。

 「そうです。これで測れば彼の愛情の深さがはっきりと分かります」

 片桐はそう言うと、器械の横の部分を開けてモニターを出した。

 「普通のビデオカメラですと、ここに映像が映りますが、これはその人間が発する愛情の波長を映し出します。これで測定すれば、彼がどのくらいあなたに愛情を抱いているのかはっきりと分かりますよ。測定してみますか?無理にとは言いませんが…」

 片桐は口元を綻ばせながら言った。

 「そうですか…」

 美由紀は半信半疑のように首を傾げた。

 「いいですか、よく見て下さいね。今電源を入れますから」

 片桐は電源を入れると、テーブルを一つ挟んだカップルに器械を向けた。

 「ここを見て下さいね」

 そう言って、器械の横についているモニターを指差した。

 「ここに波形が出ているでしょう。それで愛情を測るのです。男も女も愛する人と一緒にいると、体中から愛という波長が出てくるのです。それをこの器械で測定するのです」

 「赤、青、緑の三種類の波形がありますけど…」

 美由紀がモニターを覗き込みながら言った。

 「ええ、愛情を示すのが赤の波形です。青は怒り、緑は悲しみの大きさを表しています。怒りや悲しみも体中から独特の波長が出ますので、それをこの器械が感じ取るのです。うれしさとか楽しさは、まだうまく波長を捉えることができません。これが難しくてね…だからとりあえずは愛と怒りと悲しみだけを測定できるこの器械を作り上げたのです。愛情を測る場合は赤の波形をみるのです。あの男が今彼女に抱いている愛情は…」

 片桐は波長の動きと数値を見るために、老眼鏡を掛けなおした。

 「70ですね。波長の高さが70のところまで上がっているでしょう。わかりますか?」

 片桐はモニターの波長と数値を美由紀に指で示した。

 「ええ」

 美由紀は真剣な眼差しでモニターを見て頷いた。

 「今度は違うカップルを見てみましょうか」

 片桐は別のカップルに器械を向けた。

 「あの女性の愛情は45ですね。分かりますか?」

 「ほんとだ、おもしろい」

 美由紀が楽しそうな叫び声を上げた。

 「男の方の数値は…」

 片桐が言うと、美由紀が覗き込むようにして言った。

 「90ね。これってほとんど片思いに近いということかしら?」

 「いえ、女の数値が45ありますから、可能性はまだありますよ。20以下ですと、ほとんど可能性はありませんが…」

 「へえ、すごいですね。こんな器械、初めて見たわ」

 「とにかく世界にまだ一台しかありませんからね。もう少し実験をして、器械の数値と現実の思いとの相関性を調べたいと思いましてね。それで、あなたに声をかけたんですが…」

 片桐はどうだろうか、というような目で美由紀を見た。

 「いいわよ。もちろん無料でしょ?」

 「もちろんですよ。しかしこの実験が終われば、一件あたりいくらというように料金を決めようと思っています。うまくいくかどうかは分かりませんが…」

 「きっとうまくいきますよ。こんなにすごい器械だったら、ノーベル賞間違いなしですよ。すぐ話題になって、依頼者がぞくぞくときますよ。あっという間に大金持ちですね」

 美由紀はワクワクするように言った。

 「そうなればいいんですが…」

 片桐はあまり関心のなさそうな言い方をした。

 「ねっ、おじさん、この器械で彼の愛情を測って下さい」

 「もちろん、喜んで測らせていただきますよ」

 片桐がうれしそうに言った。

 「いつ測っていただけますか?」

 「今度あなたが彼と会う時にしましょう」

 「それでしたら多分明日になると思います。私の誕生日を忘れていた埋め合わせをしてくれるって言ってたから、夜にはきっと電話があると思います。明日会うことが決まれば電話をしますね」

 美由紀が名刺をもう一度見た。

 「分かりました。それではご連絡をお待ち致しております」

 片桐はにこやかに言うと、器械をしまって立ち去った。


 その夜、美由紀は木村からの電話を待ち続けたが、10時を過ぎてもかかってこなかった。さすがの美由紀も不安と苛立ちを感じ始めた。木村は大手企業に勤めるエリートサラリーマンの部類に入る。学歴も収入もよく、結婚相手としては最適の男だった。美由紀は無意識に恋愛の駆け引きを駆使して、木村を惹きつけてきた自信があった。今までもいろんなわがままを言ってきたが、最後には必ず聞き入れてくれるのだった。その木村が離れて行くことなど、美由紀には到底考えられなかった。

 今日はしつこく怒りすぎたかな、と思い始めたころに木村から電話がかかってきた。その途端に反省し始めた気持ちは遠い彼方に飛んで行き、傲慢さと虚栄心が体中に充満した。

 「もしもし」

 美由紀は不機嫌そうな声で言った。

 「あっ、僕。今日はごめん」

 木村が真っ先に謝ったが、美由紀は怒っているフリをするために、何も言わなかった。

 「まだ怒ってる?」

 木村が機嫌を窺うような弱々しい声で言った。

 「いえ、もう怒っていないわ。あなたに期待しすぎた私がバカだっただけ」

 美由紀は投げやりな言い方をした。

 「僕が悪かったよ。明日埋め合わせをするから、とにかく会ってほしいんだ。いいかな?」

 木村は自信のなさそうな声で言うと、耳に全神経を集中させて返事を待った。しばらくの間迷いを感じさせるような沈黙が続いた。

 「いいわよ」

 美由紀は不貞腐れたように応えたが、内心では安堵していた。

 「ああ、よかった。断られたらどうしようかと心配していたんだ」

 木村はそう言うと、待ち合わせの時間と場所を言って、電話を切った。

 美由紀は電話を切ると、すぐ片桐に電話をかけて知らせた。

 「どういう結果が出るのか楽しみだわ」

 美由紀は期待と不安で胸を膨らませながら眠りについた。


 翌日、美由紀は昨日と同じ喫茶店で木村と待ち合わせをした。いつもは遅れていく美由紀だが、その日は早めに行き、片桐が測定しやすいように近くのテーブルに座った。

 美由紀が横目で片桐の方を見ると、手に持った器械を少し高く上げて頷くような素振りをみせた。

 すぐに木村が入って来ると、美由紀の向かいの席に腰を下ろした。片桐は慌てて器械の電源を入れ、木村に焦点を合わせた。

 「ほう、結構高い数値だな。やはり男と女は待ち合わせの時が一番高い数値を示すのか…」

 片桐が80の数値を示している波長器を見ながら、感心するように呟いた。

 木村は座るなり、男らしく頭を下げて美由紀に謝った。

 「昨日はごめん。これ」

 そう言いながら、内ポケットからプレゼントを取り出してテーブルに置いた。

 「わあ、ありがとう。うれしいわ」

 美由紀はうれしそうな顔をして受け取ると、すぐにそれを開けて中に入っているペンダントを取り出した。

 「すごく高そうね」

 ペンダントを手のひらに置くと、満足そうに眺めながら言った。

 「夕食はレストランを予約しているから、おいしい食事をして君の誕生日を祝おうね」

 木村がやさしそうに微笑みかけた。

 「ええ、ありがとう」

 美由紀はペンダントにちりばめられたダイヤモンドの輝きを、何度も光に反射させるようにして見た。

 昨日の怒り方からすると、少々のことでは機嫌が直らないと覚悟を決めてやって来ただけに、木村は美由紀の満足そうな表情を見て、ホッとした思いだった。

 二人は喫茶店を出ると、映画館に入り寄り添うようにして映画を観た。その間片桐はずっと器械を木村に向け、愛の波長を測り続けた。やがて映画を観終わると、木村は美由紀をフランス料理の洒落たレストランに案内した。片桐もその後に続いて入ろうとしたが、予約客しか入れないと丁重に断られてしまった。

 「どうしようか…」

 片桐は腕時計を見ながら困ったように呟いた。しばらく考えていたが、名案も浮かばないので近くの店で食事をすることにした。

 二時間ほど経った頃に戻ってみると、丁度二人がレストランから出てくるところだった。

 「グッドタイミング」

 片桐は小さい声で叫ぶと、器械のスイッチを再び入れて、二人の後ろから歩いて行った。二人の姿は次第に人通りの少ないホテル街に向かって行った。

 「まずいな…」

 片桐は出来ることならホテルの中まで入って、愛の波長データを取りたかったが、さすがにそこまではできなかった。それでも入るときと出てきたときの愛の波長を測定して比較してみようと思った。しかしどのくらいの時間で出てくるのか見当もつかない。美由紀に電話をして、出てくる時間を教えてもらうのも何だかバツが悪いような気がした。仕方がないので、我慢して待つことにしたが、ホテルの入り口近辺でビデオカメラのような器械を持って待つのも、何だか胡散臭そうに思われそうで気が引けた。しばらくの間迷っていると、すぐには出てこないだろうと思い直して、喫茶店で少し時間を潰すことにした。

 「さてと…」

 喫茶店に入って腰を下ろすと、片桐は器械のモニターに今日の愛の波長データを映してみることにした。

 「待ち合わせの時の愛の波長はかなり高い数値を示しているな…やはり期待感がそうさせるのか…それから徐々に下降して60くらいか…この一番高い数値は…」

 片桐はそう呟きながら、高い数値が示している時間を見た。それは映画館の中で寄り添うようにして観ていた時間だった。

 「彼女の温もりを直接近くに感じたから、強い波長が出たのか?それならホテルに入るともっと高い数値を示しているかもしれない…」

 片桐は首を傾げながら、今ホテルにいる状態を測定できないことを残念に思った。一番肝心のデータが取れないことには、器械の信憑性にも左右してくる。

 「今度は彼女に頼んでみるか…」

 片桐はモニターを見ながら言った。

 「彼の愛情に間違いはなさそうだな」

 モニターの波長はいつも60以上を示し、美由紀に対する愛情が嘘ではないことを証明していた。

 「そろそろ戻ってみるか」

 片桐は二人が入ったホテルの前まで行くと、器械を手に持ちながら待ち続けた。

 やがて美由紀が木村の腕にしっかりと胸を密着させて出てきた。片桐はすぐに器械の電源を入れて焦点を合わせた。二人は広い通りに出ると、タクシーを止めて乗り込んで帰って行った。

 「これで今日は終わりだ。早速今日のデータを分析してみることにしよう」

 片桐はそう言うと、片手を挙げてタクシーを止めて自宅に帰った。


 翌日、片桐は憂鬱そうな顔で美由紀がやってくるのを喫茶店で待った。

 「お待たせしました」

 仕事帰りの美由紀が頭を軽く下げて、向かいの席に座った。

 「やあ」

 片桐は今までの憂鬱な気持ちを隠すように、明るく微笑んだ。

 「どうでした?うまく測定できましたか?」

 美由紀は楽しみに目を輝かせながら言った。

 「おかげさまでいいデータが取れました。ありがとうございました。感謝しています」

 片桐が薄くなった頭を下げた。

 「それはよかったですわ。早く見せていただけますか?」

 美由紀はわくわくする気持ちを抑えきれないように言った。

 「いいですよ。これが昨日の愛の波長データです」

 片桐がプリントアウトされたデータをバッグから取り出した。

 そのデータは時間とともに波長の変化が分かるようになっていた。

 「あなたが彼と会った時がここのスタート時点です」

 片桐は指でその箇所を示した。

 「なるほどね。それから愛情の強さが変化していくんですね」

 美由紀はグラフを指で少しずつ追っていった。

 「ここで高くなっていますね」

 グラフの数値が90になっている箇所を指差しながら言った。

 「そうです。その時が一番高い数値でした。下の時間を見て下さい」

 片桐から言われて、美由紀は指を下の方の時間軸へ移動させた。

 「この時間といえば…」

 美由紀が思い出そうとしていると、片桐が言った。

 「そう、二人で映画を観ている時です。その時が一番強い愛情が出ていました」

 「へえ、そうなんだ」

 美由紀は感心したように言った。

 その後はそれほど変化もなく、大体60~70の数値でグラフは推移していた。

 「何よ、これ!ここで急に20以下になっているわ」

 美由紀は急に驚いたような声を上げて、その時間を見た。それは二人がホテルから出てきた時間だった。

 「これは一体どういうこと?」

 美由紀が腹立たしそうな声で言いながら、片桐の方を見た。

 「お二人が丁度ホテルから出てきた時間ですね」

 片桐は抑揚のない声で静かに言った。

 「私の体を抱いたら急に愛情が冷めた、そういうこと?それって、体だけが目当てということじゃない!」

 美由紀が腹立たしそうに言った。

 「そ、それは…」

 片桐は美由紀の剣幕に押されてしまった。

 「これって愛がないということでしょ?私への愛がいかに見せ掛けだったということが、これでよく分かったわ!」

 美由紀の怒りは次第に頂点に達して行った。

 「まあ、少し落ち着きなさい」

 片桐がなだめるように言った。

 「でも、これがなによりの証拠でしょ!」

 美由紀はグラフが落ち込んでいる箇所を指差して言った。

 「そ、それは…」

 片桐は額から汗が吹き出してきた。

 「やはり私は愛されていなかったのよ」

 美由紀はがっくりと肩を落とすと、今に泣き出しそうな顔になった。

 「いや、そうではないです。それが証拠にグラフの数値は最後の箇所を除くと、すべて60以上で推移しています」

 片桐が木村の愛情を弁護するように言った。

 「それは私を抱きたいからそんな数値が出ているのでしょ?だから抱いてしまえば急に愛情が冷めて、数値が20以下になってしまったのよ。体だけが目当てだったのに、それを私は愛されていると勘違いをして…」

 美由紀は悔しそうに言うと、こらえきれずに泣き始めた。

 「まあまあ、落ち着いて下さい。この器械は愛という波長を測定するものです。欲望の波長とは厳密に区別できるようにしています。もしも欲望の波長を測定すれば、いつでもどこでもだれでも高い数値になるのは目に見えていますよ。だからこの器械は欲望の波長を取り除くようにしています」

 片桐は美由紀を納得させようとして、ゆっくりと何度も頷いてみせた。しかし愛と欲望の区別が理解できない美由紀にはよく分からなかった。

 「どういうことですか?」

 「つまり、このグラフは体が目当てとか、そういうことには一切関係がないということです。愛の波長と欲望の波長は明らかに違いますから」

 「それでは、ここでグラフが急降下している理由を教えて下さい。愛情が冷めたからでしょ?」

 美由紀は鼻をグスンと鳴らしながら言った。

 「それが言いにくいのですが…」

 片桐は額の汗を拭いた。

 「そこからは…実は…あなたに焦点を合わせたのです」

 「えっ、私に?」

 美由紀は一瞬驚くと、それがどういうことを意味するのか理解するまで少しの時間がかかった。

 「そうです。二人がホテルを出てからは、あなたの愛の波長データです」

 片桐は美由紀の反応を見逃さないようにジッと見つめた。

 「それって、私には愛情がない、そういうことですか?」

 美由紀が憤慨したように食ってかかるような言い方をした。

 「そ、それは…」

 片桐は美由紀の剣幕にたじろいでしまった。

 「そんなのありえないわ。私は彼を愛しているんだから、それは何があっても真実そのものよ。絶対に間違いはありません!」

 美由紀はきっぱりと強く言い切ると、怒りと憎しみを込めた目で片桐を睨みつけた。

 「そ、そうですか…そうだとすると、やはりこの器械はまだまだ未完成ですね。もっと研究をし直さなければ…それでは私はこれで失礼するとして…」

 片桐はわざと落胆したように言うと、器械をしまって早々にその店を後にした。

 「ふん、馬鹿にしているわ。こんなもの、全然アテにならないじゃない!」

 美由紀は腹立たしそうに言いながら、目の前にあるデータが記載された用紙を粉々に破り捨てた。

 片桐は肩を落としながらトボトボと歩き続けた。やがて橋の上で立ち止まると、川の流れをジッと眺めた。

 「結局男は女の色仕掛けで簡単に欺かれる。しかしその方が幸せなのかもしれない。こんな器械で愛情を計ることができても、それが返って男と女の間にいさかいと混乱を招くだけかもしれない。こんなもので男も女も決して幸せになれるものじゃない」

 片桐は寂しそうに呟くと、器械を思い切り遠くへ投げ飛ばした。ポチャリと音がすると、その器械は静かに川底に沈んでいった。




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