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覚醒世界のカタルシス  作者: 朝露 壱
第2章 ―Loss―【亡失】
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Episode:25  Forgot appointment 【忘れられた約束】

白い光が目の前で炸裂した。それはシグマが放った〈転移魔法〉の発動を意味する。

あの不快な感覚が身体を襲う。揺らめく意識、消えゆく光景。視界が白く染まっていく中、微かに残る意識の中で二人の青年の名を、心の中で呟いた。恐らく友人だった筈の青年と、確かに友人だった青年。二人。

友人だったであろう青年カイとは決別した。そしてラルク。彼とも。俺は二人のことを知ったつもりで居た。けど実際は、二人のことを全く何も知らない。ラルクのリアルでのこと――彼の考えていたこと。

知らなかったし、知ろうともしていなかった。

(現実世界を、手放す)

ラルクが言った。現実世界には何も無い。だから望む。この仮想世界を。

(俺はこの世界に何も望まない。現実(リアル)に在るモノを大切にしたい)

出来るなら、みんなで一緒に帰りたい。真理(ルール)という、未だ正体不明だけど、ソレが確かに現実へ戻る鍵なら、絶対に見つけ出す。

(真理(ルール)と呼ばれるプログラムが一体どういったモノなのか。まずはそれから情報を集めたほうがいいな)

そうだ。マサトはもう帰っているのだろうか。――俺は白い光のなかで眼を瞑った。



「なんだ、コレ……」


変化に気づいたのは、ログインしてからほんの数分だった。

阿笠優木――彼が見たもの、そして感じたもの。それらは確かに現実で味わうものだった。そして目に写った光景は、この世界をさも現実のように動き、生活しているプレイヤーキャラクター達。

NPCノンプレイヤーキャラクター達は自我でも持っているかのように振る舞い、仕様といった類から完璧に逸れている。

此処は確かに電子で造られた世界だ。しかし、彼等はまるで現実世界の人々と変わらない行動をしているようだった。

阿笠優木のプレイヤーキャラクターであるユウキは巨大な大砲を担ぎ、タウン内を歩き始める。

〈アイリスタウン〉内に居るプレイヤーキャラクター達とノンプレイヤーキャラクター達。彼等は違和感なく、この世界に溶け込んでいるみたいだ。


「何だろうこの感覚」


ゲームの世界のはずなのに何故か、どこか妙に現実じみた感覚。水の流れとか、チャットのはずの文字とか。――PCとNPCの表情とか。

一旦休憩のために意識を現実世界へと戻す。一気に鼻につく薬品の香りと、そして何故か微かに香る香水の匂いがした。


「優人さん?」


パイプ椅子に座っていた優人さんは、ん、と顔を上げ、アクビを一つ漏らした。


「ああ、悪い、少し寝てた」


寝不足なのだろうか。目の下に薄っすらとクマができていて、目は赤くなっている。

きっと、想夜さんのことについて調べていたのだろう。


「いえ、寝てても構いませんよ。疲れているでしょうし――」

「いや、大丈夫だ」


優人さんは立ち上がると、溜息を吐いた。


「今日は、新しくわかったことを伝えたくて来た」


そういうと優人さんは手に持ってきていたノートパソコンを立ち上げ、一通のメールの内容を僕に見せる。

(パンドラ……プログラム?)

記載されていた解読可能な部分の中で、その、パンドラプログラムというものに目がいった。


「送信者は不明だが、PANDORA:Programと呼ばれているプログラムは、もしかしたら、想夜と何らかの関わりを持っている可能性がある。――調べて見る価値はある」


パンドラプログラム。それが、想夜さんと何か繋がっているのか?

(パンドラっていうと、ギリシア神話のパンドラのことか?)

だとするのなら、そのプログラムという箱は未だ未開封のままで、中には"災厄"が入っているのか。それとも――箱は既に開けられていて、その中には"希望"、はたまた"未来を知る力"が残っているのか。

突然、優人さんの携帯がバイブ音を鳴らした。直ぐに携帯を取り、開くと怪訝そうな表情に変わった。


「すまない、急用だ。すぐに行かなければならなくなった」


そう言うと優人さんは急いで立ち上がり、病室を後にした。優人さんとは結局、ほんの数分だけしか話すことは出来なかったが、相当精神的にダメージが在るように見えた。

(大丈夫かな、優人さん)

これ以上無理しなければいいのだけれど。





「キミが、堀内正人君か?」


阿笠優木君が入院している病院と同じ病院の別の病室だった。

そこに居た、想夜の友人――堀内正人という名の青年が目覚めたのだと連絡を受けて来てみたが――。


「とても話せるような精神状態ではないな」


放心状態で、虚ろな目のまま彼は両手両足をゴムのようなもので縛られていた。下手に暴れないよう、医者たちが取り付けたらしい。

ふと、彼の側に置いてあるβ(ベータ)が目に入った。どうやら起動しっぱなしらしいが、その画面にはノイズが走り、文字が浮かんでいた。


『― G A M E O V E R ―』


プレイヤーが死亡してもこんな文字やノイズは表示されなかったはずだ。コレは一体――?


「正人くん。キミは想夜の友達だったそうだね。何か知っていることがあれば教えて欲しい。……無理強いはしない。今、思い出したくないのなら構わない。名刺、ここにおいておくから、何か思い出せたのなら連絡してくれ」


それだけ伝えて、病室を出ることにした。今の状態ではとてもじゃないが意思疎通は難しいだろう。しばらく様子を見るしかない。

(焦るな、)

自分に言い聞かせながら、その場を後にする。



一気に意識が覚醒していくのがわかった。

上半身を起き上がらせ、立ち上がるとどうやらリスポーン地点である教会の中のようだった。初めて訪れる場所だが、不思議と此処に来たのは初めてではないような気がした。

(女神像……?)

祭壇の向こうには、銀色の女神像が建っていた。片手には大きな杖。そして目を瞑っている。


「約束。絶対、此処に帰ってくるって、約束だよ」

「……?」


何処からか懐かしい声が聞こえ、振り返ってみる。しかしそこには誰もいない。代わりに錆びた剣が一本転がっていた。

落ちているそれを拾い手に取ると、なんだか心臓が締め付けられる気分になって、思わず胸を抑えると同時に、手に持っていた剣を手から落とす。――金属と石がぶつかり合う音が教会の中で響いた。


「約束……」


ふら、と身体が自分の意思とは無関係に動き出す。錆びた剣を再び拾い、女神像の下へ行く。


「思い出せない。大切な約束だったはずなのに、何も思い出せない」


口から零れ落ちる言葉は抱えきれずに漏れたものだった。大切な約束。その大切な約束を結んだ相手は誰だったのだろう。確かこの教会で結んだはずだ。顔が思い出せない。名前が思い出せない。

――そのことに気づいた途端、それまで実感することができなかった、麻痺して感じることができなかった形容しがたい「恐怖」が沸き上がった。





「「記憶」とは、自分を形成していくうえで必要なもの。今までの人生が経験となって、自分という自我を形成していく。だからこそ、人は誰一人として同じじゃないの」


――「僕」は、そんな彼女の言葉を聞いていた。虚ろな感情に浸りながら、椅子に座りつつただ、彼女の姿を視る。彼女の姿は今の僕には眩しくて、とてもじゃないが直視できない。

消えゆく心と想いの中、彼女の最後の言葉を聞く。


「約束。絶対ここに帰ってくるって、約束だよ。お願い。私のこと、忘れてもいいから――」

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