Episode:24 White and black 【白と黒】
――次のニュースです。16歳の青年が通り魔殺人事件の被害に遭った―。
――16歳の青年は未だ昏睡状態に陥ったまま―。
――犯人は、未だ見つかっていません。
◇
『何かを得るためには何かを失うことになる。『僕』は、数々のものを失った。得るものは確かに大きかったが、あまりにも失うものは――多かった。『僕』の周りにはいつの間にか誰も居なくなっていた。みんな離れていったんだ。けれども『僕』は、まだやらなければならないことがある。そのためにも、犠牲は伴わなければならない。『僕』が、まだ〈真実〉を求める限り』
真実。それは、アウローラ・カオス・オンラインに在るのだろうか。
(このメール……。一体誰がソーヤに当てたものなんだ?それに、この内容は?)
すると突然、《β》の画面が波のように揺れる。
その波が収まった時、画面に表示されたのは何かの影が写り込んだ映像だった。
(なんだ?)
黒く映るその影は、確かにどこかで見た顔だったが思い出せない。
次第にノイズと影は収まっていき、画面は元の表示に戻った。
◇
「ソーヤ。しばらく学校に来てないけど、大丈夫か?」
アウローラ・カオス・オンラインのゲーム画面でソーヤと『久しぶりに』会話をしてみた時の事だった。
三年前の想夜は、学校に来ていなかった。いわゆる不登校というやつだった。何が原因で不登校になったのか。
真っ先に頭に浮かんだのはいじめという言葉だった。
想夜はその頃、いじめにあっていて、クラスメートからの無視、暴言、中傷などを受けていた。流石に暴力はなかったが、段々と想夜が疲れているのが見て取れた。
ゲーム画面の想夜のPC、ソーヤは無表情で立っている。
「大丈夫だよ。……マサト、もしかしてイジメが原因で不登校してると思ってる?」
違うのか?と思っていると、ソーヤは画面の中で――まるで『生きているように』つまらなさそうな表情をした。
「違うよ。色々と事情があるんだ。やりたいことがあって、それに夢中になってるんだ」
でも、出席日数とかはどうするんだ?
「出席日数は一応気をつけるよ。うん。もうしばらくしたら学校に顔をだすと思う」
そう言うソーヤの目はやはり無表情。
元々、表情豊かではなかったがここまで廃れたことは一度もなかった。
「本当に、大丈夫なんだな?」
俺がもう一度聞き返すと、ソーヤは無表情のまま言う。
いつもと変わらない表情の筈なのに、なんだかソーヤが遠くにいるような気がした。
「大丈夫だよ。心配すんなって。大丈夫……大丈夫だ」
その言葉はまるで自分に言い聞かせるように、ソーヤは呟いていた。
「マサト。俺は大丈夫だから、お前は現実でも元気でやれよ」
「?……おぅ」
すると電話が現実で鳴り、俺はひとまずゲームを終えて現実世界へ戻った。
《β》を置き、電話を片手に会話をし始めて、ふと《β》を見るとソーヤが。
どこか寂しそうに、悲しそうにコチラを見ていたような――気がした。
「ソーヤ……?」
目を覚まして、辺りを見渡す。辺りにはソーヤはいない。
それどころか、見知らぬタウン(?)に飛ばされたらしい。あの不快な感覚――〈転移魔法〉にとても似ていた感覚だったが。
ソーヤが〈転移魔法〉をあの瞬間使ったならあんな驚いた顔はしていないし……それでは一体誰が〈転移魔法〉を使ってこんな場所に?
(そんなことよりも、ソーヤを探さないと)
だが、ソーヤどころか、辺りには人の気配すらない。もしかしてソーヤは俺と全く違う場所へ飛ばされたのか?
「……?」
何か黒い影が、路地裏を通った気がした。
気になって追いかけてみると、その人影が、路地裏で立ち止まって何かを見ていた。
「だれだ?」
白いフード付きコート。それに白い手袋に白いブーツの装備のPC。
ふわりとコートを翻して、コチラを振り向いた。
「……ソーヤ?」
ソーヤ(?)の眼は、とても暗く。まるで以前のソーヤのような姿で、俺ではない場所を睨んでいた。
一体何処を見ているのかと思い、振り向いて、そこにはなにもないはずなのに。何かが在ることに気づいた。
(何だ?)
―カツッ
「あ、おい!」
ブーツが地面を蹴る音に振り向くと、ソーヤらしき人物は早足で歩きはじめた。
(俺に気づいてない?)
何度も声をかけているが、俺には意識をしていない。存在自体見えてない?
再び立ち止まる男。ポケットから何か、鍵のようなものを取り出した。
(マスターキー?)
蒼く輝き、粒子を放つ鍵。マスターキー、に、よく似ているが、良く見れば鍵の形状はとても不思議な物だった。
何かの紋章を象っているような。
「――真実を」
ぼそりと、男がつぶやいた。蒼いマスターキーのようなものが光を放つ。
その瞬間、ぐるん、と天地が逆転したような感覚に襲われた。――いや、逆転した。
「は」
一瞬何が起こったかわからないが、背中から激突し、激痛が背中を襲った所で天地が逆転したんだと理解できた。
だがその後――俺の眼には信じられない光景が飛び込んできた。
「なんだ、ここ……」
真っ白な部屋。薬品の匂い。
此処はまるで。
自分の腕に繋がっている細いチューブを見る。点滴、だ。
「びょ、びょうっ……」
身体を動かそうと、とりあえず起き上がってみるが身体が――まるで、何日も動いていないように、自由が効かなかった。
わけがわからない。服装は、病院服。装備は?何処へ行った?
混乱する頭に、俺は何とか落ち着きを取り戻そうとするが理解出来ない。
まるでここは、『現実』の病院じゃ、ないか。
「……!大変です!正人君が……!」
突然入ってきた看護師が慌てて何処かへ行った。俺は何とか自分の身体を見る。見続ける。
つい先程、まで俺はゲームに居たはずだ。なのにいきなり?いきなり――俺が、俺だけが現実に戻ってきた?
「っ痛っ……」
パチ、というような頭痛に俺は顔を歪める。
頭痛を我慢して思考を巡らす――ソーヤはどうなったのか。
あの白い光に巻き込まれたなら、あの場所に、あのタウンにいるのだろうか?
「想夜……?想夜は?何で、何で戻ってきたんだ?俺は――何で」
「落ち着いて。貴方のお友達なら、まだ眠ったまま――」
「……っく、あああああああああああああああああっ!」
「ッ!落ち着いてください!」
◇
「……マサト?」
なんだか、名前を呼ばれた様な気がして振り向く。当たり前だが、誰もいない。
俺は辺りを見渡す――どうやら、『転移』されたようだ。だが、此処は見たことがある場所だった。
「スクランブルタウン……」
幾つもの建物が折り重なり、まるでタワーのような幾つもの家や店が重なって出来た建造物。
だが、この間この場所に飛ばされた時のような、『ヒト』の声が聴こえない。誰も、居ないようだ。
「とりあえず、何で飛ばされたとか……一体誰が飛ばしてきたとか」
マサトも、俺と同じように飛ばされた可能性が高い。何処に居るのだろう?
それにしても、今回はアルファが居ない為か不安が大きい。
「ソーヤ」
「……え?」
思考を巡らしている中、突然背後から聞こえたのは聞き慣れた声。だけど、もう二度と聞くことはないだろうと思っていた声だった。
思わず覚悟が決まっていないまま振り向いて――。
「ソーヤさん。久し振り」
「ラルク?」
何でこのタウンに?と、思っていたが、ラルクの着ている装備――。それは、なんだか見たことの在るようなモノだった。
黒い、まるで何かの組織のモノのような装備。良く見ると腕の所と胸元の辺りに何かの紋章が刺繍されていた。
――見たことの在る紋章だった。
「何で、此処に?」
「ソーヤを探しに来たんだよ。――ちょっと話したいことが在るんだけど、いいかな?」
なんだか、雰囲気が違う。少し恐怖した俺は後ろへ一歩下がった。
「ねぇ、ラルク。マサト、見なかった?多分、俺と同じように此処に来てるんだと思うんだけど」
「……マサトさんならいない」
「……?」
それは、妙な言い方だった。普通、見なかったか、という言葉に対して返されるのは見ていない、とか。わからない、とかなのに。
いない?まるで――。
「ラルク。お前が俺たちをこのタウンに飛ばしたのか?」
「そうですよ。本当なら、ソーヤさんだけ呼ぼうと思ってたのに、計算外でした」
怪訝そうに言うラルク。俺は警戒心を解かないまま攻撃態勢を取る。
「話したいことと言うのは、ソーヤさんを我々のギルドに入ってもらう、ということです」
「ギルド?」
「はい。ギルド名は――〈金の箱〉というモノです」
〈金の箱〉――。
心臓がどくん、と音を鳴らす。正体不明のザワザワとしたモノが腹の中に溜まる。
……何だ?
「どうしました?」
「い、いや。でもなんで、俺を?」
「ソーヤさんは必要だから。この世界で生きるのに」
この世界で生きる――。それは、俺がとても危険視していた――。
「……ごめん。俺、コノ世界で生きるわけにはいかないんだ。俺は、〈愚者達の宴会〉に残るよ」
そう、俺が断った瞬間、ラルクは怪訝そうな表情になった。今度は殺気が混じったモノで。
「何でですか?マサトさんも、ソーヤさんも……。この世界のほうがずっと魅力的で美しいのに!」
「……俺には、兄貴もいるし、それに、やりたいこともまだあるから。マサトは俺の為に頑張ってくれてるし。だから、元の世界に早く戻りたい」
「でも、この世界にはきっと、ソーヤさんが望むものだって――」
「望むものなら何も無い。俺は今在るモノを大切にしたい」
それだけで充分だ。
そう言って、俺は〈転移魔法〉を発動させる詠唱に入った。どうやらこの間のように発動出来ないというわけではないようだ。
アルファとアリサさんが気にかかる。マサトも気になるが、もしかしたらもう、何らかの方法で戻っているのかもしれない。それに〈スクランブルタウン〉には、〈転移魔法〉でまた来られる。
「――僕は、何もない。だから望むんですよ。この世界を。だから手放すんですよ。現実世界を」
「っ!」
ラルクの右手に輝く光。それはやがて禍々しいデザインの杖に形作られていった。
俺は思わず詠唱をキャンセルし、防御の陣を描き始めたが――。
「ソーヤさん。少し痛みます。――〈水晶精〉」
結晶がヒトの形へ変わり、ギロリと俺を睨んだ。召喚された精霊は何か、呪文のような言葉を口走りはじめ――防御の陣が発動する前に召喚獣の魔法が発動した。
「っ」
眩い光。飛び散る閃光――だが、何故か俺に痛みは無い。
顔を上げると、眩い光の砲撃を受け止めたのは。
「……」
「……え?」
白いフード付きのコート。全身が白の装備の〈魔術師〉は、ゆっくりと俺の方を振り向いた。
黒い髪、金色の瞳、服とどうかしそうな程白い肌。
男は俺を庇う形で立っていた。
――瞬間、頭に激痛が走り、思わず蹲った。
「お、前は……」
全身が真っ白な装備、〈魔術師〉――。何とか意識を集中して、彼のステータスを覗く。
「……!?」
ステータスは、バグでもあるようにモザイクがかかり、データ表示がはっきりとしない。
PC名は――〈シグマ〉……?
すると、シグマというPCの右手に白い粒子を放つ魔法陣が描かれた。見たことのない陣だ。
突然目の前に現れた白い〈魔術師〉にラルクは戦闘態勢を取り、再びスキルの詠唱を始める。
だが――シグマというPCのほうが早かった。
「〈蒼き罪の咆哮〉」
蒼の粒子が陣の中心に集まってゆき、それは光となる。閃光になり、――放たれる光。目の前が白に染まる。思わず、目を閉じた。
ようやく砲撃が収まり、目を開くとラルクがうずくまっていた。
よく見ると、ラルクの身体の所々が欠けている――バグのような何かが侵食していた。
「っ……な、なんっ……あんた、何なんだッ……」
何とか絞りだしたような言葉。
シグマという男は静かにラルクを見ていた。
「〈シグマ〉」
男が名乗り、その名前に聞き覚えがあるのかラルクは目を見開いた。
「何でお前が……!」
「――」
「お前は――お前は死んだ筈だ!!」
(死んだ、筈?)
ズキリ、と。また、頭が痛んだ。同時に何故か心臓が締め付けられた。
シグマはユラリと動く。
「――帰れ」
「――!……ソーヤさん。僕はまだ諦めてませんよ。貴方は、僕等に必要なヒトです」
そう言うと、ラルクは〈転移〉した。魔術師の固有スキルである〈転移魔法〉を何故扱う事ができるのか。とか聞きたかったのだが、仕方ない。仕方が――無い。
俺は、シグマという男を見る。シグマは俺を再び振り向く。
とても悲しそうな目をしていた。
「シグマ――?」
「――」
突然フラッシュバックする光景。――それは雨の降る、どこかのフィールドだった。
それは恐らく今の自分ではなく、記憶を失う以前の自分のモノ。雨が身体に当たり、身体が冷えていく中、シグマと呼ばれた男と対峙している光景。
――身体は、体温を奪い続ける。それは、さも現実の世界のように。
「お前は、何者なんだ?」
思わず口から零れた言葉。記憶を失う前から、ずっと聞きたかったような気がした。
「シグマだ。ソーヤ。お前は――この世界の――アウローラ・カオス・オンラインの世界の敵だ。元の現実に戻りたいのなら、〈真理〉を探せ。お前は世界の敵となった代わりに、その権利と〈真理〉を探す術を与えられた。――お前に可能性は託された」
「――!?」
目の前に白い光が溢れる。シグマが――〈転移魔法〉を発動したようだ。
俺は思わずシグマに手を伸ばした。なぜだか懐かしく、とても不安になった。シグマが一体何者なのか。もっと聞きたいことがあったのに、俺の意識は白から黒へ、暗転した。
お久しぶりです
最近、虫歯で歯医者に通ってます。更に追い打ちを掛けるようにテスト期間だったり……
ようやく落ち着いたのでようやく上げることが出来ました




