Episode:20 Actual small change 【現実の微々たる変化】
――世界を切り裂く黒き陣。
終わりは始まりへと紡がれ、やがて世界は変質していく。
残るのは希望か。絶望か。
失うのは希望か。絶望か。
――〈終わりなき☓☓☓〉の断片の記録より。
◆
青いフードを被った男は、辺りを見渡す。
とりあえずソーヤ君がこの場から逃げてくれてよかった、と安堵する。
(この場所に彼が留まり続ければ、あの『カイ』というPCに削除される可能性があったから)
それに、今のままじゃソーヤ君は僕に会っても……。
「で。君等はどうするの?」
振り向くと、魔術師の男と銃使いの男と、魔法使いの少女が立っていた。
あのカイという少年が仕組んだ『ウィルス』は取り除いたお陰で彼等はもう自由に動けていた。魔術師の男が僕を睨む。
「貴様、何ものだ?あの少年は……」
「僕?僕は君と同じ、魔術師のアリス。――ギルド【赤の剣闘団】ギルド長のアリス。よろしくねー」
ひらひらと僕は手の平を踊らせて笑みを彼等三人へ向けた。
濡れた身体を引きずり、何とか〈アイリスタウン〉まで戻ってこれた。
この状態では〈転移魔法〉は発動できない。集中は愚か、頭のなかで陣を描くことさえ困難になっていた。体力がもう底を着く――と、感じた。
早くマサトの元へ帰ろう。騒がしくなり始めた〈アイリスタウン〉を歩き始めると他のPCたちがこちらを見ていた。
壁に手をつき、俺は身体をズルズルと地面へずり落とし、意識は闇へ沈んでいった。
その直ぐ後、ジーアス・ブルグが〈アイリスタウン〉を彷徨いていると、倒れこむソーヤを見て目を見開いた。
◆
「――つまり君は、刑事さんの弟さんを探してるってこと?」
ひと通り少女は僕に説明すると、病院の椅子に腰掛けた。
少女は制服を着こみ、片手には学生鞄を提げている。そしてもうひとつの手には《β》が握られていた。
彼女は刑事さんの弟さんを探していくうちに、今多発している昏睡状態に陥る事件の、初めて意識を回復した僕に辿り着いたのだという。彼女の名前は『柳 哀歌』。
彼女は《β》を起動し操作すると、僕に画面を見せた。
画面には一通のメールの内容があった。
「これ。世界で昏睡状態の人間が多発する直前に送られてきたメール。……送信者は、〈想夜〉」
「え……?」
想夜……?それって――。
「……そう。既に昏睡状態に陥ったはずの想夜から、メールが届いてきた」
それは、一体どういった意味が込められているのか。一体彼は僕達に、あるいは彼女に何を伝えようとしたのか。
それは、そのメールは本当に想夜という、刑事さんの弟さんが送ったものなのだろうか。
「メールには、たった一文だけ記されてあった。『全ての鍵は真理に』……」
真理?
すると突然頭痛が起きた。ガクッと身体の力が抜け、ベッドの上で頭を抱える。
「大丈夫?」
「……うん。大丈夫……」
何か思い出しそうな気がしたが、何も思い出せなかった。
けれどその真理という言葉に聞き覚えがあった。――まるで記憶と記憶の間にフィルターでも在るような――。
「真理……とは一体……」
彼女に思い当たる節は無いらしく、考えこみ始めた。
フッと、僕は自分の《β》を起動した。起動すると、アウローラ・カオス・オンラインを起動する。
キャラクターが消えたPC選択画面を見る。
――すると画面が乱れ、何かが段々と表示されていった。
それは、僕のPCだった。PC名は――ユウキ。そのまま自分の名前だった。
「PC?」
ログインを選択する。起動音とエフェクトが表示され、アウローラ・カオス・オンラインの世界が目の前に広がって行った。
目に飛び込んでくる光景と音。懐かしい感覚。
「これは……」
ずっしりと重い感覚が手に伝わった。
手元を見ると、大砲が握られていた。大砲……錬金術師か。
確か固有スキルは〈道具精製〉だ。〈道具精製〉はその名の通り、回復アイテムや状態異常を敵にかけるアイテムを作ることの出来るスキルだ。
すると耳元から柳さんの声が聞こえて、《β》のリンクを切った。
「ログイン出来たの!?どうやって……」
「……わかりません。けど、画面を見てたら段々……」
僕はもう一度画面を見る。画面には僕のPCが表示されていた。
「とりあえず、僕、アウローラ・カオス・オンラインにログインしてみます。僕も想夜さんのこと、気になりますし」
「そう……。私も帰ってもっと調べてみる。何かわかったら連絡して」
僕は再び《β》でアウローラ・カオス・オンラインにリンクする。
リンクすると、僕は再びゲームの世界へ足を運んでいた。
広がる荒野にデータで造られた空と太陽。そして建築物。全てリアルに感じて新鮮で、懐かしい。
此処に、刑事さんの弟さんが言ってた真理が何なのか判るのだろうか。
僕は顔を上げる。始まりの神殿【暁の神殿】。
神秘的な雰囲気の中に、なんだか胸がざわつくような感覚に襲われる。
「レベルは……え?」
レベル表示を見ると、レベル表示の場所はバグでも起きてるようなほどモザイクが入っていた。バグは無いはずだが……。
「とりあえず、進んでみよう」
一人つぶやいて【暁の神殿】を出てフィールドに出る。
草原はそよそよと風のエフェクトで揺れ、心地よい感覚を演出している。
「ここから近いのは〈アイリスタウン〉か……」
そこに行ってみれば何かわかるかもしれない。
「……?」
草原の中を歩いていると、一本の大樹に隠れるように誰かが立っていた。
顔は被っているフードでわからないが、フードからはみ出る程長い髪は綺麗な黒色で、口元は笑みを浮かべていた。
その口元がかすかに動く。
「 おかえり 」
「……え?」
それだけいうとその人物は草原の奥へと去って行った。
追おうとも思ったが、姿を見失い追おうことは出来なかった。
三年前とその三年間。
私は想夜という、まだ彼が13歳の頃に出会ったことが在る。
それはこの現実の世界ではなく、モニター越しでだ。
彼と出会ったきっかけは何処にでも在るPTを組んで仲良くなったのがキッカケだった。
彼はよくアウローラ・カオス・オンラインにログインすることが多く、よく見かけたものだ。
もうほとんど使うプレイヤーが居ない魔術師のキャラを使いプレイしていた。
しばらくして、想夜は――いや。ソーヤはゲームの世界から居なくなった。
何が起きたのか私にはわからないが、きっと彼は何か大きなものに巻き込まれたのだろう。私の知っている彼は、何か常に背負っている感じがした。
だから、多分何かが起きたのだろう。証明は出来ないが、何故か確信はできる。
(あのオンラインゲームに何か……鍵があるはず。重要な鍵が……)
私は送られてきたメールを見る。
メールには真理と言う単語が含まれていた。真理……記憶を探るが私の記憶にはなかった。
けれどもあの青年。ソーヤと同じくらいの年頃の青年の阿笠優木は何か聞き覚えが在るといった感じだった。
阿笠優木は現在のソーヤと同じく昏睡状態に陥っていたが奇跡的に意識は回復し、この連続昏睡状態に陥る事件では初の意識回復を果たした。
だが、意識を昏睡状態に陥る直前の記憶は失われており、何が起きたのかは思い出せていない状態。
(ソーヤ……。君はまたいったい何を背負っているの?)
ソーヤのプレイヤー……想夜の病室前。
彼もまた、再び今回の昏睡状態に陥った被害者だ。
私はゆっくりとその病室の扉を開けた。
病室の奥、窓際に置かれたベッドに目を閉じ眠る青年……。私はリアルの彼と出会うのはコレが初めてだった。
リアルの彼は、本当にアウローラ・カオス・オンラインのソーヤと同じ容姿をしていた。
綺麗な黒髪に白い肌。前回の昏睡状態で太陽の光にあたっていなかったからか、随分と肌が白い。
まるで女の子のようだなと思った。
触れてみると、ガラスのように簡単に粉々に砕けてしまいそうな気がして、私は触れようとしていた手を止めた。
――すると、《β》が突然起動する。
《β》の画面を慌てて見ると、画面にはアウローラ・カオス・オンラインのキャラクター選択画面が表示されていた。
そのキャラクター選択画面の中には、昔自分が扱っていたキャラクター……《双剣士》のアイカがあった。
アイカは初期装備で武器を構え立っていた。
◆
目を開けると、見たことが在る天井とお酒の匂いが鼻をついた。
ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡す。
「あ、起きられたんですね。気分はどうですか?」
ジーアス・ブルグさんが俺のことを心配そうに見ていた。
ということはここはジーアス・ブルグさんの宿屋か……。
俺は段々と意識がはっきりとしていき、自分が倒れたのだということを思い出す。
「あ、ありがとうございます。俺……倒れちゃったみたいで」
「いえ。いいですよ。それよりも水、汲んできたんですけど飲みますか?」
俺は受け取り、コップの中で揺らめく水を眺めて口に含む。
そういえば、俺の身体は濡れていたはずだと気づいて服を触ったが濡れていなかった。
「あぁ、服は魔法で乾かしておきましたよ」
「え……魔法?」
「あぁ、みなさんはスキルって言うんでしたっけ」
そういうとジーアスさんは右手に炎を灯してみせた。
それは炎のスキルで、温かい感覚が伝わってくる。
「NPCもスキルを使えるんですね」
「はい。私も使えたときは驚きました。まぁ、皆さんほどではないようですけど……」
俺はベッドから立ち上がって、乾かしてもらっていた装備に着替えた。
「もう行くんですか?」
「はい。俺、早く帰らないと……」
早く帰って、マサトとアルファ――それに、アリサさんの所へ……。
……帰ってこない。多分、もうみんなは。
「……ジーアス・ブルグさん。ありがとうございます。今度、お礼をします……」
「あ、待ってください!これを……」
そう言って手渡されたのは、アクセサリー装備の赤い石が嵌ったピアスだった。
能力効果は不明だが、俺はありがたく受け取った。
「お守り代わりです」
「ありがとうございます」
俺はピアスを耳に付け、宿屋を後にした。
非現実世界での新キャラです。
・アリス (赤の剣闘団ギルド長)
魔術師のPC。
PK集団〈赤の剣闘団〉ギルド長。
現実世界での新キャラです。
・柳 哀歌
過去に想夜のPCであるソーヤと会い、ゲームでのネット友達だった。
昏睡状態に陥ることはなかった。唯一昏睡状態から意識を取り戻した阿笠優木と会い、昏睡状態に陥っているはずの想夜からのメールを受け取った少女。
年は16歳、高校1年生。PCは双剣士。
固有スキル 《錬金術師》『〈道具精製〉』




