Episode:17 A mutual difference 【互いの相違】
覚醒からの亡失。
失うことを知り――人は、『世界』は何を得る。
奪うことを知り――彼等は何を知る。
◆
「――ソーヤッ」
マサトの声が聞こえて、俺は目を覚ます。
あたりを見回して、イプシロンが居ないことを確かめた。
マサトは心配そうに俺の表情を伺っている。――アルファは俺の横でジッと、俺を見つめている。
ソレ以外のみんなは居ない。
「水、飲むか?」
「いや、要らない……みんなは?」
「……少し、色々あってな。みんな外出してる」
気まずそうにマサトは顔をそらす。――色々とは、何のことかと一瞬考えたが恐らく、元の世界に戻る意思があるかどうか、ということを聞いたのだろう。
マサトは俺が考えていることを直ぐとは言いがたいが……理解し、それをみんなに伝えたのだろう。確認したのだろう。昔から、マサトは俺の考えが自然と判ってしまう。――そして俺の代わりに、伝えてくれたのだろう。
俺は布団を剥いで立ち上がって、アルファに布団を被せてやる。
寝息を立てて眠るアルファは――俺と同じように記憶が無い。
不安という感覚さえも感じられないくらい忘れている――忘却されている。
取り戻そうとしても、その記憶がどんな物かさえ判らないから……取り戻すことに躊躇してしまう。
「……マサト。マサトは――元の世界に戻りたいと、願ってるか?」
「お前が元の世界に戻りたいと願うなら俺はお前についていくだけだ」
そう言って、マサトは深い溜息を吐いた後立ち上がり、部屋を出ていった。
それにしても……みんな何処へ行ったのだろう。
外出らしいが、色々あったなら心配だ。
「アリサです。少しよろしいでしょうか?」
扉がノックされ、俺が「はい」というと扉は開いた。
赤髪に、腰に提げた二丁拳銃――。アリサさんは心配そうに俺を見て、口を開いた。
「あの。皆さん、思いつめた様子で出ていかれたんですけど……」
「あぁ、俺、ちょっとみんなのこと探しに行ってくるよ。心配だし……あ、アリサさん。アルファのこと、見ててくれませんか?」
「わかりました」
俺はアリサさんが頷くのを見て、部屋を出る。とりあえずまずはタウン周辺を探しに行くか。
「……」
アリサはため息を吐きながら、アルファが寝ているベッドに腰掛けた。
アルファ、という少女の装備は、見たこともない物でNPCかと思ったが――どうなのだろう。
そういえば自分はこのギルドのことを何も知らない。ギルドに属している者たちのことを何も知らない。
ソーヤという青年のことも、兄から名を聞いていただけでどんな人なのか――正確に知らなかった。
でも、見た瞬間、兄が言っていたことが何となくわかった気がした。
(不思議な人だな)
記憶を失っているということを聞き、そのせいかと思ったが――違う気がした。
なぜなのか、それは多分、私には到底わからないことなのだろう。その理由は分からないが――。
「……ソーヤ?」
ハッとなって、ベッドの上を見るとアルファ――という少女が身体を起こしてアリサを見ていた。
「ソーヤさんは、少し出かけるって」
「……そう」
少し落ち込んだ様子でうつむいたがアリサの方を向いて、じっと見つめ始めた。
「な、何?」
「アリサ、は。元の世界に戻りたいと思う?」
その問いは、マサトが問いかけていたものと同じ。
他のギルドメンバーたちが、言葉に詰まった問いだ。
「――私は、目的があってこの世界に居る。もう、ゲームとは言いがたい世界で私は、兄を探している。兄が探し出せるまで私は戻るつもりはないけれど、探しだしたら早くこの世界から出て現実に戻りたい」
それが、あの時言い出せなかったアリサの答だった。
兄を早く見つけ出し、三年間何をしていたのか聞き出し、戻るんだ。
現実には、戻るべき場所があるし、人も待っている。
アルファはソレを聞き、微笑んだ――ように、みえた。
「目的があるなら、別にいい」
時さえも、感じさせない無の空間で僕は生まれた。
暗い。何も見えない。何も存在しない。
誰もいない。寂しい。誰か。誰か――。
ずっとそんなことを願っていたからだろうか。僕の声が聞こえたという少年がこの世界に迷い込んできた。
その少年の黒髪は、この世界の闇に溶けて見えなくなりそうで、黒い瞳は底が見えない闇のように思えて最初は警戒していたが、その少年の表情は酷く寂しそうで、悲しそうで震えていた。
僕がどうしたのか聞くと、少年は大切な友人を失った、と言った。
僕にはそれが、どういった感覚なのかわからない。大切な物を失う悲しみという感覚がわからない。
ただ、目の前の少年はそういって泣いている。ポロポロと、唯一透明感がある涙を流して悲しんでいた。
――僕は未だに、大切な人を失うという感覚がどういったものなのか、わからない。
けど、僕にも大切な人が見つかった。
「ソーヤ……」
鎖の音が鳴り響く――この空間には、僕しか居ない。
誰もいない。また、誰も居なくなってしまった。
(あれからどれだけ時がたった?あの少年と出会ってから……どれくらい。ソーヤと出会ってから、どれだけ日がたった?)
僕は天を仰ぐ。日が当たらない、完全に遮断されていて、唯一の光が壁にかけられたカンテラだけの場所。
そういえば、あの少年とはもう……随分と出会っていない。会いたい。ソーヤとも……もう一度会って、話がしたい。
カツン、と甲高い音が空間に響き渡る。
音の鳴った場所を見ると、そこに居たのは黒いフードを深く被った男が佇んでいた。
「君は……?」
男は何も喋らず、只静かに僕を見て、拘束している銀色の鎖を見つめる。
「DELTA。お前は、自分が何者なのか、憶えているか?」
自分が何者なのか――?
それは……。……僕は、何者だ?
「……僕、は」
闇から生まれた――それは、憶えている。でも、僕は何のために生まれた?
何のために――この世界に生まれた?此処は……現実では、ない。生命自体、生まれるはずがないのに。僕は此処に生まれた。誰に、何のために。
「お前が何者なのか……。それはこの世界の真理が暴くだろう。探せ――真理を」
カツンっと、また高い靴音が響くと、そこにはもう男は居なくなっていた。
(真理……?それを探せば、僕がどんな存在なのか、わかるのか)
なら僕も探そう。僕の存在を、探すために。
「ソーヤ?なにしてるんだ?」
タウンを探している最中、カイの声が聞こえ、顔を上げる。
カイは人懐っこい笑みを浮かべ僕の方へ走ってきた。
俺はため息を吐いてカイを見る。
あれからいくら探してもみんなは見つからない。マサトさえも何処に居るかわからない。もしかしたらみんなフィールドにいるのだろうか。
だとしたら探すのは骨が折れそうだ。
「なんだか疲れてる顔してるな」
「……その、ギルドメンバーと少しいざこざがあって。今みんなを探してるところなんだ」
「ふぅん。……なぁ。僕も手伝ってやるよ」
「いいのか?」
「当たり前だよ。だって僕と君は、友達、だからね」
そう笑うと、カイはソーヤに向かって手を振り、身を翻し、歩き出す。
ギルドメンバーだという各PCの写真を手渡され、ソレを見ながら辺りを見回すが、確かに見つかりそうな気配は無い――と、思っていると見慣れた装備の剣士が、ベンチに座っていた。
「マーサートー。ソーヤが心配してたぞ?」
マサトはゆっくりと顔を上げ、疲れきった表情でため息を吐く。
「――お前はどう思ってるんだ?この世界から出たいのか?」
「そりゃ、出れるなら出ることに越したことはないよ。こんな、まるで生き地獄みたいな世界に残りたくないしな」
「生地獄、か。確かにそうかもな。此処は、殺されても生き返られる世界だ。いくら傷ついても、また癒えてしまう」
「……なぁ、マサト。もしもソーヤがこの世界からも、現実からも消えてしまったら、どうする?」
カイは歪んだ笑みで、マサトに問う。マサトは少し不機嫌な表情になり、カイを見る。
「そんなこと、考えたくもねぇよ。お前……そんな質問してどういうつもりだ?」
そんな表情を見て、カイは尚も笑みを浮かべ続ける。
カイを見て少し、恐怖を覚える。何を思っているのか――わからない。
それに、何か、大きなことを隠してそれを楽しんでいるかのような笑み。
「お前……?」
「……――ソーヤは僕の友だちだからね。……もしかしたら、もしかしたらなんだけど、ソーヤが誰かに奪われたら、《コノ世界》は、現実はどうなるんだろうね?」
(この世界?現実がどうなるのか……?ソーヤが奪われる……?)
ハッとなって顔を上げると、カイは――既に居なくなっていた。
今回から第二章です。たまに更新遅くなるかもですけど、これからもよろしくお願いします!(*´∀`*)