Episode:16 Happy Birthday 【誕生日おめでとう】
「――あの。こんなメールが届いていたんです」
優木君が携帯の液晶画面を俺に見せた。表示されていたのは謎のメール。
意味もない文字と数字が乱雑に並んだメールだった。
(この前俺のパソコンに届いたメールと同じ物……か?)
送信者不明、内容解読不可能のメール……一体誰から届いているのか。
……そして何の意図があって、送られてくるのか。
「……同一人物だろうか」
「……?」
「実は、コレと似たようなメールが俺のパソコンにも送られてきたんだ」
俺の言葉に目を見開き、驚く優木君。
ポケットから想夜の《β》を取り出し、優木くんに見せる。
「コレは弟の《β》だ。君が体験した謎の意識不明に陥り、今もこの病院の一室で眠っている」
優木君は《β》を受け取ると、その画面を眺めて顔を歪めていた。
表示されていたのは、ノイズと【ERROR】という文字――そして、歪みの中、何とか原型を保てている想夜のPCだった。
「ソーヤ……?」
「想夜を知っているのか?」
「あ。いえ……なんていうか、知っているような、知らないような……」
頭を抱え、悩む優木君を側に携帯が鳴った。
メール――一件。送信者は、不明。
慌ててメールを開き、文面を確かめる。
「……」
「どうしたんですか?」
「メールだ。送信者不明の」
文面を優木君へ向ける。そのメールの内容は――。
『〈Happy Birthday。ソーヤ〉』
◆
「……う」
チュンチュンと、小鳥が鳴く声が聞こえ、目を覚ます。横を見るとアルファがボォっと窓の外を眺めていた。
「アルファ……?」
その瞳には、何も映っていない様だったが確実にアルファは視線を空へ向けていた。
空に何かあるのかと思い、俺はアルファの横に立ち視線を辿るが、あるのは真っ青な空にデータで構成されたモンスターをタウンに放たれないようにする、空よりも濃い水色で描かれた〈魔法陣〉だった。
「何見てるんだ?アルファ」
アルファはハッとなって、俺の方を向いた。
――そして不思議そうな表情になる。
「ソーヤ。お腹減った」
「え?あぁ、そうだな……」
(そうか。朝ごはん食べないとな)
アルファと一緒に宿屋の一階へ降りると、食べ物のいい匂いがしてきた。
「あっ。ソーヤ様!朝食が丁度仕上がったんで今およびに行こうと思っていたところなんですよ!」
「え……コレ全部俺達の朝食なんですか?」
巨大なテーブルの上に用意された朝食は、大量の食事でどれも高級そうな物ばかりだった。
急いで白い皿と銀色のフォーク、スプーンを用意する彼女は「はい!」と笑顔で頷いた。
「どうぞどうぞ。遠慮しなくていいですよ!」
アルファをチラリ、と横目で見ると、目を輝かせ食事を見ていた。
「アルファ。先に食べていいぞ」
素早い動きでアルファが食事を頬張り始める。
頬を引き攣らせ、自分も食事を摂りはじめる。
「そういえば、先程男性が来て、コノ手紙をソーヤ様に渡して欲しいと言われたのですが……」
手渡される黒い手紙。封を切って便せんを開いた。
「〈Happy Birthday。ソーヤ〉……?」
誕生日おめでとう……ということか?だが俺の誕生日はまだ先のはずだが――。
「あの。この手紙を持ってきた男性ってどんな方でした?」
「さぁ……。黒いフードを深くかぶっていて顔は見えませんでしたから……」
黒いフード?一体誰だ?それに、このHappy Birthdayの意味は何なんだ?
俺が考え込んでいるとアルファが服の裾を引っ張った。
「ソーヤ。食べないの?」
「俺はあんまし腹減ってないんだよ。アルファは食べ終わったのか?」
「ん」
「そうか。じゃあそろそろアイリスタウンに戻る手がかりを探しに行くか。ありがとうございます。えぇっと」
「あ、私の名前はペイルです」
「ペイルさん。ありがとうございました」
――アルファとソーヤという二人組が出ていった後、宿屋に男性が一人、入ってきた。
その男性は懐かしい知人で、かつてこの〈世界〉を護ったプレイヤーの一人。
男は席に座り、水を口に含んだ。
「――お久しぶりですね」
男は――何も言わない。そういう無口なところもあの時と何も変わっていない。
「ソーヤはあの頃と随分雰囲気が変わりましたね」
「記憶を、なくしているからな」
「それもあると思いますけど。でも、他に何かあると思うんですよね」
その『何か』は私にはわからないけど、きっと大きな何かだ。
多分、彼自身は気づいていないのだろうけど、彼の知らないところで何かが彼を変えている。
「……」
男は席から立ち上がり、私の方を見た。
「もう行くんですか?もっとゆっくり行けばいいのに」
「……俺は、戦わなきゃいけない。アイツのためにも……」
――扉が閉まる音が店内に響いた。
◆
「誕生日おめでとう……ソーヤ……という意味か?」
ソーヤというと、想夜のことか?
誕生日はまだ先のはずだが……。いや、そんなことよりも。
「いったい、誰がコレを送ってきたんだ?」
「……あの。いいですか?」
優木君は手に《β》を持ってきて、俺に液晶画面を見せた。
液晶画面に映っているのは、有名なオンラインゲーム、アウローラ・カオス・オンラインのロゴ。
その《β》を操作しながら彼は言う。
「このオンラインゲームに何か……あると思うんです。……僕もこのゲームをしていた最中に意識がなくなりました。その時何を見たのか、思い出せないんですけど……何か、見たんです」
このオンラインゲームで……?
俺は想夜の《β》を見る。――アウローラ・カオス・オンラインを起動する。
――が、すぐさま【ERROR】という文字が現れた。
「僕……手がかりはこのゲームにあると思うんです。その、想夜君が意識をなくしたのも、このゲームが原因だと思います。なんていうか、良く説明できないんですけど。そんな気が、するんです」
「……判った。一応、いや。良く調べてるとする。……ありがとう。阿笠優木君。とりあえず君は休め。目覚めたばかりで体力も戻っていないはずだからな」
――そういうと、男の人は病室を出ていった。
(あ、そうだ。あの人の名前……)
机の上を見ると、名刹が置いてあった。
手に取り、書かれている名前を読む――。
「【神 優人】……か」
◆
(そういえばこのゲームの製作者って誰なんだ?)
ふっと、突然出た疑問。
製作者は誰なのか、マサトにもサクラさんにも聞いたことはない。
考えながら、アルファと一緒にタウンを回っていると、悲鳴が聞こえた。
「いやああああああっ」
「誰か、助けッ……」
「嫌だっ……」
どの悲鳴も突然ぷつりと、途絶えてしまい聞こえなくなるものだった。
奥から急いで駆け寄ってくる人影を見て、思わず俺はそのPCの腕を掴んだ。
「っおい!何があったんだよ」
「判らないッ……わからないけど、アイツはやばい……ッ次々にPCが……殺されてッ……此処は安全地帯のはずなのにっ……」
「ソーヤ」
アルファが指をさす。
指さした所――建物の屋根。黒いフードを深く被った男。
先ほど宿屋の店員さんに聞いた容姿と一致。
「う、わあああああああっ」
俺が掴んでいた手を振りほどき、そのPCは逃げる――が。
「――」
――ガンッ
「っ」
プツリ、と途絶えた悲鳴。
同時に粒子になり消える――そのPCの身体。
「PK……!?」
急いで構え、頭の中で陣を描くが――。
「クソっ。魔法が発動しないッ……」
アルファの腕を引き、逃げようとしたがアルファは何か呟き、その場で立ち止まる。
「アルファ……!?」
「――〈冷たき咆哮〉」
アルファを口を大きく天に向け、咆哮した。
歌うように咆哮し続けるアルファを怪訝そうに見る男――凍りはじめるその身体。
「――フン」
バキンっと、その纏わりつく氷は意図も簡単に剥がれ落ちていった。
男は跳躍する。
「忌まわしき――〈世界〉の創造主の――断片が」
「!」
大きく目を見開き、驚いた表情のアルファにその男が背中に提げた剣を振り上げた。
「アルファッ!!」
――俺も同時に跳躍する。
ガァァァンッ
気づけば俺の手にはいつの間にか、氷の剣が握られていた。
ぶつかり合い、飛び散る氷の欠片と火花。
ぶつかり合った瞬間、男のフードがふわりとめくり上がった。
「――!」
(あ……?コイツ、どっかで会った気が……?)
はじかれるように男は俺から離れる。
臨戦態勢を崩さず、男は睨みつけるようにして俺を見た。
「ソーヤ……!」
ゆらりとその体が揺らめき、片手が天に向かって突き上げられる。
俺は頭の中で陣を描く――今度は【ERROR】という表示は現れない。
――行ける。
「――〈炎撃〉」
男に纏わりつく陣から火花が起き始める。その陣を壊そうと男はもがくが、その陣は壊れず拘束し続ける。
――発動。
――ズドンッ
地響きが鳴り響き、炎の柱が男を襲う。
俺はアルファの腕を引き、走った。
あの男は――なんだかやばい気がした。
コレ以上関わったら、本当に大変なことになりそうな気がした。
頭の中で陣を描き、〈アイリスタウン〉を思い浮かべる。
背後から追っかけてくる気配が判った。
「――〈転移〉!」
ズドンッという、身体を重力が、衝撃が襲う。
――ドサァッ
「ソーヤ!?」
「アルファちゃん!?」
「お、おい。大丈夫か!?」
皆の声が聞こえ、同時に強力な睡魔が襲ってきた。
そのまま俺は目を閉じ、意識を底に沈めた。
「おはようございます。ソーヤ様」
目を開けると、そこに居たのはイプシロンだった。
暗い世界、紅い液体が滴る虚空の空。――巨大な椅子に縛られ、イプシロンを見ることしか出来ない俺。
この前は持っていなかったはずのイプシロンは片手に分厚い本を持っていた。
そして俺の前にはゆらゆら揺れ、虚空に浮いているワイングラス。その中身は空から滴る紅い液体と同じ、赤だった。
「イプシロン……」
「今回お呼びしたのは要件がありまして。……遂に〈あの方〉と邂逅したようで」
あの方――というと、あの黒フードのことか。
剣を振り上げる黒フードの姿を思い出して、俺は顔を歪めた。
「アイツは――何者なんだ?なんでアイツは俺に手紙を――俺のことを知っているんだ?」
「それは私からお教えすることはできません。――ですが貴方は、知っているはずですよ。彼のことを――良く知っているはずです。記憶は失われようと、ね」
イプシロンは微笑み、手に持っていた分厚い本の背表紙を開いた。
開かれた本の中身は――白紙だけが広がっていた。その本の中身から、蒼い粒子が溢れる。
「この〈世界〉には幾つもの物語が存在し、全てが同じものではないんですよ。全て最初は離れているのですが――やがてそれは折り重なり、中心へ向かう。その中心こそが貴方なのですよ。ソーヤ様」
俺が――中心?どういう意味だ?
分厚い本をバタン、とイプシロンが閉じると、今まで虚空に浮いていたワイングラスが揺らいだ。
そのワイングラスの中身を、赤い液体を覗く。血液のように紅い液体は俺の表情を映す――はずだった。
「え……?」
――映された顔は、俺の顔。には間違いなかった。――が、その〈俺〉は、今俺が表しているはずの表情ではなく。
まるで何も思っていない――虚空を眺める目に、無表情。
もっと眺めていたかったが、イプシロンがワイングラスを持ち、握りつぶした。
粉々に飛散するガラス――無重力空間にでも居るように、フワフワと浮く紅い液体の水玉。
「お誕生日。おめでとうございます。――ソーヤ様」
本当に心の底から祝うような笑みで、イプシロンはそういった。
Happy Birthdayの意味はまた後で……。
今回は伏線の回……ですね。はい。
ようやく出てきた想夜の兄の名前は 神 優人 です。