Episode:15 Error display 【エラー表示】
――この〈世界〉は全ての運命を紡ぐ。いつか私が創ったこの〈世界〉が、すべての生命に幸福をもたらすよう、いつまでもこの場所で願っていよう。
【???――日記の一部より参照】
◆
胃の中がぐちゃぐちゃにかき回される感覚を味わった。
俺は吐き気を抑え、アルファを見た。〈転送魔法〉を使用したにも関わらずMPはあまり減っていないらしく、疲労が見えない表情で俺をジッと見ている。
俺の固有スキルの〈転移魔法〉とは少し違うスキル、〈転送魔法〉。
〈転移魔法〉の場合、場所を特定して転移するが――〈転送魔法〉の場合、不特定に転送される。
更に〈転移魔法〉は魔術師の固有スキルであるがゆえにMPの消費は〈転送魔法〉よりも少ない。
――俺はうぇっと地面に向かって吐く真似をした。
辺りを見渡す。
「此処……タウン、か?」
どこか昭和の町並みを思い出させる風景。――だがその対照的とも見える高層ビルのような形状の、店舗が幾つも並んだ縦長の建物。
会話するPCやNPCに紛れながら俺たちは歩いてみる。
歩行するNPCたちも、和服姿で徘徊している。
来たことがないタウン。見たことのないタウンに不安を感じつつも俺は徘徊する一人の男性型のNPCに話しかけてみた。
「あの。此処って……?」
「此処は〈スクランブルタウン〉です。あなた達はどこから?」
「え、あぁっと……。〈アイリスタウン〉から……あ、いや。フィールドから来ました」
「それはそれは。疲れが溜まっているのでは?宿屋に泊まっていかれては……」
「あ。いえ。大丈夫です」
俺はそそくさとアルファの元へ戻り、此処が〈スクランブルタウン〉だということを伝えた。
「〈スクランブルタウン〉……」
「とりあえず、〈アイリスタウン〉に戻ろう。〈転移魔法〉使って――」
俺は〈転移魔法〉の陣を頭の中で描いて――。
「って、は?」
【ERROR】という赤い文字が頭の中で揺らめいている。
俺は何度も試すが〈転移魔法〉は発動しない。
「〈転移魔法〉が発動しない……?」
それどころか、他のスキルも発動しないようだった。
何かに妨害されているような感覚。なんだか気持ち悪い。
「……アルファの〈転送魔法〉でランダムに何回も飛んで当たるのを待つ……っていうのも無理だしな」
広すぎるこの仮想空間でソレは危険すぎる。
俺が考えているとアルファが服の裾を引っ張った。
「〈スクランブルタウン〉……か。何か昭和みたいな町並みだな」
上を見上げる。――高層ビルのような形状の、幾つもの店舗が並ぶ建造物。
見たこともないNPCがその建造物から身を乗り出して外を眺めている。
その中にはPCも混ざっている。
何処か静かな町並みに、少し俺は現実のことを思い出す。
俺が居た街はまだ近代的だが――雰囲気が似ている。
何処か静かで、何処か、儚げな。そんな雰囲気。別に寂れているというわけじゃないんだけど。
「ソーヤは、元の世界に戻りたい?」
「……戻りたいよ。戻って、学校に行きたい。でも、みんなはどう思ってるんだろうな。戻りたいって思ってるのか?それとも、戻りたくないって思ってるのか」
「ソーヤは戻りたいって思ってる。それでいいんだよ」
アルファは変わらない無表情で言った。
俺は頷いて、アルファを見る。アルファは、現実のことを憶えていない。けれどアルファにも帰るべき場所はかならずあるはずだ。
「そうだな。サンキュ」
それにしても、どうしようか。このタウンにいつまでもとどまる訳にもいかない。早くみんなの元へ戻らなければ――。
「とりあえず、宿屋に行くか」
色々と疲労が溜まっていることだし。お腹も減った。
それに、色々考え直したい。
俺はポケットの中を探って、地図を開く。宿屋の場所は――何処だろう。
「アルファ。とりあえず宿屋に行って休もう。宿屋に行けば食事も用意されるだろうから」
アルファはコクリと頷いて俺の手を握る。
「何名様ですか?」
「二名です。俺とこの子です」
俺はまだ手を握るアルファを見る。アルファは真新しい物を見るような視線で辺りを見回していた。
そういえばアルファは宿屋を見るのは初めてだったのか。ゲーム画面だけに映しだされた世界がこうやって現実に、目の前にリアルで現れるとココロが踊るもんな。
部屋の鍵を受け取り、俺達は鍵に刻まれた番号の部屋へ向かう。
幾つも並ぶ部屋の中、番号の部屋はあった。
鍵を鍵穴に差し込み、扉を開けると、やはりゲーム画面の中で描かれていた部屋そのものがあった。
アルファは一直線にベッドにダイブした。
なぜか嬉しそうにゴロゴロと転がっている。
「……楽しいか?」
「うんっ」
俺はポケットから【ミネラルウォーター】を取り出して口に含む。
頭の中で陣を描く。【ERROR】の文字が何度も表示される――繰り返される。
(やっぱりダメか……。なんか、妨害されてる感覚なんだよな。何なんだコレ……?)
ベッドに腰掛け、何度も何度も繰り返す――が、スキルはやはり発動しない。
「アルファは魔法は使えるんだよな」
アルファは頷いて、手の平に小さな炎を出してみせた。俺だけが魔法を扱えない……か。
俺は胸に手を当てる。
「ソーヤ。寝る」
「ん?あぁ……明日早いからな。休んどけ」
アルファは布団の中に入り、五秒で眠ってしまった。それほどつかれたというわけだろう。
(そういえばアルファはどうやって俺がいる場所がわかったんだ?)
アルファが持つ〈転送魔法〉はランダムに飛ぶはずだ。一発で奇跡的に俺がいる場所に飛ばされるなんてわけはないはず。
それに、俺がいたあの場所はギルド基地だ。――キーが無ければ入れないはずなのに。
「……ま、いっか」
俺はアクビを漏らす。一刻も早く、皆のところへ戻ろう。
アルファが寝ているベッドの横に倒れこみ、目を閉じた。
◆
《β》を握って意識を混濁させた《被害者》が一人、目を覚ましたという情報が入った。
俺は急いでその少年の元へ向かう。場所は想夜が搬送された病院と同じ〈ツルギ病院〉。
(病室は確か――此処だったか)
プレートに書かれた名前を確認し、病室へ入る。
病室には少年一人がベッドに腰掛け、窓の外を見ている。
「君が、阿笠優木君か?」
少年はゆっくりと振り向き、俺の表情を伺う。――虚ろな目。何処にも終点が合わない目だ。
伸びきった髪が、肩より下まで伸びきってしまっている。
「……はい。貴方は……」
「警察です。……あの。よろしければ事件についての情報を何か……聞かせていただけませんでしょうか。憶えていることだけでいいので」
「……すいません。良く、覚えていないんです。なんだか、ぼんやりしてて……」
「……そうですか。わかりました。また何か思い出せたら私にまで連絡を」
俺は名刺を渡し、病室を後にした。
正直な所、一刻も早く助け出したいが無理矢理にはしないほうがいいだろう。
――今は、あの〈メール〉を解読するのが先だ。
「……」
一人、少年は病室に残り、窓の外を眺める。
意識不明になった〈あの時〉。何が起きたのか、本当に憶えていない。
憶えているのかもしれないが、寝起きのように思考がうまく回らない。まるでフィルターでもかかったように不可視で。
「っ……」
突然、心臓が痛くなった。苦しくて息が出来ないほどの、激痛。
抑えてベッドの上で悶える。――ナースコールに手をのばすが、届かない。
「!」
――ザザ……ザ……ンッ
ノイズのような音が耳元から聞こえ、少年は顔を上げる。
一気に心臓の痛みは消えていき、上げた顔で、目で見たものは此処とは別の、明らかに切り離されたような世界。
蒼い文字が輝き、走る。
【世界から切り離された者の運命――物語。始まるのは、戦いだ】
一瞬、広がったノイズだらけの0と1だけが構成された世界。
剣と魔法――そして女神の世界。非現実世界だ。
――だが、一瞬見えた記憶は淡く泡のように消えて行った。だけど、判る。あの消えて行った世界は此処とは別の世界で、僕は意図的に《誰か》……何者かの意思によって現実に引き戻されたんだ。
何者かの意思。その〈意思〉に、僕はかつて非現実に居た時に出会ったような気がする。
ベッドから降り、立ち上がる。まだフラフラするけど、歩けるくらいには回復しているはずだ。
病室の机に置かれた《β》を手に取り、再びベッドに腰掛けて電源を入れた。
僕は意識不明になる前、《β》を操作していた。
アウローラ・カオス・オンライン――そのオンラインゲームをプレイしていた。
直ぐにアウローラ・カオス・オンラインを起動させる。
表示されるタイトル――。そしてキャラクター選択。
僕が使ってたキャラ。〈双剣士〉を選ぶ。
――が。【ERROR】という表示が現れた。
「……なんで」
何度も戻って選択を繰り返すが――同じ。
【ERROR】という表示が虚しく現れるだけだった。
「……クソッ……。とりあえず、あの警察の人に連絡――」
《β》のメール機能を使い、メールを送ろうとして一通のメールが届いていることに気がつく。
メールの送信者名には何も書かれていない。【Nontitle】とあった。
メールを開き、内容を確認する――が、メールは意味もない文字と、数字が並んでいただけだった。
短いけど書けた……書くのを伸ばしすぎたことに反省(´・ω・`)