Episode:14 Between loss 【喪失の間】
「……オンラインゲーム……アウローラ・カオス・オンライン」
青年はつぶやく。その時の青年はまだ記憶を失っていなかったし、事故にもあっていない。
そして『親友』のことも、深く関わろうとしなかった。
『アウローラ・カオス・オンライン』のユーザーとしてのめり込んでいた時期。彼は昏睡状態に陥る程の出来事にあった。
――これは、現実の間の物語。
◆
――ピッピッピ……
機械音が白い病室に響く。それは虚しい中身の無い音のように思えた。
白い世界に包まれるように、白い表情でベッドに横たわる随分髪が伸びてしまった青年。
細い腕からチューブが繋がっていて、液体が一滴ずつ落ちている。
手を握ると、酷く冷めきっていて、更に虚しくなってきた。
大事な、大事な友人。親友。守れなかった。護りたかった。
昨夜、電話があった。それは彼の母親からだった。
その電話の内容を聞いて、俺は家を飛び出した。
『ソーヤが事故にあった』
今は私立の病院に収容されて、集中治療室に居る――と。
集中治療室の廊下。彼の母親が呆然とした、泣きはらした目で彼が居る集中治療室を見つめていた。
俺は話しかけられず、集中治療室を見る。どうか、どうか生きててくれ。
集中治療室の扉が開き、中から白衣を纏った男の人が現れた。
「想夜は……」
「なんとか命は取り留めました。ですが、安心はできない状態です」
ドサ、と俺はその場で崩れ落ちた。
俺は母親を見る――。少しだけ安心したようで、肩の力を抜いていた。
「……あの。事故って……」
聞くと、通り魔に襲われたらしい。
犯人は腹部にナイフを突き刺し、去って行ったという。犯人の詳細は不明。
警察が今、調べているという。
すると彼の母親から見せられたもの。それは《β》というオンライン専用ゲーム機。
ノイズ混じりにその画面に表示されているのは、人気オンラインゲーム、『アウローラ・カオス・オンライン』だった。
俺はソレを操作しようとするが、フリーズしてしまっているのか全く動かなかった。
とりあえずその日は俺は家に帰った。次の日、つまりは今日。俺は花束を持って見舞いに来たのだ。
「通り魔……か」
ナイフで腹部を刺し、想夜はそのまま倒れていた。
想夜の手に握られていたのは《β》。
「……?」
想夜の近くにあった机の上に、その《β》が置かれていた。
俺はソレを自然に手に取り、動かしてみる。
(お、動いた……)
ピッという音と共に表示されるキャラクター選択画面。
キャラクター選択画面のキャラクタースロットには――何も無かった。
PCがロストしてる?
通り魔に襲われた時、何処かにぶつけて間違えて押されたのか?
(今はどうでもいいか)
元の机の上に《β》を置き、俺は花瓶に花を生ける。
花は少しだけ、白い何もない部屋に、色が足された。
誰もいない――只、昏睡状態に陥っている青年だけが居る部屋。
机の上に置かれた彼が所有していたとされる《β》の画面が波打った。
0と1が流れるように画面に表示され、消えていく。
――青年は、目を覚ます。
目を覚まして、ゆっくりと周囲を見渡した。しばらく見渡した後、カレンダーを見て驚愕する。
病室に訪れた看護師が青年を見て、急いで何処かへ行く。
《――ずっと、ずっと待ってた》
「想夜が、目を覚ました?」
電話で伝えられた言葉に、俺は安堵する。
親友が、意識を取り戻したという。――まだ退院は出来ないが、もうしばらくすれば退院できるらしい。
(……それにしても、ソーヤを襲った通り魔、まだ捕まって無いのか)
ソーヤを襲った《通り魔》は依然創作を続けているというが……。
手がかりさえ見つかっていないのか?
俺はため息を吐いて、外に出る支度をする。
今は想夜との面会は謝絶されていて会うことが出来ない。今から俺が行くところは普通に学校だ。
本当は想夜のことが心配なのだが……仕方がない。もう少ししたら試験だ。
「……忘れてた」
《β》をカバンの中に入れて、俺は学校へ向かった。
〈数日前、――高校生が通り魔に襲われた事件ですが未だに犯人は捕まっておらず――〉
〈高校生は昏睡状態に陥り――〉
〈犯人の目的は不明〉
そんな言葉の羅列が、街の中で渦巻いていた。
ショーウィンドウの中にあるテレビから。建物に設置された巨大なモニターから。携帯テレビから。
その報道は連日流れ、まるでアイツが見世物のようで。段々と、苛立ちを募らせる。不快だ。
俺はさっさと学校へ向かった。
「……おはよう」
「はよっす――。なぁ、あのさ。テレビで報道されてる高校生ってさ」
教室に入った瞬間、クラスメートはそんな質問を投げかけた。俺は少しそのクラスメートを睨んで、気持ちを落ち着かせるように息を吐いて口を開く。
「……想夜のことだよ」
そういうと、クラスメートたちは皆騒ぎ始めた。
席に座り、俺は想夜の席を見る。想夜の席は当たり前だが誰も座っていない。
フッと、頭をよぎる。想夜は昏睡状態に陥った。確かに、腹部には刺し傷があった。
だが、それは本当に通り魔の、通り魔がしたことなのだろうか。
なぜこんな考えが頭をよぎったのかは判らない。だが――もし、そうだとしたら。
(想夜は、誰に襲われた?)
想夜の母親は、確かに通り魔に襲われたといった。けれどソレは誰からの情報だ?警察からの情報か?
なら警察はそれをどうやって判断した?証拠も見つかっていないのに、決めつけて――。
「……」
するとチャイムがなって、先生が教室に入ってきた。皆慌てて席へ着く。
先生は教卓の前に立ち、少し憂鬱そうな表情で口を開いた。
「――みんな、判っているかもしれないが。数日前、想夜が通り魔に襲われた」
その確定的な言葉に、みんなが少し騒ぎ始める。
「それと、想夜は記憶を少し――失っている」
その、言葉に。俺は目を見開いた。
記憶を失っている?俺のことも、忘れているのか?
「想夜のお母さんが言うには三年間の記憶だけらしい。だから高校のことは何一つ覚えていない。数日後、退院して高校にも通い始めるがそこのところ、みんな気遣ってやれ」
三年間だけの記憶――なら、俺のことは憶えている。
俺は想夜とは中学時代からの交友関係だ。――大丈夫。大丈夫だ。
(……だけどアイツ、《β》のことも忘れてるだろうな。……もう一度アウローラ・カオス・オンラインのこと教えてやるか。一緒にゲームしたいしな)
俺はカバンにある《β》を来にしつつそう思った。
◆
「……朝か」
俺はベッドから身を起こして、装備である大剣を握り服を着替え、個人部屋を出た。
あれから、ソーヤは帰ってきていない。――何があったのか心配だったが、夜中だった為モンスターも大量に発生していたせいで迂闊に行動は出来なかった。
〈中央フロア〉に行くと、皆既に揃っている。欠けていたのは俺一人で、直ぐに席に座った。
「珍しいですね。貴方が寝坊だなんて」
ラルクは嫌味っぽく言った。俺はそれを半ば気にかけずに言う。
「少し、現実の夢を見たんだ」
「現実の夢、ですか」
「あぁ……少し、疲れてるのかもな」
この世界は、非現実世界――電脳世界――データ――0と1だけで構成された世界――ゲームの中の世界なのに。
(ソーヤと早く現実に戻らないとな)
「ソーヤさん。まだ帰ってないみたいです。何処行ったんでしょう……」
「探しに行くか」
俺は勢いよく、力強くテーブルを叩いた。――ガチャン、とコップが倒れ、水が溢れ流れ出す。
その前に、確かめなければいけない。
俺は全員の表情を見渡す。
「その前に、聞くことがある。お前等――本当に元の世界、現実に戻りたいと思っているか?願っているか?」
俺の言葉に全員顔を歪めた。当たり前だ、と言った表情。
「当たり前だろう。みんな、そのためにソーヤのところへ来たんだから」
「……ソーヤは〈あの時〉。気づいてた。お前等の心情の変化にな」
現実から逃げ出したいという想い。それを感じ取ったのだろう。多分。
だからあの時、ソーヤは俺にあんな質問をした。
そして――〈恐くなった〉。いつか、みんな現実を〈放棄〉してしまうことを。
〈放棄〉してしまえば、何も叶わなくなってしまうような気がして――。
「――帰りたくない。そう思ってるんじゃないか。お前等」
俺は、此処に今、居ないソーヤの代わりに言う。多分、アイツが言いたかったことを。
アイツを探す前に、なぜか言って置かなければいけない気がした。
「貴方が何を知っていると言うんですか」
しばらく沈黙が流れ、誰も喋ろうとしない中開口したのはラルクだった。
鋭い眼光で、俺を睨みつけて、杖を握る手が振るえている。
「僕は、現実でイジメを受けていました」
ラルクの言葉に、全員が――いや、サクラさんだけは知っていたようで、表情を曇らせる。
そういえば二人は現実で友人だったか。
「――わかりますか?貴方に僕の。……現実から逃げたいきもちでこのゲームを始めた僕の気持ちが。そうですよ。僕は現実に戻りたくない」
明確に、ラルクは言った。
自分の本心を、怒りが覗く眼光で。
俺はそれに反論しようとして口を開く。――が。
「マサト。ソーヤ探しに行かないの?」
アルファが、無表情の目で俺を見ていた。
「……とりあえず、この話は置いておく。ソーヤを探さないとな」
憂鬱な心情のまま、俺達は頷いた。
――その時、アルファはゆっくりと俺から離れる。
「探しに行ってくる」
「……?」
ヴゥン……ッ
アルファの身体に淡い粒が纏わり、アルファの身体は段々と透けていき――粒と共に消えて行った。
ギルド――【夜の國のギルド】
まるで古城のようなギルド基地の内装は綺麗に整備されていて広く、色んな置物が置かれている。
壁には蒼い炎が点ったろうそくが幾つか設置されている。
皆に相談もなしに来てしまったが……大丈夫か?
俺は、カグラを見る。カグラの表情は笑みを浮かべ、俺を見ている。
ギルドリーダーはカグラらしい。
カグラは中央フロアの食事を摂るらしい部屋で俺に席に座るように言った。
俺が座ると、目の前にグラスに注がれたグレープジュースが現れる。
「ソーヤ。早速だが――真理については何処まで知っている?」
「いや。俺は何も……」
「そうか。ソーヤ。真理っていうのはね……この世界を創った、つまりはこのアウローラ・カオス・オンラインのプログラマーが創った究極とも言えるプログラムの総称だ」
「……究極のプログラム?」
ヴゥン、と音を鳴らしてモニターがカグラの前に現れる。
そのモニターには何か、文字の羅列が並んでいるが俺には解読は不可能そうだった。
「そう――。この究極の電脳世界を生み出したプログラマーが創ったネットワークオンラインゲームを自由に操れる――どんな願いが叶うとされる究極のプログラム。それを僕らは探している」
どんな願いでも?じゃあ、それを探し出せば、俺達は元の世界に帰れるのか?
究極のプログラム――この、アウローラ・カオス・オンラインに秘められた秘宝。
「この〈現象〉も、多分真理のせいだと考えているんだ」
全ての元凶でさえ、真理が原因だというのか。
(なら、絶対に探さないと)
一刻も早く元の世界へ戻るために。
「……ソーヤ。キミは記憶を失う前、3年間の間。ずっと真理を探し求めていた」
「え?」
俺が――?
カグラが、俺の目をしっかりと見る。
青い炎が揺々と揺らめいて、カグラの表情が読み取れない。
俺は、視線を下に向ける。三年間の間、俺はアウローラ・カオス・オンラインをプレイし――意識混濁に陥った。
その理由は〈事故〉だと聞いていたが、俺は違うと思った。そして俺はアウローラ・カオス・オンラインで三年間、どんな願いも叶うという、このゲームに秘められた真理というものを探していた。
(その時に、何があった?俺は。その時。何を――)
もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。
俺は拳を握り締める。黒皮手袋を嵌めた手が、ギュウッと音を鳴らした。
――なぜ、俺はあの〈現象〉が起きる前にこの世界に取り込まれた?今までの謎が、一気に蘇る。
この〈現象〉が全て真理という究極のプログラムが原因だというなら――なぜそのプログラムは、俺を先に選んだ?
もともと無差別にゲームの世界に取り込むつもりだったならあの時、俺を取り込まなくても、良かったはずなのに。
(……あれ。今、何か引っかかって)
――ズドンッ
「……!?」
俺の目の前――カグラとの間に割って入るように突然光の粒と共に現れたのは、
淡いオレンジ色のドレスに、腰まで届く長い黒髪。煌く髪飾り。そして瞳は――深い、海の底のように深い青色の瞳。
――アルファだった。
冷たい視線で、カグラを見た。カグラは驚いた表情のまま、固まっている。
「ソーヤ。みんな待ってる」
俺の手を取り、アルファはそういった。
俺はカグラに何か言おうと思って口を開いたが、アルファはそのまま何か、呪文めいたモノを呟いて、俺は〈転送〉される。
……通り魔って、事故じゃないですね。でも、その理由はもうちょっとしたら書くつもりです。はい。