Episode:13 Intersection 【交差】
「ソーヤは?」
「今、寝室で落ち着いてる。……それにしても、どうしたんだ?突然……」
ミナトは少し不愉快そうに顔を歪めて、俺を見た。
「何かしらないか?マサト」
「……いえ。何も」
嘘だ。判っている。ソーヤが、どうしてあんなに動揺していたのか。困惑していたのか。
――それは、ソーヤが記憶をなくした三年間。その三年間の間が原因だろう。
だが、その三年間のソーヤの失われた記憶を、俺が語る権利はない。
それに、俺も知らない部分が多い。
何があったのか――その全ては、多分、ソーヤしか知らない。今、コノ場では。
「そうか。とりあえず、ソーヤが落ち着いてから聞くしか無いな」
「……」
「お目覚めですか。ソーヤ様」
目を開けた瞬間、そんな言葉が頭上から降ってきた。
虚ろな意識のまま、頭上を見遣る。
――そこにいたのは、あの名も知らない男だった。
「ソーヤ様。今回は『忠告』を申し上げにお呼びいたしました」
「忠告……?」
ゆっくりと、あたりを見渡す。以前来た時と変わらない、途方も無い闇の空間。
そして俺が座っている椅子は、まるで王でも座るような巨大な、高価そうな椅子。それに俺は括り付けられた鎖に身体を縛られている。
段々と鮮明になってきた意識で、俺は男を再度見遣った。
「いくら記憶を失っているからといって、もう一度悲劇を繰り返すおつもりですか?」
「え?」
悲劇?繰り返すって……?
――ザザ……ッ
ノイズ混じりの、何か懐かしい『音』を聞いて俺は頭を押さえる。
懐かしい音ではあったが――それは不愉快な音で気分が悪くなる。
「貴方の記憶は失われていても、貴方の身体は憶えているはずです。その心臓に、その血液に、その存在自体に、刻まれているはずなのですから」
「――ッお前、名前……」
「あぁ、そういえば名前を名乗っていませんでしたね。私は――そうですね。Epsilon、とでもおよびいただければ……」
――目を、覚ます。
そこはもう既に、あの途方も無い闇の空間ではなく、俺の寝室だった。
鏡を除くと俺の額からは汗が吹き出していて、顔色は悪く、酷い表情。
窓の外を見ると、朝日が指していた。
「イプシロン……」
「ソーヤ。起きたのか?」
扉の向こう側からマサトの声が聞こえて俺は「あぁ」と答える。
マサトは扉を開け、俺の表情を伺いながら水が入ったコップを机の上に置いた。
「顔色悪いけど平気か?」
「大丈夫。……それと、心配、かけたみたいだな」
「そのことについては大丈夫だ。お前はゆっくり休んでろ」
マサトがポケットを探り、取り出したのは【オレンジジュース】。回復アイテム。
コップに注いで、手渡される。
「もう朝なのか……アルファと、みんなは?」
「あぁ。皆は……アルファももう朝食を終えてフィールドに向かった」
深呼吸をして、俺は起き上がる。
まだ憂鬱な気分は抜け切れていない。
「お前、いったいどうしたんだ?突然……」
「……悪い。俺、ちょっと外で空気吸ってくるわ」
俺は立ち上がって、よろつく足のままギルド基地の外に出た。
風が頬をかすめ、新鮮な空気が吹いている。
――このまま。この世界が、本当に俺達にとって現実になってしまったら。
どうなるのかは、今の俺には予想できない。でも、諦めちゃダメだ。
この世界から脱出することを、忘れてしまってはダメだ。
「『恐い』のか?青年」
俺は顔を上げる。
いつの間にそこにいたのか、俺よりも少し背が高い男は柔らかい笑みを見せる。
少し長めの金色の髪に、金の瞳。――なぜか無性に懐かしく、感じた。
「あ、あの……?」
「『恐い』のかと聞いているんだが――」
「……『恐い』、に決まってるだろ……」
怖くて――堪らない。
この世界そのものが恐い。この、全てをどうでもよくしてしまう感覚が、恐い。
現実味がなくなりすぎて、段々と俺たちが外へ出るのをどうでもよくしてしまうような――そんな感覚。
誰だって憧れたゲームの世界。誰だって魔法とか、力が手に入る世界。魅力的すぎる世界で、みんなは現実を放棄してしまうんじゃないか。
放棄した時、俺達はきっと戻ることを忘れる。俺がいくら願おうと、それは、叶わなくなってしまうような気がする。
「そうか、青年。……聞こう。君は、コノ世界から出たいと願っているか?希望をまだ捨てていないか?」
「出たいに――決まっている。希望はまだ捨てていない。まだ、何も判っていない。それにまだ、俺の友人を助けていない。諦めてたまるか……」
「そうか……。そういう奴だったな。何も変わっていないな。お前は」
「え?」
何も変わっていない――って。まるで俺と前に会ったような。
「あんたは――」
「あんたとは、随分な言い回しだな。ソーヤ。かつての仲間だというのに」
男は懐かしむ目で俺を見る。本当に懐かしそうに。
俺は、知らない。この男を知らない。いや、憶えていないのかもしれない。空白になった三年間の何処かにこの男は居たのかもしれない。
――だが、今の俺では、判らない。見覚えのない男は柔らかく微笑み続ける。
「この世界の真実が――真理を、もう一度、求めてみないか。ソーヤ」
男は――俺に手を差し伸べる。
ドクン、と心臓が跳ねたような気がした。俺は差し伸べられた手を、ジッと見つめる。
俺はこの手を握るべきなのか。その真理というものを。あの、デルタをさらった彼等が求めているものを俺も探すべきなのか。
もしかしたら――その真理というものが、コノ世界から出るためのキーワードになっているかもしれない。
「俺は……」
差し伸べられた手を、ゆっくりと、俺は握り返した。
男は心の底から嬉しそうに笑みを見せ、強く握り返される。
「行こう。この世界……。アウローラ・カオス・オンラインの、真理を求めに」
「あれ?ソーヤ君は?」
「外に行って空気を吸いに行くって行ったっきり帰って来てない」
俺は不機嫌そうに言葉を返した。ソーヤはあれっきり帰っていない。心配と不安が募り、段々とイライラしていく。
帰ってきたみんなはそれぞれの戦利品を机の上に並べていた。
その光景を見て、少し違和感を覚える。
――ここ最近の行動と何ら変わらないはずなのに……。
「……なぁ、お前等。真剣に……現実に帰りたいと思ってるか?」
「え?勿論だよ。当たり前じゃない」
「何言ってるの?」
皆の言葉に俺は何処か、なぜか安堵する。不安になるほうがおかしいのかもしれないが。
――もしかしたら、ソーヤは。この不安感を持っていたのかもしれない。だからあの時、俺にあんなこと言ったんじゃないのか。
「……本当に、帰りたいと思っているか。お前等……この現状を、この世界に残りたいなんて思ってないか?」
俺の真剣な声に、みんなが押し黙った。
しばらく重い空気が――流れだす。
「マサト。ソーヤが居ない」
「あぁ、あいつは外の空気を吸いにいったんだよ……それにしても遅いな」
「……ソーヤ」
「――で、アンタは何者なんだよ」
【機械古都ディスディア】――。
このフィールドはタウンではなくれっきとしたダンジョンの一つで、高レベルのモンスターがうじゃうじゃとアチラコチラに見えたが今のところうまく戦闘は回避して進み続けている。
このフィールドでは【機械古都】という設定で、古びた高文明の機材がそこら辺に散らばっている。
太陽の光はほとんど指しておらず薄暗く、機材たちは暗い灰色に染まっている。
俺は男を見る。――何処か懐かしい雰囲気だが、俺は結局この男が何者なのか、思い出せなかった。
白いローブを羽織り、少し長めの灰色と黒が混じった髪。何処か不気味ささえ感じ取れるような。
「あぁ。そうか。君は記憶を失っているんだったね。僕の名前はカグラだ。職業は君と同じ、魔術師だ」
『グルルルル……』
何かが唸る声が聞こえて、俺は後ろを振り向いた。
そこにいたのは銀色に鈍く輝く機械のモンスター。胸に蒼い水晶が嵌めこまれ、ソレが動力源になっているようだ。
「モンスター……!?」
「そうだ。君の今の実力を見せてもらおう。君一人であのモンスターを倒すんだ」
「なっ……」
頭の中で敵を指定する。モンスターのレベルが表示され、俺は驚愕した。
レベル測定不能という表示が、モンスターの頭上に現れる。――何なんだよ。レベル測定不能って。
「クッ……」
『ガァァァァァァァッ』
モンスターが咆哮し、斬撃が繰り出され、俺の身体は簡単に吹き飛ばされそうになる。
HPも測定不能……全てが詳細不明なあのモンスターをどうやって……。
頭の中で即座に陣を描く。出来る限りまずはMPを抑えたスキルを選んだ。
「【魔導撃】!」
描かれた陣は手の平の前に現れ、淡い青色の粒子が溢れだす。
手を振り上げて、振り下ろす。――斬撃の形となった魔力が、モンスターを攻撃した。
――が。
『グギャァァァァァァッッ』
「効いていないのか……!?」
どうすればいい!?コレ以上のスキルをぶつけるか……!?
『ギャオオアアアアアア!!』
「っグッ……!」
――走る斬撃に、俺は簡単に吹っ飛んだ。壁まで飛ばされ、激突する。
ズルリと壁から体制が崩れた。
「いっつ……」
肩が動かなくなった――。折れたか?
『ガァァァァァアアアア!』
振りかぶるモンスターに、俺は思わず目を瞑る。
その時、なぜかEpsilonの言葉を思い出す。
《貴方はまた、同じ悲劇を繰り返すおつもりですか》
「――!」
――ガァァァァンッッ
鋭い音と共に熱風が肌に当たる。――熱風?
モンスターの身体が地面に伏した、そのモンスターの後ろに立っていたのは、白いローブの魔術師。
「――カグラ?」
「――やっぱりまだ早かったかな。肩、折れちゃってるんだろう?見せて。治すよ。怪我しちゃったのは僕の責任だからね」
カグラは肩に手を遣る。ボゥ、と桃色の光が溢れだした。
その瞬間、肩の痛みは次第に消えていった。――回復系のスキル……それも、高レベルの物。
痛みが消えた後も、カグラは俺に治療スキルを掛け続ける。
「もう完全に治ったからもう大丈夫だ。……サンキュ」
その言葉に、カグラはようやく治療スキルをかけるのをやめた。
その時、カグラの手が震えているのに気づいた。
「手、震えてるぞ。大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫だ。少し疲れちゃったからね。君の実力はまだまだだけど、君があのソーヤなら、まだまだ伸びる可能性はある」
「なぁ、お前は、俺がなんで記憶を失ったのか、知ってるのか?」
「……いや。知らないが――」
「……そう」
記憶を失うキッカケになった出来事。それさえ思い出せば、全て思い出すような気がしたんだが、知らないなら仕方がない。
すると風が突然吹き始め、肌寒くなってきた。
「そろそろ行こう。ここから数分もたた無い場所にある」
立ち上がり、歩く。
しばらくすると、開けた場所にたどり着いて、ポッカリと赤い扉が佇んでいた。
「コレを」
手渡されたのは赤く輝く鍵。
カグラは青く輝く鍵を使い、突然現れた扉の鍵穴に差し込んだ。――瞬間溢れる蒼い光。
俺もソレに続いて鍵穴に鍵を差し込み、回した。開かれる扉。
そして開かれた扉の中にあるのは、まるで城のような部屋だった。
何故か懐かしく感じ、同時に苦しくもなった。その理由はわからなかった――いや、思い出せなかった。
「――ようこそ。【夜の國のギルド】へ」