Episode:12 Two encounter 【二つの出逢い】
――0と1が構成する世界。計画は最終段階へ進む。
◆
「……つまり君は、兄を追っていた……ということか」
「……はい」
傷の手当はつい先日ギルドのメンバーになった医療術師のジョブPC、イオリが行なっていた。
突然で申し訳ないと思っているが……緊急事態だ。仕方がない……だろう。
彼女は、多分ソーヤと同じくらいの年齢だろう。赤い髪に、黒い瞳はユラユラと動いている。
不安なのだろう。それにしても、あの男たちは、いったい。
「あの男たちは一体何者なんだ?君は知っているようだったが……」
「……彼等は、【夜の國のギルド】のメンバーです」
【夜の國のギルド】?そんなギルド名、あったか?
彼女はせわしなく辺りをまだ見廻している。
――確かに、この場所にい続けるのも危険なのかもしれない。
またあの男たちが来る可能性も十分にあるだろうし……。
「そうだ。ソーヤには連絡は取れなかったのか?カルマ」
「はい。……何度も連絡取ってるんですけど……返事が帰ってこなくて」
一体何処に行ったんだ。俺達のギルド長は。
ため息を吐いて、俺は彼女に向かう。
「あの、ソーヤって……もしかして、魔術師の……?」
「そうだが、知り合いなのか?」
「……兄がよく、言っていたプレイヤーだったので」
「――?」
ソーヤは確か、このアウローラカオスオンラインは初心者のはず――。
「まぁ、いい。それより君を一時的にギルドメンバーに承認する。ギルド基地にとりあえず居れば安心だろう」
「ありがとうございます……」
少女は安心したのか肩がダラン、と落ちる。
相当緊迫していたのだろう。息を深く吐いて、疲れきった表情を見せた。
「そういえば、君の名前は?」
少女はゆっくりと、顔を上げる。
「アリサです。職業は、銃使い。よろしく……お願いします」
「うーん……ん?」
目を覚まして、俺は辺りを見渡す。
店内は薄暗く、客はもう既に居なくなっていた。
窓の外を見ると夜空が広がっている。ただ、現実とは違って星が美しく幾つも浮かんでいた。
現実ではもう、俺が住んでいる地域では見られない光景だ。
幻想的な、絵に描いたような美しい光景に見惚れていたが俺はハッとなる。――早く帰らないと。皆心配しているはずだ。
時計を見ると既に夜の8時を回っていた。
席から急いで立ち上がって、俺はフッと、カウンターの奥を見る。
カウンターの奥には誰もいない。
ジーアスさん、宿屋に帰ったのかな。
――ガチャンッ
誰も居ないはずのカウンターの奥から食器の音が聞こえて、驚いて奥を見た。
奥にはポツン、と淡いオレンジ色のドレスのような物を着た少女が立っていた。
俺よりも少し背が低い少女で、腰まで届く長い黒髪。――透明な鉱石でできているのか、窓から指す月明かりを透かすようにキラキラと煌く髪飾り。
そして瞳は――深い、海の底のように深い青色の瞳。
――少女はジッと俺を見たまま動かない。
「あ、えぇっと。お前。いや、君――お客さん、かな。だったらもう閉店で……」
「ソーヤ」
彼女ははっきりと、俺の名前を口にした。
初対面の相手のはずなのに、彼女は俺の名前をはっきりと口にした。
驚いて俺の身体が固まる。――そういえば、今日は良く俺の名前を知る人と会うな。
ってそんな事考えてる場合じゃない。もしかしたら、俺の過去――3年間の記憶を知っているかもしれない。
さっきの女の子には聞けなかったけど、この子になら。
「俺の事知ってるの?」
少女は、首を横に振る。
「知ってるのは、名前だけ。魔術師のソーヤ。……私の記録データの中に唯一残っていた、名前」
「記録、データ?――NPC?」
また、ふるふると彼女は横に頭を振った。
「え、じゃあ――?」
「わからない。覚えてない……自分が何者なのか」
「覚えて、ない――」
ベッドの上で目覚めたあの時を思い出す。
三年間という時間を失ったと知った時を思い出す。襲いかかるのは恐怖というより、虚無感。
全てが虚しくなる。
彼女の表情は、依然として変わらない無表情。――俺と同じ、何も、感じない――いや、感じれない。
俺は放っとけなくて口を開いた。
「……ねぇ。行く所あるのか?もし、行くところがないなら俺のギルド基地に来ないか?俺的には入ってくれたら嬉しいんだけど……」
俺はポケットから淡い赤色のキーを取り出す。
「ギルド……」
「そう。ギルドメンバーになってもらえると嬉しいかな――なんて。どうかな」
「……」
少女は頷いて、赤色のギルドメンバーのキーを握り締めた。
暗がりの店内で、赤色のキーはキラキラと輝き続ける。
「そういえば、君の名前聞いてなかった。君の名前は?」
「――私の名前は、アルファ。……ソーヤ。……よろしく」
◆
「――アウローラ・カオス・オンライン……」
世界最大のオンラインゲーム。
既にこの世界でプレイしていない人間は少ないほどに人気で、想夜もプレイしていた。――三年間。
想夜は忘れてしまっているだろうが、ずっとあの三年間、あのゲームをプレイしていた。
熱中しすぎて勉強がおろそかだ、と叱ったことがあったのを思い出す。
――あの3年間の、あの日。想夜は昏睡状態となって部屋で発見された。
――そして、倒れた想夜が握っていたβの画面には、アウローラ・カオス・オンラインのプレイ画面があった。
もしかしたら――あの日とこの事件は、何か繋がっているような気がする。
勘、でしか無いが。
「想夜……」
「まぁだ考えてるんですか?少しは休まないと身体が持ちませんよ」
後ろを振り向くと、部下の鶴見が居た。
鶴見は疲れた表情で俺のデスクにコーヒーカップを置いた。
コーヒーカップの中にはブラックのコーヒーが注がれている。
「弟さんのことでしょ?大丈夫ですよ。きっと」
「……また、奇跡が起きるとは限らないんだ」
二度も簡単に奇跡が起きるとは限らない。
もう二度と目が覚めないかもしれない。
――考えて、身体が震えた。
「ハァ……。ムリしないでくださいよ。身体が壊れたら意味ないんですから」
「……ありがとう」
鶴見は立ち上がる。
「じゃあ、俺は先に上がりますからね」
「――あぁ。俺もできるだけ、早めに仮眠しておく」
鶴見が出ていった後、俺は再びパソコンの画面に目を移した。
パソコンの画面にはある差出人不明のメールが一通、表示されている。
そのメールを開くと、記号が並べられている。文字ではなく、記号だけが。
このメールは今日届いたものだ。
俺はソレを眺めながら、コーヒーを口に含んだ。
「……PANDORA……Program」
パンドラ――プログラム。
なんとか解読しながら読み進んで、唯一文字として認識できた言葉。
『パンドラプログラム』とは一体何のことだろうか。
この事件と関係していることなのだろうか。
だとすれば――一刻もはやく、コレを解読しなければならない。
数百人――数万人の、もしかしたらソレ以上の命と、想夜の命がかかってるんだ。
コーヒーを全部飲み干し、ビタミン剤を飲んで再び画面に集中し始めた。
◆
「……ただい、ま……って、誰?その子……」
ギルド基地に戻ると見知らぬ赤い髪の少女が居た。
腰に二丁拳銃を掲げているところを見ると、彼は銃使いらしい。
他の皆を見ると、皆夕飯を準備しているようだった。
ミナトさんが近づいてきて、ため息を吐く。
「遅いぞソーヤ」
「あの。誰なんですか?その子」
「……あの子はアリサという。見知らぬ男性型PCと女性型PCに襲われていたところを助けてな。君のとなりに居るその子は?」
俺の隣にいるアルファは何も喋らず、ジッと床を見ていた。
「えっと。アルファっていうんだ。行く場所がなくって……。記憶が、その。無いらしいんだ」
「記憶が……?」
「ソーヤと同じ、か」
マサトが怪訝そうに顔を歪めていった。
いや、少し違う。俺の場合三年間だけの記憶だけど、アルファの場合、名前以外全て忘れてしまっている。
俺よりも、その虚無感は深い。
「アルファ。よろしく……」
ボソリとアルファが言った。
「アリサです。PC職業は銃使いです。よろしくお願いします。ソーヤさん」
「よろしくね。アリサさん」
俺がアリサさんと握手をして、アルファを見ると少し表情が歪んでいた。
今まで無表情だったのでその変化は微妙だったが、すぐにわかった。
「どうした?」
「……ソーヤ。私握手してない」
え?握手?
一瞬頭が真っ白になって、俺はそういえば、と思って彼女の手を握る。
「よろしくな。アルファ」
「……うん」
アルファはまた無表情に戻り、黙りこんで俺の後ろに隠れた。
え、と思うと同時に、前から微妙な殺気を感じた。
マサトが睨みつけるようにアルファを見ていた。
「ま、マサト?」
「まぁったく、嫉妬は醜いよ?マサト君」
サクラさんがバシバシとマサトの背中を叩いてにゃはは、と笑う。
今度こそ本当の殺気をサクラさんに向けるマサトにサクラさんは依然変わらない笑みで言い争い始めた。
その会話は高速すぎて何を言っているのか分からない。
俺は苦笑してアリサさんを見るとこちらをジッと観察するように見ていた。
「あ、えと。どうしたんだ?」
「何か……想像していた感じより柔らかい雰囲気の人なんだなって」
「え?」
「あの、兄から聞いてたんです。ソーヤさんのこと……」
「兄?兄って……」
誰のことだ――ろうか。
聞こうとして、口を開いた時アルファが更にギュウッと俺の服の裾を掴んだ。
「どうした?」
「……お腹減った」
腹が減ったのか……。
俺は適当にポケットの中を漁ると、【クッキー】が入っていた。
それをアルファに渡すと少し嬉しそうに目を輝かすとクッキーを早速食べ始める。
物凄い速さで食べ、約10個あったクッキーは3秒程度で無くなってしまった。
……アルファはまだ足りないと訴えるような瞳で俺を見る。……俺は再度ポケットに手を入れて何か無いかと探すがあるのは【傷薬】やら【マナポーション】やらだった。
「……サクラさん。カオリさん。何か食べるもの、無い?」
「食べ物?それならちょうど夕飯があるけど……」
カオリさんが机の上に【麻婆豆腐】が入った皿を置いた。
その皿を見てアルファの目が一層輝く。
「アルファに食べさせてもいいか?腹減ってるみたいで……」
「当たり前!今日から仲間なんだしね!いっぱい食べていいよアルファちゃん」
その言葉を聞いて、アルファが高速移動をする。
――あっという間にその皿は綺麗に空になった。
「ごちそーさま」
水をごくごくと飲んで、落ち着いたらしく眠そうに目を半分閉じているアルファを見て、俺は苦笑した。
俺は窓の外を見る。
丸い、満月が造り物の空に浮かぶ。
「……もしもこのまま、」
このまま――元の世界に戻れなかったら。
――俺達はどうなる?いや、それより、もしもこの世界に『ゲームのシステム』がなくなった時。
行き帰りもしない、【傷薬】で回復もしない。
モンスター相手に戦えない。
――そうなってしまえば、俺達は。
「死――か」
考えて、身体がブルっと震えた。
やめておこう。コレ以上、考えてしまえばどうにかなってしまいそうだ。
俺は皆を見る。
皆、楽しそうに騒いでいる。――楽しそうに。満足、していてしまってるようだった。
(満足――してはいけないはずだろう?)
この世界は、現実じゃない。こんな、非現実世界に――。
「……」
「どうした?ソーヤ」
マサトが心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
俺は――今、どんな表情をしているんだろう。
鏡は、見る気になれなかった。
「お前は、この世界に満足してるのか?」
「満足……か?あぁー……どうだろ。でも、快適ではあるな。現実じゃ使えない魔法とか、スキルとか使えるし。――ずっと、憧れてたし」
「怖いとか……もう感じないのか?」
「……恐怖は、もう感じねぇよ。どうしたんだ?いきなり」
俺は、またあのノイズの音が聞こえて目を見開き、掌を見た。
掌にはあのノイズが走っている。――呪いのように、犇めいている。
――襲う、恐怖に押しつぶされそうになって、思わず目を瞑る。
「ソーヤ?どうした?大丈夫か?」
「……満足しちゃいけないだろう?この世界は、現実なんかじゃない。違うんだ。違うんだよッ……。納得しちゃいけないはずだ……ッ」
ぶつぶつと、俺は言葉を繰り返す。
このままだと、いけない気がする。
このままじゃ、いけない。
俺達がこのまま、脱出を望まなくなったら。
現実世界を望まなくなったら――?
新キャラ登場させ過ぎのような気がする……。
そして更新が遅かった……orz 申し訳ない……ッ
そしてまた部活というか……クソぉ……書く時間が少ないッ。
速攻で終わらしつつ書き進めよう。うん。がんばろう……!