Episode:10 A reason and a situation 【理由と事情】
ソーヤさんと初めて会った時の印象は『凄く不思議な人』だった。
――三年間の記憶を失っている、と聞かされた時は、そのせいかな、なんて思ったけど、多分きっとそのこととは関係はない。
僕みたいな存在じゃ到底彼みたいにはなれないだろうし、近づくことさえできない。
そう思っているからだろうか。僕自身が、彼に近づいていない。知ろうとしていない。
知らない間に、無意識の間に僕はソーヤさんを近づけさせないようにしていたのかもしれない。
僕だけじゃない。みんな、そうなのかもしれない。
未だに、ソーヤさんのことを『ソーヤ』と、名前だけで呼んだのは、ずっと親友だったマサトさんとシステム管理者だというミナトさんだけなんだから。
だから、こうやって新しくソーヤさんに連れられてギルドにやって来たカオリさんが言わなければ、彼について考えなかった。
「――カオリさん。カオリさんは何で、ソーヤさんのことを知りたいって思ったんですか?」
カオリさんはきょとん、とした表情で僕を見る。
カオリさんの持つ水の入ったコップがユラユラと揺らめいた。
「だって同じギルドの、しかもギルド長のことだし、知りたいって思うのは当たり前のことじゃないの?」
(アタリマエのこと――か)
その当たり前のことが、僕には、できない。
この世界は最早、現実に近いのに。
「・・・・・・マサトさん。教えてもらえませんか。色々と――ソーヤさんについて」
「――私も知りたいな。ソーヤ君のこと」
「いい機会だから、な」
全員の視線がマサトさんに集まる。
マサトさんはしばらく黙りこんで俯いていたが、ゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで僕達を見据えた。
マサトさんについては、僕はまだ彼に対して疑惑を拭いきれていない。
(まだ何か隠しているような感じがする。まだ、もっと奥深いこと)
「――ソーヤの過去については」
マサトさんが口を開いた時、僕はハッとなってマサトさんの顔を見上げる。
「俺からは、言えない」
「・・・・・・なんでですか?」
「ソーヤのことはソーヤ自身が話すべきだ。俺は答えられない。俺が答えていいことじゃない」
そういうとマサトさんは席から立ち上がって、ギルド基地の入口へ歩き出した。
「何処に行くつもりなんですか?」
「――ソーヤを探しに行く。もう日が落ち始めた。いくらなんでも遅すぎる」
「私も行こう」
そう言い出したのはミナトさんだった。
ミナトさんはシステム側の元管理者だ。
(そういえば、ミナトさんはなんでこのギルドに入ったんだろう・・・・・・?)
「・・・・・・僕も行きます」
気がついた時、僕はそう言っていた。
すると怪訝そうにマサトさんが顔を歪めて僕を見た。
その表情を、その目を、僕はよく知っている。
マサトさんは僕がよく知っている人種の中の一人だ。何処にでも居る、人を見下すしかできない人間。
(この人も結局、奴等と変わらないんだ)
――そしてソーヤさんは、僕が知っているどんな人種にも当てはまらない、特殊な人だ。
だから僕は、彼が本当に僕が知る汚い人間ではないことを、彼のことをもっと知りたいとカオリさんの話を聞いて、思ったんだ。
◆
「――サクラは、どうしてソーヤさんのギルドに入ろうと思ったの?」
数時間前、ソーヤ君と一緒にギルド基地の掃除をした後【罪なき平原】で一緒に経験値を稼いでいるときに、ラルクがそう質問してきた。
ラルクは現実でも交友関係に当たるが、ラルクはいつも他人に対し不信で疑心暗鬼だ。
まぁ、現実でもこんな感じで、うまく友達を作れていない。
(友だちとして、そんなラルクが心配なのだけれど・・・)
ラルクは何かを我慢するようにギュッと拳を握ると私をまっすぐに見つめてきた。
「なんていえばいいんだろうね。最初、ソーヤくんと会った時、不思議な感じがしたんだよね。実はさ、ソーヤ君、私と初めて会った時暗い顔してたんだ。余計ほっとけなくてさ。思わず話しかけたんだよ」
最初はもっと暗い表情で私に接してきたソーヤ君。
でも、こうやってギルドメンバーが増えていくたびに表情は変わっていった。
多分、それはソーヤくんだけではなく、私も、きっと他のメンバーも。
「それでね。ソーヤくんがギルドを建てたって聞いた時、思わずソーヤ君とならこのゲームがもっと楽しく思えるって思ったんだ。だから、私はギルドに入った。それが私がギルドに入った理由」
「・・・・・・そう、だったんだ」
「うん。ラルクは――なんでギルドに入ったの?」
聞くとラルクは黙りこみ、下を向いた。
◆
「ミナトさん。ミナトさんはなんでソーヤさんのギルドに入ったんですか?」
僕はサクラさんに聞いたように、ミナトさんにも聞いてみた。
ミナトさんは【暁の神殿】へ向かう途中にある平原フィールド、【始まりの平原】を歩く。
サワサワと、草木が風に揺れて音を鳴らす。
モンスターはここまで歩いてきて数体しか会っていない。
まぁ、レベルは2くらいのモンスターが多いからそんなに焦らなくていいのだけれど。
マサトさんは相変わらず黙ったまま先頭をさっさと歩いて行く。
「――最初は私はシステム側の人間として、敵対していた。君の親友というサクラともな。――だが、『あの日』の後、何をすればいいのかわからなくなってな。システム側の人間だというのに、全く何もできないこの状況で。――その時、サクラが教えてくれた。ソーヤが私達よりも先にこの状況を体験したと。記憶については知らされていなかったが。・・・・・・そして私はソーヤについていくことにした。理由は――彼が何とかしてくれる気がしたからだ。それに、一人で行動してもどうすることもできないからな」
「・・・・・・」
「――着いたぞ。【暁の神殿】だ」
黙っていたマサトさんがそういったのを聞いて、僕は前を向いた。
そこにあったのは、誰もが最初に通る場所――【暁の神殿】という、神秘的な建造物。
(僕も初めてログインした時に通った、場所)
スタスタと先に進むマサトさんにミナトさんと俺も続く。
中に入るにつれ、薄暗くなって光が消えていく。
「――ソーヤ!?」
マサトさんの声に、僕は驚いて暗がりの中を見つめる。
暗がりの中に走っていくマサトさんの向かう場所には、ソーヤさんが、苦しい表情で座り込んでいた。
「ソーヤさん・・・・・・?」
ソーヤさんの周辺には何か魔法陣のようなエフェクトが配置されていて、何か淡い赤色の粒子が浮遊していた。
まるでそれに縛られているかのように苦しげに座り込んで、身動きが取れないらしく、身体を硬直させていた。
「ソーヤ!?これは――スキルか?」
地面に触れながらマサトさんは呟いた。
(スキル?・・・・・・このエフェクトは拘束系の魔法?)
「下がってろ」
ミナトさんが魔法陣のエフェクトに近づき、片手剣を振り上げた。
「――【円月撃】!」
――ドンッ
魔法陣のエフェクトは粉々になり、粒子となって宙へ散っていった。
フッと縛りが消え、ソーヤさんは身体を地面に倒れた。
「ソーヤ!大丈夫か?」
マサトさんが駆け寄ると、ぐったりしたソーヤさんの肩を担いだ。
ソーヤさんは顔を歪めて僕達の表情を見回していく。
「ラルク、ミナトさん・・・・・・マサト。・・・・・・!」
ガバっと、今まで虚ろだったらしい意識を急激に覚醒し、ソーヤさんはマサトさんの肩を力強く掴んだ。
痛みに顔を歪め、マサトさんはソーヤさんの表情を何とか見た。
「デルタが・・・・・・!」
俺は助けに来てくれた三人にデルタのことを話した。
連れ去った男たちのこと、彼等が『真理を求めるモノ』だと名乗ったことも。
まだ痛む心臓に、俺は顔を歪めて耐える。
頭の中で治療系のスキルを何度も構成しているが、それが発動することは無かった。
「ソーヤ。つまりそのデルタという少年を連れ去ったという男たちのことだが。ソーヤのことを知っていたんだな?君が知らないはずなのに。――それはつまり、君の記憶にもつながるというわけか。ならば、協力せざるを得ないな」
「いいんですか?」
「あぁ。もちろんだ」
「――僕も、手伝わせてください。僕だってギルドメンバーですよ」
ラルクが立ち上がって、力強くそういった。
俺は頷いて、ありがとう、と呟いた。
「――わかったよ。俺も手伝う。これでいいんだろう。ラルク」
マサトが初めてラルクの名前を呼んだ瞬間、ラルクの目が見開いた。
なんだよ、と呟いてマサトは怪訝な表情でラルクを振り返る。
「俺が名前でよんだらおかしいのか」
「い、え。少し、驚いただけです。マサトさん、ソーヤさんのこと以外はめったに名前は呼びませんから――。特に、僕の名前は一度も」
「・・・・・・そうだな。私も呼ばれていない。羨ましい限りだ」
「はぁ?」
今度は本当に嫌そうな表情になったマサトが俺の方を向いた。
その表情は先程のようなイヤそうな物ではなく、優しそうな、俺が『知っていた』マサトの表情だった。
(どちらが本当で、どちらが嘘かなんて、今はいい。マサトはマサトなんだ。俺の親友に変わりはない)
「ありがとう。――とりあえず、ギルドに戻ろう」
「そうだな。ソーヤ、肩を貸そう」
「ありがとう、ございます」
ギルドに戻って、皆に今までのことを話した。
サクラさんがニヤニヤとマサトに近づいて何かを呟いたらしく、マサトは顔を真赤にして何か怒鳴っていた。
(何言ったんだ・・・・・・。サクラさん・・・・・・)
俺は苦笑しながら椅子に座り、サクラさんとマサトを見ていた。
するとカオリさんが俺に近づいてきてそばまで椅子を引き寄せて座り、俺の表情を伺う。
「ソーヤ君。そのデルタって子さ。どんな子なの?」
「えぇっと、あまり喋ってないんだけど、でも、優しい子だよ。俺、デルタと約束したんだ。また『会おう』って。――だから、俺、絶対デルタのこと助けに行くんだ」
「――やっぱりソーヤ君は優しいなぁ。君みたいに、優しい人ばかりだったら私はこんなふうにならなかったのかもなぁ」
「え?」
カオリさんはあはは、と笑うと「忘れて」、と言った。
俺は、想像以上に皆のことを知らないのかもしれない。
現実と切り離されたこの世界。
あるいはこの世界が現実だと感じる俺達には今まで生きていた世界と切り離された『イマ』は、忘れたほうが、いいのかもしれない。
今回は短いです。そしてグダグダです。
文章がグダってるのは後々時間があれば直そうと思います。
っていうか進展が無ェ・・・・・・Σ(゜д゜lll)