Episode:09 A question and distance 【疑問と距離】
――記憶は、今でも心臓に焼き付いている。
◆
「そっかぁ。三年前の記憶を、ね」
「はい」
俺はギルド基地に戻り、俺と今までのことを全て二人に話した。
戻った後、俺達がギルド基地を清掃したことで清潔感が出てきた。
ゴミひとつチリ一つ無い状態にした。
やっぱり清潔感があれば心のなかも清々しく感じられる。
話は二人とも沈黙しながら全て聞いてくれた。
この世界から抜け出す方法はまだわかっていないことも。
けれど、『あの日』と廃墟のような城に現れたあの銀髪の人物と、何か繋がりがあるのだろうということも。
俺はカップに注がれたお茶を口に含み、ため息を吐いた。
椅子は二人分のものが既に置かれてあった。
皆は経験値稼ぎと戦闘に慣れておくようにと外へ出かけていった。
食料調達もしておかなきゃいけないだろうし。
「そういえば、気になってたんですけどソーヤさんってレベル表示、されてないですよね?なんでですか?」
「・・・・・・さぁ。俺にもよくわかんないんだけど、この世界に取り込まれた時からそうなってたんだ」
レベル表示。
ちらっと二人の頭上を見上げるとそこにあったのはレベル表示だった。
確かにこの世界にはゲームのようなシステムが存在し続けている。
例えば経験値だったり、アイテムボックスだったり。
魔物を倒した時に現れるアイテム類とかもそうだ。
「でも、三年間の記憶を失っただけですから、別に不満でも、支障も何もきたしてませんし」
「そうか。――私は医者だが、記憶喪失というのは肉体的ダメージ、あるいはあまりの衝撃的な出来事に対して、精神の崩壊を防ぐために自己防衛機能が働くことで起こるものだが・・・・・・」
精神的な防衛機能・・・・・・。
記憶を失う前、俺は只の事故で記憶を失ったのだろうか。
――兄貴は何も言わなかったけど、そういえば俺はなぜ、何があって、記憶を失ったのか。
きっかけは何だったのか。
「・・・・・・そういえば、そういうことは兄貴に聞かなかった」
「――とりあえず、元の世界に戻るための情報を集めよう。色んなタウンに行ったり、色んなPCやNPCだったり」
「・・・・・・はい」
そうだ。今は記憶のことより、元の世界に戻るための情報を集めよう。
「あの。ソーヤさんって現実だと学生なんですか?」
「え?うん。高校一年だよ。一応」
「え、それじゃあ同年代ですね!現実に戻ったらオフ会しよう!皆集まって!」
「う、うん。あーっと、俺、ちょっとタウンうろついてくるね」
「じゃあ私も行きます!」
「い、いや、あ!イオリさん!二人で一緒に食料調達してきてくれませんか?」
「ん?あぁ・・・・・・構わない。ほら、行こう。カオリくん」
「えぇぇー!」
イオリさんに引っ張られるようにカオリさんは渋々歩いていった。
俺は安堵の息を吐く。
――そうだ。デルタの所にでも行こうかな。
地図を取り出して、【暁の神殿】までの道のりを確かめる。
「なぁんか、ソーヤさんって、一線引いてるような気がするんですよね」
「――そうか?」
「医者なのにわかんなかったんですか?」
「私は内科医であって精神科医ではないから・・・・・・」
食料調達に向かう道中、ソーヤについて話しながら二人は歩く。
確かに――彼はどこか一線を引いているような気がする。
なんて言えばいいのだろうか。
「お。食料調達か?新人」
「貴方は・・・・・・」
私達の前に現れたのは巨大な剣を担ぎ、袋を担いでいる青年だった。
確か、ソーヤの親友の。
「あぁ、そういや自己紹介してなかったな。俺はマサトだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「よろしくー。ねぇ、その袋何?」
「ん?戦利品だよ。経験値稼ぎに行っててな。そろそろ慣れてきたところだ」
ドサッと、地面に放り出し、その中身をゴソゴソ探り更に小さい袋を差し出した。
「食料調達ならコレを足しにしとけよ。金貨ならまだまだあるからな」
そういうとまたあの巨大な袋を担ぎ、また何処かへ行こうとしている彼を引き止めた。
「なんだ?」
「あ、あの――ソーヤくんについて聞きたくて」
そういうと彼はスッと、視線が鋭くなる。
コレは、精神科医ではない私でも判る。
(・・・・・・なるほど)
後ろを見ると、カオリは気づいてないようだった。
「ソーヤについて?」
「――はい。あの。ソーヤくんって、人とあんまり接するのって得意じゃないんですか?」
私を息を呑む。
じわり、と滲む殺気に後ろに下がった。
「――そうだな。ソーヤはあまり人と接するのは得意じゃない。昔からそうだが――それがどうかしたか」
「ちょっと気になっただけだよ!ありがとー!」
カオリさんは笑顔を見せ、私はその笑顔でハッとなった。
彼の殺気に飲まれそうになっていた。
「じゃあ、俺はもう一稼ぎしてくるから。じゃあな」
「はい」
俺は小さい袋を貰い、彼はフィールドの方へ消えていった。
小さい袋は重く、結構な量が入っていることに気づく。
「デルター?」
俺は【暁の神殿】の内部でとりあえずデルタの名前を呼んだ。
神殿で声は反響し、デルタの声はまだ聞こえない。
奥へ奥へ進んでいくと、あの石像があった。
――だが、あの蒼い水晶体は浮いておらず、土台だけが存在している形だった。
「・・・・・・デルタ?」
更に奥へ進んでみると、そこにあったのは巨大な扉。
(なんだ・・・・・・?紋章?)
奇妙な紋章が刻まれていて、ソレに軽く触れると少し熱のような物を感じる。
「――デルタ?」
「――ソーヤ!?来ちゃダメだッ!」
――ドンッ
(――!?)
巨大な扉が勢い良く開いたかと思うと、淡い青の光が溢れた。
青い光と一緒に黒い影が跳びかかり、勢い良く地面に叩きつけられた。
「なっ・・・・・・」
なんとか顔を上げてその黒い影を見る。
(男性型PC・・・・・・?いや、NPCか・・・・・・?)
男は見知らぬ服装で巨大な斧を背負い、俺を拘束していた。
ギリギリと、うでを締め付けられる。
「ソーヤ・・・・・・?あぁ、なるほどな。アンタが――」
今度は目の前まで赤い髪の男が近づき、俺の視線に合わせるように屈み、俺の顎を掴んで目を合わせるようにさせた。
男の目は青く、水晶のように透き通っていた。
その男の奥を、なんとか見るとそこにデルタが居た。
黒いロープのようなもので縛られ、身動きを取れず俺の方を見て歯ぎしりをしていた。
「なんだ・・・っお前ら・・・っ」
「俺達?あ。そういやアンタ、記憶喪失なんだったな・・・・・・。いいぜ。特別だ。教えてやる――俺達は真理を求めるモノだ」
「真理・・・・・・?」
「そのためにはデルタとアンタが必要だったんだが――まさかアンタから来てくれるとはねぇ」
ギリッと、顎をつかむ手に力が入るのを感じた。
男はガッと乱暴に引き寄せ、嫌悪感をあらわにした目で睨んだ。
「――相変わらず記憶を失っても胸糞悪いな。その顔――」
「――!」
そういえば、こいつら記憶を失う前の俺を知っているのか?
「ソーヤッ!」
デルタがひときわ大きく俺の名前を叫んだ瞬間、二人の男と俺は引き剥がされる。
「デルタには近づかせない」
「――あぁ?」
「――【魔導砲】!!」
――ズドンッ
男たちに向けて放ったスキルは陣を描き、爆発を起こして攻撃する。
その瞬間、データのはずの景色である建物がガラガラと崩れ落ちていった。
・・・・・・その煙の中から二人はなんでもないように出てきて、斧を担いだ男の脇に抱えられていたのは、デルタだった。
「デルタッ!」
「危うくコイツまで怪我するところだったぜ?――ソーヤ」
――ドンッ
(【瞬間移動】!?)
現れたのは暗い闇。
魔術師の固有スキル、【瞬間移動】と似た感覚が襲った。
「じゃあな。ソーヤ」
「――待てッ!」
その暗い闇に二人は入り、消えていった。
俺は座り込み、息を吐く。
汗がポタポタと頬を伝って地面に滴っていった。
(くそっ・・・・・・なんだこれ、息苦しい・・・・・・ッ)
胸を抑え、その場に座り込む。
デルタを追いかけないと・・・・・・。
息を絶え絶えにしながら、朦朧とする意識の中で、手を差し伸ばす。
――そして、意識は闇に沈んでいった。
◆
ポチャッ・・・・・・
水音が聞こえて、俺は目を覚ます。
――ジャランッ
(鎖の音・・・・・・?)
ぼんやりする意識の中、俺は起き上がろうとして動けないのに気づく。
何かで縛られていて、俺がソレを見てみるとソレは黒く光る鎖だった。
後ろを見ると、巨大な椅子に俺は縛り付けられていた。
赤い、それこそゲームの中か漫画の中で見るような王様が座るような椅子。
玉座というようなものなのだろうか。
首をゆっくり回すと、周りには何もなかった。
上を見上げると、何もない暗い空間から赤い液体が滴り落ちていた。
何もない空間で、俺は一人、つぶやく。
「――ここは」
呟いて、目の前で影のようなモノが明確に形を作り始める。
それは粘土のように動き、人間のような姿へ変わった。
その人は、男とも女とも見分けがつかない中性的な容姿で、黒いスーツを着こなし、顔を上げた。
――両目は色違いで、右目が青に左目が赤のオッドアイ。
何処かの執事のような出で立ちで凛とその場に立っている。
「――お久しぶりです。ソーヤ様」
深く頭を下げると、彼はフッと不敵に笑った。
「――ほとんど変わらないお姿で」
ぴちゃん、と液が満ちる地面を歩きながら、彼は俺に近づく。
「おや。随分無理をなさられたようですね。ここに来るとは激しくお疲れのようで」
絶えず俺に喋りかける彼に対し、俺は何かをしゃべろうと口を開いたが声が出ない。
朦朧とし続ける頭をなんとか動かしていたが、俺は諦めて力を抜き、椅子に背をもたらせる。
「――今の貴方では到底彼等の足元にも及びません。彼等との戦闘は控えるよう・・・・・・」
ゆっくり目を閉ざしていく。
(心地が良い。凄く眠い)
「――おやすみなさい。ソーヤ様。――どうか、貴方にこの世界のご加護がありますように」
◆
「――ソーヤさんて、一番謎だよね」
ギルドに帰って、全員がいる場でカオリがボソリと呟いた。
その言葉に全員が反応したが、マサトだけは顔を歪めてこちらを向かずに窓の外を眺めていた。
「謎って・・・・・・?」
「だって記憶喪失で三年間の記憶を失ってて、なんて言うか、雰囲気が不思議なんだもん」
「雰囲気か。・・・・・・確かに、そうだな」
マサト以外全員が頷けることだった。
それに、なぜ彼だけがこの世界に、アウローラ・カオス・オンラインに『あの日』が起きる前に取り込まれたのだろうか。
――いや、実際は他にも彼のように現実でゲームをしていた際に昏睡状態に陥る人はいたらしい。
彼らがこのゲームに取り込まれているとは限らないが、可能性はあるだろう。
ソーヤと、その前に昏睡状態に陥った人々と、何か関係があるのだろうか。
「・・・・・・マサト君。私ね。ソーヤ君ってどこかヨソヨソしく感じるんだ。距離を置いているような感じがしてさ。・・・・・・ソーヤくんってさ、昔――何かあった?」
その言葉に、マサトは振り向いて怪訝な表情ではなく今度は真剣な表情でこちらを見ていた。